ホロウ災害で家族失ったけど本人がまったく気にしてないパターン 作:いつかの
どうしてこうなったのか。
本格的な活動は明日からで、今日は特に外回りなんて行ってない筈だが、まるでホロウを二、三個一気にハシゴしたかのような疲れ具合である。
場所は最近缶詰過ぎてもはや家よりも馴染んできたまである六課オフィス。
照明はとっくに落とされ、次いで俺達も少し仮眠しようとその意識を落としていたド深夜に、何故か俺だけ目を覚ましてしまったのである。
皆ソファか床か自席かで思い思いの体勢で眠る中、この空気の読めなさには我ながら感心してしまう。
それでもしばらく目を瞑っていれば再び眠れると高を括っていたものの、それはあまりに浅はかな考えだと速攻で分からされる。
「……腹減った」
そういえば今日は昼飯食べに行く時間もなくて、エナジーバー一本で済ませたんだっけか。いや、それも蒼角ちゃんに半分上げたから一本ですらないんだけど。
「やべやべ。ここ最近はただでさえ
男連中二人揃っていざという時に具合悪いですじゃ流石に笑えない。
という訳で、ゆ〜っくりとその場から離脱し、オフィスにある冷蔵庫なんかを覗きに行ってみる。
「あっ……ま、マナト?」
「あぁ? 蒼角ちゃん?」
その、誰もいない筈の台所にあまりにも馴染みすぎてる共犯者の姿を見た。
そういえばさっき周りを見回した時蒼角ちゃんだけ見当たらなかったが、その時は単に小さいから見えないだけだと勝手に判断していた。
けどそうか、そういうことか、つまりこの子もお腹が減ってこんな夜中に起きてしまったと。おいちょっと可愛いがすぎるぞマジで。
「み、みんなに言っちゃう……?」
「言わないよ。てか言ったとしても誰も怒んないって。なんなら俺も同じ用事だし」
「蒼角と同じ? じゃあマナトもお腹ぐ~ってなっちゃったの? ……もしかしてお昼ごはん、蒼角と半分こしちゃったから……?」
やべ。これは失言だったかも。
ちゃんとした昼飯を用意してなかったのは俺の不手際以外の何物でもないし、蒼角ちゃんが罪悪感を感じる必要はマジで一ミリも存在しない。
「そんなわけない。あの時は本当にもうおなかいっぱいでもう食べられなかったんだ。だから蒼角ちゃんにはむしろ感謝してる」
両腕があった頃なら少しはサマになったかもしれないが、今の色々と欠けた俺がやるには違和感のありすぎるセリフだ。
とはいえ蒼角ちゃんを要らぬ罪悪感から解放する事には成功したっぽいので無問題。
ただ一つ気になるのは、蒼角ちゃんの表情がいつも元気もらってるあの笑顔になかなか戻らない事だけど……ああ、成程、そういうことね。
「冷蔵庫の中身、もう全部食べちゃった?」
「……うん、食べちゃった」
「そっかそっか……蒼角ちゃんはまだお腹空いてる?」
そう聞くと蒼角ちゃんは、今度こそ心底驚いたような表情で俺の顔を見た。
「お、怒らないの? マナト」
「なんで俺が怒るの? だいたいお腹が空くのは蒼角ちゃんのせいじゃないだろ? 誰だってなるものだし。それよりお腹がまだ空いてるならちゃんと食べないと、大っきくなれないよ?」
タダでさえ蒼角ちゃんは成長期なのだ。
このまま順調に大きくなってったら絶対美人になるんだから、俺なんかよりもずっと栄養を取って貰わないと世界の損失だ。
……まぁ、この子は鬼族だし俺とは寿命のスケール違うし、それは流石に冗談だとしても。
心配してるのは本当だし、美人になるというのもきっと絶対本当だ。
「い、いや。そ、蒼角もうお腹いっぱいだよ! ほ、ホントだよ!」
そして本当に分かりやすい、嘘になってない答えを自白する蒼角ちゃん。追撃にぐぅという可愛い音まで鳴る始末で、今のでだいたい俺の腹は決まった。
なんとか説明を考える蒼角ちゃんを尻目に、俺は財布の中身を確認。
思ったよりも分厚い。そういえば、最近馴染みのサメに奢る事も無かったからな。
「ちょっと出かけようか、蒼角ちゃん」
「お出かけ? お外はもう真っ暗なのに? ナギねえに怒られちゃうよ?」
「そ、怒られちゃう。だから内緒ね? 今夜の事は全部俺との秘密。守れるなら、お腹いっぱいになるまでご飯食べさせてあげる」
この子にとってはあまりにも魅力的すぎる提案。
それでもナギねえとの天秤にギリギリまで拮抗していたが、結局は俺の手を取る事に決めたらしい。
この場合、結局は食欲に負けたナギねえと捉えるのではなく、ギリギリまでこの子の本能と拮抗したナギねえと称えるべきだろう。
眠り続ける柳副課長に軽く頭を下げてから六課のオフィスを後にする。
建物の外は案の定真っ暗で、新エリー都中から掻き集めたハイテク機器で周囲要塞見たく固めてる割には、こういう所は使えないよなと思う。
加えて車も既に出払ってるので当然送り迎えは無し。
とはいえここから下町まで徒歩でどうせ二十分程度の道のり。ここはちょっとした運動だと思うことにする。
昔は十分程度で街まで降りれたとはここの古株の言葉だが、ここいらの再開発の為に近隣住民から接収した土地は現在進行形で増え続けている為、ここが本気で陸の孤島と化すのも時間の問題かもしれない。
「うわぁ。夜になるとこんなに真っ暗なんだねこの道!」
「あんまはぐれないようにね蒼角ちゃん。まぁまだ本部が近いし、暗くてもそんなに変な奴はいないと思うから安心していいけど。いやでも、いたところでだからどうしたって話か」
自分で言うのもなんだが新エリー都に名を轟かせる対ホロウ六課の戦闘員が二人もいるのだ。これでどうにも出来ない不審者がいたら多分この街の治安は終わってる。
そうして蒼角ちゃんと歩き続けることきっかり二十分。
コンクリートの無機質な景色も終盤に差し掛かり、温かみのある家屋なんかが顔を出し始めた頃。
「ねぇマナト」
「ん? どうかした?」
「気になってたの。どうしてマナトは、蒼角に優しいのかなと思って」
「どうしてって……別に俺に限らず六課全員蒼角ちゃんには優しくしてない?」
もちろんみんな優しくしてるから俺も、なんてアホみたいな思考停止はしてないつもり。
これはただ単に本心を晒すのが嫌で言った適当で、それこそ鬼に傷口を抉られない為に言った自己防衛だった。
しかし困った事に蒼角ちゃんは、そのような誤魔化しが効く相手でも無く。
「なんとなくだよ? なんとなくマナトが蒼角にする優しいことは、みんなのとは違う気がして……」
更に困った事に、傷口を的確に抉る答えなのである。
「……ちなみに、どう違う?」
「んーとねぇ。他のみんなはしてトーゼン、やって当たり前ー! みたいな感じだけど、マナトのはそうしなきゃダメ、やらなきゃダメ! みたいな感じかなぁ……」
そして俺自身よく分かってない心理状態を的確に言語化してくれる圧倒的直感論者蒼角ちゃん。
しっかし成程、かなり参考にはなる。
みんなのは常識、対して俺のは強迫観念と。
そして、そんな厄介なものをもたらしているのは十中八九──────。
「─────いや、ねぇな。うん、ナイナイ」
「? 今マナト、何か言った?」
「ごめん、なんでもない。本気でどうでもいい事考えちゃってた。俺が蒼角ちゃんに優しくするのなんて、そりゃ簡単。蒼角ちゃんが世界で一番可愛いからですよ」
「わふっ! 急にあたまくしゃくしゃしないでよぉ〜!」
今夜の話は本気で忘れてもらうようにと、蒼角ちゃんの頭を義手で撫でてみたり。
俺もさっさと忘れたいのだが、右腕の痛みを鑑みるに俺の身体は忘れたくないらしい。
我ながら難儀な体質だが、恐らくこの先一生付き合っていかねばならないものなので受け入れる。諦めるとも言う。
そんなことよりも目的地の飯屋はもう見えてきた。
そこは大抵は飲み会終わりの人が朝方日の出と共に寄ってくラーメン屋。
なので俺達は少し早い客だが、蒼角ちゃんの教育に悪い酔っ払いがいないのは実に好都合。
二人だけなのでカウンターに座り手短に注文を済ませる。
大将は蒼角ちゃんを見て一瞬有り得ないものを見るような顔をしても、俺に対しては特に無反応。しかしそれは単にもう慣れたからだろう。
「ここってよく来るの?」
「まあね。マサマサとも良く来るし」
「マナトはハルマサと仲良いよね。マサマサってあだ名で呼ぶくらいだし。蒼角もなんか可愛いあだ名欲しい!」
いや、俺がアイツをマサマサと呼ぶのは、ファンにそう呼ばれるようになって若干引き攣った顔してたアイツが面白くて。つまりバカにしてるだけなのだが。
「でも可愛いあだ名か……マサマサと同じ芸風で行くなら、ソウソウとかカクカクとか……なんか効果音みたいで可愛くないなこれ」
「んー。やっぱり蒼角は蒼角のままでいいかも」
「そのまんまがいいよ蒼角ちゃんは。……と、もう出来たのか。流石に早いな」
寡黙な大将はやることやったら後は客任せと実に好感の持てる職人気質。
その性格は明らかに接客業には向いていないが、そんな文句を圧倒的な味で黙らせる生粋の実力派なのである。
さぁお待ちかねの夜食タイム。俺は健康を重視して選んだ、と言ってもほとんど焼け石に水な野菜ラーメン。
蒼角ちゃんはチャーシューメンと炒飯の大盛りと餃子二枚。賭けてもいいが絶対これでも足りない。
……予想通り、俺がチマチマと野菜を食べ進めてる間に二、三個替え玉をキメる蒼角ちゃん。
炒飯と餃子は当たり前のように食べ終えてるのが頼もしすぎる。
この前どこぞのサメと行った火鍋屋が若干脳裏にチラつくが、なにも焦ることは無い。その為にわざわざ財布の中身を確認したのだから。
なのでそんな暴力的な食事風景を目の前にしても、冷静に野菜ラーメンのもやしなんかを食べ進める俺。
でもおかしいな。金の心配は無いにしても、さっきから野菜と麺しか食べてない筈なのに、見てるこっちが腹一杯になってきたぞ?
「あれ? マナト。もうお腹いっぱい?」
「お腹いっぱいってわけじゃないんだけど……ちょっと休憩。蒼角ちゃんはどう?」
「んー。まだ半分くらいかなぁ」
おーこれで半分……半分!?
やっばこれでエレン超えた。
つか毎日この子のお腹を満足させてる柳副課長が凄すぎるだろ。いや、それとも普段は自制してる方なのか? それで今日は一気に波が来てるってだけの話なのか? どちらにせよ凄いけど。
そうして蒼角ちゃんの健闘の甲斐もあり、最終的にはじき出された弾き出された
もちろんめちゃくちゃ焦った。というかビビった。でも俺だって公務員だし大人なので余裕の表情で会計を済ませる。
クールに体裁を保ったものの。懐の中身も冷えきってしまうオチ。
冗談抜きでやかましいので普通に勘弁して欲しい。
……とはいえ、忙しい日々の気分転換になったのは間違いなく。蒼角ちゃんにとっても今夜が楽しい時間であったのなら、収支的には余裕のプラス。
「そんじゃ行こうぜ蒼角ちゃん。帰るの遅れてナギねえにバレたら大変なことになっちゃうだろ?」
「うん! ごちそうさま! 次は蒼角がマナトにご飯食べさせたげるからね!」
いくらなんでも蒼角ちゃんくらいの子に奢らせる訳はないけど。
そうだな。今日やったみたいな半分こくらいは、許されるのかもしれないな。
─────さて、新エリー都の夜は未だ深く。その暗闇は頭を悩ませるホロウ関連の問題を脳裏に映し出したりする。
目下現実逃避したい理由は様々で、しかしそれを許してくれないのが、頭を悩ますこの難題達。
白祇重工が襲われたとか言う未知の化け物だの。ラマニアンの活性低下に乗じて消そうって言うバレエツインズの共生ホロウの下見だのなんだの。
……うん、そりゃ俺もかなり辛いなぁとは思うけど。それよりもマサマサは本気で過労死しないよなという心配が浮かぶ辺り、俺も結構仲間思いだったりするのである。