オオヅツヘビ

   六


 戦廻暦五十七年、燦天季六十一日(節季最終日)。


 長巻ながまき

 これが如何なる武器かと問われると、こう答えるのが手っ取り早い。──「長い柄の先に刀を取り付けた武器」と。

 実際、長巻直しといって、長巻の刀身を直して刀にすることもあるほどで、その刀身は槍や薙刀のような独特な形状ではなく、まさに大小差しのそれ。

 切る、突く、払う、薙ぐ、叩く──様々な使い方ができるが薙刀よりも技量を求められ、槍よりも力量を必須とする。

 扱いには修練と成熟を求められるが、玄慈はこの長巻を物心ついた頃から振るっており、扱いには一日の長があった。


 狩猟武具店「クサノミ」では、実に様々な武具を取り揃えていた。

「神使様に取り締まられるようなモンは、うちにはないですぜ」主人の老爺はそう言って、手を擦り合わせる。

「見ればわかるわ。善良な商いをしているようでなにより……と、そうじゃあなくて。この少年に、一振り長巻をと思って」


 老主人は「はあ、長巻を。……しかし、最近は守備隊発足って名目で徴発されるなんて話もありますがね、うちだって商売なんです。飯が食えなきゃ困りますよ」と、そう言った。

 神使相手にはきとこう言ってくるあたり、なかなか豪胆である。

 むろんなつめとて、タダで寄越せとがめる気などない。

「安心なさい、分捕るような真似はしない。しかと対価は払う」

「なるほど、でしたらこちらを」


 老主人は、一旦奥へ消えた。

 なつめは腰から袋を一掴み手にとる。中身は加工した化獣ばけものの爪や牙の類だ。

 山育ちの者たちは、平地でいうカネ、という概念をあまり理解していない。求めるのは現物だ。食い物や水、化獣ばけものの素材など。


「うちに来るお客は弓やら投げ鑓とか、そういうのが主流でして。長巻はこいつしかねえです」


 玄慈はその長巻を受け取った。鞘をゆっくりと払うと、触れただけで指が落ちそうな刀身がぞろりと顔を出す。

「いいですね。なつめさ──、なつめ、これがいい」

「うん。主人、その長巻と、半革具足はんがわぐそくを一揃え。これで足りるかしら」なつめは袋を、二つ渡した。

 半革具足とは半分が革で半分が金属製の、軽量で頑丈な具足のことだ。

「なるほど、こいつぁ状態がいい……いい薬にできそうだ。確かに、お代はこれで充分です。……他にご入用で?」


 玄慈はなつめと店主の手で、防具──煉革と精錬した軽量鉄鋼を用いた具足を装備してもらった。

 しばらくすると和真が矢の束を渡して別途でお代を持たせる。


「へい、確かに。神使様は?」

「この杖で充分」

「なるほど。では」


 三人はヤマノミを後にした。

 ちなみにヤマノミとは、山育ちの間で米や麦を指す言葉である。ちなみに酒や水をワッカ、とも言う。

 元々は天狗の間で用いられる言葉だったが、次第に地上を走る狗賓天狗、兎賓天狗や鬼、獣妖怪らにも伝わっていったらしい。


 装備を整えた一行は桜之丞岳麓にある温泉街を東へ抜ける。

 村の出入り口である半円作りの門構えをくぐると、そこから先は手付かずの青々とした緑が広がっている。

 鬱蒼と茂る森林地帯──まずはこの「厨の森くりやのもり」を越えて、額狩岳に入る。


 単に移動が目的ならば索道搬器ごんどらを使えば良いが、今回は龍穴への巡礼が目的。

 天慈颶雅之毘売あまじくがのひめ様の御神命の意図がはきとせぬうちは、あまりそういった楽な旅程は組まないほうがいいと判断した。

 龍の鼓動に耳をそばだてる──それが示すものとは、すなわち各地を己の足で巡ることではないかと思えた。


 厨の森へは一旦川を越えねばならない。

 川には簡素ながらも丸太橋がかけられており、玄慈らはこれを渡ることにした。

 体重が重い和真は最後に渡るといい、まずは玄慈から進む。なつめは上空を飛びつつ警戒しているが、あまり高度は取らない。周囲は樹冠の高い木々に覆われており、とても視界を確保できそうもないからだ。

 天狗の見回り衆には有翼天狗だけでなく、非有翼天狗もいるが、その理由がこれだ。空からの警戒網だけでは地上を押し計れないのである。


 玄慈は音を立てて流れる川を尻目に丸太橋を越える。


「和真、行こう」

「わかってるよ。……よし、よし、鬼も渡れる作りだ」


 鬼はその筋肉の超密度のせいで、体重がかなりある。ひとによっては馬並みの体重だ。

 和真の具体的な体重は知らないが、まず玄慈が十九貫(七一・二五キロ)。玄慈は基本的には野生にあるものを喰らって育ち、野山を駆け巡る暮らしだったため筋肉質だ。またこの体質と重さが龍の子である所以と言われれば納得である。


 それに対し、和真は極めて粗食だがその体重は玄慈の二倍から三倍らしい。

 文字通り丸太を蹴飛ばして大岩さえ殴り砕き、生木を素手でへし折ることもできそうである。実際、できるのだろう。鬼とはそれほどまでに規格外の怪力の持ち主なのだ。


 和真が丸太橋を渡ると、その頑丈な木がギシ、ギシッと苦鳴を漏らす。

 玄慈は内心ひやりとした。先んじて和真の腰に縄でも巻いて、対岸の岩か何かとくくりつけておいた方が良かったのではないだろうか?


「落ちないでよ和真。あなたを抱えて飛ぶの大変なんだから」

「誰が落ちるか。あと変なことを言うな。そういうの言霊が宿る」


 妖怪に限ったことではないが、神仏がおわすこの和深の地では、験担ぎは普通の文化であった。神頼み、仏頼み。大いに効果あり、だ。

 その最たるものが言霊という考え方だろう。

 言った言葉に御霊が宿り、霊力を宿すという考え方である。

 悪いことを言えば本当に悪いことが起きるし、楽しいことを口癖にしている者はなぜか本当に楽しそうである──そういう理屈である。


 和真が渡り切る。

 丸太橋は何ら平気そうであったが、冷静に考えれば、牛馬が通るような丸太橋なのだろうから、鬼の一人二人渡ったところでものの数ではないだろう。


 厨の森に入ると、空気の匂いが俄かに変わった。

 ゆったりと落ち着いた雰囲気ではあるが、緑と土、それから獣の臭気が濃くなり、野生というものを間近に感じるようになる。

 それは化獣ばけもの狩りを生業とする獣狩ししがりの一行には馴染み深いものであると同時に、気持ちを切り替えるぼたんともなっていた。


 余計な会話はなかった。玄慈を先頭に、かずま、なつめの順番で進んでいく。

 鬱蒼と茂る藪を、玄慈は剣鉈ナガサで払いつつ進んだ。長巻は背中に背負い、鉄の鉤に引っ掛けて紐で固定している。こうしておけばあとは紐をずらして長巻を鞘から引き抜くだけで抜刀できる。


 しばらく歩いていると、一頭の牙豚キバブタが木の実を食っていた。

 狩る必要はない。一行は目配せをしてキバブタを無視し、歩いていく。


 半町|(約五十五メートルほど)進んだかというとき、背後からキバブタの悲鳴が響いてきた。

 一体何だと思ういとまもなく、和真が「走れ!」と怒鳴った。


 玄慈は「くそ、大筒蛇オオヅツヘビか!」と唸った。

 背後をちらと覗く。

「初めて見た……」

 知識としては知っていたが、実物はこれが初見である。

 見上げるような巨体の生物が、背後から、ずるずると地面を抉るような音を立てて迫ってくる。


 その筒状生物──さながら、地上版ヤツメウナギのような蛇が迫ってくるのだ。生き物としての根源的な恐怖が掻き立てられた。

 オオヅツヘビはすり鉢状の口で草花や土を飲み込み、体に掘り込まれた切れ目からそれを噴射する。

 おそらくその勢いには体内で生成された瓦斯ガスを用いており、屁のような悪臭が漂ってきた。


 獲物を骨身まで喰らい、そこから瓦斯を生成して自らの推進力に変える生物──それがオオヅツヘビだった。


「あいつ、火矢を撃ったら爆発するんじゃないのか!?」

 玄慈が叫んだ。そうして退治してくれという意味ではない──むしろ、山火事になるのでは、という不安だった。


「いや、奴のは瓦斯といっても、可燃性はない! 火矢を射かけても爆発はしないが、とにかく臭いぞ」

 和真が口早く言う。

 実際、すでに腐った肉や卵のような匂いがして、たまったものではなかった。


 とにかく不整地では部が悪い。なつめが先んじて飛翔し、「こっちへ!」と声をかける。

 玄慈は左腕の仕込み義手を使って、鉤縄を投射して枝に引っ掛けると思い切って跳躍。そのわずかな間に和真の手を握り締める。和真も思い切り地面を蹴り付けて、縄の巻き上げの負担を減らした。


 オオヅツヘビが地面を食い破らんと体を叩きつけたのは、二人が宙に舞った、まさにその時であった。

 背後から地をどよもす轟音が響き渡り、土煙と土砂、根こそぎ刈られた草花が空を踊る。

 二人の若者は宙を泳ぎ、途中で和真が自ら玄慈を手放して着地。玄慈も鉤縄の先端、鉤指を操作して枝から放すと、それを巻き取りつつ地面を転がった。


 和真はすかさず獣狩の和弓を抜いて矢をつがえる。ろくに狙いも定めていないのではないか、という速度で矢を射かけると、その強弓は風を置き去りにせんばかりの勢いで飛翔。

 矢はオオヅツヘビの下顎を抉るように捩じ込み、赤い血を滴らせる。


 さらにえびらから矢を抜いてつがえ、射つ。早業──ほんの数呼吸の間に二射目を放って、鼻面に命中させた。

 玄慈も負けじと長巻を抜いて構える。オオヅツヘビがうなりをあげて迫る中、玄慈はそれを左に身を開きつつかわして、刀身を側頭部から胴へ向けて駆け巡らせる。

 頑健な皮が裂け、血が、これでもかと吹き出した。


「ォオオオオオオオ!」


 オオヅツヘビの悲鳴がこだました。制御を失ったそいつは谷底の手前で停止し、なつめが杖でどすりと喉笛を叩いて抉り、そうして妖力を杖の先端から噴射すれば、首が一瞬で砕かれて、頭部が落ちる。

 谷底に落下していった頭部がどうなったのか──それを知ることはできなかったが、溢れる血は、滝のようにこぼれ落ちるのだった。


 オオヅツヘビの体から瓦斯が抜けると、体は驚くほど萎んでいく。

 まるで紙風船だと思った。玄慈は二人の仲間に目配せし、命への感謝を忘れぬように手を合わせて一礼すると、今し方戦った好敵手から素材を分けてもらうため、その肉体に剣鉈を突き立てるのだった。


「頂きます」


 それは、命への感謝で、いのりで、そして決してみだりに生命をけがさぬようにという己たち獣狩ししがりへの戒めの言葉だった。

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