城攻め

   三


 稗食子ひえぐいのこの赤馬弥兵衛あかばやへえが十二歳の時、両親が山姥に喰われた。なぜ両親が喰われなくてはならぬ──弥兵衛は、骨だけになって帰ってきた両親をかいなに掻き抱き、わんわん泣いて天に訴えた。

 以来己の命は妖怪狩りのために用いてきた。幼い弟と妹を守るために。

 妖術の才能などないゆえ術師にはなれなんだが、剣に関しては非凡であった。


 剣の師を得た。示幻流じげんりゅう皆伝の男だ。

 弥兵衛は剣に励んだ。来る日も来る日も、愚直に剣を振るった。やがて弟の太兵衛も門弟となり、二人で切磋琢磨した。


 和深の民の中には、稀に、超人めいた肉体を持つ者が生まれる。山と谷を八つも越えてなお走り続けられる女、大岩を砲弾のごとく投げ飛ばす剛力の男、八艘跳びを能う童。

 人はそうした傑物を超越者と呼び、畏れ、敬った。

 弥兵衛と太兵衛はその超越者であった。


 並々ならぬ才覚は、血反吐をぶちまけるような鍛錬でさらに磨かれる。

 弥兵衛と太兵衛はその類であった。


 弥兵衛は両親を失って十五年の歳月を剣に使った。

 やがて赤馬兄弟の名は、領国である井筒国に知れ渡った。

 彼らのような超人を放っておくものはまずない。

 当然、禄を弾んで召し抱えようとする武将もあれば、中には娘との縁談をと、有名な武家が声をかけてきたが、いずれも断った。


 ──わしらは剣でありますれば。妖を斬り、そなたらの妻女を、子息を守ることこそ、生きる目的也。

 ──左様。兄上ともども、己の意見も変わらぬ。妖どもを放置すれば、天下泰平など遠のくばかり。


 この肝の据わった覚悟には武士さえも唸るほど。妖怪と戦うものの死に様は、無惨極まることを皆知っているからだ。

 しかし実際問題、妖怪の被害は時に甚大なものになる。

 赤馬兄弟のような存在は必須であり、無理に屋敷に押し込めておくと言うのも、領国運営においては悪手といえる。

 敵の領地を奪っても、己の土地が妖怪に穢された日にはなんのために戦をしたのかもわからぬ。


 そのような理由から弥兵衛、そして太兵衛は井筒国のいち妖怪斬りとして活躍していた。

 そんな彼らを南の川越しに接する山岳郷の威力偵察と、そして妖怪の捕獲に任命したのは国主・滝落子たきおとしのこの井口剣八郎いぐちけんぱちろうであった。

 弥兵衛らは妖怪を取ることや、彼らを半妖兵部隊増強のための「孕み袋」とすることなどどうでもよかったが、「妖怪を斬れる」という理由だけでこれに参加。


 彼らは例の厨村で、二人合わせて、三十もの妖怪を切り伏せる八面六臂の活躍をしている──。


   〓


 一国一城とは、ずっと以前、平和だった頃の話に過ぎない。

 戦の世となりそうした決まり事が働かなくなると、実戦的な城塞配備が進んだ。


 国主が住まう城と、そこが攻められた際に逃げ込み籠城する詰城が。

 そして、そこへ補給するための支城が、その中には役割に応じた出城がある。


 物流拠点となる出城、兵の中継となる出城、あるいは交通拠点を守る出城。


 城攻めとは一つの城を落とすだけを指すのではない。そのための、総合的な「出城潰し、支城落とし」からなる。そして最終的に、本城を落とすのだ。

 いかな堅城とて、補給が絶たれれば張子の虎も同然。物資も兵員も断ちきられた城なんぞ、あとは囲い込んで威嚇し、糧秣を削り切れば自然と勝ちが転がってくるのだ。


 万全の本城を落とすのに数万がいる場合でも、孤立した本城ならばその数分の一で事足りる。

 たとえば、万全の本城を落とすのに試算される損失を三〇〇としよう。

 それに対し、地道な城攻めならば被る損失は一〇〇、うまくいけば五〇で済む。

 ならば、誰だって少ない損失で済ませる。


 三〇〇の損失を出そうが、我には数万の備えがある! などと言う阿呆もいるかもしれないが、この広い和深大陸に住まう多くの民、暗君愚将──兵をいたずらに捨てるような者に、誰がついていこうか。

 愚策や愚鈍な政は領国の民を疲弊させて年貢の質を落とし、やがて家臣は離反し、最悪、謀反や下剋上を許す隙になるのだ。

 戦とは力攻めではない。ひたすらに、駆け引き。心理戦である。


 違う。今回は違う。

 赤馬兄弟は怒りに染まっていた。

 三二〇からなる攻略軍を率いる武将、紙揃子かみぞろえのこの鈴木吾郎すずきごろうに付き従い、妖怪を斬りにいく赤馬弥兵衛と赤馬太兵衛は、ひたすらにこの憤激を妖怪にぶつけて誅戮ちゅうりくするつもりだった。


 二人の濃密すぎる殺意は、共に妖怪を憎む仲間をして、震え上がらせるほど。

 羅刹という魔物がこの世にいるのならば、まさにこの兄弟のことだろう。


 彼らは蒸気鉄砲すら持っていないが、しかし、超越者と呼ばれる圧倒的な身体性を持つ者である。

 その身に大鎧と大太刀を帯びてなお、ウサギのごとく駆けて跳ね、獅子のごとく飛びかかり、像の如き怪力で蹂躙する。そういう連中だ。


 そして二人をはじめ、三百の「そなえ」は赤い装備で揃えている。

 血風衆と呼ばれる彼らは、井筒国でも精鋭の妖怪退治集団であった。


 一行は言葉もなく、目的の出城へ辿り着いた。

 索道搬器だかいうおもちゃの箱を守る、ちんけな城が見える。

 城兵はせいぜい百と試算される。


 足りぬ。

 弥兵衛はそう思った。

 ──殺すには到底足りぬ。


「一番槍を揚げた者には加禄を弾もう」

 吾郎がそう言った。いきり立つ血風衆。

 俺だ、いいや、俺だ。そんな声が上がる。


「兄者」

「我らだけで全てやるぞ」


 赤馬兄弟が目配せ。

 次の瞬間、吾郎が火薬をしこたまつめた、手筒砲をぶっ放す。


「かかれぇぇええええええええええええッ!!」


 爆音めいた怒号が上がった。

 直後、赤馬兄弟がかき消えた──否、そう錯覚するほどの速度で、飛び込んだのである。


 突風が逆巻くほどの疾走。十二貫|(四十五キロ)に達する大鎧と大太刀を背負って、これだ。

 二人は忍び返しがついた柄を駆け上がって、籠手に覆われた腕で鉄の忍び返しを粉砕。

 瓦に駆け上がると、矢が放たれる郭にムササビのごとく飛び込む。


 特殊な対術加工を施した大鎧は矢を弾き、まるで歯が立たない。

 弥兵衛は左肩に跳ね上げた鞘──その柄を握り込み、左手で太刀緒を引いて、柄と鞘をそれぞれ反対に引きつつ、ぞろりと四尺に達する刃長の大太刀を引き抜く。

 そうして陽光を跳ね返す銀の刀身を露にして振るった。


 ひとつの太刀──二の太刀いらずが豪剣。


「────────ッッッ!!!!」


 猿叫。肚を振るわし、鼓舞し、敵を圧殺するかの如き、叫び声。

 敵は硬化術を使ったのだろう、結界も用いただろう。だが──弥兵衛の一撃は、それすらも粘土のごとく容易く断ち切り、目の前にいた兎賓天狗の男を、袈裟懸けに両断した。


 弟の太兵衛も負けていない。

 彼は一の太刀を「乱舞」する。全霊の一の太刀──それがかわされたなら、次の全霊を。

 太兵衛の乱舞はその全てが全霊である。


 群がる妖怪が膾の如く切り刻まれ、兄弟だけで、三十もの妖怪が駆逐される。

 城門が火薬で爆破された。雪崩れ込んでくる血風衆は蒸気銃をぶっ放し、妖怪を押していく。妖怪は結界でこれを防ぎ、あるいは硬化術で凌ぎつつ反撃。

 と、火の玉が飛ぶ。


「妖術だ! 術持ちから殺れ!」

 誰かが叫んだ時には弥兵衛が駆けている。

 鉄櫓の廻縁から火術を打つのは天狗の女。


 弥兵衛は手前の櫓を駆けて妖怪を切り伏せる。上段から迫る小太刀を、その柄を手のひらで押さえ込んで左に逸らし、頭突きを顎に叩き込む。

 兜に刻まれた「怨」の字が、妖怪の顔貌をぐしゃりと抉り潰す。

 右から迫る手突き槍をはっしと掴んで奪い取ると、左逆手に握り直して若い鬼の顔面を滅多刺しにした。


 渡櫓の瓦屋根を駆け抜ける間も、飛びかかってくる文鳥天狗や鴉天狗を一の太刀で切り伏せて撃墜。

 そして鉄櫓を、火を打つ天狗と対面した。


「く──貴様、魔物か!」

「いや、復讐者だ」


 どんっ、と音がして天狗の首が刎ね飛んだ。


 鉄櫓内には城主なのか、狗賓天狗の女が一人。

「辞世の句でも詠め。十数えて待つ」


 女は、決然と言う。


「数えずとも充分。……そちの非道、決して忘れぬ」

「非道? 非道とは、貴様らのことを言うのだ」


 弥兵衛は躊躇うことなく、戦闘員ですらない──しかし、妖怪である女城主に愛刀を振り下ろした。

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ミタマタケハヤ ─ 玄慈霊域伝 ─ 夢河蕾花 @YYRaikaYY

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