578 モドキの襲撃
フランが護衛として就いているキャローナたちの班は、薬草採集に並行して討伐対象のウルフの群れを探していた。
しかし、探索は上手くいっていない。
学院周辺であれば平原に穴を掘って暮らしているが、この辺のウルフは森林に巣があるのだ。しかも、木の根元に穴を掘って潜んでいる。
それが分からなければ、探すことは難しい。冒険者ギルドの受付で話を聞けば、すぐに分かったはずなんだけどな。ギルドで地図を手に入れるところまでは考えが及んだキャローナたちも、ウルフの習性がここまで違うとは思わなかったようだ。
護衛役のチャールズは、何とも言えない表情をしていた。見当違いの探索を続ける学生たちにウルフの習性を教えたいが、それでは彼らの経験にならない。
教えたいのに教えられない。そのもどかしさに、内心では悶えているんだろう。
俺たちがウルフについて理解できているのは、薬草採集の途中で、何度もウルフの群れを探知して見付けているからだ。
小川で薬草を探している時が、一番ウルフに近づいていたと思う。
ウルシは影の中に入っているので、同族嫌悪は影響していない。もっと上級の狼系魔獣なら、それでも効果がある可能性はあるだろうが。
俺たちは近寄ってくる魔獣がいないか警戒しつつ、のんびりと生徒たちの後を付いていった。
今日はまだ1回しか戦闘をしていない。それも、遠距離にいたレッサーワイバーンを転移で瞬殺して戻ってきただけだった。
ただ、ここ数日はそれなりに戦えているので、今日はイライラはしていないようだ。息の詰まる町の中と違って開放的だしね。後は、キャローナやカーナたちと、ピクニックでもしている気分なのかもしれない。
そのまま移動していると、チャールズが警告を発した。
「あ、これ以上は湖には近づかないでください」
「あら、もうそんな位置ですか?」
「そうっす」
俺たちが湖に居た頃は、湖の中央部などに僅かに出現していたモドキだったが、今は広範囲に出没するそうだ。
湖岸で人が襲われた事例も、数件ではあるが報告されていた。そこで冒険者ギルドは、生徒の安全を考えて湖への接近を禁止することにしたという。
ただ、それはあくまでも魔術学院生への配慮と対応だ。現地民の生活の糧と足を奪うわけにもいかず、船の往来に関しては特に制限ができていなかった。
その結果が、目の前の光景なのだろう。
「え? ちょ、あの船襲われていますわ!」
「ほ、本当です!」
荷物の運搬船がモドキに襲われていた。
キャローナとカーナが悲鳴を上げると、他の生徒たちも異常に気付いたらしい。
「ま、待つっすよ! いっちゃだめっす!」
思わず駆け出そうとした生徒たちを、チャールズが必死に押し留めている。
「でも、あのままじゃ船が沈んじゃうぞ!」
「そうだ! 俺たちの位置なら助けに行ける!」
「おい、お前ら落ち着けって!」
「私たちが行っても無理よ!」
一部の生徒は救出に向かうべきだと訴えるが、モドキの情報を思い出した生徒たちは反対する。しかし、救出派の生徒たちは善意で訴えているので、反対派の生徒たちもどこか弱腰だ。
反対派も、できれば助けたいと思っているのだろう。
ただ、生徒たちが行ってしまえば、確実にモドキに殺されてしまう。
(師匠、私たちが行く)
『ああ、放っておいたら、生徒たちが暴走しそうだ』
(ん)
『ウルシ、ここを頼む』
「オン!」
フランの影から飛び出したウルシに、生徒たちの視線が集中した。
「私が救助に行く。ウルシは残していくから安心して」
「え? でも……」
まだフランの実力を見ていない新入生からは、こんな子供が行って何になるという目で見られるが、上級生たちは納得したらしい。
「お願いします」
「頼んだっす!」
「ん」
すでに船のマストがへし折られ、甲板にモドキの触手が張り付いている。これは急いだ方が良さそうだ。
『一気に跳ぶぞ!』
「わかった!」
ロング・ジャンプで船の真上に転移する。
『湖面に人が浮いているな。船員たちか?』
「まだ生きてる」
『モドキは船を襲ってるのか……?』
湖面に投げ出されたと思われる船員たちに目もくれず、モドキは船を襲い続けている。人間を捕食する習性がないのか? そう思っていたら、未だ船上に残っていた男性が、触手に巻き取られて持ち上げられるのが見えた。
『あの人やべー!』
「助ける!」
フランが空中跳躍を使い、船に向かって猛ダッシュする。新たな敵の出現に気付いたモドキが触手を伸ばしてくるが、フランはそれをかい潜って甲板に降り立った。
「はぁ!」
今にも湖に引きずり込まれそうになっていた男性を、触手をぶった切って救出する。
5メートルほどの高さから落下した男性が痛みを訴えているが、大怪我はないだろう。彼の体を掴んでいた触手が、クッション代わりになったらしい。
「いでで……」
「だいじょぶ?」
「あ、ああ」
「ちょっと待ってて」
男性を残し、フランが再び飛び出す。全員を救うには、モドキをどうにかしないといけないからだ。
『フラン、雷鳴系の攻撃はダメだ。船員を巻き込む』
「分かった。じゃあ、撃ち抜く」
『了解!』
フランの意を汲んで、俺は瞬時に形状を変化させた。投擲に適した、鍔のない円錐状の刃を持った片手剣だ。馬上槍を小さくしたと言えば分かりやすいだろう。
「はあああ!」
『いくぜぇ!』
真下への投擲に併せて念動カタパルトを発動した俺は、超高速の弾丸と化してモドキを撃ち抜くのだった。硬いはずの甲殻も、この攻撃の前にはベニヤ板みたいなものだ。
威力が一点に集中しているおかげで、周辺への被害もない。湖に浮いている船員たちが余波を被っている様子はなかった。
俺によって貫かれたモドキが、グジュグジュと溶けていく。そういえばこいつは、素材も魔石も採れないんだった。
「他のモドキが来る前に、皆を助ける」
『ああ。とりあえず岸に運ぼう。もう船はダメそうだ』
「ん!」
しかし、見た感じ普通の船だが、どうしてモドキに襲われたんだ? 何か理由があるのだろうか? それとも、動く大きなモノを無差別に襲った?
謎だな。
仕事が忙しくなってまいりました。
以前告知させていただいた通り、月末まで更新頻度が落ちてしまいそうです。
今後は、21日、24日に更新し、その次は2/1の更新予定です。
お待たせすることになってしまい、申し訳ありません。