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ミタマタケハヤ ─ 玄慈霊域伝 ─

8 / 12

6分

蒸気の術法

   八  なつめは土さえ被せられていない村びとの遺体を見、天慈颶雅之毘売(あまじくがのひめ)様への祭文を唱えると、火術を放った。  燃え上がるのは、いずれもが一定の年齢──成人した妖怪がほとんどである。  このことから村を襲撃した連中が妖怪売買を生業とする奴隷商人であることは確定的であり、その確信的かつ悪辣な犯行は、おおよそ看過していいものではないと思えた──少なくともなつめは神使云々以前に、一人の妖怪として、これを見過ごそうとは思えなかった。  火蓑は手を合わせ、小声で「さようなら」と呟いた。その痛々しい様子に、なつめは胸を握りつぶされるかのような感覚を味わった。  燃え上がる妖怪たちは皆いずれも裸に剥かれている。おそらくは奴隷商以外にも商人が随伴しており、身ぐるみはいで衣服やなんかを買い取ったのだろう。  妖怪が身にまとうものは、各々の妖怪の種族に適したものが多い。  その素材は、人間では繊維に加工するのが難しいものもある。故に、妖怪の衣類は商人に買い取られて繊維に解し戻された後で転売され、利益に繋げられる。  なつめの拳は真っ白になるまで握り込まれていた。  かれこれ九十年近く生きている。ときに、三十年ばかり外を旅して人間の世を見た。その都度思い知らされる醜悪。けれど、中には美しいものも多々あった。  ──その美徳さえも、今となっては煩わしいほどに。なつめは人を、恨んでいる。  天狗は高慢だと言われるが。けれども、これほどの仕打ちを受けて、なぜ人を見下さずにはいられよう?  とうとう泣き崩れる火蓑を、なつめはそっと抱きしめた。    〓 「おれっ──たちは、妖怪に奪われた連中が、集まった……傭兵なんだ」  生捕りにした男は指の爪を二枚ひっぺがされたところで、玄慈にむき出しの指肉を長巻の柄頭で叩き潰されると、絶叫と共に観念し、諸々を泣きながら語った。  潰れた指は、失血死しないように焼いて塞いである。  嗚咽し、「ちくしょう、腐れ妖怪どもが」と吐き捨てる。和真がひと睨みすると、男は続きを喋った。 「妻や子を妖怪に奪われた、俺たちは……ある殿様の命令で、ここへきた。妖怪を攫って、その女子供に半妖を産ませる。そして成長の早い半妖を、戦に用いるために……」  悍ましい──反吐が出るような理由での乱妨取りだったというわけだ。  これには玄慈もたまらず男を掴み上げ、その顔貌を殴りつけた。 「復讐は当人にすりゃあいいだろう! ところ構わず糞()り散らかしやがって!」 「うるせえ、奪られたもん、奪り返してるだけだろうが!」 「殿様ってのは誰だ」和真が氷のように冷たい声で言った。  男は自らの指の爪を躊躇いなく抉り剥がした鬼青年を酷く恐れ、びくりと震え、「い、井筒国(いずつのくに)滝落子(たきおとしのこの)井口剣八郎(いぐちけんぱちろう)だ」と答えた。 「井筒国……」 「わかるか、和真」 「北に隣接する国だ。川を境に、この山岳郷と接している。……ということは、お前らの戦相手は深月国(みづきのくに)か」 「あ、ああ……頼む見逃してくれ、しくじったと知られたら、一族郎党皆殺しだ!」  和真は納屋に立てかけられていた手槍を掴んだ。 「知ったことじゃないが、お前、俺らが見逃したところでどう帰る? その後どうやって一族を守るんだ」 「逃散する。どうにかして、」  玄慈は焦れて、和真から槍をひったくり、男の喉を、胸を、腹を突いた。  ゲボゲボと血を吐き、痙攣する男。御霊が抜けた体から、糞尿が溢れる。 「おい」 「生かしておいても同じことを繰り返すだけだ。……俺の、母様の仇かもしれない。それにあの子の。……許せるかよ」 「…………。……俺らが殺った遺体も集めるぞ。焼いておく」 「なんで! 風葬で上等だ!」玄慈は、和真に詰め寄った。 「人間のためじゃない。奴らの穢れをこの郷に残したくない。疫病が蔓延したらどうする」  死の穢れは放置すれば疫病を招く。和真はそれを未然に防ごうと、そう言っているに過ぎない。  理屈はしかと通っていて、なにも、間違ったことは言っていない。  玄慈は槍を放り捨てて、「悪い」と謝った。 「そこらの辻に集めて焼く。時を食うと屍肉のにおいを嗅いで化獣が寄ってくる。急ぐぞ」  二人は自らが仕留めた遺体を拾い集め、丁字辻に集めた。積み重ねたそれを、和真が紙札をさっと振って火術をを熾すと、それで焼き払う。  残った骨を穴を掘って被せ、人間の墓を作ってやる。墓といってもそこらから持ってきた石を置いただけの簡素なものなのだが、何もなく野晒しでは、流石に非道だと、冷静になった玄慈は思った。  村びととそこを襲撃した人間の遺体を焼いて弔うと、一行は一旦村から離れた。  今の今まで無数の御霊が天に昇った場所である。死の穢れは未だそこにあり、時が経つまで寄るべきではないと考えた。  行く宛のない火蓑をどうすべきか、それが問題である。  来た道を引き返して、神社に預けるか。玄慈がそう言おうとした時、 「私も連れて行ってください」  火蓑は三つ指をつき、深く頭を下げた。 「連れて行くって、俺たちはこれから危険な土地を巡るのだぞ」玄慈はやや強い語調で言った。 「山歩きなら慣れています。この額狩岳で十八年、歩き続けてきたのです」 「十八……? 君は十八歳なのか?」 「正確には、二十一です。三つになった頃から父の仕事についていました。豆狸ゆえ体躯は小さいですが、体力は鬼や天狗にも劣りません」  火蓑はなおも懇願する。 「お願いします。荷物持ち、炊事洗濯なんでもやります。山仕事なら一通りこなせます」  なつめは火蓑の顔を上げさせると、「私たちは一旦、人間の動向を掴んだのち、彼らをこの山から追い出すために動く。過酷な旅になる。命の保証はできないわ」と告げた。 「それでも、それでもです! あの娘は家族の仇討ちさえしなかった、などと笑われるくらいならいっそ舌を噛んで死にます!」 「……わかった、連れて行くわ。二人ともいいわね」  玄慈は頷いた。和真も渋々と言った様子で首を縦に振る。  火蓑は「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた。  それから一向は少し離れたところの小高い岩場で狼煙を焚いた。手元には、井筒国から妖怪を奪いにきた略奪者の鉄砲の揃えがある。  カラクリに理解があるなつめは、同じく村でカラクリいじりをしていたという火蓑と共にそれを一つ、分解して機構を調べていた。 「これ」なつめは火箸で摘んだ丸っこい、白骨のような石を見ていった。「水が触れると高熱を発する。なるほど、これで蒸気を発生させているのか。蒸気石とも言えるものね」 「こちらの筒は、高圧で水を溜めおく槽のようなものです。素材自体も、高熱高圧に耐えられますが、いわばこれは……」 「爆弾を背負って戦うようなもの、か」和真がそういった。  玄慈は思い出す──和真が放った矢が、背負っていた「蒸気機関」を粉砕した瞬間に、蒸気が爆裂したのだ。それによって一人、背骨を砕かれて即死していたことも。 「俺たち妖怪にはこれくらいの備えがいるということか」玄慈はどこか他人事のようにいう。今まで、妖怪を攻めるという考えを持たなかった若者らしい発言であった。 「玄慈様」火蓑が言う。「だとしても、この鉄玉一つ頭に貰えば、妖怪とて死にます」 「わかっている。簡便な結界術に、身を固める硬化術は使えるとはいえ、油断はするなと言うことだな」  玄慈が答えると、なつめと和真は頷いてみせた。  時刻は夜。  焚き火を起こして、玄慈が餌で罠場まで釣り、そこへ網を投げて捕まえたオオウサギを捌く。  和真が鉄鍋で沸騰させた湯に味噌玉を溶かし、玄慈はそこに肉を入れた。なつめと火蓑が食べられる山菜とキノコを入れ、山獣狩鍋(やまししがりなべ)を作る。  ここに砂餅(すなもち)があれば天狗鍋になるのだが……。  そこへ、空から文鳥天狗が二人、降り立った。  黙礼した彼らはなつめと二、三言葉をやりとりして、略奪軍の鉄砲を回収すると、飛び去っていく。  ここで起きたことと、人間の装備が神社に通達できた──ひとまず、危険の共有はできただろう。  夏が徐々に終わっていく夜、四人は交代の見張りを立てて、各々用意していた毛皮の毛布にくるまって眠りについた。

初回投稿日時:2025年11月16日 10:31

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