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現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
カサンドラの慟哭

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三巻特典SS 裕次郎くんコミュ 高尾山下山 2025/11/10 投稿

 山登りというのは、山に登るから山登りな訳だ。

 だが、それはこの行為の半分しか意味を表していない。

 普通の人間は、山に登ったならば下りなければならないのだ。

 その後半分の人間ドラマを泉川裕次郎はたっぷりと味わうことになった。


「さて、帰るか」


 感動も達成感も味わった一同は下山の準備をする。

 とはいえ、往路でバテている者も多く、ここからは現地解散でバラバラに帰ることになった。


「休んでいる人たち大丈夫なのかしら?」


 下山路を下る桂華院瑠奈に隣りにいたメイドが笑顔で言い切る。

 なお、メイド姿なのに汗一つかいていない。さすがメイド。


「大丈夫です。

 先生も残っていますし、我々の警備員も一班残しました。

 何が起こっても無事に下山できますわ」


 桂華院家は、この登山において過剰とも言える警備を用意した。

 それは桂華院瑠奈が大事に扱われているという証拠であると同時に、彼女が籠の鳥であるという証明でもあった。

 桂華院瑠奈とつきあうというのは、そういう現実を受け入れないといけないという訳だ。


(ぶんぶん)

「蛍ちゃん。何処に手を……え?天狗さん??」


 横を歩いていていた開法院蛍と春日乃明日香の会話が耳に入るが、何かとんでもない事を聞いたような気がしたので視線を桂華院瑠奈に向けると、とてもわかり易く彼女は両手で耳を覆っていた。

 つまり『聞いていません。聞かないでください』のポーズという訳だ。

 泉川裕次郎は政治家一家の末っ子である。

 つまり、必然的に空気を読むことを徹底的に鍛えられている。


(そっとしておこう……)


 かくして、彼も桂華院瑠奈と同じ選択をとって見ないことにした。

 そんなこんなで一行は薬王院まで下りてくる。

 軽めの休憩時間にストレッチをしている男子二人に声をかける。


「二人共結構丁寧にストレッチをしているね」


「ああ。筋肉痛にはなりたくないからな」


 帝亜栄一が屈伸をしながら泉川裕次郎に返事をすると、後藤光也が少し乱れた声でアキレス腱を伸ばしながら声を返す。

 二人共この登山に向けて準備をしてきたらしいが、疲労の色は泉川裕次郎同様に隠せていなかった。


「地元の山で練習をしていたが、標高が上がるとここまできつくなるとは思わなかった」

「同感。俺は周囲のジョギングだけだったから、実は結構きつい」

「これは帰り着いたら筋肉痛だね。きっと」


 登山において下山こそ危険だったりする。

 坂道を下るので勢いがつきやすいし、帰り道という気の緩みが転倒などのトラブルに直結する。

 そして、標高の高さが人に与える影響も無視する事ができない。


「寒っ!」

「タオルで汗を拭いて着替えるなら着替えたほうがいいぞ」

「たしか、100メートルで0.6度気温が下がるんだったな。

 ここ薬王院の標高は525メートルだから、-3度の気温差がある。

 おまけに、汗が気化して熱を奪うから……」

 

 そんな事を言いながらシャツを脱いで着替える男子三人。

 その時三人同時に思ったのは男子特有の思春期感情。



(((……着替え……女子もここで着替えるのか!?)))



「お嬢様。

 こちらのお寺の奥をお借りしてお着替えを」

「はぁはぁ……うん。

 女子ぃー!着替える人はこっち来てー!!」


 その時の男子三人の内心は言わなくてもいいだろう。

 もちろん、表面に出すほど馬鹿でもなかった。




「なにそれ?」


「トレッキングポール。

 こうやって両手に持って下ると……」

 

 帝亜栄一がリュックからトレッキングポールを組み立てると、それを桂華院瑠奈が興味深そうに眺める。

 帰り道の下りは体重と荷物の重さで足が不安定になりがちだ。

 その重さを逃がすと同時にバランスを維持できる優れものに、桂華院瑠奈の顔がぱぁっと明るくなった。


「ないならば杖二本でも代用できるが」

「おっけーわかった!

 アニーシャ!トレッキングポールある?」

「ありますよ。全員分」


 当たり前のように言うこのメイドからトレッキングポールを受け取る。

 だが、下り坂が格段に楽になった。

 そんなこんなでやっとケーブルカーの高尾山駅まで下りてくる。


「着いたー!」

「長かったー」

「やっとか」

「はぁ……」

「ケーブルカー動き出しているね」


 早朝登山も気づけば太陽が真ん中に来ようとしていた。

 そうなるとお腹も空いてくる訳で。


 ぐぅー!


(……)


 真っ赤になってうつむく開法院蛍をどうして責められようか。

 ケーブルカーを待つ間、周囲からのいい匂いに誘われた泉川裕次郎がぽつりと呟く。


「そういえば、参拝客が精をつける為に食べたらしいんだって。

 とろろそば」


 この時、みんなの心は一つになった。

 ケーブルカーにて清滝駅に着いた六人は蕎麦屋に入り声を揃えてこう言ったのである。



(「「「「「すいません!とろろそばください!!!」」」」」)



 その日の夕方、筋肉痛で痛くなるまでがお約束の泉川裕次郎の高尾山登山はこうして終わった。

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― 新着の感想 ―
そういえばそろそろおそばの季節ですね、とろろそば食べたいです
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