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「読み手を信じる本作りが面白いと思う」――新担当者が聞く、絵本作家・いとうひろしさんの創作のもと

絵本作家いとうひろしさんの代表作『ルラルさんのにわ』が出版されて、今年でちょうど30年。12月にはシリーズ9作目となる『ルラルさんのつりざお』が刊行されます。

ルラルさんのつりざお表紙


絵本の世界でも、ひときわ魅力的な「おじさん」のキャラクターとして存在感を放つ「ルラルさん」。変わらない部分はありつつも、実はゆっくりと、そしてのびのびと変化を続けてきたこのシリーズはどのようにして生まれたのか、そして最新作『ルラルさんのつりざお』が完成するまでの道程はどのようなものだったのでしょうか。

ルラルさん

ルラルさん

ルラル1巻_30-31小

ルラルさんとゆかいななかまたち

「ルラルさん」シリーズとは?
1990年に刊行された絵本『ルラルさんのにわ』から30年続く人気シリーズ。青フチのメガネをかけた主人公「ルラルさん」は、ちょっとへんくつで、小難しそうだけど、実はやさしいおじさんです。広い芝生の庭にひとりで住んでいて、いつもゆかいな動物のなかまたちが遊びにきます。さて、今日はどんな面白いことがおこるのでしょうか……。

今年の4月から新担当者として「ルラルさん」の本を一緒に作ることになったポプラ社の編集・齋藤が、作者のいとうさんにインタビューを行いました。先輩編集者・松永も「おもしろそうだから、混ぜてね」と、参加。やって来た場所は、いとうさんにゆかりの深い練馬区の光が丘公園。インタビューの後には、公園の中をみんなで散歩するという楽しい展開になりました。

いとう ひろし (伊東 寛)
1957年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業。大学在学中より絵本の創作をスタートし、1987年『みんながおしゃべりはじめるぞ』(絵本館)でデビュー。主な作品に「ルラルさん」シリーズ、『くもくん』『くものニイド』『ケロリがケロリ』『おいかけっこのひみつ』(以上ポプラ社)、「おさるのまいにち」シリーズ、『だいじょうぶ だいじょうぶ』『くろりすくんとしまりすくん』(以上講談社)、『マンホールからこんにちは』『ごきげんなすてご』(以上徳間書店)、などがある。日本絵本賞読者賞、絵本にっぽん賞、路傍の石幼少文学賞、講談社出版文化賞絵本賞など、受賞多数。
ポプラ社 齋藤侑太
1985年、茨城県生まれ。2012年、ポプラ社入社。営業職、社内デザイナー、幼児向け書籍の編集を経て、2020年4月からいとうひろしさんの絵本の担当をしている。
ポプラ社 松永緑
福岡県生まれ。大学卒業後、児童書の出版社に入社以来、編集者歴30年以上。2000年にポプラ社入社。絵本から長編読物まで創作ものを手掛け、いとうさんの『ルラルさんのだいくしごと』『おいかけっこのひみつ』を担当。


光が丘公園にてインタビュー

松永 大きないちょうがありますね。

いとう このへん、いちょうの木が多いでしょう? 黄色くなるとすごく綺麗で。(齋藤くんの子どもって)2歳だっけ?

齋藤 1歳半です。

いとう そっか、もう少し大きくなると、この公園すごく楽しいと思う。僕は、上の子が小さい時は、まだ妻が働いてたので、保育園の送り迎えも全部自分でやってて、すごく面白かった。この公園で遊んでても、なんか静かにしてるなーと思ったら、口の周り泥だらけになってて。何食べてるんだ、って!(笑)

松永 うわー。(笑)

いとう でも、その顔でにまーっと笑われると、すごくいいんだよね。

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齋藤 先生は何歳くらいから、この公園に来ているんですか?

いとう 子どものときは同じ練馬区だけど中村橋に住んでいて、結婚してすぐは保谷市(現・西東京市)の方にいました。その後こっちに戻ってきてそれからだから、もう30年近くになるかな?

松永 いとうさんのお子さんにとっては、ここが完全にホームタウンですよね。

いとう そうですね。この公園があったから、ずっとこの近くに住んでるっていうのはあるかもしれません。この場所は人がいるけれど、ちょっと奥に入ると少なくて静かで。歩きながら物を考えるには最高の環境ですね。

松永 良い時間をいっぱい過ごせそうですね。

齋藤 そういえば、これまで代々の担当者も、この公園に来ていたと聞いたんですが。

いとう そうですね、松永さんの前の担当者もずいぶん来ましたね。だいたい打ち合わせは、天気が良ければ、この公園でやってました。年齢が上がってからは、お店でやることも多くなったけど。(笑)

齋藤 仕事の打ち合わせを公園でやるなんて初めて聞いたんで、すごく素敵だなと思って。

いとう ほんと? じゃあ、今度はポットにコーヒーとか入れて持ってきて、やりましょう。

齋藤 いいですね! お菓子とか買って。

松永 レジャーシートも持ってきましょう!(笑)

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公園のまん中にあるテーブルでインタビューを行いました


「絵本」という表現にやられてしまった

齋藤 では、インタビューに入らせていただきますが、新担当者として『ルラルさんのつりざお』から入らせてもらって、一から知っていくことが多いので、今日は、この記事ではじめて「ルラルさん」を知るような人たちと近い立場で話をお伺い出来ればと思っています。

いとう そうだね。このインタビュー自体が、齋藤くんに僕の作品を色々と知ってもらう、いい機会だなと思いました。「お前こんなことも知らないの?」みたいな態度は取らないから!(笑)

齋藤 はははは!(笑) では早速インタビューに入りますが、まずは初心者らしく(笑)、12月に出る『ルラルさんのつりざお』の前に、今までの30年を振り返るという事で、「ルラルさん」シリーズが生まれたところからお話を聞かせていただければと。

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齋藤 まずは、絵本作家になったきっかけはどのようなものだったんですか?

いとう えっと、どこから話せばいいかな……。自分の上に姉がふたりいて保育士をやっていて、読み聞かせした時の子どもの反応とかを、あれこれと話してくれていました。面白そうだなと思っていて、それで大学に行った時、子どもの本のサークルに入ったんです。
その時は特に「絵本」というよりも、子どもに関する文化全般に興味があって、たまたま見つけたのが子どもの本のサークルでした。そこに行ったら、「新人向けの読書会をやるから、読んできて」って言われたのが、モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』だったんです。その当時僕は知らなかったんだけど、「有名な本だから」って言われて、本屋で見つけて立ち読みしたら、すっごい面白くって!(笑) もう、こんな面白いものがあるんだ、ってびっくりして、そこで「絵本」というものにやられてしまったという感じです。

松永 最初の出会いが良かったんですね。

いとう 僕は漫画とアニメで育った人間なんで、その面白さはすごく知っているんだけど、絵本はそれとまた違う表現で。絵と文章でこれだけ出来るんだ!っていうのが、すごく自分にとって魅力的だったんです。

齋藤 へえー!

いとう それで、サークルに入って半年くらいたった頃、先輩が「一回絵本を自分たちでも作ってみると絵本というものがよく分かるんじゃないか」と言うので、元々物を作るのが好きだったし、「じゃあ、やってみましょうか」と。もちろん出来る人も出来ない人もいたんだけど、僕はほんとに簡単に、あっという間に作ってしまったわけ

松永 元々才能があったということでしょうか?

いとう いや、あのー、ウソつきだから。(笑)

齋藤 松永 ええっ!?(笑)

いとう 人にウソついて話すのが大好きだから!(笑)

松永 作り話ってことですね。(笑)

いとう そうそう。

齋藤 作ることが好きってのは共通してますね。(笑)

いとう お話を作るということで言えば、たとえばこういう公園にいても、昔はいろんなものが語りかけて来たんだよね。石でも、(座っているイスを指さして)こういうものでも。「そうなんだー」って、話を聞くわけ。ほとんど、アブナイ人だったんですよ。(笑)

松永 メアリー・ポピンズの世界みたいですね。

いとう 幻聴とまでは言わないけど、たとえば枝がぽっと落ちる瞬間を見ると、向こうから語りかけてくるというか。宮沢賢治と自分を一緒に語ってしまったらおこがましいけど、『注文の多い料理店』の序に「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。」という文があるけど、あれは単なるレトリックじゃないと僕は思っていて。彼は本当にそう思ってたんじゃないかな。

齋藤 今の話を聞いて、自分ももしかしたら子どもの頃はそういうことが出来ていたのかもしれないと思ったけど、大人になってもその感覚を持ち続けられる人というのは、普通ではないですよね。(笑)

いとう そのゾーンに入ってしまうんだよね。でも、それは脳が若く健康に働いていた時代で。(笑) 今はなかなか難しくなっていますね。


自分の作るものは面白いっていう、根拠の無い自信があった

いとう それで、一番最初に作った絵本は山に住んでいるタヌキの話なんだけれど、みんなに見せたらすごく褒められたんです。すぐに調子に乗るタイプなので、「えっ、こんなんでいいの? これだったらどんどんできるよ」って。(笑)
それで、3~4冊作ったかな、その4冊目くらいに「ルラルさん」シリーズの一作目である『ルラルさんのにわ』の原型が出来たんです。で、みんなに見せたら、「これはちょっと面白過ぎない?」って。(笑)これだったら普通に本屋さんにあってもおかしくない出来だと思うけど、と言われて、もう舞い上がっちゃって。(笑)
そうこうしてる間に、大学卒業の時期が来て、進路をどうしようかなと思って。教育学部にいたんだけど、先生になるのは嫌だなと。かと言って、とても自分が一般企業に勤められるとは思えなくて。(笑) もうちょっと時間があれば、いろんな本を作って、作家になれるかもしれないと考えていたんだけど、どうしてもという感じでは無かった。今思うと、要するにモラトリアム期間の言い訳として、自分にそういうことを言い聞かせてたのかもしれない。でもまあ、就職しちゃったら数年は忙しくて、本を作ったり出来ないだろうし、だったら少しやってみようと。いわゆる……。

齋藤 フリーターですかね?

いとう そうそう。それで自分で本作って、出版社に持ち込んで、みたいな生活を続けてました。でも、その頃は雑誌の挿絵みたいな仕事はもらってたけど、一冊の本としては相手にしてもらえなくて。「なんでこの面白さが分かんないのかなー?」って。(笑)

齋藤 やっぱり確信があったんですね。

いとう 自分の作るものは面白いっていう、根拠の無い自信があったんだと思うんです。でも、出版社に持って行くと、若手の編集者は興味持ってくれるんだけど、決定権があるような上司は「これ、何が言いたいわけ?」って感じで。(笑)
それで、「子どもの本っていうのはね……こういうの見て勉強して」って本を持ち帰らされて。それで帰りの電車でペラペラって見たら、つまんないって思って、ぽいって網棚の上に

齋藤 置いてきちゃったんですか?(笑)

いとう だいたい置いてきますよね。(笑)

松永 いとうさん強いですよね、ブレないというか。

いとう 自分たちがサークルとかで読んでた絵本って、欧米中心のものだったんです。それらに比べると、当時の日本の創作絵本って、子どもに対する見方というのが、なんか同等の人間として見てないという感じがして……。

齋藤 うーん。

いとう もちろん大人の責任として何か語るということは必要なんだけど、でもその語り方って、僕がこうやって齋藤くんに話すように、相手に敬意を持っているかってことなんです。センダックやトミー・ウンゲラーや、そういった作家には自分が思う、その敬意というものがあったんです。
唯一の救いは、「若手の編集者は面白がってくれたじゃないか」ってこと。分かんないと言ったあのおじさんたちは「子どもの本を好きじゃないな」って思ったの。子どものころに本を読んでわくわくした感じとか、持っていないんじゃないかって。
そんなことをしているうちに、ちらほらと挿絵の仕事が入ってきて。いくつか出版社を回るうちに、ここだったら良いかもという会社を見つけました。今と違って、出版社にも体力があった時代だから、全然経験の無い作家に一冊本を出させるのは、ほんとチャレンジなんだけど、面白いからやりましょうよって言ってくれた人がいて。それで出来たのが『みんながおしゃべりはじめるぞ』(1987年/童心社)という本なんです。

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みんながおしゃべりはじめるぞ/作・いとうひろし
(画像は2009年刊の絵本館版)

この本を作っていた時は、こんな生活は30歳くらいまでが限界だろうなと思っていたんだけど、作・絵の本を一冊出すと絵本作家として認知されるから、徐々に仕事の話も来るようになって。その本自体は全然売れなかったけど。

「ルラルさん」シリーズの誕生について

齋藤 「ルラルさん」が出版された経緯はどのようなものだったんですか?

いとう 一作目の『ルラルさんのにわ』は、最初に出版社に見せた時は、「紙芝居にしないか?」って言われたの。でも、その時に「うん」と言ってしまっていたら、たぶん「ルラルさん」シリーズは無いと思う。紙芝居は嫌じゃなかったんだけど、自分としては本の形がすごく好きだったから。そしたら、「これ面白いから(本で)出すよ」って言ってきてくれた人がいて、それがほるぷ出版の編集者でした(『ルラルさんのにわ』は1990年にほるぷ出版より初版が発行されました)。その後何冊か出て、途中で訳あって引き上げることになったんだけど、ポプラ社の人がその日のうちに声をかけてくれて。それで、出していくことにしたんだよね。

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ルラルさんのにわ/作・いとうひろし

齋藤 それは知らなかったです。『ルラルさんのにわ』を出した頃には、もうしっかりと絵本作家として生きていくという気持ちがあったんですか?

いとう 絵本作家になりたいって思ったのは、持ち込んで断られた時に、(その出版社が出している他の本を見て)これよりは自分の本の方がすごい!って思ってからかな。(笑) 大学の時は、ただ働きたくなかっただけだけど。(笑)
それに、本を出してくれた手前、途中でやめられないな、ということもあって続けて行こうと思った。それと、だんだん評価ももらえるようになって、特に「ルラルさん」と「おさる」シリーズはとても評価が高かった。これらの作品が学生時代と違ってたのは、それまでは「こんなことも、あんなことも出来る。どうだスゴイだろ」と表現に拘り過ぎていたんだけど、そういうことじゃないんだと気づいて。
一見すごく簡単なように見えるんだけど、実は計算され尽くしているみたいな、そういう本づくりのほうが面白いな、っていう風に考え方が変わっていったんだよね。


転機となった『おさるのまいにち』の描き変え

齋藤 デビューして間もなく、その考えにたどり着けるのがすごいって思いました。

松永 転機になった作品はありますか?

いとう やっぱり『おさるのまいにち』(1991年/講談社)かな。あれは自分の作品の中でも、こりゃすごいなって思いました。(笑) 読んでいて幸福な気持ちになれるし、本という形になって言葉の向こう側にあるものが表現出来ていると思う。

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おさるのまいにち/作・いとうひろし


『ルラルさんのだいくしごと』(2017年/ポプラ社)も、それに近いところを狙っているかな。一見、何にも思わないというか、こんなにすごい絵だよ、とか、こんなにすごい展開だよ、とか、そういったものが全然見えない作品というか。
作者は前に出ず極力下がった方が良いと思うようになったのには、あるきっかけがあって。
『おさるのまいにち』の絵を一度、3分の2くらいまで、もっとしっかりしたタッチで描いたんだけど、それを見てた時に「これ、なんか違うな」って思って。

齋藤 何が違ったんですかね?

いとう なんか重たいというか。たとえばテーマパークの中で遊んでるみたいな感じ。

齋藤 作られた空間ということですか?

いとう そう。こっちが全部用意して、こうすると面白いですよ、って提示されてるというか。その面白さも勿論あると思うんだけど、でも僕がやりたいのはそうじゃない。
ひとつは、読み手をどれだけ信じるか、ということなんだよね。読者はこれで遊べるだろう、と想定する。でもそのために、ちゃんとこちらは用意をしている。一見スカスカに見えて、捕らえる網はしっかりある状態。そういう作りの方が面白いと思っている。
転機として挙げるならば、この違うなと思って絵を描き変えた時が、そうなのかもしれない。

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松永 でも、描き変えるって、なかなか勇気がいりますよね。そこまで仕上げたのに。

いとう そうだね。でも、その描き変えた絵を見た人は、「何、このさる、足が棒みたい!」だって。(笑)

齋藤 松永 はははは!(笑)

いとう 実は書きこんだほうが、ごまかしって効くんですよ。書き込みの無い、少ない線ってすごい目立つ。たとえば線を綺麗につないでいくと、一箇所でもズレてると、すごく目立っちゃう。それでわざと下手にしようと思って描くと、後で自分で見た時に、なんか卑しい絵に見えるんだよね。

齋藤 演技をしているように見えるってことですか?

いとう そうそう。もともと僕はテクニックが無いから、まっすぐ線引けないからいいんだけど。(笑)

齋藤 いやいや。(笑)

いとう たまに子どもの絵なんかで面白いと思うのは、テクニックも何もないけど、一生懸命描いてる形ってのが良いんだろうなって。すごく良いものを描こうって思うんだけど、でもスキルとしての面白さを見せたいんじゃないって自分は考えています。
誤解されると困るんだけど、僕は職人さんに対しては最高の敬意を払ってます。でも、自分とは向かってる方向が違うというか、元々の立ってる土台も違うし。自分は、やっぱり子どもが見て、「下手くそー、僕の方が上手~」と思ってくれたら、勝ちだなと思っています。(笑)


知られざるもうひとつの「ルラルさん」の姿


――ここで、いとうさんが持ってきた、様々なタッチの「ルラルさん」の絵が入ったファイルを見せてもらう。

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いとう これが持ち込み原稿の時の「ルラルさん」ですね。

齋藤 全然違いますね。

松永 風景の中にヤシの木のような植物がいつもありますね。ここはいったいどこの国なんだろう?って。

齋藤 南国っぽい?

いとう そうなんです。

松永 ルラルさんは、こちらのほうが中年のおじさん感があるかも。

齋藤 本になったほうは、もうすこし年齢不詳の感じがありますよね。

いとう こっちのほうが線が細かいから、表現も細かいですね。これまでのシリーズ中で、使ってるペンは3種類くらい変わってます。今作(『ルラルさんのつりざお』)では、紙も変わりました。

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齋藤 これらは試行錯誤の過程で描かれたものですか?

いとう どういう絵にしようかなって思って描いていて。最終的には軽い印象のものが良いなと。

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齋藤 このへんは相当アバンギャルドですね。

いとう 色はどうしようかなとか。結局は抑えた方向になりました。

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絵本は日常の中にすーっと入っていけるもの

齋藤 先ほどスキルとしての面白さを見せたい訳ではない、とおっしゃってましたが、そのような考えに至った理由などが、具体的にあるんでしょうか?

いとう ずいぶん前にクリストとジャンヌ=クロードというアーティストが、日本でアンブレラ展っていうのをやったんだけど。茨城県のつくば市に青い大きな傘を何本も並べて、同時にカリフォルニアで砂漠に黄色い大きな傘を並べた。そのニュースをテレビで見てたんだけど、そばを通って行く農家のおばちゃんに「どうですか、これ?」って聞くんだよね。そしたら「綺麗ですよねー。毎日傘の見え方が変わるんですよ、歩くのが楽しくて」って。その後アナウンサーが「この作品の意味分かりますか?」って聞いたの。そしたら、「いえいえ、私はただのおばちゃんですから」みたいな感じになってしまって。僕はそれを見て、そのアナウンサーなんかより、おばちゃんのほうが作品のことをよく理解しているって思ったんだよね。同時にカリフォルニアで黄色い傘が立てられていることを、教えてあげれば良かったのにと思った。そしたら、おばちゃんは「それも面白いですね」って言えたかも知れないんだよね。
そうすると絵本なんかは、すごく日常の中にすーっと入っていけるもので、とっても良いんじゃないかと思う。

齋藤 さっき、紙芝居よりは本の形が良かったということとも通じるんですかね。紙芝居だと、見るところが限定されてしまう。絵本だと、ずっと自分の家の本棚に並んでいて、いつも見ることが出来る。

いとう そうなんだよね。人形劇とかもすごく好きなんだけど、やっぱり劇場で見るものだし。人形アニメやクレイアニメとか、ノルシュテインの『霧の中のハリネズミ』やフレデリック・バックの『木を植えた男』(ジャン・ジオノ/著)もすごく好きで、ああいうのが作れたら良いなって思うけど、どこで見れば良いんだろうというのもあった。今はyoutubeもあるけど、当時はかなり探して見に行かなければならなかった。

松永 わざわざ見に行く、その非日常を楽しむということもありますけどね。

いとう そうですね。

松永 でも、絵本はいつでも読めるところがいいですね。

いとう そう、そのへんにゴロゴロあるし。あと今でもそうだけど、漫画大好き人間なので、それも同じ理由かも。


『スラムダンク』も『ワンピース』も『NARUTO』も全部読んでる

齋藤 先生の好きな漫画やアニメ作品って何ですか?

いとう 昨日は仕事しながら、ずっと『鬼滅の刃』のアニメを流してました。(笑)

齋藤 へえー!

いとう 最近面白いなと思ったのは和山やまさんの『夢中さ、君に』っていう短編集の一個目がすごく良くて。あとは、田島列島さんとか面白いですね。漫画でひとつ挙げろと言われたら、やっぱり手塚治虫は外せないかな。なかでも『火の鳥 鳳凰編』は、すごく衝撃を受けた作品でした。あと、『3月のライオン』とかも好きだし、、、。

齋藤 幅広いですね。先生と漫画の趣味が合う人が、うちの編集にもいっぱいいそう。(笑)

いとう 漫画は絵本と比べると、書いたり読んだりしてる人の数も多いと思うんだけど、やっぱりすごく面白いですよね。子どもが『スラムダンク』も『ワンピース』も『NARUTO』も読むんで、僕も全部読んでる。(笑)

松永 お子さんと全部共有してるんですね。(笑)

いとう 本棚にずっと並んでるしね。もちろん『ドラゴンボール』も。

齋藤 子どもにとっては、すごくいい環境ですね。(笑)

いとう うちは『クレヨンしんちゃん』も、いいアニメだから見てもOKって言ってた。

齋藤 珍しい。(笑)



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「ルラルさん」の名前の由来は修道士?

齋藤 話は戻りますが、ルラルさんってかなり興味をかきたてられますよね。何をしてる人なのかな? とか。

いとう 最近、「ルラルさん」で良かったなと思ったことは、こういう絵本で「おじさん」が主人公って、あんまりいないなって。職業も、探偵とか医者とか先生とかではなく、何してるか分かんないおじさん。(笑) 生活者としてのおじさんが主人公って、なかなか珍しい。そう思うと、いいキャラクターに育ってくれたなと。
これ(『ルラルさんのにわ』)を後から読んだ人は、けっこういじわるなんだってびっくりする人もいるみたい。もちろん一番最初だから、目つき顔つきとか、ある程度違うんだけど。でも基本的に彼は、自分の価値観をものすごく大事にする人間、ということは一貫してるんです。ただ、シリーズが続くにつれて、自分の価値の外にあるものに対する、心の開き方は変わっていってると思うけど。最初は自分の中でがちがちに固めてたものを、人の意見を聞き入れることで、もっと面白いものが見えるるんだな、と思うことによってシリーズ自体が展開していってる。

松永 ルラルさんってけっこう柔軟ですよね。困ったなとか、予定と違ったなとか思っても、それを受け入れて楽しんでしまう。

齋藤 ところで、「ルラル」って変わった名前ですよね。由来は何なんでしょうか?

いとう 16世紀の修道士にルラルノヴィッチという人がいて、彼は信者から集めた衣服や食料を貧しい人たちに分け与えていたんです。本来は同じ宗派の人にしか与えてはいけないのだけれど、違う宗派の人にもどんどん分けていたので、修道院から破門されて、祖国を物乞いのようにさまよいながらも神への愛と人々への慈悲の言葉を語りながら、ぼろきれのようになって死んでしまいました。その話を大学の世界史の授業で聞いて、かっこいいなあと思い、「ルラル」と名前をつけたんです。まあ、本当かどうか。根がウソつきですから。(笑)

齋藤 えええ!(笑) 先生はそういうお話を、頭の中で常に考えているんですね。

松永 それは、お話作るのが上手になるはずです。(笑) 本当は、大学の4階から1階に降りてくる間に思いついたと、以前おっしゃってましたけれど。

いとう そう。「これは ルラルさんです。」というフレーズが突然浮かんできたので、それが何故かというのは全然分からないんです。

齋藤 何かが語りかけて来たんですね。

いとう そう、来ちゃう。来ちゃうって言うと、本当にアブナイ人になっちゃう。(笑) こんな調子だから、家族も昔は、会話の途中で突然黙っちゃってぼーっと考え事してると、「ああ、父ちゃん入っちゃった」って。(笑) 体はあるけど、そこに自分はいないっていう感じ。

齋藤 面白いお父さんですね。

いとう まあ、色々とそういうことはあるんですけど、それが実際に本のアイディアの元になったりしてるんですね。

齋藤 なんだか創作の秘密に触れているような。そういうことを楽しんで暮らしていけるのも、作家としての資質のような気がします。

いとう 一番自分にとって贅沢な時間って、自由に物が考えられる、ぼーっとしている時間。みんなだったら退屈って思うような、あの時間が一番嬉しい。

松永 たとえば、こういう公園に来て一人で過ごしていても、時間を持て余したりしないですか?

いとう 全然。むしろ、そうやって過ごせたら至上の楽園です。(笑) ただ、座ってるよりもゆっくり歩いてるときのほうが、頭が動きますね。ぷらぷら歩きながら、今日みたいな気候だと最高ですね。

齋藤 妄想日和ですね、今日は。(笑)

いとう でも今日はインタビューの仕事ですから、ただの妄想のままじゃダメだね。(笑) ちょっと公園の中を歩きましょうか。

斎藤 いいですね。

松永 楽しそう!

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公園の中をどんどん進んでいく、いとうさん

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キノコを発見!

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「これは食べられないやつかな」「そうなんですか」

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さらに公園の奥へ向かいます

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木にヘンなコブ見つけた!

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記念にパシャッ!

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いとうさんと記念撮影をしました

いとう 寒くなって来たので、どこかお店に入りましょうか。

齋藤 では、そこで今作『ルラルさんのつりざお』についても、詳しく聞かせてください。(続く)

(文・写真/ポプラ社 齋藤侑太)

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ルラルさんのつりざお表紙

ルラルさんのつりざお』 作・いとうひろし 2020年12月刊行予定
ルラルさんは、おじいさんからもらったつりざおを使ったことがありません。なぜなら、いっしょにつりにいこうと約束したのに、おじいさんさんは病気で入院したまま亡くなってしまったからです。ある日、ルラルさんがそのつりざおを庭でふっていると、仲間の動物たちが集まってきて、魚がよくつれる湖に案内してくれました。仲間たちは次々、魚をつりあげますが、ルラルさんはつれません。あきらめかけたとき……!?

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