昭和初期に沖縄県や鹿児島県・奄美群島から研究目的で持ち出された遺骨について、京都大は11月、少なくとも466体を保管していると公表した。これを受けて琉球民族の遺骨返還を求めてきた市民団体が、沖縄県分の遺骨の移管を求める協議を京大に申し出たほか、東京大も遺骨を保管している可能性があるとして情報開示を求めている。先住民としての琉球民族の尊厳を取り戻そうという動きが加速している。(森本智之、安藤恭子)
◆「子孫から分断…返す道筋ができた」
「本学が保管している人骨資料の返還または移管協議を実施します」──。11月7日、京大が突如、ホームページでこう宣言した。昭和初期に沖縄や奄美の墓や洞窟から採集したという少なくとも466体の遺骨リストを公表するとともに、返還・移管のための手続きを定めるガイドラインを明らかにした。
466体のうち現在の沖縄県分が106体。1933年に本部町渡久地の古墓や南城市の洞窟、那覇市首里城下で採集された遺骨のほか、市町村が不明な1929年採集の「沖縄県」の遺骨も少なくとも34体あるとされた。鹿児島県の奄美大島(笠利町)や喜界島、徳之島(伊仙町)からも1933、1935年に計360体集めたと公表。リストには採集時期や地名、個体数と合わせ「成人女性」「小児(性別不明)」などと記されている。
京大に琉球民族の遺骨返還を求めてきた市民団体「ニライ・カナイぬ会」の共同代表を務める松島泰勝・龍谷大教授は「訴訟や国連の先住民族会議の場で人権問題として訴えてきた、8年来の運動の成果だ。非倫理的な手法で持ち出された遺骨はもう研究に使えない。子孫から分断されたご遺骨を、各地に返すための道筋ができた」とかみしめる。沖縄県分の106体の遺骨について13日、京大に移管協議を要請した。
◆話し合い解決を促した大阪高裁判決
京大の公表の背景にあるのが、松島さんらが原告となった「琉球遺骨返還請求訴訟」だ。沖縄県今帰仁村の風葬墓「百按司墓(むむじゃなばか)」から旧京都帝国大(現・京大)の研究者らが持ち去った遺骨の返還を京大に求め2018年に提訴した。同墓は15世紀に琉球王国を築いた第一尚氏にまつわる墓とみられ、原告にその子孫らも加わった。
2023年の大阪高裁判決は一審京都地裁判決に続き原告の控訴を棄却したが、琉球民族を先住民族であると認めた。世界各地で先住民の遺骨返還運動が起きていることにも触れて付言に「遺骨はふるさとに返すべき」と記し、話し合いでの解決を促した。京大は今年5月、29体分の遺骨を村教育委員会に移管した。
◆持ち出しの経緯や研究目的は回答せず
これとは別に今回明らかになったのが466体の遺骨だ。ガイドラインでは「個人が特定できる人骨」についてのみ「返還」の手続きを定めるが、今回の遺骨はいずれも該当しない。このため、ニライ・カナイぬ会が「移管」の引き受け手となり所有墓に納めた上、沖縄各地への返還を模索する形をとることにした。松島さんは「研究者の盗骨によって、遺骨が名前や死亡年月日を記した厨子甕(ずしがめ)などと切り離され、人物が特定できなくなった」として京大に謝罪も求める。
なぜ京大は今になってリストを公表したのか。「こちら特報部」に対し、京大は「一定の調査が終結し、地方自治体等から関心を寄せられていることを踏まえ、由来地が確定している人骨資料について返還または移管協議を行うことを決めた」とコメントした。持ち出された経緯や研究目的については回答しなかった。
◆「きちんと元の場所に戻してほしい」
「こんなにたくさん持っていたなんて、本当にびっくりです。それも琉球だけでなく、奄美まで。学者は取りたい放題で持っていったのではないか」。京大が公表した466体の遺骨...
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