9月12日
目が覚めたのは翌日の昼過ぎだった。
その時には既に世界が変わっていたのだが。
なんとハイジャックされた機体は最初の報告では10機に及び、その内ツインタワーに突っ込んだ二機以外に更に二機が目標に突っ込んだ。
その目標は、ペンタゴンとホワイトハウスで、それぞれの施設から黒煙が上がり米国政府職員の安否、特に大統領の安否が心配されたが幸運にも難を逃れる事ができた。
テロ事件を受けて休暇先からエアフォースワンで帰っていた途中でこのテロに遭遇し、そのまま上空で待機しながら指示を出し続けたという。
問題は残りの6機だが、これらは情報の錯綜からの誤報と分かり、とりあえず関係者は安堵したがなぜこのような報告が上がってきたかについては既に追求が始まっているらしい。
デンバーのトレインジャックの方だが、こっちの方もこのテロと関連付けられ、米国メディアでは米国を狙った核テロまであったのかと大パニックになっているらしい。
で、最低最悪のオチはその日の夕方になってもたらされた。
追いかけていた旧ソ連から流出した二発の核爆弾だが、なんと10年前にイスラエルの情報機関が核爆弾を運んでいた船を洋上で急襲し、奪っていたというのだ。
事が事だけに米国には報告がされていたが、92年の共和党から二期の8年の民主党を挟み2000年に共和党返り咲きという政権交代時のどさくさで関係者は表舞台から去り、その報告は機密書類の中に消え、イスラエル情報機関も明確な海賊行為なだけに再度告げる事もできず、事ここに至って報告した事で米国は大激怒。
既にイスラム過激派が犯行声明を出したというニュースが流れているが、その過激派自体が会見を開いて否定する等、世界は混乱の坩堝に未だあった。
一方我が国だが、秋葉原で発見された爆発物製造未遂事件がこの事件と関連しており、しかも核廃棄物を使ったダーティーテロであった事を公表。
米国にお悔やみの言葉を贈ると同時に『卑劣なテロを許さない』『日本は米国と共に戦う』と声明を出して、英国と同じく真っ先に米国に付く事を宣言。
世界は混乱と戦争の熱狂に包まれようとしていた。
「お体は大丈夫でしょうか?
お嬢様」
九段下桂華タワーの最上階の私の寝室で私はベッドに寝たまま東京の景色を眺める。
今の東京はさらなるハイジャックを防ぐために空路が全面閉鎖されており、移動や物流が大混乱に陥っているらしい。
もっとも、それ以上に大混乱の真っ只中だったのは市場で、東京・ロンドン市場は見事なまでに大暴落していた。
「とりあえずは大丈夫。体はね」
防げなかった。
手を打ち、それでも届かなかった。
あげくに四機目がホワイトハウスに突っ込んだか……
私は何をしたのだろう?
「もう少し寝るわ」
「かしこまりました。
起きられましたら、お食事にしましょう。
あと、カウンセリングを用意させています」
橘の声を聞きながらベッドに横になる。
そのまま私は意識を手放した。
(お兄様!
どうして瑠奈を置いて逝ってしまったのですか!!
お兄様が居なくなったら、瑠奈は誰を頼ればいいのですか!!!)
ああ。
これは夢だ。
だって、仲麻呂お兄様はまだ生きているのだから。
(桂華院家もこれでおしまいだな。
仲麻呂様が亡くなられた事で、中の統制が完全に崩れた。
清麻呂様もめっきりお老けになられた)
(かつての桂華グループも今や昔。
多くの企業が潰れるか救済合併されるかでグループは解体。
唯一残った桂華製薬も岩崎製薬と合併で主導権は向こうに持っていかれたし、残るは公爵位のみと来たもんだ)
(今更こんな爵位をもらっても役に立つものか。
ただでさえ、桂華院家は華族社会のはみ出し者なのだから、このまま朽ちて滅びるのは目に見えている)
好奇の視線、いや、もっとはっきりとした下衆な視線が葬儀の場の私に注がれる。
もはや、頼るあても力も失った私は、その身しか残っていない。
(お父様。お兄様。
瑠奈はやって見せます!
絶対に桂華院家を潰させはしませんとも。
そのためならば、悪魔に魂を売りましょうとも……)
駄目!
その手を取っては!!
その悪魔は最後貴方を破滅に誘うのよ!!!
けど、夢の中の私に私の声は届かずに、夢の中の私は深淵に落ちてゆく。
「駄目っ!!!」
叫びながら目が覚める。
時計の針は深夜を指しており、カーテンを開けると、未だ綺麗な東京の夜景が広がる。
その日常が嬉しく、その日常が変わったことを否応なく思い知らされたのは、交差点に佇む警察と警備員と自衛隊の三者の姿だった。
「お嬢様?
どうなさいました?」
ドアの向こうから橘の声が聞こえる。
その声に私は少しだけ深呼吸をして心を落ち着かせる。
「悪い夢を見たわ。
今は大丈夫だけど、明日カウンセリングを受けたいから、学校は休みます」
「かしこまりました。
お飲み物はいかがでしょうか?
ホットミルクでも用意させますが?」
「頂戴。
それとお腹が空いたから何かつまむものを」
「では、サンドイッチを用意させましょう」
ふと夢を思い出して私は橘に問いかけた。
そう。
あれは夢だと自分に言い聞かせて。
「橘。
仲麻呂お兄様と清麻呂義父様はどうしているのかしら?
はしたない所を見せちゃったわ」
「お二人ともこちらに残られていたのですが、あの情勢でお二人ともお出かけになられています。
清麻呂様は枢密院へ、仲麻呂様は茅場町の桂華金融ホールディングス本社の方で、ニューヨークの社員安否の確認を行っているはずです」
橘の報告に安堵のため息をつく。
「では失礼いたします。
何かありましたらボタンを押して呼んでくださいませ」
橘の声が遠ざかり、私は再度ベッドに横になる。
灯りをつけてパソコンをつけると、あのテロの情報で世界が沸騰しているのが分かる。
「お嬢様。
サンドイッチをお持ちしました」
ん?
橘とは違う声に戸惑いながら私はドアを開けると、そこに居たのはたしか橘の孫の由香さんだった。
「あら。
貴方橘のお孫さんの……」
「はい。
由香です。
お嬢様にサンドイッチを持っていくようにお祖父様から。
お祖父様は今、ムーンライトファンドのディーリングルームの方にいらっしゃいます」
そうか。
橘もこの事態に奔走していて、私に付きっ切りというのは難しいのだろうな。
それでも、私が起きるまで私の側に居たのだから本当に感謝しか無い。
「由香さん。
よかったら少しおしゃべりしない?」
「いいですよ。
でしたら、お願いがありまして……」
そう言って、私と由香さんの腹の虫が盛大に鳴る。
彼女もこの事態で緊張して、食事が喉を通らなかったのだろう。
「……という訳でして。
私もサンドイッチ頂いてよろしいでしょうか?」
恥ずかしそうに告げる由香さんに私はやっと笑みを作ることができた。
彼女の気遣いなのか天然なのか知らないが、そんな当たり前がこんなにも愛おしい。
「いいわよ。
食事は一人で食べるより、二人で食べたほうが絶対に美味しいわ」
この後、本格的に桂華グループ企業を動かす橘に代わって、由香さんが私の側に仕えるようになる。
そんな二人の深夜のサンドイッチは忘れるつもりがない、私達二人の秘密。
サイコロの結果
https://twitter.com/hokubukyuushuu/status/1043489115864322048
なお、この作者はサイコロを尊重しながらも『なんとかインチキできんのか』のスタイルで小説を書いているので注意。
どこぞの軍団よろしく、絵葉書で日帰りなんてしない。
エアフォースワン
タイミング的には、トレインジャックの報告を休暇先で聞き、慌ててホワイトハウスに戻ろうとしてあのテロに遭遇。
この時のドキュメンタリーがあったのでそれを参考にしている。
核のオチ
こんなのイスラエルが見逃すわけがなく、で、この杜撰なオチが地味にその後の中東政策に影を落としたり。
なお、このテロの後中東政策の米国とイスラエルのすれ違いのギミック。
地理上地味にそのあたりを知りながら知らんふりをして、真っ先に米国支持についたブリカスまじブリカスなんてのは裏設定。
瑠奈の闇落ち
この時瑠奈を闇に誘ったのは外国勢力だけど、その手先は……