【呼吸】「なぜ人は疲れると口呼吸になるのか?」~理学療法士がみる、呼吸と姿勢の深い関係~
「最近、疲れてくると口で呼吸してる気がするんです。」
臨床でもこんな言葉を耳にすることは少なくありません。無意識のうちに口呼吸に移行している方。意識して鼻呼吸をしようとしても「苦しい」と感じてしまう方。そこには明確な理由があり、体の中では様々な“変化”が起こっていることを示しています。
今回は、理学療法士の視点から「なぜ人は疲れると口呼吸になるのか?」を紐解き、口呼吸と姿勢・アライメントの密接な関係を読み解いていきます。
■ なぜ疲労とともに口呼吸になるのか?
人が「鼻」ではなく「口」で呼吸するようになる背景には、さまざまな要因があります。いくつかの観点から見てみましょう。
1. 運動負荷と酸素要求量の増加
一番わかりやすい理由が、運動負荷に伴う酸素摂取量の増加です。鼻はフィルター機能や加温加湿機能に優れていますが、一度に取り込める空気の量が限られます。身体が「もっと酸素がほしい」と判断すると、より多くの空気を一気に取り込める口呼吸が優先されるのです。
つまり、酸素の需要が供給を上回ったときに、口呼吸は“代償的戦略”として現れるのです。
2. 姿勢変化と呼吸筋の機能低下
疲れてくると、自然と背中が丸くなり、いわゆる「猫背」の姿勢になります。すると、胸郭(肋骨のかたまり)が広がりにくくなり、横隔膜や肋間筋などの呼吸補助筋がうまく働かなくなるのです。
その結果、胸郭の可動性が低下し、鼻呼吸では空気を十分に吸えない状況が生まれるため、口呼吸への移行が起こると考えられます。
3. 横隔膜機能と自律神経の影響
もう一つの大きな要因として見逃せないのが、横隔膜の攣縮(れんしゅく)や硬化です。
横隔膜は自律神経と密接に関わっている筋であり、交感神経が過活動になった状態では柔軟に収縮・弛緩することが難しくなります。過緊張状態に陥った横隔膜は、吸気に必要な動きを発揮できなくなり、結果として口呼吸で「吸いやすさ」を補おうとするようになります。
ストレス・疲労・睡眠不足など、現代人に多い自律神経の乱れが、このプロセスに拍車をかけています。
■ 鼻腔の狭さや解剖学的構造も関与
さらに、そもそも鼻腔が狭い、もしくは鼻中隔が曲がっている、アレルギー性鼻炎があるなどの要因も、口呼吸を誘発します。特に長期間の口呼吸が癖づいている人は、鼻腔の使用頻度が下がることで鼻の通気性がさらに悪くなり、負のループを形成してしまいます。
■ 口呼吸の人に共通する身体的特徴
ここまで読んでくださった方には、口呼吸が「ただのクセ」ではないことが伝わったかと思います。では、**口呼吸の人にはどのような身体的な特徴があるのでしょうか?**いくつか代表的な例を挙げます。
頭部前方位(フォワードヘッド)
胸郭の硬さ
肩甲骨の前傾・下方回旋
骨盤の後傾
下顎の開き、舌の沈下
こうしたアライメントの乱れは、呼吸の質を落とすだけでなく、全身の運動機能にも影響を与えるため、非常に重要な観察ポイントとなります。
■ 口呼吸は治療の指標になる
「口呼吸=悪」という認識ではなく、**「口呼吸という現象から何がわかるか」**が重要です。理学療法士としては、姿勢や動作の評価の際に「この方は口呼吸傾向があるな」と気づくことができれば、それは大きなヒントになります。
口呼吸の方は、呼吸パターンが乱れていることで姿勢保持筋や体幹の安定性が落ち、腰痛や肩こり、頭痛といった問題にも発展しやすいです。そのため、治療・評価・運動指導の“入口”として口呼吸は非常に有効な指標になりうるのです。
■ では、どうアプローチすればいいのか?
最後に、口呼吸傾向が見られる方への簡単なアプローチをいくつかご紹介します。
腹式呼吸の誘導(特に仰臥位での練習)
横隔膜リリース(みぞおち周辺の筋膜アプローチ)
胸郭の柔軟性獲得(肩甲帯や胸椎へのアプローチ)
舌の位置の再教育(舌先が上顎にあるか?)
鼻うがいや鼻腔拡張テープなどの物理的介入
もちろん、すぐに改善するものではありませんが、「なぜ今この人は口で呼吸しているのか?」を丁寧に読み解くことで、患者の治療は大きく進展します。
■ まとめ
疲れてくると口呼吸になる──その背景には、酸素要求量の変化、呼吸筋の制限、自律神経の乱れ、鼻腔の問題、そして姿勢の崩れといった多くの要因が絡んでいます。
単なる「癖」として見過ごすのではなく、全身の機能評価の一部として捉える視点が、理学療法士としての治療効果を大きく左右すると私は考えています。
「呼吸は、その人の今の状態を映し出す鏡」です。ぜひ一度、患者さんの呼吸に、そっと意識を向けてみてください。


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