「俺のせいや」 山上被告を変えた兄の自殺 絶望の果ての復讐か 妹の証人尋問詳報

妹の証言を聞く山上徹也被告=奈良地裁
妹の証言を聞く山上徹也被告=奈良地裁

令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の公判では、18日と19日に被告の妹の証人尋問が行われた。妹は「宗教2世」としての苦しい生い立ちを証言。絶望から抜け出そうとも「合法的にはどうすることもできなかった」と述べた。

「今までほとんど自分の生い立ちを話したことはありません。忘れようと生きてきました。辛かったり、苦しかったり、死にたかったりした思いが思い出されてしまうので」

証言台の妹は今にも泣き出しそうな声で語り始めた。遮蔽板に遮られ、その姿は傍聴席からはうかがえない。「それでも今回はお話ししたい」。こういうと、旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)に入信した母親に翻弄された家庭状況を証言し始めた。

自身が生まれる前に父親は自殺し、物心がついた頃には母親の実家で祖父と母、長男、被告との5人暮らし。長男は病気で失明し、開頭手術も受けるなどしており、健康面の不安に心を痛めていた母親が教団に入信したのは平成3年。妹が小学1年の頃だった。妹は当時の母親の異様な様子を覚えているという。

母親の信仰を「受け入れられない。気持ち悪い」

弁護人「入信の様子は」

妹「私は母と同じ部屋。教祖の写真を置いたり祭壇を置いたりし、毎朝毎晩、土下座してお祈りしていた。電気を消して、ろうそくの火のなかで。先祖がいかに悪いことをしてきたかということをいっていた」

弁護人「どう感じた」

妹「受け入れられなかった。気持ち悪いなと思った」

母親の信仰は家族にも影響を与え始めた。

弁護人「母親は家をあけていたか」

妹「平日は学校から帰ってきてもいない。日曜も午前中は教会」

弁護人「教会のイベントに連れていかれたことはあったか」

妹「『パフェを食べに行こう』といわれ、母は普段めったに遊びに連れて行ってくれないのでうれしくてついていったら教会のイベントだった。だまされたと思った」

弁護人「母親が(教団本部がある)韓国に行くのを祖父はどう思っていた」

妹「祖父は観光だと思っていた。帰ってきてから統一教会に行っていたと分かり、すさまじく激怒した。祖父は私たちにも怒鳴り、『面倒を見切れない。出ていってくれ』といった」

弁護人「ショックだったか」

妹「そうです。母は統一教会と献金で頭がいっぱいで、私には無関心。小学生で40度の熱を出した時も病院に連れて行かれず、母は統一教会の活動に行くくらい。祖父だけは私と徹也に愛情を注いでくれた唯一の存在だった」

「2人で逃げた方が楽に生きていける」

妹「これから先どうなるんだと不安の中で生きていた。(被告と)2人で逃げた方が楽に生きていけるんじゃないかと思った」

そんな祖父は10年に死去。生前「財産は孫たちに残す」といっていたが、遺言書は作っていなかった。母親は「天国に行けるように献金する」と話したといい、実際にその後、自宅などを売却しアパートに転居。この頃までの献金総額は1億円あまりに上り、母親は14年に自己破産した。苦しい家計は家族の関係をさらに悪化させ、特に被告の兄である長男は教団を激しく敵視した。

弁護人「祖父の死後、長男が暴力を振るうようになった」

妹「(長男は高校を卒業したばかりで)大学進学でもめていた。『お前が献金したせいで自分の進路が決められへん』といって包丁を振り回したり、『死んでやる』と暴れたりしていた」

弁護人「母親は骨折もした」

妹「階段から突き落としてあばら骨が折れたことがあった。包丁が当たったこともあった。(長男をなだめていた被告が14年に海上自衛隊に入隊しいなくなると)暴力がひどくなり、『やめて、助けて、殺される』という母親の声が毎日聞こえた」

弁護人「当時の感情は」

妹「とても辛かった。母が殺されたらどうしよう、帰ったら家が燃えていたらどうしようという思いがあった」

「母の顔をしているから突き放せない」

被告が17年に自殺未遂をしたことをきっかけに教団が家族に返金を始めると、こうした状況はいくぶん改善した。返金された金について被告は「妹のために使った方がいい」と訴え、妹は大学に進学。「徹也のおかげで大学に行けた」と感謝した。被告から「一緒に家を出よう」と誘われたこともあったという。その後、妹は就職し25年ごろに家を出たが、返金を管理しているはずの母親からは、韓国への渡航費用や生活費などの無心が続いた。

弁護人「具体的に覚えていることは」

妹「家の前から私の腕にしがみついて、50メートルくらい引きずって歩いた。私に関心はないくせに、無心するときだけ親の顔をしてきて本当に腹が立った。母の皮をかぶった統一教会の信者。でも母の顔をしているから突き放すことはできなかった」

当時の思いが胸にこみ上げたのか、おえつを漏らしながら言葉をつなぐ。その後、27年に長男は飛び降り自殺。被告は普段感情を表に出すタイプではなかったというが、当時の尋常ではない様子をよく覚えているという。

弁護人「葬儀や通夜での徹也さんの様子は」

妹「徹也は遺体から一晩中離れずに『俺のせいや』と、本当に辛そうに悔しそうに泣いていた」

弁護人「それ以降は被告と疎遠になった」

妹「はい」

被告は翌年以降、気にかけていた妹と会うこともなく、平成30~令和元年には来日した教団幹部の襲撃を計画。手製銃を作ると令和4年7月に安倍氏に向けて発砲した。

弁護人「安倍元首相が襲われたことは不思議に思わなかったか」

妹「思わなかった」

弁護人「なぜか」

妹「母の部屋に安倍元首相が表紙の統一教会の機関誌があった。母の妹も統一教会の信者だが、選挙の時に自民党候補者に入れてほしいといわれたことや、(安倍氏が教団の友好団体に寄せたビデオメッセージ)映像も素晴らしいからぜひ見てほしいといわれたこともあった」

「復讐できるならしていたかも」

弁護人「山上家の子供はどうすれば事件は起こさなかったと思うか」

妹「統一教会に破壊された被害者だが、法的には被害者ではない。合法的にはどうすることもできなかった。徹也は絶望の果てにこんなことになってしまった」

弁護側は妹の証人尋問を通して、被告が身を置いていた「宗教的虐待」といえるような家庭環境を詳細に立証。一方で検察側は反対尋問で、妹が逆境にありながらも、アルバイトに励むほか、親族の援助や奨学金も得ながら、人生を切り開いてきたことを明らかにした。ただ、その中でも教団に対する妹の本音が漏れる場面もあった。

検察官「統一教会に反感は」

妹「持っていた」

検察官「統一教会への復讐(ふくしゅう)を考えたことはあるか」

妹「復讐(ふくしゅう)するというより、かかわり合いたくないという気持ち。復讐できるなら、していたかもしれない」

検察官「どんな復讐」

妹「統一教会をなくすことです」

検察官「活動はしているか」

妹「していない」

妹は事件後に結婚。被告が弁護士を通じ、拘置所から「結婚祝い」を送っていたこともこの日の尋問で明かされた。「大好きなお兄ちゃん」「自慢の兄」。子供時代の被告への思いをこうも話した妹に対し、被告は尋問終了後に頭を下げる場面もあった。

被告側は殺人罪の起訴内容を認めており、主な争点は量刑。20日からは5日間にかけて、被告人質問が行われる。

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