なぜあの賢い人が接種したのか?——弱い嘘、強い嘘、そして対エリートプロパガンダ
真実と虚偽の区別は、しばしば論理の問題ではなく、情報へのアクセスの問題である。
はじめに
あなたは本当に自分の判断で遺伝子ワクチンを避けたのだろうか? それとも、たまたま「あなた向けではないプロパガンダ」に晒されなかっただけなのか?
パンデミック期間中、多くの人々がワクチン推進キャンペーンに疑問を持ち、接種を避けた。その判断を「自分は賢いから見抜けた」と説明する人は少なくない。しかし、ここに不可解な事実がある。ノーム・チョムスキー、イーロン・マスク、ナシーム・ニコラス・タレブ──独立した批判的思考で知られる知識人たちの多くが、mRNAワクチンを接種したのだ。
彼らは愚かだったのか? それとも、一般大衆向けとは異なる、より洗練された「プロパガンダ」が存在したのか? この問いに答えるには、プロパガンダそのものの論理構造を解剖する必要がある。
Michael Badalamentiの論文「An Epistemological Account of the Logic of Propaganda」は、プロパガンダを認識論的観点から分析し、なぜ論理的思考者でさえ欺瞞に陥るのかを明らかにしている。この論文が示唆するのは、知性の高さは必ずしもプロパガンダへの抵抗力を保証しないという不都合な真実だ。
著者・論文紹介
Michael Badalamentiは、SUNY Geneseo(ニューヨーク州立大学ジェネセオ校)の哲学専攻の学生として、2021年に本論文を発表した。本論文は、プロパガンダ研究における新たな視座を提供するものとして、GREAT Day(Geneseo Recognizing Excellence, Achievement & Talent Day)の学術誌に採択された。
本論文の独自性は、プロパガンダを論理的論証の形式として再定義した点にある。従来のプロパガンダ研究が心理操作や社会学的分析に焦点を当ててきたのに対し、Badalamentiは認識論(知識論)の観点から、なぜプロパガンダが「知識」を与えられないのか、そして論理的に完璧に見える欺瞞がいかにして可能なのかを解明している。
本論文が執筆された2020年は、まさにCOVID-19パンデミックの渦中であり、情報戦が激化していた時期だ。著者自身が「プロパガンダの遍在性」に動機づけられて研究を始めたと述べているように、この論文は単なる学術的考察ではなく、現実の情報環境に対する切実な問いかけでもある。
プロパガンダとは何か──論理構造からの定義
悪意は必ずしも虚偽を必要としない。真実の選択的提示こそ、最も効果的な欺瞞である。
従来定義の限界
「プロパガンダ」という言葉は、17世紀のカトリック教会の布教活動に由来する比較的中立的な用語だった。しかし、第一次世界大戦を経て、この言葉は否定的な意味を帯びるようになった。
問題は、現代でもプロパガンダの定義が曖昧であることだ。 Edward Bernaysは1920年代に「民主主義社会における必要悪」として擁護し、Jacques Ellulは1960年代に「全体主義的社会現象」として批判した。学者たちは今なお、以下の点で意見が分かれている。
プロパガンダには意図が必要か?
真実との関係は?(嘘だけがプロパガンダか?)
商業広告はプロパガンダに含まれるか?
成功したものだけをプロパガンダと呼ぶべきか?
Badalamentiの定義:論理的不当性を核とする
Badalamentiは、これらの論争を回避し、プロパガンダを「不適切な論証」として定義する。
プロパガンダとは、適切な論証であると信じさせるが、実際には不適切である論証(またはそれを誘発するもの)である。
この定義の核心は以下だ。
適切な論証:演繹的に妥当かつ健全、帰納的に強くかつ説得力がある、または反証可能性を持つ。すべての関連情報を考慮し、反論に対処している。
不適切な論証:無効な演繹、弱い帰納、虚偽の前提、循環論法、または意図的な情報の省略を含む。
重要なのは、プロパガンダの前提や結論が真実であっても、論証が不適切ならプロパガンダだという点だ。 たとえば「ワクチンは安全である」という結論が仮に真実だとしても、その根拠が「政府が言っているから」だけなら、それは不適切な論証であり、プロパガンダとなりうる。
第一次世界大戦ポスターの解剖
論文は、1917年のアメリカ軍募兵ポスターを詳細に分析している。ポスターには、ドイツ軍のヘルメットをかぶった猿のような怪物が、血まみれの棍棒を持ち、泣き叫ぶ女性を抱えてアメリカの海岸に上陸する姿が描かれている。「DESTROY THIS MAD BRUTE(この狂った獣を破壊せよ)」という文字と「ENLIST(入隊せよ)」という命令が添えられている。
このポスターが誘発する論証は以下だ。
論証1(道徳的訴求)
ドイツ人は残虐な獣である
残虐な獣は破壊されるべきである
ゆえにドイツ人は破壊されるべきである
入隊すれば戦争努力に貢献できる
ゆえに入隊すべきである
論証2(自己利益訴求)
ドイツ人はアメリカに侵攻しようとしている
侵攻されれば私の生活が脅かされる
脅威と戦うべきである
ゆえに入隊すべきである
なぜこれらはプロパガンダか?
前提1の虚偽性:ドイツ人を「獣」と呼ぶ根拠は弱い。両陣営が同様の残虐行為を行っていた。
前提1の誇張:ドイツの海軍力では、実際にアメリカ本土への侵攻は不可能だった。
情報の省略:連合国側もドイツと同様の非人道的兵器を使用していた事実が隠されている。
このポスターは恐怖と道徳的義憤を利用して、検証困難な前提を受け入れさせる典型的なプロパガンダだ。
プロパガンダの強度分類──なぜ知識人も騙されるのか
真実は単純だが、嘘は複雑である。だからこそ、知的な人々ほど複雑な嘘に魅了される。
弱い形式のプロパガンダ:論理的欠陥が明白
弱い形式のプロパガンダは、論理的思考者なら容易に見抜ける。
特徴
無効な演繹論証(前提が結論を導かない)
内部矛盾(前提同士が矛盾する)
容易に反証可能な虚偽の前提
誇張や感情操作への過度な依存
ワクチン推進での例
「菅義偉首相は、COVID-19ワクチンを接種すれば重症化を防げると述べた。重症化を避けるにはワクチンが必要。だから接種すべきだ。」
この論証は、前提「接種すれば重症化を防げる」が絶対的ではなく、ブレークスルー感染や重症化の事例が存在するため、容易に反証できる。このタイプのプロパガンダは、最低限の批判的思考で見抜ける。
強い形式のプロパガンダ:情報の非対称性を利用
強い形式のプロパガンダは、論理的には一見正しく見えるが、受け手が知らない情報を意図的に省略することで欺瞞を成立させる。
特徴
論理形式は正しい
前提の一部は真実
しかし、重要な情報が省略されている
信頼できる権威によって裏付けられている
ワクチン推進での例
「専門家によれば、COVID-19ワクチンは重症化に対して90%以上有効である。安全で有効なワクチンは接種すべきだ。だから接種すべきだ。」
この論証は形式的には妥当だが、副作用のデータや特定の集団でのリスクが意図的に省略されている。受け手が臨床試験の生データにアクセスできない場合、この省略を検出することは困難だ。
最も強い形式のプロパガンダ:完璧な論証に見える欺瞞
最も強い形式のプロパガンダは、完璧な論理的思考者でさえ識別できない。
特徴
論理的に完全に妥当
信頼できる権威によって支持されている
受け手が持つ情報の範囲内では反証不可能
省略された情報は、受け手がアクセスできない
ワクチン推進での例
「信頼できる保健機関と科学者が、COVID-19ワクチンは感染に対して95%有効と確認した。完全に有効なワクチンは接種すべきだ。だから接種すべきだ。」
なぜこれが最強なのか? 受け手は以下の理由で欺瞞を見抜けない。
権威の信頼性:保健機関や科学者という裏付けがある
情報の非対称性:有効性の限界(例: 持続期間の短さや伝播防止の未証明)や内部データは公開されていない
検証の困難性:受け手は独自に長期的な臨床試験や効果を調査できない
この形式のプロパガンダは、受け手の知識の外側に真実が隠されている場合に機能する。 論理的思考力だけでは対抗できないのだ。
「対エリートプロパガンダ」の存在──なぜチョムスキーやタレブも接種したのか
知識人は、自分が大衆よりも賢いと信じているがゆえに、自分向けに洗練された嘘には無防備である。
異なる標的には異なる武器
ここで重要な仮説が浮上する:大衆向けとは別に、知識人向けの「対エリートプロパガンダ」が存在したのではないか?
エリート層を対象としたプロパガンダは、政策立案者、知識人、ビジネスリーダー、その他の影響力を持つ社会エリートを標的とする。この種のプロパガンダは、その手法、洗練度、そして時には目的において、大衆向けプロパガンダとは根本的に異なる。
一般大衆向けのプロパガンダは、感情訴求や権威への服従を利用する弱い形式が中心だった。「みんなが打っているから」「専門家が言っているから」といった単純な論証だ。批判的思考を持つ人々は、これらを容易に見抜いた。
しかし、知識人向けには、以下のような洗練された技法が用意されていた。
1. 複雑性と深み 感情に訴える単純な主張ではなく、経済理論、疫学モデル、選択的に提示された科学的データを活用した複雑な論拠が展開される。たとえば、臨床試験の一部の肯定的な結果だけを強調し、否定的なシグナルは「統計的に有意ではない」として省略する。
2. 普及経路の選別 エリート層が頻繁に利用する経路──トップジャーナル、専門会議、シンクタンクの報告書、限定的なソーシャルネットワーク──を通じて情報が流通する。大衆向けメディアとは異なる、より「信頼できる」と見なされるチャンネルだ。
3. 権威の階層化 「信頼できる科学者」が支持しているという事実を強調し、その科学者自身が製薬会社と利益相反を持つ事実は隠される。専門家の意見を活用し、認知された権威が信憑性を与えることで、他のエリート層にとってより受け入れやすいものとなる。
4. 長期的影響の追求 即時の行動を促すのではなく、政策、学術的言説、企業戦略に時間をかけて微妙に影響を与えることを目的とする。特定のイデオロギーや経済システムの推進、外交政策への影響、または技術の採用促進などが含まれる。
なぜ知識人は騙されたのか
ノーム・チョムスキー(言語学者・政治批評家)、イーロン・マスク(起業家)、ナシム・ニコラス・タレブ(数学者・リスク理論家)──これらの人物は、権威に盲従しない独立した思考能力を持つ人物として知られている。それなのに、なぜ彼らは遺伝子ワクチンを接種したのか?
さらに注目すべきは、専門家中の専門家でさえ、当初は誤った判断を下したという事実だ。
ロバート・マローン博士は、mRNA技術の開発に関与した科学者であり、ワクチン学の専門家だ。ジョン・P・A・ヨアニディス博士は、スタンフォード大学の疫学者であり、医学研究のバイアスを批判してきた人物だ。今でこそ批判的な立場をとっているものの、彼らでさえ、パンデミック初期には遺伝子ワクチンのリスクを過小評価していた。
これは何を意味するのか? 専門知識があれば騙されないという仮定は、明らかに誤りだ。可能性のある説明は以下だ。
1. 情報の非対称性──入力データの汚染
彼らがアクセスした情報源(トップジャーナル、政府報告書、著名科学者の意見)が、すでにバイアスがかかっていた。彼らは論理的に正しく推論したが、入力された情報自体が操作されていた。
たとえば、ファイザーやモデルナの臨床試験データは、承認時点では完全に公開されていなかった。有害事象の詳細、追跡期間の短さ、対照群の早期解除といった重要な情報は、後になって明らかになった。以前のNote記事で詳しく解説しているが「戦略的無知」が展開されていた可能性が高い。エリート層も、一般市民と同じく、この戦略的な情報の欠如の中で判断せざるを得なかった。
2. 専門外の領域での判断──境界の盲点
チョムスキーは言語学者であり、タレブは数学者だ。ワクチン開発の詳細や免疫学の複雑さについて、彼らは専門家ではない。 専門外の領域では、彼らも権威に頼らざるを得ない。
しかし、より驚くべきは、マローンやヨアニディスのような専門家でさえ誤ったことだ。 これは、専門知識それ自体が、逆に盲点を生む可能性を示唆している。
過度の専門化:mRNA技術の専門家であることが、免疫学や毒性学の盲点を生む
専門家コミュニティの圧力:同業者からの評価を失うリスクが、異端の見解を抑制する
既存パラダイムへの固執:確立された科学的枠組みが、新しいリスクの認識を妨げる
3. リスク評価の枠組みの誘導──恐怖の増幅
タレブのような「ブラックスワン」理論の提唱者でさえ、COVID-19の即時的リスクを過大評価し、ワクチンの長期的リスクを過小評価した可能性がある。
なぜこれが起きたのか? リスク評価の枠組み自体が、プロパガンダによって誘導されていたからだ。
メディアの恐怖増幅:感染死亡率の誇張、医療崩壊のイメージ、「ゼロCOVID」という非現実的目標
対照群の欠如:ワクチン未接種者の長期的健康データが意図的に収集されなかった
前例の操作:過去のワクチン開発期間(通常10年以上)が「非効率」として否定され、迅速承認が「科学の勝利」として語られた
タレブ自身のリスク理論──「予防原則(precautionary principle)」──は、本来なら長期安全性が不明な新技術に対して慎重であるべきだと示唆していた。 しかし、COVID-19のリスクが極端に誇張されたことで、この原則が逆転した。
4. 社会的圧力──評判という人質
知識人も社会的存在であり、職業的立場や人間関係が判断に影響する。ワクチン懐疑論者として公に認識されることのコストが、接種のリスクを上回ると判断した可能性がある。
特にエリート層にとって、評判は資本だ。 学術的キャリア、メディアへのアクセス、政策への影響力──これらすべてが、「反ワクチン」というレッテルによって失われる可能性があった。
マローン博士の事例は示唆的だ。 彼は後にワクチンのリスクについて声を上げたが、その結果、主流メディアから「陰謀論者」として攻撃され、プラットフォームから追放された。この前例を見れば、他の専門家が沈黙を選ぶのは自身にとっては合理的判断だったとも言える。
5. 認知的不協和──専門家としての自己イメージ
専門家であることそのものが、判断を歪める可能性がある。
「私は専門家だから間違わない」という自己イメージ:批判的検証を怠る
サンクコスト効果:一度支持を表明した後、誤りを認めることの心理的コスト
専門家コミュニティへの忠誠:同業者の圧倒的多数が支持している場合、異を唱えることは自己の専門性への疑問を意味する
ヨアニディス博士は、パンデミック初期にロックダウン政策を批判したが、ワクチンについては比較的肯定的だった。 これは、選択的懐疑の一例かもしれない──ある領域では批判的だが、別の領域では主流に従う。
複数のプロパガンダが共存する環境
論文が示唆する重要な洞察がある:複数の形式のプロパガンダが同時に流布される場合、人々は自分が見抜けるプロパガンダを見て、「自分は騙されていない」と誤信する。
たとえば、あなたが「みんなが打っているから安全」という弱い論証を見抜いたとしよう。その時点で、あなたは「自分は批判的思考ができている」と感じるだろう。しかし、その背後にある「トップジャーナルに掲載された研究が支持している」という強い形式のプロパガンダには、気づかないかもしれない。
知識人も同じだ。 彼らは大衆向けの粗雑なプロパガンダを見抜くが、自分たち向けに洗練されたプロパガンダ──シンクタンクの報告書、限定的な専門家ブリーフィング、査読された(しかし利益相反に満ちた)論文──には気づかない。 見抜いたという事実が、むしろ別の欺瞞への警戒心を緩めるのだ。
エリート向けプロパガンダの真の狡猾さは、「大衆は馬鹿だ。あなたは違う」というメッセージにある。 「あなたは大衆とは違う。あなたは複雑な情報を理解できる。だからこそ、この限定的な情報をあなたと共有する」──この排他性の感覚が、批判的思考を麻痺させる。
興味深いのは、社会的に受け入れられた「異端児」──チョムスキーやマスクのような人物──が接種したことだ。 これは、真のプロパガンダ抵抗には、社会的承認の外側に立つ覚悟が必要であることを示唆している。彼らは主流に対して批判的だったが、エリート層としての地位そのものは放棄しなかった。そして、エリート層に留まる限り、エリート向けプロパガンダの影響圏内にいる。
個人レベルでの抵抗──可能性と限界
真実を知ることと、真実を証明することの間には、深い溝がある。
弱い形式への抵抗:論理的分析の実践
弱い形式のプロパガンダには、論理的分析が有効だ。
推奨される実践
論証の明示化:暗黙の前提を書き出し、論理構造を可視化する
前提の検証:各前提が本当に真か、どの程度確実かを評価する
代替説明の検討:同じ結論に至る他の論証はあるか?
情報源の吟味:誰がこの主張をしているのか?利益相反はないか?
しかし、この方法には限界がある。
時間の制約:すべての情報を分析する時間はない
専門知識の不足:複雑な科学的主張を評価するには専門知識が必要
感情の影響:恐怖や不安は、論理的思考を阻害する
強い形式への抵抗:情報の非対称性という壁
強い形式のプロパガンダへの抵抗は、はるかに困難だ。 なぜなら、受け手が持っていない情報が欺瞞の鍵だからだ。
論文が挙げる例を考えよう。信頼できる環境科学者が、土地開発計画を支持する証拠を提示した。しかし、実際にはその科学者は開発業者から密かに賄賂を受け取っていた。賄賂の存在を知らない一般市民は、この科学者を信頼する正当な理由がある。 論理的思考だけでは、この欺瞞を見抜けない。
ワクチン推進でも同様だった。
臨床試験の生データは一般に公開されていなかった
有害事象の報告システム(VAERSなど)は複雑で、因果関係の評価が困難
独立した長期追跡研究は存在しなかった(時間的制約のため)
情報の非対称性が大きい場合、個人レベルでの抵抗は限界に達する。 これは認識論的な問題であり、努力や知性では解決できない。
完全な懐疑主義の落とし穴
「すべてを疑え」という立場は、一見安全に見えるが、実は機能不全だ。
完全な懐疑主義者は、以下のパラドックスに陥る。
プロパガンダを避けるために、すべての主張を疑う
しかし、「プロパガンダは存在する」という主張自体も疑わなければならない
すると、何も信じられず、行動の根拠を失う
さらに、人間は実践的に行動しなければならない。 ワクチンを打つか打たないかの決断は、当時の状況では、感染症とワクチン、どちらのリスクをとるかという実践的問題があった。不完全な情報の中で判断せざるを得ない。
論文が示唆するのは、人類が今まで生存してきた事実自体が、「真の知識(生存を可能にした知識)が誤った信念(生存不可能な信念)よりも多い」ことの証拠だということだ。 完全な懐疑主義が正しいなら(あらゆる選択を避ける)、人類はとっくに滅んでいただろう。
異端性の役割──なぜあなたは見抜けたのか
ここで、最初の問いに戻ろう:あなたはなぜ遺伝子ワクチンのリスクを見抜けたのか?
論文の枠組みに従えば、知性や批判的思考だけでは不十分だ。 なぜなら、知的で批判的な人々の多くが接種したからだ。
可能性のある説明は「異端性」だ。 ただし、社会的に許容される異端ではなく、「真の異端」──主流の情報源に依存せず、独自の情報ネットワークを持ち、社会的評価を犠牲にしてもかまわない人々。
この異端性には、いくつかの要素が含まれる。
情報源の多様性:主流メディアだけでなく、他の情報媒体、独立系研究者、独立系記者、歴史的事例、検閲事例、参照されない査読済論文、撤回論文、プレプリント、分野外の専門記事など多角的な視点を参照する
社会的孤立への耐性:「陰謀論者」「変わり者」「反ワク」とレッテルを貼られることを恐れない
不確実性への耐性:「わからない」という状態に留まることができる
歴史的記憶:過去の医療スキャンダル(サリドマイド、ロボトミーなど)を参照枠組みとして持つ
プロパガンダの生態学──真実は戦場ではなく庭である
賢明さは欺瞞への免疫を保証しない。最も洗練された嘘は、最も洗練された心を標的とする。
本論文とパンデミックの経験から得られる最も重要な洞察は、プロパガンダを「敵対者」として見る視点の限界だろう。
戦争のメタファー──「情報戦」「真実の戦い」──は、ある種の明快さを提供する。 善と悪、真実と虚偽の二項対立。しかし、現実はより複雑だ。
プロパガンダは情報環境の生態系の一部だ。 完全な真実も完全な虚偽も、実際には稀である。ほとんどの情報は、真実と誤り、意図と無知、操作と誠実さが複雑に絡み合っている。
あなたが遺伝子ワクチンのリスクを見抜けたとしても、それは単に「賢かった」からではない。 あなたがアクセスした情報源、あなたの社会的位置、あなたの過去の経験、あなたの心理的傾向──これらすべてが、あなたの判断を形作った。そして、別の文脈では、あなたもわたしも欺瞞に陥る可能性がある。
プロパガンダ抵抗は、完璧な論理や絶対的真実の獲得ではなく、むしろ謙虚さと柔軟性の実践だ。
自分の判断が誤りうることを認める
新しい証拠に応じて信念を更新する
異なる視点を真剣に検討する
不確実性の中で行動する勇気を持つ
ワクチン推進プロパガンダの事例が教えるのは、知識人も大衆も、専門家も素人も、等しく欺瞞に脆弱だということだ。 しかし同時に、私たちは集団として真実に近づく能力を持っている。 独立した研究者、内部告発者、市民ジャーナリスト、懐疑的な医師──多様な声が響き合うことで、単一の視点では見えなかった真実が浮かび上がる。
プロパガンダに「勝つ」ことはできないかもしれない。しかし、プロパガンダと共存しながら、より真実に近い理解へと漸進的に近づくことはできる。 それは戦いというより、「庭の手入れ」に似ている──絶え間ない注意、忍耐、そして時には失敗を受け入れる謙虚さが求められる営みなのだ。
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