生活保護費、新基準で減額へ 違法判決後も国の強硬姿勢、原告らと溝

高絢実 編集委員・清川卓史

 2013~15年の生活保護費の大幅な引き下げを違法とした最高裁判決を受け、厚生労働省は21日、新たな基準をつくり、違法とされた方法とは別の方法で引き下げをやり直すことを決めた。違法とされたデフレ調整の減額率は4.78%だったが、今回は2.49%の減額とし、差額を原告や原告以外の当時の利用者に支払う。原告には別途、特別給付金を支払う。

 今の臨時国会に提出予定の補正予算案に必要な費用を盛り込む。追加で支給される保護費は2千億円規模の見通し。原告側は、原告以外の当時の利用者も含め、13~15年に引き下げられた全額の支払いを求めている。

 厚労省は当時、生活保護費のうち、食費や光熱費など日常生活費に支給する生活扶助の基準額を全体で平均6.5%、最大10%引き下げた。厚労省独自の指標で物価下落を反映させる「デフレ調整」と、一般の低所得世帯との均衡を図る「ゆがみ調整」という二つの引き下げ方法が用いられた。

 今年6月の最高裁判決は、ゆがみ調整について違法としなかったが、デフレ調整は違法とし、原告への引き下げ処分は取り消された。原告の生活扶助基準は13年の引き下げ前に戻った状態にある。

 厚労省は判決を受け、専門委員会を設置して対応を検討。委員会での議論を踏まえ、適法とされたゆがみ調整は再び実施すると決めた。さらに、違法とされたデフレ調整の引き下げ部分は、消費実態に基づいた方法で一部引き下げをやり直すことにした。

 デフレ調整の減額率は4.78%だったが、消費実態に基づく減額率は2.49%とした。厚労省は新たな保護基準をつくり、原告と原告以外の当時の利用者にこの差額を支払う。1世帯あたりの支給額は、やり直しをしなかった場合の約20万円から約10万円に下がる見込み。引き下げ処分が取り消されている原告にとっては、本来受け取れるはずの額が減るため、特別給付金を追加し、デフレ調整による減額分を全て支払うようにする。

 消費実態に基づく引き下げの減額率について、18日に公表された委員会の報告書では2.49%、4.01%、5.54%の三つの減額率の案を提示していた。

編集委員・清川卓史の視点

 政府が示した方針は、原告らが望んだ被害回復と大きくかけ離れたものとなった。最高裁判決で「違法」とされたデフレ調整(物価下落を反映した減額)とは別な方法による2.49%の再減額、という対応が決まったことで、問題解決への道筋はまた見えなくなった。

 原告ら利用者は2013年以降、違法に減額された生活保護費のもとで、厳しい暮らしを余儀なくされてきた。原告のうち2割以上が、被害の救済を受けられぬまま、亡くなっている。

 「やっと私たちの声が届いた」。減額を「違法」と断じた最高裁判決を受けて、全面的な被害回復を原告らは求めてきた。

 原告側は新たな裁判も辞さない構えで再減額に反対してきた。厚生労働省の専門委員会でも、原告への再減額は紛争の「蒸し返し」になると法学系の識者が反対意見を述べていた。強い反対、懸念の声があるなかで、再減額という結論となった。

 原告らは「声をあげられない利用者のためにも」という思いで10年を超す裁判を闘ってきた。利用者を代表してデフレ調整の違法性を追及してきた原告側からすれば、特別な給付を原告にのみ上乗せするという対応も、容認できるものではない。この区別は一歩間違えば、当事者間の分断や原告へのバッシングを引き起こす危うさをはらむ。

 さらに、違法な減額が誰の指示でなぜ行われたのかという本来不可欠であるはずの検証も、再発防止策の検討も、まったく手つかずだ。

 厚労省専門委では、原告関係者は会場傍聴すら認められず、意見聴取も一度だけ。勝訴した原告らを極力遠ざけて進めた審議だったと言わざるをえない。

 このような対応では、原告側との和解や問題解決のステップにはならず、紛争の長期化は避けられない。それを覚悟のうえで強行したというなら、あまりに乱暴だ。

 当事者の訴えを軽んじる。専門家らに疑義を指摘されても押し切る。かつて違法とされた引き下げと同じような過ちを、国が繰り返していると思えてならない。

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この記事を書いた人
高絢実
くらし報道部|社会保障担当
専門・関心分野
外国人、在日コリアン、社会保障全般
清川卓史
編集委員|社会保障担当
専門・関心分野
認知症・介護、貧困、社会的孤立
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    安田菜津紀
    (フォトジャーナリスト・D4P副代表)
    2025年11月21日18時46分 投稿
    【視点】

    暴挙としか言いようがありません。最高裁判決が出てなお、「真摯に謝罪し、すべてを補償し、再発防止のための検証を徹底する」以外の選択肢があること自体が驚きです。「たとえ国が違法な振る舞いで生存権を踏みにじったとしても、後付けの理由を持ち出して蒸し返し、決して全被害回復に責任を負わない」という悪しき前例を作ることになります。 引き下げの違法性を問う裁判の原告は、凄まじいバッシングを浴びながら10年以上声をあげてきましたが、補償をその「対価」のように扱うべきではありません。原告以外の生活保護利用者も被害を受けているにもかかわらず、あえて選別し、当事者を分断させること自体もまた暴力です。

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