ミサキ、お前もアイドルになれ
「トリニティの学園祭でシスターフッドと救護騎士団がアイドルとしてステージに立ったらしいですよ!これはもう我々ゲヘナも対抗してヒナ委員長がアイドルになるしか……!」
「私である必要ないでしょ……馬鹿なこと言ってないで働いて、アコ」
「そ、そんな……!」
馬鹿げた提案を一瞬で拒否される……が、今回ばかりはとアコは即座に立ち上がりしつこくヒナに食い下がる
「ヒ、ヒナ委員長!この提案は決して私個人の欲望を優先させたものではありません!これはヒナ委員長のイメージと共に風紀委員会その物のイメージを向上させる為のアピール的な意図も含まれておりまして……!」
「必要ないわ」
「もし成功すれば万魔殿を支持している生徒達から関心を引くことも可能かと……!」
「必要ない」
「くっ……取り付く島もないとは……!」
「アコちゃんさぁ……欲望駄々漏れだよ?」
「そんな事ありません!私はゲヘナの未来を考えて……!」
「行政官、鼻血出てますよ?」
「………」
部下達からの同意を得られずに渋々引き下がりながら無言で鼻を拭くアコ、そんな彼女に呆れた視線を向けながら〝漸く諦めてくれたか〟と溜め息を吐くヒナ
……かと思いきや、今度は酒泉に同意を求め始めた
「酒泉!貴方なら理解できますよね!?ヒナ委員長のアイドル姿を見た……げふんげふん、ゲヘナの未来の為に広報活動が必要だという事を!」
「そこまで言ったならもう誤魔化せないよアコちゃん……」
「凄い勢いで委員長からの好感度を落としていきますね……」
「五月蝿いですねぇ……貴女達は喋ってないで仕事を進めなさい!何の為の風紀委員ですか!?」
「理不尽!?暴君だ暴君!」
「二人ともうるさい」
「「あ、はい」」
ギャーギャーと口喧嘩を始めるイオリとアコをヒナが睨み付けるとピタリと喧嘩が止む
イオリとアコは流石に騒ぎすぎたかと恐る恐るヒナの顔色を窺う……が、ヒナの心は仕事を進めずに無駄話をしている二人への怒りよりも酒泉からの反応に向けられていた
「ね、ねえ……酒泉……その……酒泉は見たい?私のアイドル姿……」
それは、恋する少女が勇気を出して吐き出した質問
好きな男の子からの反応が気になるという、ゲヘナ最強の風紀委員長という肩書きを全く感じさせないほど乙女チックな行為だった
「……酒泉?」
「……あ、ごめんなさい。ボーっとしてて……」
が、肝心のクソボケは何やら手元にある一枚の写真に夢中だったようで、先程のヒナの声に気づいておらず問いかけられた質問を再び尋ねるというクソボケすぎるムーブをしてしまった
「えっと……もう一度言ってもらっても?」
「その……だから……酒泉は私のアイドル姿、見てみたいのかなーって────」
そこまで言いかけてヒナの言葉が止まる、その理由は途中で恥ずかしくなってきたから────などではない
ヒナの視線が酒泉の手元に向けられる、その先にあるのは酒泉がヒナの言葉を聞き逃すほど夢中になっていた一枚の写真
そしてその写真の中では─────三人の美少女に囲まれている酒泉がニヤニヤと笑っていた
「酒泉……それ……なに……?」
「ん?これですか?これは……でへへぇ……」
だらしなく頬を緩ませながら写真をヒナに渡す酒泉、しかしヒナは写真を見せてほしい訳ではない、一緒に写真に映っている何人かの少女について説明してほしいのだ
「この子達は……一体……?」
「この三人は最近トリニティでデビューしたアイドルグループの子ですね……実は俺、そのファーストライブを見に行ってまして……すっかりファンになっちゃいました~!」
今、ヒナの前で酒泉はでれっでれにとろけている
今日まで一度もヒナに見せた事のない表情を、たった一枚の写真が引き出している
その事実に自身の脳がハンマーで叩かれたような揺れを錯覚するものの、ヒナは声を震わせながらも小声で酒泉に問いかける
「これはその時の握手会で撮ってもらった写真なんです!」
「そ、その……酒泉はその人達の事が好きなの……?」
「ええ!大好きです!」
「ど……どれくらい……?」
「そりゃあもう!俺の全てを捧げてもいいと思えるほど大好き……いえ!愛してます!」
「なっ……」
〝愛してる〟
それはヒナが言ってもらった事のない言葉、それをどこの馬の骨とも知れない女に向けて発している
怒り、悲しみ、嫉妬、困惑、他にも数え切れないほどの感情がごちゃ混ぜになったヒナはバン!と勢いよく机を叩いて叫ぶ
「だっ……駄目!」
「うぇ?駄目って……何がですか?」
「その……アイドルに会いに行くこと!禁止だから!」
「え……えええええええっ!?」
一瞬言葉を詰まらせてから酒泉が大声で叫ぶ
それも当然だろう、何の理由の説明もされず突然自分の趣味を禁止されたのだから
……とはいえ、ヒナに理由を聞いたとしてもマトモな答えなど返ってこないだろう。何故ならヒナの放った言葉は〝酒泉をアイドルに奪われる〟という危機感だけで咄嗟に放った一言なのだから
「ど、どうして!?特に誰かに迷惑をかけている訳でもないのに……んな急に……!」
「委員長命令よ!今日から酒泉は私の許可なく出掛けるのは禁止だから!」
「そ、そんな……なんで俺のプライベートを縛られにゃならんのですか!幾ら空崎さんからの命令だからって、こんなの納得いきませんよ!」
「り、理由はいずれ説明するから!とにかく酒泉は暫くトリニティに通っちゃ────」
「いけませんよ?空崎ヒナさん……自由とは全ての人間に与えられた権利です、それを奪うなど……」
突如、言い争う二人の耳に扉越しから声が届く
口論がピタリと止まると静かに扉が開かれ、それと同時に一人の少女がアイドルのような格好で風紀委員室に入る
「……っ!貴女は……!」
その少女を、ヒナは見た事があった……というよりもついさっき写真で見ていた
「うぇえええええっ!?サ、サクラコ様ぁ!?なんでゲヘナに……!?」
「ふふっ……わっぴー!酒泉さん!」
その少女────サクラコは意☆味☆不☆明な挨拶と同時に酒泉の手を握り、頬を赤く染めながら小さく上下に揺らした
そして、次はヒナの方を向き……ぱちん☆とウインクをしてから自身の顔の前で横向きのピースを作った
「ごきげんわっぴー☆空崎ヒナさん」
「は?わっぴー?……いえ、それよりもどうしてトリニティの生徒が勝手に風紀委員室に────いえ、それすらどうでもいいわね。とりあえずその馴れ馴れしい手で酒泉に触れるのを止めなさい」
「ふふっ……残念ですけどそれは聞けませんね」
「何?それはどういう────っ、誰!?」
サクラコがシスターとは程遠く感じるような妖しい笑みを浮かべると、その後ろから足音を立てながら二人の少女が部屋に入ってくる……それも、サクラコと同じアイドル衣装で
二人の少女がサクラコの両隣に並び立つと、酒泉は目をキョロキョロと動かしながらアワアワと口を震わした
「あ、ああぁあ………ああああああっ!?あ、貴女達は……!?」
「お……お久しぶりです、酒泉さん!ライブの時以来……ですね……?」
太陽のような髪色の少女────マリーが酒泉に微笑みかけると、酒泉は〝あの〟だの〝その〟だのとしどろもどろになりながら必死に声を絞り出そうとする
しかし、そんな酒泉の両肩にぽんと優しく両手を乗せると、水色の髪の少女────ミネがキリッとした視線で酒泉を見つめる
「落ち着いてください、酒泉さん。そう慌てなくても私達は居なくなりませんから」
「あ、あわわわわわわ!サ、サクラコ様だけじゃなく……マリーちゃんにミネ団長まで!?」
顔を真っ赤にして両手をばたばたと振るっている酒泉、そのあからさまな照れ隠しが面白くないのか、ヒナは会話の間に無理矢理割り込んだ
「それで?歌住サクラコ、さっき貴女が言ってた〝それは聞けない〟っていうのはどういう意味なの?場合によっては力ずくで排除しないといけなくなるのだけど……」
「言葉通り〝酒泉さんに触るな〟という命令には従えないという意味ですよ、何故なら……私達は彼をトリニティに連れ帰らないといけないので」
「……は?」
「おや?今の言葉で理解できませんでしたか?つまり……」
「こういう事ですっ!」
「ほああああああああああああああっ!!?!!?!?」
サクラコとミネが酒泉の両隣に立つとサクラコが静かにそっと酒泉の右腕に、ミネが勢いよくぎゅっと酒泉の左腕に抱きつく
酒泉の口から奇声が発せられようとお構い無し、それどころか二人の抱きつく力が強くなっている
「ねえ、酒泉さん……一緒にトリニティで過ごしませんか?私達、酒泉さんに応援されてしまったあの日からずっと貴方の声援が忘れられなくて……」
「初めてです……救護を胸に生きている私が〝心の救護〟をされるなんて……」
「理解不能!理解不能!理解不能!理解不能!理解不能!」
頭から煙、鼻からは血、足腰はガクガク震え、顔は真っ赤に染まっている
そんな酒泉に対してトドメを刺すかのように────マリーが両手で酒泉の手を包み、下から涙目で酒泉を見上げる
「そ、その……駄目……でしょうか……?」
「え、あ、え、いや、その────」
「主への祈りよりも酒泉さんと一緒に歩みたいという願いを優先するのは……シスター失格、でしょうか……?」
「────この命、貴女達の為に捧げます」
ぽすん、と酒泉の胸に顔を埋めながら〝えへへ〟と喜ぶマリー
両隣で年頃の少女らしい笑顔を浮かべるサクラコとミネ
折川酒泉の心はもう─────とっくに堕とされていた
「空崎さん、ごめんなさい」
「……しゅ、酒泉?」
「空崎さんの事を推しと言っておきながら、あっさりと他の女性に目移りしてしまう己の心の脆さを心より恥じる」
「嘘、だよね……酒泉……酒泉は私から離れたりしないよね……?」
「────済まぬ」
────そして、少年はアイドル達にくっつかれながら、自らの〝元〟推しとは反対の方向へと歩き出した
「────っ!待って!酒泉!」
瞬間、ヒナは即座に足に力を込めて駆け出した
笑顔で楽しそうにアイドル達と談笑しているその背中を、悲しそうな表情で必死に追いかけながら
「お願い!置いてかないで!悪いところは全部直すから!酒泉の大好きな〝空崎ヒナ〟になってみせるから!」
「酒泉さんにはシスターフッドで私の補佐をしてもらいますね?」
「いえ!彼は救護騎士団で私と共に行動してもらいます!」
「その……酒泉さん、帰ったら二人きりでお祈りを……」
「ええ~?いやーまいっちゃうなー酒泉君の身体は一つしかないからなー」デレデレ
「わっ……私もアイドルになるから!酒泉の求める事はなんでも応えるから……だから……!」
もはやヒナの声など聞こえていないのか、酒泉は一切振り向く事もなく足を進め続ける
一方のヒナはその距離が一向に縮まらない事に疑問を抱く余裕すらないまま走り続ける
……いつの間にか辺りが暗闇に包まれている事も、アコやチナツ、イオリの姿がいつの間にか消えている事にも気づかぬまま
「お願い……捨てないで!捨てないでよ!酒泉─────」
「───きさん」
「…………」
「起き───さ──」
「…………」
「仮眠──過ぎ──」
「……っ……」
「空──さん───お昼───終わ───よ」
「ぅ……ん……んぅ……?」
「………酒泉?」
「あ、起きました?目覚まし鳴ってんのに中々目覚めないからちょっと心配しましたよ」
「……あのアイドル達は?」
「……はい?アイドル?」
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「ぬぐぐぐぐぐぐぐぅ……そ、空崎さん……離してくださいいいいいいいいい……!」
「…………嫌」ギュー
「チナツチナツ、あれは?」
「あれは仕事が終わったから帰ろうとしている酒泉君とそれを離そうとしない委員長ですね」
「も、もう皆仕事終わってるんですからやることないでしょう!?このままじゃ俺の大好きなスイーツが売り切れに……!」
「駄目、絶対に離さないから」
「な、なんで……!?」
「……離したら、酒泉がシスターフッドと救護騎士団の女の子とイチャイチャしに行っちゃうから」
「は、はい!?何言ってんですか?俺、救護騎士団とは調印式で死にかけた時以外は殆ど関わったことありませんしシスターフッドに関しては殆ど話したことすらありませんよ!?」
「……それでも駄目だから」
「"龍鱗" "反発" "番いの流星"────」
「チナツチナツ、あれは?」
「あれは怒りのあまり酒泉を真っ二つにしようと詠唱中の行政官ですね」