生活ができないから面白い。
俺の女(隣の家のおばあちゃん)は、いつも俺に何かくれる。俺からは何もあげていないから、大根を干すためのネットをプレゼントしたら少女みたいに喜んでくれた。女が喜ぶと書いて嬉しい。女が喜ぶと男は嬉しい。この世で一番いい仕事をした気持ちになる。俺の女には、俺の家の畑を無料で使ってもらっている。お金を出すよと言われるが、お金を出してもらうのはつまらない。その代わりに、俺の女は畑の収穫物を俺にくれる。自分に何かあった時、自分の面倒を見てくれる女が二十人くらいいたら、家も金も仕事もなくてもきっとどうにかなるのだろうな的な気持ちになる。
東京在住の女性K様から「坂爪さんに会う時は一時間一万円とか値段を決めたらいいのではないでしょうか」と言われた。まったくもってその通りである。一時間一万円貰えたら、一日一人に会うだけで生活ができる。自由になる時間も多い。だが、私はそれをやらない。なぜか。生活ができてしまうからだ。生活ができてしまうことのつまらなさ。生活ができないから面白い。私は私の値段を決めない。所持金がないから、呼ばれた場所に行くための交通費は貰う。あとはFREE。百万円貰えるなら百万円貰うし、自腹を切って行くこともある。値段は、時と場合によって変動する。
奢られても会いたくない人と、奢られるなら会ってもいい人と、自分が奢ってでも会いたい人がいる。自分からは何も差し出さないで、得ることだけ考えている人とは会わない。と言うのは嘘で、会う。誰にでも会う。誰にでも会って「人間界は面白いなあ」と見識を深める。言い訳や愚痴を聞かされるのは大嫌いだ。と言うのは嘘で、面白ければ言い訳も愚痴も大歓迎。結局、面白いかどうかに収斂される。面白ければ留まるし、つまらなければ離れる。そして、最も大事なことは黒字フィニッシュ。経済的か、精神的か、あるいはその両方の意味において、黒字で終わることが重要。会った後に「損をした」と思うような会い方はしない。つまらないなと思ったら、速攻で離れる。
カウンセラーの女性から「坂爪さんの生き方はナチュラルに女性を救っているから会いたい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。この『私の正しい使い方である』という言葉は、すべての使い方に適用される。たまに「私は坂爪さんの正しい使い方をできていますか」と聞かれるが、正解はない。聞くな。野暮だ。カウンセラーの女性から「坂爪さんにも悩みはあるでしょ?人の話を聞いているだけじゃなくて、あなたの本当の望みは何?」と、頼んでもいないのにカウンセリングマウントを取られた。本当は何をやりたいのと聞かれたので「お前を殴りたい」と言った。実に不快だったが、不快な時の自分が好きだ。話を聞きたくない時は耳を塞ぐし、汚い人を見た後は「俺の瞳が汚れた」と思って、目を洗浄する。
家や自分を開放しているのは、慈善事業がしたいからではない。単に「その方が面白い目に遭えると思ったから」であり、それ以上の理由はない。毎日が面白いと言えば毎日が面白いし、毎日が普通だと言えば毎日が普通である。熱海の家は、旦那から暴力を受けて母子共々逃げ出して来た緊急避難民の方にお譲りした。いまの私に家はない。金もないし、仕事もない。能動的に緊急事態宣言を発令して、危険を生きる。弱気になった時は、映画を見るか中国の殺到経済を思い出す。中国人は懲りない。事業に失敗しても、懲りずに次の事業を始める。どんどん始めて、どんどんやめる。へこたれない。懲りない。これから東京に行く。
坂爪さん、こんにちは。
先日のnoteの、
「家族も友達も恋人も嗜好品」の一文に「あっ。うっ、ぐぉっ」と図星すぎて変な声が出たのです。
知ってた!知ってたよ!
そして今日の
「生活ができてしまうつまらなさ」の一言に、またしても「はぐゎ……っ!」と少年ジャンプのザコが死ぬときの声みたいなのが出てしまいました。
「生活できてしまうこと」が、つまらない?!
驚き……じゃなくて、
こころの奥底では、どうやらわたしもそう思ってたっぽくて、またしても図星を刺されてアタマを抱えています。
生活できたほうがいいに決まってるじゃん!
わたしの死角をどんだけついてくるんですか!
好き!!
支離滅裂ですが、この湧き上がる痒さ?にも似た感覚を、どうにもぶつけたくなったのでぶつけます。
どうぞよい1日を!
おおまかな予定
11月22日(土)東京都中央区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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