人生を揺らすレモン石鹸
YouTubeに、高校サッカーの各都道府県の決勝戦を短くまとめたものがアップされているので見ている。私はサッカーに詳しいわけではないし、それが高校サッカーともなれば、どの高校が強いとか、昨年の優勝校はとかは、もう全くわからない。知っている選手なんて当然いない。高校サッカーに関わらず、知っている高校生がいない。知り合いに高校生なんていないのだ。
どの高校も決勝戦なのでレベルが高いように見える。サッカーなんて全然知らないので、普段も見ないので、レベルを語るほどの知識も経験もないのだけれど、イメージにあるサッカーが繰り広げられているので、やはりレベルは高いのだと思う。
ただ私が見ているのでサッカーではない。青春の一ページみたいものだ。試合終了の笛がなると選手たちは倒れ込み悔しがる。解説ではA君とB君は小学生時代からの大親友で、小学校、中学校、高校と12年間一緒にサッカーをして来ましたと言っている。そんな情報の後に、A君からのパスでB君がゴールを決める。マンガだ、ドラマだ、青春の一ページだ。
私の出身高校が優勝していた。
私が通っていた頃はサッカーが強いと聞いたことはなかったのだけれど、いつのまにか強くなったのだろう。通っていたのでその高校の雰囲気は、おそらく当時とは違うだろうけれど、ある程度は想像できる。
そこで思うのだ。
あの高校に青春の一ページが存在したの? と。考えられない。あの高校に青春の一ページが存在することが想像できない。私に友達なんて一人もいなかったし、運動会も文化祭も遠足も不参加だった。考えてみれば自分から青春の一ページを放棄しただけで、青春の一ページどころか、青春の28ページくらい実は存在していたのかもしれない。
当時の私は一刻も早く卒業したいと思っていた。それは青春の一ページがないから。むりくり青春の一ページを探せば、レモン石鹸の使用量がおそくらその高校一だったことかもしれない。
ちなみに今年の高校サッカーのコピーは「人生を揺らす一点」のはず。私が揺らしたのはレモン石鹸の入った蛇口に引っ掛けられたネットだった。サッカーもネットを揺らすために頑張るわけだけれど、同じネットなのにこうも違うのかとクラクラする。こっちのネットにはすでにレモン石鹸が入っている。手が綺麗になるのはどっち、ってことだ。
サッカーは手を綺麗にすることを目的としていない。ただ当時の私はその一点において情熱を注いでいた。別に情熱を注ぐつもりなんて微塵もなかったのだけれど、休み時間になると友達のいない私は暇を持て余して、やることがなかったので、廊下の水道のある場所に行き、レモン石鹸で手を洗った。人生で一番手が清潔だった時代ではないかと思う。雨の日も晴れの日もひたすら私はレモン石鹸のネットを揺らした。
私の出身高校が県大会を優勝したわけだけれど、その選手たちより、私の方が結果としてはネットを揺らしていたはずだ。同じネットを揺らす行為をしていたのに、なぜ青春の一ページに違いがあるのか。こんなにネットを揺らし、あんなにレモン石鹸を泡立てて、そんなにも手を綺麗にしたのに。
誰も応援してくれなかった。友達がいないから。ネットを揺らしても駆け寄ってくる人はいなかった。彼女もいないから。そもそもチームメイトという概念がない。レモン石鹸で手を洗っているだけだから。
レモン石鹸を見ると私のそんな青春を思い出す、と書きたかったのだけれど、レモン石鹸を高校卒業以降、見た覚えがない。調べたら2014年に製造が終了したらしい。青春が終わった、と書ける日がくるとは思わなかった。
製造終了は悲しいけれど、部活も何もやってなかった私としては、レモン石鹸こそが青春であり、その製造終了はある意味、青春の終焉を意味する。またどこかでレモン石鹸のネットを揺らしたい。



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