〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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空崎ヒナの〝推し〟の話

 

 

 

 

────空崎さん、先程天雨さんから連絡が……たった今例の不良グループの制圧が完了したみたいです

 

「…………」

 

────……空崎さん?

 

「……っ!何?」

 

────いえ、ですから天雨さんが敵を制圧したって……

「そう……そのまま速やかに帰投するように伝えて」

 

 

 

風紀委員の仕事部屋、普段は五人ほど入っているその部屋も今日は酒泉とヒナの二人しか居なかった

 

ベアトリーチェとの戦いの傷が癒えていない酒泉はヒナによって戦闘を禁止されており、そのヒナも酒泉の見張りを兼ねて室内で出来る仕事を進めていた

 

……のだがそのヒナの様子がおかしく、酒泉の目からは何処かボーッとしているように感じた

 

 

 

────……あの、空崎さん?結構疲れてます?

 

「……どうしてそう思うの?」

 

────だって俺の言葉に対する返事が遅かったですし、似たような事がさっきもありましたし……

 

「…………」

 

 

 

図星か、酒泉は無言で俯いたヒナを見てそう思った

 

それと同時に酒泉自身に罪悪感が襲い掛かる……自分が戦えないせいでその分の負荷をヒナや他の風紀委員達に掛けてしまっているという罪悪感を

 

……だが、酒泉の予想は間違っていた

 

確かにヒナの仕事量はそこらの社会人ですら逃げ出してしまいたくなるほど膨大な量だ、しかし原因はそれではなかった

 

そう、折川酒泉は知らなかった────

 

 

 

 

 

(は~~~!!!やっぱり酒泉は〝これ〟よね~~~!!!)

 

 

彼女の頭は折川酒泉以上に推しに対して面倒な感情を抱いているという事を、それが彼女の様子がおかしい理由だという事を

 

 

 

(その心配するような視線は何なの?そんな目を向けられたら一瞬で達してしまいそうになるじゃない、これまで何度休み時間の間に着替えてきたと思ってるのよ下着代が馬鹿にならないじゃない。それとも何?私のことを目だけで殺すつもりなの?言っとくけどその気になれば酒泉は声だけで私のことを殺せるわよ?物理的にも社会的にもね。貴方が私に皆の前で〝靴を舐めろ〟と命じれば喜んで靴を舐めるし〝椅子になれ〟と命じれば喜んで両膝と両腕を床につけるわよ?人間じゃない存在に服は必要ないと言われれば喜んで全裸になるし、それ以上の事を求められたら喜んで全裸土下座しながら屈服宣言もするけど?そんな圧倒的に上の立場でありながら私を利用するどころか私の心配をするなんてもしかして目や声どころか優しさという感情だけで私を殺そうとしてる?それなら残念だったわね、心も心臓もとっくの昔に貴方に撃ち抜かれてるわ、今の私は推しに対する感情だけで動いてる肉人形よ)

 

 

折川酒泉が心を覗いたら間違いなく一瞬で気絶するような事を考えながらヒナは〝心配しないで〟と答える

 

しかし相変わらず俯いたままのヒナの様子が気になったのか酒泉はより心配そうに顔色を窺う

 

 

(は?何その可愛らしい表情は?まるでペットが主人を心配してる時みたいじゃないペットになりたいのは私の方よ。でも折川家のペットは年中発情期らしいから毎日主人の事を襲っちゃうかもしれないけどね、もしそうなったら主人に躾けてもらおうかしら徹底的に……いや、でもペットとしてじゃなくお嫁さんとして普通にイチャラブするのも捨てがたいわね。朝はおはようのちゅーから始まって朝御飯の後は食後のちゅーをして歯磨きの後は歯磨き後のちゅーをして仕事に行く時はいってらっしゃいのちゅーをしてもらって職場では休憩時間中に画面通話でリモートちゅーをしてもらって……あ、ちなみに酒泉は当然専業主夫ね。貴方の財布の中は全部私のお金で満たすし貴方の胃袋も全部私の買ってきた食材で満たしてもらうから。だからその代わり酒泉は子育てを────待って、とんでもない事に気づいてしまったわ。もし子供を産んだら酒泉から私に対して向けられる愛情が半分になっちゃうじゃない……しまった、子供に嫉妬しない自信がないわ。それを考えたら子供を作らないというのも一つの手かもしれないわね)

 

 

────あの……空崎さん?本当に大丈夫ですか?さっきから口閉じっぱなしで一言も発してませんけど……

 

 

(何言ってるのか聞こえないわよ……何?〝一言も発せないように口で塞いでやろうか?〟ですって?出来るものならやってみるといいわ一瞬で床がびしょびしょになって掃除が大変になるだけよ。ああいや、もしそうなったら酒泉が私の髪の毛をモップ代わりに使ってゴシゴシ擦り付けながら掃除すればいいだけね。こんな私でも貴方の掃除道具代わりにはなれるのだから……というよりも私が居れば他の掃除道具なんて必要ないよね?掃除機もタオルも私以外のモップも全部捨てていいよね?だって酒泉の掃除道具は私だけなんだから)

 

 

 

自分の上司が自分を使ってとんでもない妄想をしている事など露知らず、酒泉はヒナを心配して気遣うような視線を送り続ける

 

そして何かを決めたのか、酒泉は〝失礼します〟とヒナの机の上の書類を持って自分の席に移動した

 

 

 

────空崎さん、今日はもう帰って休んでください。仕事は俺が代わりに終わらせるんで……

 

「……え?あ……ご、ごめんなさい……今、なんて言ったの?」

 

────やっぱりまともに言葉を聞き取れないぐらい疲れてるじゃないですか……帰って休んでくださいって言ったんですよ

 

「で……でも……仕事がまだ……」

 

 

仕事を理由に帰宅を渋るヒナ、しかし彼女が本当に気にしているのは仕事などではない

 

そもそも空崎ヒナという〝最強〟にとってこの程度の疲労など大した問題ではない……と言っても疲労自体はしっかり溜まってしまっているのだが

 

具体的に言うならその疲労感すら吹き飛ばす程のモチベーションが彼女にはある、それは────

 

 

 

(は?帰って休む?ふざけてるのかしら、そんな事をしたら酒泉と一緒に居られる時間が減っちゃうじゃない。私が何の為にこの学園に通ってると思う?全て貴方の顔を見て貴方と同じ空間で同じ空気を吸う為よ、だというのにまさか私に酒泉吸いを我慢しろというの?貴方はそれがどれ程残酷な事なのか分かっているのかしら。それは高級レストランで一流のシェフが作る自分の好物を前にして突然〝帰れ〟と追い払われるのと同じくらい残酷なのよ?そんなの耐えられるわけないでしょぶち犯すわよ酒泉)

 

 

 

折川酒泉と存在そのものが彼女のモチベーション……というよりかは最早生きる理由そのものになってしまっている

 

あまりにも面倒で重い感情、それらは到底人に晒せるものではなく、酒泉本人に知られてしまった日には首吊りものである

 

……まあ、彼も彼で空崎ヒナに対しては対応がだだ甘なので悩んだ末に彼女の感情を全て受け入れてしまうかもしれないが

 

しかしヒナは自身の感情を優先して酒泉を困らせたい訳ではない、むしろ彼の悲しそうな顔は見たくないからこそ必死に感情を抑えているのである

 

故に────ヒナは彼の厚意を受け入れた

 

 

 

「分かったわ、流石に仕事を残したまま帰れはしないけど……でもちょっとだけ保健室の方で休ませてもらうわね、その間だけ私の分の仕事もお願いしていいかしら」

 

────はい!任せてください!サクッと終わらせてみせますよ!

 

「ふふっ……ありがとう、でも酒泉も無理はしないでね?」

 

 

 

微笑みながら風紀委員室を後にするヒナ

 

大量の仕事をこなし、ゲヘナを支えるその小さな背は酒泉にとって何よりも頼もしく見えた

 

 

 

(あああああああああああああっ!!!酒泉と離れたくないいいいいいいいいい!!!でも酒泉を悲しませたくないし酒泉の気遣いを無駄にもしたくないいいいいいいいいいいいい!!!こんな時、私が分身の術を使えたら……そうすれば休みながら酒泉と同じ空気が吸えるのに。他にも分身達に仕事や家事を任せてる間酒泉とイチャラブしたり……あ、でもそうなったら他の私が嫉妬して自分同士で殺し合う事になりそうね。愛情の大きさ的に本物の私が負けるとは思えないけど苦戦する事にはなりそうね。大丈夫よ酒泉、最後に勝ち残るのは私だから。私以外が酒泉に愛情を向けられるなんて絶対に許さないから、それが例え私自身の分身だったとしても……でも酒泉は優しいから分身の私だったとしても私が傷つくと悲しんでしまいそうね、そうなると自分の体を張ってでも争いを止めようとしてきそうで……仕方ないわね、もしそうなったら本体の私も私の分身も全員愛してもらおうかしら。酒泉は私に優しいから少なくとも百人くらいは連続で抱いても大丈夫だと仮定してそこから一日のイチャラブスケジュールを組み立てて───────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「キキキッ!そうか、それでお前が代わりに書類提出をしに来たと……空崎ヒナめ!随分と情けない奴だなぁ!?」

 

─────それ以上口を開いたらその角へし折るからなクソ女

 

 

 

万魔殿の一室にて、悪どい笑みを浮かべながらヒナを嘲笑するマコト

 

そんな彼女の態度に腹が立ったのか、酒泉は眉間に皺を寄せながら悪態をつく

 

 

「あの女の体調不良は全て自身の体調管理を怠っていたのが原因だろう?私は事実を言ったまでだ」

 

────それだって全部アンタが嫌がらせで仕事を押し付けてるせいだろうが

 

「ほう?自らの上司の能力不足を私に押し付けるか?部下がこれでは空崎ヒナという人間の器もたかが知れているな」

 

 

 

売り言葉に買い言葉、羽沼マコトという女に〝反省〟という言葉は存在しない

 

これ以上会話を続けても余計にストレスが溜まるだけだと判断したのか、酒泉は舌打ちしてから部屋を出ようと背を向ける

 

 

 

────言っておくがアンタがアリウスと繋がっていたって情報を公にしていないのはゲヘナのトップが急に居なくなると学園が今まで以上に混沌とするからだ、それに甘んじて一向に風紀委員会への態度を改めるつもりがないなら……こっちだって本気でアンタらを潰しに掛かるからな?

 

「ほう?たった今自分で〝万魔殿が居なくなると学園が混乱する〟と言ってなかったか?」

 

────だから言ったろ、〝今まで以上に〟って……どうせ元々荒れ狂ってる学園なんだからそこに暴徒が追加されようと大して変わらねえよ、それでも万魔殿が居た方が少しは……本っっっっっっっっっっ当に少しだけ治安がマシだから見逃してやってるだけだ

 

 

 

部屋を出る際に酒泉は一度だけ振り向き、マコトに目を合わせて強く睨み付ける

 

その目は折川酒泉が敵対者に向けるのと同じ目、ゲヘナの問題児達を相手にする時のような面倒そうな目ではなく、明確な敵意を込めた目だった

 

一睨、たったそれだけでマコトの肩が震え、余裕そうだった笑みが崩れ、息を飲ませる

 

 

 

「────っ……!」

 

 

 

酒泉が部屋を去った後、マコトの膝はペタリと崩れ落ちる

 

額からは冷や汗を、目は開け閉じを繰り返し、肩の震えは身体全体に広がっている

 

酒泉の眼光はそれだけの恐怖をマコトに植え付けた────

 

 

 

「キッ……キキキ……!」

 

 

 

訳ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キキキキキキキキキキキキッ!!!これだこれ!折川酒泉はこうでなくてはなぁ!?普段は甘い癖にいざとなれば非情に徹しようとするその心!あれは間違いなく折川酒泉の〝本気〟だった!どうだ、空崎ヒナ!折川酒泉は私だけを見たぞ!?貴様ですら見た事のない〝敵意〟を込めた折川酒泉の本気の瞳は!私だけに向けられた!そうだ……やはりあの男はゲヘナらしい!身内に対する甘さはあるが、それでも外敵に対する容赦の無さはどこまでも暴力的で荒々しい!それを滅多に見る事ができないのは折川酒泉に本気で憎まれている奴が存在しないから……それこそ恐らくは和解する前のアリウススクワッドか報告に上がっていたベアトリーチェくらいだろう……くそっ!私より先に折川酒泉の気を惹くとはどこまでも忌々しい連中め────待てよ?もし奴等に向けられていた憎しみ以上の殺意を私に抱かせる事ができれば奴に本気の感情をぶつけられたのは実質私一人という事になるのではないか?となると空崎ヒナに対する嫌がらせごときでは大して効果はなさそうだな……もっと大きな事件を……奴をもっと必死に、私にだけ気を向かせられるような強大な何かを……そうだ!雷帝の遺産だ!あれがあれば────)

 

 

 

「こんにちはー……あ、マコト先輩。さっき廊下で酒泉とすれ違った時めちゃくちゃ不機嫌な顔してるとこ見ちゃったんですけど……また何か余計なこと言いました?」

 

「イッ……イロハ!見た!見たぞ!しゅせっ……怒った!折川酒泉が私を見て……ほ、本気で殺意を……キッ、キキキッ!えへへへへへへっ!」

 

「あーはいはい、また面倒なオタクモードになったんですねー……そんな乙女みたいな表情で面倒な感情拗らせないでくださいよ、全く」

 

 

 

 

 

 

 

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