厨村の生き残り

   七


「助けて!」


 オオヅツヘビを解体した玄慈ら一行。

 頑丈な大筒蛇の皮と大筒蛇の鱗を回収し、残った骸と素材は自然に還そうとその場を去ろうとした。その時、女の声が藪の向こうから聞こえた。

 ひょっとして血の匂いを嗅いだ化獣ばけものが寄ってきて、そいつに周辺にいた者が襲われたのかと身構えた玄慈だが、和真が「待て」と手で制した。彼は弓を下ろして静かに姿勢を正す。

 なつめが目を細める。フクロウの目は、並の妖怪では見えないような暗さを見通し、遠方の光景を指先の景色のように拡大できるという。


 藪を掻き分けて、見たところ十かそこらの少女が飛び出してきた。化け狸の少女である。

 栗色と焦茶色の毛色が混ざり合い、しゃもじのような狸の尾が二本、腰から揺れている。丸っこくも、三角形とわかる耳を頭頂部に持っていた。


 彼女は継ぎ接ぎされた着物を着込んで、見るからに百姓(=多くの身分や仕事を指す者のことで、一般に聞く、農家だけを指す言葉ではない)の子といった様子だ。

 体には小さな傷があり、山暮らしが長い玄慈は、悪くすれば膿むような傷もある、と慌てて酒精濃度の高い酒を取り出す。


 なつめが泣きながら走ってきた少女を抱き留めて、「落ち着いて、何があったの」と優しく問う。

 その間にまず和真が真水で腕の深い切り傷を洗い、玄慈が酒で病の気を祓う。それから薬草を煎じた塗り薬を塗布した包帯を巻き付けていった。


 少女は治療されている間嗚咽しながら「母上も父上も殺された! 殺されたんだ!」と言った。

 それから、「雷みたいな音がする杖を持っていたんだ」と言い、「雷は、神様のものだ!」と怒りをあらわにする。


 和真が顎に手を当てる。

「雷のような音がする杖……まさか鉄砲か?」

「可能性は高いわね。……あなたのいたところは、なんていう村? 厨村であってる?」

「うん……平地の人間が、居座って、近寄れないんです」


 なつめの視線が「放って置けない」と語っている。

 これには玄慈も同意であった。御神命がどうとかという話ではない。同じ郷の仲間として見過ごせないのだ。

 和真も頷いて、同じ意見であることを示した。


乱妨取らんぼうどりというやつか」和真は怒りを隠そうとせずに吐き捨てる。「放っておけるか」

「この子はどうする。俺たちの誰かが守りにつくのがいいと思うが」

「なら私が。ひとを守るのには慣れているから」なつめがそう言った。確かに彼女の格闘技術があれば、乱暴者が束になって襲い掛かろうが容易くねじ伏せられそうである。


 玄慈は和真を見、互いに頷いた。

 すべきことが決まればあとは行動だ。

 事前になつめに見せてもらった鹿皮紙の地図で、廚村の位置は大まかに把握している。

 それでも現地民の案内に勝るものはない。


「えと──俺は玄慈。こっちのお兄ちゃんは和真で、そっちのお姉さんはなつめ。君は?」

火蓑かみの……」

「村まで教えてもらっていいかな。居座っているっていう連中を退治しないと」


 少女──火蓑は頷いて、なつめの後ろに隠れつつ「獣道を進むんです。私の足跡があると思いますから」と言った。

 玄慈は目を凝らして地面を睨む。己も獣狩ししがりの真似事とはいえ、そのような暮らしを十四年してきた。

 痕跡を見つけることは得意で、そうして玄慈は火蓑がここまで駆けてきた痕跡を掴むと、それを逆算するように歩き出した。


 次第に痕跡にあるものが混じり始める。それは、大人かつ男の歩き方で刻まれる歩調・歩幅の足跡だった。

 数は無数にあり、足跡の沈み込みの具合から装備も十分で、重たいものを運搬していたように思える。


 山岳郷は周囲の人里とは不可侵の約束を結んでいるが、何か明確に約定を交えた文書があるわけではない。

 暗黙の了解で成り立つ口約束にすぎず、一度そこに悪意が滲めば、このように踏み荒らされる。

 郷の境の守りも手薄であった──それは、周囲への威圧を最小限にするためである。

 要するに、その気になれば重武装した軍事集団の侵入を容易に許す隙であった。


「兼ねてより武の神使隊連中から郷境さとざかいの守りを固めるべしという声は上がっていた」

 なつめがそう呟いた。

 天嵐神社の神使には武の神使隊、智の神使隊、そして美の神使隊とがある。武の神使隊は読んで字の如く武力──郷の治安防衛を担う重要な組織であった。

「この一件で、山岳郷は大きな守備に動くでしょうね」


 他ならない武の神使隊の一員であるなつめがそう言うのだから、そうなのだろう。

 火蓑が身をこわばらせた。同時に、異様な、空気の焼けこげる臭いがする。

 これが火薬の匂いだと玄慈は気づいた。

 母の死を自宅で知った際、肉の腐る臭いに混じって漂ってきた、鼻の粘膜を裂くような臭いだ。

 そして、掘り返した土と、血と、屍の臭い。遺体を埋めているのだろう。


 村へ続く山道の茂みに隠れる。なつめは少し離れたところで火蓑を守りつつ、和真は付近の岩の上に、そこらで見繕った枝葉で蓑を作ってそれを身にまとい、迷彩している。

 玄慈は手近な藪に潜んで村の様子を窺った。

 男が数人──、六人ほど見える。


 カラクリ式の鉄砲を握っている。人間が扱うカラクリは妖怪のそれとは違い、大変面妖な進化を遂げている。

 奴らの鉄砲は、中には一度の装填で二連発できたり、短銃といって五発、あるいは八発も連射できるものがある。

 距離が一町離れていても十二分な殺傷性を保持する長銃もあり、妖怪にはない──あるいは、持とうと思えない過ぎたる技術を探求しているようだった。

 実際、人間の里は大きく開発されており、非常に高度なカラクリ技術で動く塔もあるという。


 男らは、何やら金属製の背嚢を背負っていた。背嚢からは水蒸気が煮えて高圧で行き交う音がしており、そこから管や筒が伸びて、手にしている鉄砲に繋がれている。

 あれはどういう武器なのだろうか? いずれにせよ──、「十分以上の殺傷力があり、連発できる鉄砲」という認識は持っておいた方がいい。


 一人、男が村を外れて山道に来た。

 玄慈は藪から一気に飛び出して男の首に腕をかけると、脇から左腕を通して首に絡めて拘束し、前屈みに沈み込ませつつ、絞め落とさんとする。

「お前らの狙いはなんだ」玄慈は低く問うた。


 男は呻きつつ「弔い合戦だ、人喰いの怪物め」と吐き捨てる。

 玄慈は抱きすくめるように男を落とすと、そいつを藪の奥に引き摺り込んだ。首を絞めるのではなく頸動脈を絞め意識を刈る際は、後ろへ引き上げるのではなく、前方へ抱き落とすように絞めるのが正解だ。これは、獣狩ししがりが中型の獣を生捕りにする際に学ぶ技法である。

 まさか、こんな形で役立つとは夢にも思わない。

 手足を縄で締め上げて一旦捨て置く。


 一人減らしたが、以前、敵は村に数人。目に見えるだけで五人。

 和真の方を見ると、何やら手を何度か動かして信号を送ってきていた。事前の取り決めで、それは「援護は任せろ」というものだった。

 視覚的な効果と威嚇効果を狙い、堂々と出ていくのも手であるが、暗殺で制圧しても良い──玄慈は数呼吸数える間に判断。


 藪から出ると、長巻の鞘を払った。朴の鞘を腰紐に捩じ込む。

 村を占領する人間らがこちらに気づき、「おいなんだてめぇは!」「それ以上寄るなら撃つぞ!」と喚く。

 玄慈は一歩二歩と踏み込んで、そして、三歩目で鋭く加速した。


 男たちが泡を食ったように鉄砲を構えた。ボスッ、ボボボッと蒸気が爆ぜる音と共に銃弾が飛来。

 玄慈はジグザグの軌道を刻みつつ左右に体を振って避けていく。弾丸は原型を留めている家屋の板を砕いて、土煙を上げ、

 ──玄慈は近くにいた一人を斬り伏せる。

 袈裟に斬り下ろされた男は苦鳴を漏らして昏倒、地に沈んで失血死する。


(火薬じゃない、蒸気圧で弾をぶっ放してる)

 玄慈はそう思いつつ再び駆け出す。

 遠方から強弓矢が飛来し、一人の鉄背嚢を粉砕した。爆裂した蒸気圧で、男の背骨が砕けて体が逆方向に折れ曲がり、即死する。


(ここで火薬を使った奴らはどこへ行った? まだ仲間がいるんだ)


 残りは四人。玄慈は鉤縄を伸ばして屋根の上に陣取っている男を引っ張り落とすと、地面に叩きつけられたそいつの喉笛を長巻で払い斬って、回収した鉤縄を義手に巻き取る。

 左手で腰から棒手裏剣──銑鋧せんけんを手挟むと、向かって正面左手奥にいた男に投擲。

 錐の如く鋭い三本の銑鋧は男の心臓と鳩尾、喉を抉り刺し、もがき苦しませ、死に至らしめる。


 二度目の強弓矢。

 蒸気銃をかわしている玄慈を助けるように、乱射している若い男の頭を柘榴のように吹っ飛ばし、続く二射目が、銃に鉄玉を備えた箱を押し込んでいる男の胸を抉り飛ばす。


 玄慈は長巻を血払いしつつ残心。腰の紐に捩じ込んだ鞘を抜いて、刀身をそれに収めつつ周囲を睨んだ。

 敵の姿は見えない。


 玄慈は長巻を背中の鉄鉤に嵌めて固定すると、背負い紐を締め直しつつ、遭遇戦に備えて剣鉈ナガサを抜いて周囲を警戒した。

 少しして和真となつめ、火蓑がやってくる。和真は生捕りにした男を担いでおり、なつめに目配せ。

 ──拷問をするからその子を遠ざけてくれ、と言っているのは明らかだった。


 なつめが「弔いましょう。火蓑も手伝ってくれる」というと、火蓑も察したように、「わかった」と言って離れていった。

 和真と玄慈は比較的原型を残している納屋に男を引っ張り込むと、首筋のツボに指を捩じ込んで無理矢理に覚醒させた。


「お、お前ら……」

「知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか」


 そう言って、和真は薄い刃が特徴的な、髭剃り用の剃刀を抜いた。


「手足の爪が二十。言いたいところで言え。……爪が終わったら、そうだな。……お前、親知らずは生えてるか?」

 和真の声には、一切の感情がなかった。

 男はごくり、と生唾を飲み、「やってみろ、腐れ妖怪ども」と強がった。

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