カサンドラの慟哭 その2
【目標】 この話が終わったら恋愛タグにふさわしく瑠奈をイチャイチャさせる
「核!?」
「はい。
北部同盟の将軍は捕虜からの情報としてこうおっしゃっていました。
『奴らには核がある』と」
わざわざ赤松商事の資源管理部門から来た岡崎祐一は淡々と私にその衝撃の事実を伝えたのだった。
ムーンライトファンドの資源ファンドの実態は少し複雑で、赤松商事の資源管理部門から精鋭を借りる形で運営している。
要するに私のメッセンジャーとして振る舞って、資源を市場から買うことのみを考えていたという訳だ。
もちろん、私の火遊びに買収した赤松商事を巻き込まないためでもあったのだが、赤松商事社長となった藤堂長吉は迷うことなく私に全賭けして赤松商事を立て直し一躍時の人になっている。
彼は元々岩崎商事の資源部門に身を置いたトレーダーの一人で将来の幹部候補として人望も才能もあったらしいのだが、社内政治と閨閥の壁から岩崎商事を辞職。
そこを拾ったのがビジネスで縁があった橘で、うちの桂華商会の相談役みたいな形で支援していた恩を返してくれたと橘が苦笑して私に報告してくれた覚えがある。
そんな彼が推薦してくれたのがこの岡崎祐一であり、まだ20代後半の彼が今やムーンライトファンド及び赤松商事の中東部門の実質的統括を行っている。
「その情報は本当なの?」
九段下桂華タワー内部にあるムーンライトファンド東京本拠。
そのディーリングルームの奥にある私の部屋はもちろん掃除済である。
事が事だけにわざわざ東京に帰ってきて報告したその情報を聞いたのは、私と橘、アンジェラとエヴァのCIA組、アニーシャと北雲涼子の元東側スパイという裏の連中ばかり。
それぞれそのコネを使ってこの重要情報を流す事まで先に了承済みである。
重大情報は一人で抱え込むほどリスクが高くなるからだ。
「北部同盟の将軍から直に聞いた情報です。
少なくとも彼はそう思っているという事だけでもお嬢様にお伝えするべき情報だと判断しました」
私への抜擢方法、各所から集まった百人近い精鋭を前に10億の現金を山分けして、それを一週間後増やしてこいと言って散らしたテストで最高に稼ぎ出した彼は笑顔を隠さない。
彼は周りがギャンブルだの相場だのと自滅してゆく中、その手持ちの金で情報を買い、なんと私にその情報を売り付けた剛の者である。
その情報が、『ロシア保守派内部でクーデターの動き有り』というもので、私がそりゃ高く買ったのは言うまでもない。
もちろん、そんな彼だからこそ、この情報を持ってこれたと言えよう。
「アンジェラ。アニーシャ。
この情報、何処まで信じられる?」
私の一言にこの二人は態度で露骨に答えを示してくれた。
つまり私に目を合わせなかったのだ。
「説明。
してくれるわよね?」
語気を強めて説明を求めると、ため息と共に口を開いたのはアニーシャだった。
真顔で彼女はろくでもないことを言ってのける。
「冷戦終結後の核削減交渉によって、ロシアは核の廃棄を進めてきました。
報告ではそうなっています」
報告では。
素晴らしい言葉である。
社会主義国の統計と報告ほど当てにならないものはない。
「私が知っている限り、書類と実際の廃棄数に二発の誤差があります。
その所在は未だ掴めていません」
核の紛失に絶句する私。
それに追い打ちを掛けるのが北日本政府の工作員出身である北雲涼子である。
「北日本政府崩壊時、かなりの数の科学者が共産中国に逃れました。
その結果、共産中国の核技術は飛躍的な進歩を遂げたのですが、その技術がパキスタンに流れています」
つまり、パキスタンの核実験の技術的アドバイザーが共産中国であり、スポンサーがイスラム過激派経由の産油国という訳だ。
もちろん、イスラム産油国が核を欲しがるのは中東戦争で勝ち続けたイスラエルのためであり、湾岸戦争で敵となったイラクのためであり、宗教的敵として対立しているイランのためである。
「パキスタンの核を使って我々を脅すと言うのかしら?」
「そこについては疑問を持っています。
パキスタンはカルギル紛争で核を撃つ寸前まで行きましたが、国際社会の圧力もあってついに撃ちませんでした。
アフガニスタンを支配するイスラム過激派にとって、撃たない核はただのガラクタに過ぎないでしょう」
北雲涼子は断言する。
国家が持つ核というものは威嚇のために使われる。
だが、テロ組織の場合は実績として使われるから、撃たないと意味がないのだ。
そうなると、北部同盟の将軍の言葉が更に重たくなる。
「奴らには核がある。
つまり、それを撃つつもりで何かを狙っているという事ね」
東側サイドの事情は概ね理解できた。
今度は西側サイドの話だが、こっちも聞いてて胃が痛くなる話だった。
「合衆国及びその同盟国において核管理は適切な方法でなされています。
ただ、いくつか不幸な事故がありまして……」
アンジェラ曰くその不幸な事故とは、水爆を積んだ爆撃機が事故で墜落し、水爆を紛失したというもの。
分かっているだけで二件起こっており、一件は起爆用爆弾が作動してプルトニウムがばらまかれたダーティボム状態になったという特大の事故で、米軍上層部の首が派手に飛んだそうだ。
その一部は未だ回収されていないというから驚きである。
「それはテロ組織が回収できるようなものなの?」
「無理でしょう。
墜落したのは極寒のグリーンランドです。
かつてのソ連ならともかく、テロ組織にはそれを回収する技術も資金も無いですし、それをしたら我々が気付きます」
にも拘わらず、アンジェラの口は重たい。
そして、現役CIAであるエヴァがその理由を話した。
「我々は、東側が紛失した一発の核について所在を探していました。
今、アニーシャが言ったのは二。
つまり、我々が知らない核が一発存在していることになります」
エヴァの顔は真っ青だ。
無理もない。
こんな所で、まさかの情報の差異。
おまけにその情報が重大な核の行方と来たのだから。
「失礼ですがアニーシャ。
その情報の確認のために、ここで詳しい話を聞いてもよろしいかしら?」
エヴァの言葉に私が頷いてみせてアニーシャがその詳細を話す。
アンジェラやエヴァもそうだけど、アニーシャもこの手の機密にアクセスできたという事は間違いなくかなり上の人間なのだろう。
「紛失したのはPT-23。
NATOコードネームはScalpel(外科用メス)。
91年のクーデターの際にクーデター軍が保持していた分で、これは万一のケースを考えてモスクワを狙っていた車両です。
列車搭載型ミサイルで、一編成に一発の核ミサイルが搭載されていました。
このミサイル列車はクーデター時に黒海沿岸に配備され、クーデター失敗後にカザフスタン方面に逃げてその詳細は不明。
この列車についてはカザフスタン政府も知らぬ存ぜぬというのが、米国が掴んだ情報だと思います」
アニーシャが口を閉じてアンジェラとエヴァを見て確認するが、二人共頷いた。
さて、ここからが核心部分だ。
「問題なのは、この列車が配備されていた基地が、米ソ核削減交渉で削減された基地だったという事です。
そして基地には、予備車両としてあと一発PT-23搭載車両が置かれているはずなんです。
ソ連崩壊後の混乱でその基地捜索は後回しにされ、やっとロシア軍が踏み込んだ時には既にもぬけの殻」
アニーシャがパソコンを弄りモニターにロシアのとある場所を移す。
西を黒海、東をカスピ海という狭い場所は未だ紛争が続いている場所である。
「その秘密基地は、カフカース山脈の麓に作られた地下基地です。
その隣、何があると思います?」
アニーシャの笑みに私を含めて誰も笑わなかった。
モニターの地図の国境線にはっきりとチェチェン共和国と書かれていたのだから。
掃除
部屋を綺麗に……ではなく盗聴等の危険がないという隠語
10億山分け
なお、この金は返さなくていいと最初に告げているので、そのままポッケナイナイのOKという容赦ないテスト。
三割近い人間が、それでポッケナイナイして自分の懐に入れた。
水爆を積んだ爆撃機が事故で墜落
『チューレ空軍基地米軍機墜落事故』や『パロマレス米軍機墜落事故』の事。
本当にこんな事が起こっているのだから現実は怖い。
PT-23
英語表記だとRT-23。
列車搭載型ICBM。
シベリア鉄道等長大な鉄道網を使って移動するからその捕捉はとても困難。
何でカフカスなんぞに秘密基地があったかって?
シベリア鉄道は当然合衆国が衛星で監視しているから。