岩崎自動車狂騒曲 その1
「なんか栄一くんのお父さん大変な目に遭っているわね」
「そりゃ、お前の所の一条CEOも同じだろうが」
放課後の図書館で栄一くんとのんびりとしていたらそんな話になる。
話題は新聞紙上を賑わせている経済財政諮問会議の事だ。
その話題の中心は武永大臣が提唱した『骨太の方針』。
これまでは予算前提で政策が後につく形だから、大蔵もとい財務省が強かった。
だが、経済財政諮問会議で先に政策を決めて、その後で予算をつける事になったので、脇に追いやったとほくそ笑んでいた財務官僚はこの骨太の方針でいっきに逆転される事になった。
これを主導して財務省に一泡吹かせたのが経済産業省なのだが、ひとまずこの話はここまでにしておこう。
「結局これでお前の新幹線通ったんだろう?」
「ええ。
喜んでいいのか悲しんでいいのやら」
最初から予算私持ちを公言している新宿新幹線はこの骨太の方針の俎上に載せられ、武永大臣および恋住政権の政治的得点に変えられた。
美味しい所だけ持っていきやがってという声もあるし、それを許容してもこんなにあっさりと許可が下りるなんてと喜ぶ声もある。
とにかくこの政権は話題作りが上手い。
「で、次のネタがこれかぁ……」
「おかげで業界全体がざわついているよ」
私が新聞をトントンとつつく。
その記事には『岩崎自動車リコール隠しか!?』なんて書かれていた。
「しかし、リコール隠しなんて危ないわよね。
トラックのタイヤが飛んだりしたら危ないってもんじゃないわよ」
「えっ?
タイヤ?」
「えっ?
違うの?」
記事にはリコール隠しが発覚しただけで何のリコールかは書かれていなかった。
だから私は前世で知っているリコールだと口を滑らせたのだ。
栄一くんが立ち上がって、私に壁ドンする。
ちっともうれしくない。
「瑠奈。
俺たち友達だよな」
「ええ。
だから壁に追い詰めないでほしいなぁ」
「うん。
お前が知っている事話してくれたら解放するから、全部話してくれ。
ついでに俺も全部話す。
このリコール隠し、岩崎自動車の乗用車のドアとかブレーキのリコール隠しでな。
トラックのタイヤって初耳なんだ」
そっかー。
あの会社そっちも隠していたのかー。
目がマジだった栄一くんのイケメン顔についついゲロってしまう私をどうして責められようか。
聞き終わった栄一くんが頭を抱える。
「つまりなんだ。
岩崎自動車全部クロって事かよ」
「ええ。
内部に二重帳簿を作ってデータを管理してってのが今回の問題だけど、これをおそらく全部門でやっている可能性が高い上にそのデータが膨大だから上層部が把握できていない。
多分、岩崎自動車が吹っ飛ぶわよ。
けど、どうして栄一くんが岩崎自動車の事を気にするのよ?」
「親父が愚痴っていた。
岩崎自動車を解体する事で財閥解体の功績にすると同時に、うちに岩崎自動車を押し付けたいみたいだと」
ようするに恋住政権としては、財閥解体の功績として岩崎自動車を潰したいが、国内基幹産業である自動車を潰せば雇用に直撃する。
その為、岩崎自動車を岩崎財閥から切り離して、テイア自動車にくっ付ける事を画策しているらしい。
それだと鮎河自動車が一番だと思うのだが、外資に身売りともなると批判を浴びかねないという事らしい。
「間が悪いことに、メインバンクが合併のせいで救済資金が用意できない。
岩崎自動車を食べる際の救済資金を調達すると、二木財閥から外れかねない」
テイア自動車のメインバンクが二木淀屋橋銀行なのだが、主導権を握った旧淀屋橋銀行というのが『逃げの淀屋橋』と呼ばれる超合理的経営でかつて経営危機時のテイア自動車に融資打ち切りの上に債権回収までやって未だその恨みをテイア自動車は忘れていなかった。
バブル崩壊と金融ビッグバンで二木淀屋橋銀行となった今でもテイア自動車にお詫び行脚中で、巨額の資金を借りたくはないという状況だった。
じゃあ、地場金融機関の大手だった五和尾三銀行はといえば、現在旧尾三銀行の人間を粛清中でチャンネルそのものが崩壊していた。
それでもテイア自動車が揺るがずに経営できているのは、過去の金融危機から堅実な経営を心掛け、『テイア銀行』と呼ばれるまでの現金を保持しているからに他ならない。
その健全な資金を岩崎自動車なんて危ない所に投資したくない。
おまけに、この問題をテイア自動車単体で解決すると、『二木財閥いらなくね?』の声からテイア自動車の独立問題が火を噴く。
テイア自動車は恩も縁もあって別に二木財閥から外れるつもりはなかった。
ただ、経済というのは恩でなく縁でなく利であるという武永大臣からすればそれは罪であり、テイア自動車が次の標的になる事を意味する。
すでにターゲットに入ってる桂華グループからすれば他人事ではない。
「この問題は私たちだけで片付けるのは無理ね。
大人も交えましょう」
私のぼやきに栄一くんが頷く。
なお、まだ壁ドンのままである。
ちっとも色っぽくない。
「で、誰を呼ぶ?」
「栄一くんのお父様とうちの一条は確定。
岩崎財閥にも話を付けないとまずいから、薫さん経由で帝都岩崎銀行の岩崎弥四郎頭取も呼ぶわ」
こうして、岩崎自動車をめぐる狂想曲が幕を開けた。
骨太の方針
ここから経産省と財務省のバトルが始まる。
消費税とかで財務省が攻勢をかける中で、財務に対抗する形でどんどん優遇されていったのがこの経産省で、この構図は現在でも続いていたり。
岩崎自動車リコール隠し
『空飛ぶタイヤ』で有名だが、その前からやっていた。
で、その文化はついに治らずに鮎川に持って行かれる羽目に。
この話はそんな岩崎自動車の押し付けあいというババ抜きゲームである。
逃げの淀屋橋
『機屋に貸せても、鍛冶屋には貸せない』と言った当時の融資担当役員が頭取に成った際に、別の自動車会社の経営危機で助けをテイアに求める(なお、その時の名古屋支店長をその自動車会社の社長に派遣していた)という厚顔無恥ぶりに『鍛冶屋の私どもでは不都合でしょうから』とお断りしたのは最高の因果応報ザマァ案件だと思う。