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円安・債券安を招いた高市政策

~行き過ぎている財政拡張~

熊野 英生

目次

円安と債券安

高市政権になって、予想を遙かに超えて円安が進んでいる(図表1)。11月20日時点で1ドル157円台の円安へと動かされている。このまま158円台に移行すれば、通貨当局はもっと明示的に口先介入に動き、強く円安を牽制することになるだろう。すでに、日銀と財務省・金融庁は三者会合を開き、意思表明を行っている。行き過ぎた円安は、輸入物価を押し上げて、国民の物価懸念を煽ることにもなりかねない。政権運営や支持率にもマイナス効果を及ぼすだろう。日銀の12月利上げも可能性が高まってくる。

図表
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なぜ、高市政権の政策が円安を誘発するのかを考えてみた。大きな要因は、財政悪化懸念である。自民党内からは、秋の経済対策の規模をどんどん膨らませようとする意見がある。昨年の補正予算13.9兆円を超えて、17~25兆円という規模になるという観測もある。ここにきて子供1人に2万円給付という追加案も浮上している。これが少子化対策になるかは疑問だ。安易に積み増しをせず、もっと節度を持って望んだ方がよい。この位の規模になれば、需要超過を招き、かえって物価上昇圧力を強めてしまう。このインフレ予想が、日本の通貨価値を押し下げるから円安が進むのだろう。

また、この拡張財政は、財政赤字を拡大させて、新規国債発行を積み増すことになる。それが債券需給を悪化させて、長期金利上昇を促す(図表2)。円安+債券安の原因は、こうした財政運営が招いた結果という見方ができる。私たちは、「責任ある積極財政」という看板の印象から、高市政権の財政運営が少し穏当なものになると、今までは楽観的に見ていた。マーケットの反応は、その楽観が裏切られたから、財政拡張の副作用が表面化するかたちで、円安+債券安を引き起こしているとも考えられる。

図表
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リフレの楽観

高市政権には、心にスキがあったと思われる。一部のリフレ論者は、いくら財政支出を増やしても全く弊害が生じないと独自の理論を展開していた。そして、「日本はコストプッシュ・インフレであり、需要インフレではない」と唱えていた。高市首相もそうした原理主義を信じ込んでしまった可能性はある。人間の心理には「見たいものを見る」ところがある。

しかし、いくら財政支出を増やしても弊害が生じないなどということはあり得ないだろう。安易に原理主義に流されることは危険である。実際、日本の供給能力を超えた財政拡張を行えば、貿易赤字が拡大する(貿易収支のアブソープション・アプローチ)。輸入超過の部分は、ドル買い・円売りの圧力になり、円安を進める。また、需要超過を生み出して、物価上昇の要因にもなる。「弊害などは生じない」と信じていても、その弊害は否応なく襲ってくる。マーケットは生き物であり、政治の思うようには動いてくれない。現在、起こっている円安・債券安はその表れの一端なのだろう。英国のトラスショックの悪夢が頭をよぎる。

中国リスクの追い打ち

高市首相にとって不運なのは、ここにきて日中関係が険悪化してきたことである。台湾有事を意識した発言が、予想以上に中国からの反発を受けた。中国からの訪日観光客を自粛させるような圧力がかかっているほか、農林水産物の輸入を再び抑制するような動きもある。2024年10月から2025年9月までの1年間の中国+香港からの訪日消費を計算すると、26,402億円である。仮に、これが大幅に減ってしまうと、日本の観光産業にも打撃になるだろう。こうした思惑も株価下落を誘発し、円安要因にもなっている。この悪影響は、今後の展開次第ではさらに広がっていく可能性もある。高市政権には外交努力を通じて、何とか日中関係を改善方向に導いてほしいものだ。現時点では、糸口が見えない印象が強いとしても、どこかに突破口はあると思う。

求められるのは建て直す力量

高市首相は、今、その就任後の期間で最大の危機に直面している。今、試されているのは、難局を打開するための力量であろう。こうした逆風は、長く政権を担当していれば、必ずどこかで訪れるものである。それをうまく乗り切れるかどうかで、政権維持の期間は変わってくる。

建て直しのためには、①補正予算の規模をもっと穏当な数字に絞り込むこと、②日銀の利上げによって円安圧力を減らすこと、の2つが肝要だろう。さすがに20兆円を上回るような補正予算の規模で経済対策を行えば、その弊害はマーケットを通じてさらに強まるだろう。国民にとっても、そうした弊害がさらなる物価高に跳ね返ってきてマイナスである。高市首相がそうしたリカバリーに動けるかどうかに注目したい。

まだやり直しが効く財政運営

補正予算の規模は11月中下旬に明らかにされる。さらに、12月中には2026年度当初予算案が発表される。ここで財政規律がどのくらい維持されるかどうかが勝負の分かれ目であろう。仮に、過大な予算規模が発表されると、円安+債券安はもっと進むと考えられる。これは日本という国家の利益にもならない。長期金利の上昇は、予算の中の利払費を増やし、新規国債発行を積み増すことにつながるだろう。これは、「借金を支払うための借金の増加」になる。利払費以外の歳出を抑制する圧力にもつながっていく。従って、継続的に長期金利上昇が起こり、将来に禍根を残すような対応にならないように、もっと注意深く対応した方がよいと思う。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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