弐ノ章 鬼賊村

鬼賊村

   一


 鬼賊村きぞくむら──そこは、この玄慈球の唯一大陸・和深かずみの東条地域・包泰洲ほうたいしゅうは山岳郷にある。

 東条地域包泰洲は、他地域同様いくばくもの国々と郷を持ち、その一つが山岳郷である。

 その郷の──額狩岳を統べる村が、この鬼賊村であった。


 村長であり、そして山を統べる山庭師の名は座間子ざまのこの額狩武吉ぬかがりたけよし。齢百四を数える鬼である。

 武吉は、五十年前に起きた人の勢力──井筒国いづつのくにとの戦にも参加した豪傑だ。


 当時を知るなつめが言うには、「鬼という存在を煮詰めてぎゅっと絞ったような男」らしい。

 それほどまでの戦いを見せ、全身が返り血で真っ赤に染まった結果、洗っても赤い皮膚のままになってしまったという「赤鬼」である。


「武吉様は昔は、別の山に居られたんです。あるときこの山で騒ぐ賊がおりましてな。そやつらはまあ、若い鬼衆でしたが。

 あんまりにもうるさいもんですから、たまらず武吉様が追い出そうとこっちまで登ってきたんですわ」


 鬼賊村の居館郭──村人らが暮らすそこの、ある会館に案内された玄慈らは、ここいらの顔役であるという壮年に茶を振舞われていた。

 片膝を立てて座り、熱い茶を啜るなつめは、猫舌とは程遠いのか……どこか出汁のような味わいのキノコ茶を美味そうに味わっている。

「気になるお話です。戦で武吉殿とご一緒しましたが、その経歴までは詳しくなくて」

 なつめは湯呑みの口を指でそっと拭い、お盆に置いた。

 和真は胡座をかいて茶菓子の饅頭を齧っている。


 火蓑は「あつっ」と言いながら茶を飲んでいた。それから「……スミマセン」と肩を縮めた。やはり彼女も片膝を立てている。

 玄慈は胡座。玄慈も猫舌とは程遠い強靭な口を持っているので、平然と、熱い茶を飲んだ。


 妖怪の世において、正座は罪人の座り方とされ、忌避されている。ゆえに、座り方は片膝を立てるか胡座、もしくは床机に腰掛けるか、脇息にもたれるかのいずれかだ。

 言うまでもないが、一向は武器は全て、家のものに預けていた。

 これは敵意がないことと、相手のもてなしに信頼を置くという作法である。また、真に強い妖怪ならば武具など要らぬという自信の表れであり、互いにそれを理解すると言うのは、信頼関係を構築する第一歩でもある。


 顔役──藤次郎とうじろうと名乗った男は、「失礼、なつめ殿はおいくつで」と問うた。無理もない。元服したあたりから、妖怪は見た目で歳がわからないのだ。

 なつめ自信、外見は二十代半ばほどの、息を呑むような美女である。

「八十七です。上の世代からも、後輩からも学ぶことだらけです」

「ご謙遜を……。しかし、そうですか。武吉様は賊を追い出そうとはしたのですが、彼らがここである料理をしておりまして……」


 その料理というのが、ハバウチという鳥類化獣ばけものの焼き物である。山椒と岩塩で味付けしたそれは、現在の郷土料理「鬼賊焼き」の原型だと言う。


「武吉様は酒を持っていたもんですから、いっそ、争ってしまうくらいならばと飲み比べを始めたみたいなんです。これがまた我々鬼の……まあ、愛嬌ですな」


 藤次郎もまた鬼である。

 そして、同じ鬼の血を引く和真も、頷きつつ話を聞いていた。

 玄慈も気持ちはわかる。喧嘩をしても腹が減るだけだ。なら、喉の渇きと腹の飢えを満たせる飲み比べで雌雄を決するのは、ある意味では理にかなっているかもしれないと。

 それに、妖怪は元来祭り好きである。


 〽︎妖怪から祭りと酒と、それから喧嘩を取り上げたら、あとは骨と皮の張子だけ。


 これは、和深妖怪を端的に表した遊び歌だ。


「飲み比べの末、武吉様が勝ちましてな。……悪さをするくらいなら共に暮らそうと、そう言って山を切り出してこの村を築いたそうなんです」


 このとき武吉がより栄養を取れるようにと、ハバウチの焼き物を酒蒸しにし、さらに乾酪(チーズのこと)を乗せてみたところ、これが絶品であった。

 現在の鬼賊焼きは、このようにして生まれたと、藤次郎は付け加えた。


「山岳郷を代表する郷土料理に、まさか武吉殿が関わっているとは思いませんでした」

 現在鬼賊焼きは山岳郷を代表する郷土料理の一つであり、この山の郷と友好な間柄である花山郷、そして天海郷でも食されている。

 花山郷の妖怪と、天海郷の妖怪が、危険を覚悟でわざわざ食べに来るほどであった。


 山岳郷ではヤギや牛の牧畜やそれに付随する酪農は必須と言えるくらいの農業技能である。

 ヤギ乳、凝乳|(ヨーグルトのこと)、また牛から作る牛酪|(バターのこと)は山の幸と言える。

 これらは古く料理に用いられ、天狗の主食である砂飯すないいという麦と練り合わせた砂餅(麵麭パンという解釈が最も近い)の材料でもあった。

 天狗のうどん好きも、この麦の一種である砂飯が関係しているのだ。

 ちなみに、鬼はうどんよりも肉や野草を好む。特に、肝を使ったもつ鍋は彼らの好物だった。

(※砂飯=麦説はミタマタケハヤ独自解釈)


 玄慈は幼い頃から兎賓天狗料理──うどんや砂餅に親しんでいた。

 ゆえに、こうした鬼の郷土史は新鮮で、面白かった。

 藤次郎の語りは軽妙で、世が世なら弁師としてでもやっていけそうである。


「とと、話している間に、夕餉のうまい匂いがしてまいりましたな」

「何から何まですみません。……代わりに、我らにできることはなんなりと」

 玄慈も頷いた。

「藤次郎さん、困っていることがあった言ってほしい。物集めでも、化獣ばけもの狩りでも」

「はは、そりゃあ有難い。でしたらまずは、お休みください。腹が減っては戦はできぬとはよく言ったもの、実は手伝ってもらいたい仕事もありますが、それは私の差配で勝手にできることではないのです」


 顔役とはいえ、村長ではない。そういうことだ。一旦話をあずかり、合議せねばならないという。

 武吉は危急の際には己が指揮を取るが、基本的には、皆で意見を出し合うことを是とする。論議する議題と時間をあらかじめ設け、最後に採決を取り、決定するのだ。

 この方法で武吉は長らくこの額狩岳を治めて来た。


 玄慈らにも異存はない。そもそも、客である。郷に入っては郷に従え。これに尽きる。よそで勝手気ままに振る舞う者は、どこでもいつの世でも嫌われる。


 と、御厨から女房衆がやってきた。

 膳を持ち、食事を並べる。

 饗応だ。まさか、略奪軍が包囲を敷く中でこれだけのもてなしを受けるとは思ってもみなかった玄慈は、だからこそ、明日からの仕事には手を抜かぬ、と決めた。

 そしてその膳には、今し方話題に上がった鬼賊焼きがあった。


 これがまた美味そうだ。

 鬼賊焼きに香の物|(漬物のこと)、月見うどん。ご馳走とはまさにこのこと。これだけの用意をするのに、常日頃あちこち馳せ走り回って来たことだろう。

 皆、「いただきます」と手を合わせた。

 それは食材へのいのり、そして、もてなしてくれる村への感謝に他ならなかった。



※砂飯=小麦説や、独自解釈オリジナル妖怪・兎賓天狗、産号など、ミタマタケハヤには独自の解釈や設定が多く含まれます。

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