好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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我と似てない? いやいやまさか……

 

 

 

 side:アスカロン

 

 

「Lycorisは戦死した」

 

 ケルシーからの報告は淡々としていた。

 バベル……そしてロドス最古参の一員だった男が斃れた。戦友との惜別に哀訴の涙を流すオペレーター達が数々いる。

 私も少なからず、その死に胸は痛んだ。

 任務完了の報告を行うべく帰参した時、一番に伝えられた内容がこれだからなのかもしれないが。

 

「よほどの強敵だったか」

 

「ああ。……アーミヤ達の撤退を成功させるべく殿となって任務を全うした」

 

「……納得だ。アーミヤの為なら、奴は真の死すら厭わない」

 

 私は知っている。

 Lycoris――レイクァトムは、殿下や昔のドクターに次いで、アーミヤを一人の女の子として蝶よ花よと愛でていた。

 同時に……信仰すらしていた。

 殿下のいなくなった後、後継者となったアーミヤに対し、バベルに在籍していた殿下を慕うサルカズは王冠の簒奪だと陰謀論を唱えて一部は彼女の死を望んだ。

 彼らの排除も私は任務として秘密裏に遂行したが……誰の目にも憚らずアーミヤに害為そうとした者を苛烈に責め立てていたのはレイクァトムだった。

 

『アーミヤが盗人……? 元より節穴ならば眼は不要か』

 

 そう言って腐らせた元仲間の数は計り知れない冷徹な男――などという事は一切なく。

 

『我が腐らす前から手遅れだな。仕方あるまい、首を出……』

 

『レイクァトムさん……ど、どうしたんですか?』

 

『あ、アーミヤ!? わ、我何もしておらんよ。此奴が首が凝っておるようだから我の愛槍で叩き解してやろうかと親切心を遣ってな……』

 

『そうなんだ……で、でもそんなに大きな槍だと痛いから優しくしてあげて下さいね?』

 

『はい、すみません、仰る通りで……命拾いしたな外道! アーミヤが見ていない所で即刻処してやるので些か延びた己が余命を噛み締めるがいい――』

 

『えっ……?』

 

『――って言うと思ったか愚物め。長生きしろよ戦友!』

 

 アーミヤにとことん弱くて一人も始末できていない状態だった。

 

『レイクァトムさん、乱暴な言葉で脅しちゃ駄目ですよ』

 

『い、いやな? 戦とは相手に侮られぬよう腹芸も大事で、言葉は特にその演出に一役買っている。多少強い言葉でないと意味が……はい、すみません』

 

『ごめんなさい。そんなに深い意味があったんですね。確かに優しいレイクァトムさんが感情のままに言うなんてあり得ないですよね』

 

『も、勿論。……それでも、やめた方が良いか?』

 

『あの、その……怖かったので、出来たら……』

 

『了解した。金輪際やめるやめるマジで』

 

 ほっと胸を撫で下ろしたアーミヤが手を振って去っていくのを見届けたレイクァトムが頭を抱えた。

 一部始終を影から見ていた私はヤツの隣に立つ。

 

『さっきの奴は私に任せろ』

 

『すまぬ、アスカロン。アーミヤの教育に悪くてな……暴言すら吐けぬ始末よ』

 

『何を今更気後れする? 出会った瞬間から悪影響しか与えない存在だ』

 

『我の何処が? 関わった殆どの人間に呆れられる程度で悪影響……??』

 

『その残念な頭も含めて反面教師となりそうだ』

 

『ふふふ、よせ。そんなに言われると立ち直れなくて部屋から出てこんぞ』

 

 情けない男だった。

 戦力としてなら評価できるのに。

 師匠と殿下――二人を幼少から身近に感じ、学び続けた私にとっても異質で、稀有なサルカズだった。

 バベル創設当初から殿下の護衛として随行し影から護る私と、後に「魔王の盾」として内外に膾炙するアイツは、立場上からも交流は少なくなかった。

 私自身がアイツに関心を持っていた事もあるだろう。

 他者の評価に感情を挟まず、正確に心得ること過たない師匠がよく称賛していた。

 

『ナハツェーラーは後継に恵まれた。……戦争を支配する才がある』

 

 師匠が手放しに褒めそやすので、私も殿下が連れてきた時から興味を持って覗きに行った。

 通路を音もなく歩く幽鬼のような大男。

 私が気配を消して観察していると、ぴたりと足を止めた。

 

『姿を隠し、音を絶てどそなたから香る死の匂いまでは消せぬぞ……出てこい。美男ならちょっと眺めたい。美女なら結婚してくれ。それ以外はこれから宜しくお願いします』

 

 発言があまりに残念だったので、そのまま黙殺した。

 すると、通行人にずっと廊下に立ち尽くして独り言を言っていると誤解され、憐憫の眼差しやひそやかな含み笑いが向けられ始めた事で男は恥ずかしそうに俯いて立ち去った。

 初めて師匠の観察眼に疑念を抱いた程だ。

 

 だが、戦場での働きが悪印象を払拭した。

 

 師匠が認めるのも納得である。

 あれは、個にして軍と称するべき能力だった。

 戦えば戦うほどに強大になっていく厄介さは殿下が信頼を置き、『魔王の盾』などという看板を皆が黙認するだけの説得力をいつも披露した。

 殿下本人やLogos、その他複数のオペレーターからの反応はあまり芳しくはなかったが。

 

『お。姉上からの手紙だ』

 

『Lycoris。姉なんているのかよ』

 

『うむ。肉親ではないといえども、我を真の弟が如く愛してくれた御人だ。ああ……勝手に私物を持ち出して遊んだら三日三晩彼女の悍ましき巫術を味わう羽目になった日が懐かしい』

 

『何してんだオマエ』

 

『そなたもあるだろう? 無謀だが時に冒険をしたくなる、怖い大人にも一泡吹かせたいという気概に愚を犯した幼き日の記憶』

 

『無ぇよ』

 

 そして、奇行は目立つがその豪放磊落な性格は周りから余計な遠慮を自然と取り除き、短い時間で距離が近くなりやすい。

 私とは、対照的な人間だった。

 潜み、護る私。

 表立って守るレイクァトム。

 殿下には、仲良くなれるだろうと微笑まれたが、そういった事は苦手な部類である。特に……私を見るや「そなたの靴になりたい」だの「どうしてその美しさで隠密が成立する??」だのとああも面と向かって恥ずかしげもなく美辞麗句を並べ立てて来た相手も初めてだ。

 

『アスカロン。此度の任、我は殿下の直近に控える事ができぬ故そなたに頼みたい』

 

『おまえに言われるまでもない』

 

『えっ、言葉にせずとも我の意を……これぞ相思相愛』

 

『それを言うなら以心伝心だ。それに、殿下の護衛は当然の義務だ』

 

『ううむ、未だ一方通行ッッ!!』

 

 これは、職能ゆえに気付けた事実。

 目標を観察し、行動傾向や周囲の環境の変化を目敏く看取して絶好の機を見出し、確実に暗殺する癖が私には染み付いている。

 だから、声に反して包帯で秘匿した面相であろうと私には特に恋慕の類が私に向いていない事など分かった。

 

 コイツが、他の誰にも無い反応を見せるのは殿下とアーミヤ、……そして……

 

『いやー! ケルシーにバレる前に処理しないとー!?』

 

 慌ただしく通路を駆けていくクロージャ。

 その姿をレイクァトムが包帯の奥の目で追う。

 

『あいつにこそ言ってやれ』

 

『……中々辛い事を言う』

 

『…………』

 

『それに、そなたこそ人の事が言えた口では無かろうよ。似た者同士では互いにとって皮肉にしかならんな』

 

 私の何かを見透かしてレイクァトムは言う。

 似た者同士。

 私は立場上でしか共通点が分からないが、コイツは私よりも深い部分を理解しているようだった。その上で似た者というのなら、私にも本来伝えるべき相手と言葉があったという事か……。

 

『因みに我がそなたを形容するのに用いる言は全くの本心から出た感想』

 

『だから何だ?』

 

『今一度、我をそなたの靴にしてくれッッッ!!』

 

 美しいとかいう方ではないのか。

 呆れながら蹴ると、微動だにしないものの汚い声を上げて奇妙な悦び方をする。

 似ているとは思えない。

 そして、アイツは殿下が居なくなってから伝えるべき相手に伝えるべき言葉を正直に伝える生き方を実践し始めた。惜しげもなく愛を告げ、ただ触れる事には躊躇いがあるらしくいつも一歩引いて、相手からの接触すら露骨に避ける始末。意外な事にアイツもまだまだ二の足を踏むようだ。

 

 私は相手が誰で、何を伝えたいかさえ分からない。

 アイツは一歩……否、遥か先を行っている。

 やはり、似ているとは思えなかった。

 

 

 そんな男がロドスを永遠に去った。

 日に日に増す傷痍と、妙に弱くなっていく気配。前線に立てば頼もしさはそう変わらないが、やはり何処が違和感が滲む。

 薄々とこんな日が来るのではないかと、私も想像していた。

 

「……クロージャは何処に?」

 

「何か用事か?」

 

 ケルシーにクロージャの所在を尋ねると訝しがられた。

 

「……いや、単に気になっただけだ」

 

「そうか。……おそらく、この時間ならば購買部にでもいるだろう」

 

「助かる」

 

 別に用事は無い。

 ただ、私よりも先に行動したレイクァトムの意思がどのような形で遺っているのかを知りたい。

 第一に分かりやすいのは、クロージャだろう。

 口では断りながら満更でもなく、レイクァトムが他の誰かと噂になると取り乱したり落ち込んだり、彼との遣り取りを楽しみながら接していた。

 

 研究室兼購買部の空間には入らず、私は中を覗く。

 

 ケルシーの言う通り、クロージャはそこにいた。

 ただ、以前には無かった小型の機器を抱きしめ、イヤホンを挿している。

 微かに漏れた音は――。

 

「レイ君さ、もう購買部で働きなよ」

 

『我が姫、誘いは嬉しいがRadianと共に子を育てたくてな。すまぬが――』

 

「あー、今回も失敗か〜」

 

 イヤホンを抜き取り、クロージャが深いため息をつく。

 

「ロドス内のレイ君に関連した色んな記録をサルベージして学習させた上でこれだとなぁ……しかも、一番あり得ない回答だし」

 

 再びクロージャが深く、長いため息を吐いた。

 彼女にしては、途轍もなく感情を読み取れない冷たい表情だった。

 

 

「レイ君が優先する一番は、あたしなのにさ」

 

 

 やり直しやり直し、と一転して笑顔になり抱えていた機器を分解し始めた。

 明らかに以前の彼女とは異なる。

 レイクァトムの音声を使った……何だろう。

 たしかに、アイツはクロージャに影響を残したのかもしれない。

 

 だが――これが、ヤツの望んだ形か?

 

 伝えたい相手に伝えたい言葉を届け続けた結果、別れた後に遺るのは……こんな惨状なのか。

 似た者同士、ならば。

 

 

「私もこうなると言いたいのか、レイクァトム……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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