好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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いやん、我が丸裸?

 

 

 

 

 朝日を背に帰還したアーミヤたち。

 チェルノボーグ事変は終結した。

 ロドスは多大な犠牲を代償に、レユニオンを中心としたウルサスと炎国の戦争にまで及びかけた騒擾を止められた事に安堵する者は居ても、喜ぶ者はいない。

 

 何を成そうと、帰らぬモノがある。

 

 理念としては当然ながらも、一製薬会社としては過干渉が過ぎた。

 次へと踏み出すには、後顧の憂いもある。

 快い明日を迎えるのは、癒えない傷の痛みを噛み締めても前を向けるようになってからだと皆が理解した。

 

 

 

 

 side:アーミヤ

 

 

 

 

 私は、何も知らなかった。

 窮地に陥る度に、何事にも未熟だったと痛感させられる。

 ミーシャさん達には救う覚悟と罪を。

 フロストノヴァさんには、立場の厳しさを。

 パトリオットさんには、己の傲慢さを。

 タルラさんには……怒りや憎しみに向き合う強さを。

 喪ったモノが、私にその重さを自覚させる。

 

 

「アーミヤ小隊十四名。――ディムニードル、B-ソフトハンド、チリジミー、キーンイヤー、アンガーネイジング、サンティ、マルコ・スミス、フェード、ディバイド、リーシャ」

 

 

 ケルシー先生の楚楚とした声で告げられる仲間たちの名を胸に刻んで、追悼の式は進んでいく。

 

 

「ワイルドアッシュ、フォイ・インディゴジェイド…………Lycoris、フロストノヴァ」

 

 

 私は遺品管理室に足を運んだ。

 まだ残る疲労で足が重いように感じるけど、きっとこれは疲れだけじゃない。

 向き合うと決めたんだ。

 私は、一際目立つ遺品の飾られた場所で立ち止まる。

 それは引き取り手のいない長槍――Lycorisさん……レイクァトムさんが師匠から授けられて以来変えず愛用している彼の相棒。

 

 パトリオットさんは語っていた。

 

 私達が、彼を殺したんだと。

 タルラさん……否、その肉体を此度の絶望の連鎖へと衝き動かしていた不死の黒蛇にも突き付けられた。

 

『アーミヤ。おまえのその幼さ、視野の狭さがいずれ災いとなる。あの腐敗を司る戦士の末路がいい例だ』

 

 また犠牲を繰り返すだろう、と。

 何も知らなかった。

 何年も一緒にいて、よく話して、よく笑い合ったのに彼の事を何も知らない――いや、よく思い返せば知ろうと自ら進んで動いた事なんてなかった。

 ずっと甘えてばかりだった。

 ブレイズさんや他の人より、私を一人の幼い子供としての部分を大切にしてくれていたから、無意識に。

 

 遺された長槍は、傷跡も多い。

 テレジアさんを、私を守る為に尽くしてくれた跡だ。

 私は、その使い込まれた長柄に指を添わせ。

 

「どうか、今さら見る事を許して下さい……レイクァトムさん」

 

 掌から伝わってくる温もりが、瞼の裏に映像を映し出す。

 

 

 古く荘厳な建物の中、扉の隙間からレイクァトムさんが室内を覗く情景だった。

 椅子に深く腰掛けた長身の老人と、その前に佇むレイクァトムさんとよく似た角の美女。

 

『――……の小屋と共に、カズデルを去るつもりではあるまいな。……達は許さ……ろうに。その方が……』

 

 

『そ……も行くわ。反対されても、あの子も……レイも一緒に連れて行きます』

 

『ならん。断じてな』

 

『あの子は限界で――』

 

『直に声は糧としよう。その方の危ぶむ未来は無く、終の戦を見定めた我輩の跡を継ぐ者として必ず立つ』

 

『…………』

 

『その方の旅を黙認しよう。しかし、レイクァトムを伴うなら、互いの屍を踏み越えた先にしか明日は無いと心得よ』

 

 老人の声に、女性は踵を返す。

 慌てて扉から離れたけど、もう遅かった。

 室外に出た彼女はため息をこぼし、そしてこちらに気付くや紺碧の瞳を瞬かせる。

 それから身を屈めて目線の高さを合わせると、慈母のような微笑みを向けてきた。

 

『あら、盗み聞き? 私にも気取られないよう潜むなんて、いつの間にそんな生意気な子になったのかしら』

 

 ぶるりと背筋が震える恐怖。

 どうやら、記憶の中のレイクァトムさんは彼女には敵わないらしい。

 優しそうに見えるのに。

 

『姉上。カズデルを去るのか』

 

『ええ。仕方無いけれど、もう決めたの』

 

『…………』

 

『レイ。――……一緒に来て』

 

 チラリ、と扉の方にレイクァトムさんの視線が動く。

 何となく、扉の奥の老人が事の成り行きを静観している事が伝わる。

 もし、ついて行くと言っても老人は先刻女性を脅した時の内容を本当に実行したりしないと、理解もしている。

 それでも、駄目だと。

 それから、レイクァトムさんは再び女性を見て首を横に振った。

 

『俺は残る』

 

『どうして……このままでは壊れてしまうわ』

 

『俺は宗主のように強く、姉上のように同族を労れる存在になりたい。まだ稽古で宗主から一本も取れない身で、姉上について行く事は出来ない』

 

『っ……レイ、お願いよ』

 

『それに、姉上は俺を甘やかして強くはしてくれない』

 

 そう言って、レイクァトムさんが笑う。

 すると、女性はレイクァトムさんを抱き締めた。

 

『戦い方はあの人に似て、性格は私に影響されるからあの人も私も悩んじゃうのよね』

 

『姉上に似ているなら良い事では?』

 

『……そうね。ネツァレムのような性格なら、こんなに可愛くないものね』

 

『姉上は宗主より怖いが??』

 

『……ん?』

 

 女性が手にする長杖の石突で床を叩く。

 すると、そこかしこから影が立ち上がりレイクァトムさんを包囲し始めた。

 

『あら、生意気を言うのはこの口かしら〜?』

 

『流石は姉上。早速見せていくスタイル』

 

『ふふ。姉弟子からの細やかな気持ち、稽古形式で受け取りなさい』

 

『鎮まれ。喧嘩はよさぬか』

 

 凄む女性と無自覚に煽るレイクァトムさん。

 聞いていたであろう老人がやれやれと言った様子で仲裁してくれた。

 

 

 視界が暗転する。

 

 

 一瞬の後に光が戻ると、レイクァトムさんは暗がりにいた。

 目の前には、フェリーンの少女。

 洞窟の中、傷だらけの少女の首をレイクァトムさんが絞めていた。

 

『頼む……やめてくれ……!』

 

『どゔ……じで……』

 

『嫌だ……殺すなら我を殺せ!』

 

『信じて……たのに』

 

 ごくり、と鈍い音。

 フェリーンの少女が力尽きる。

 レイクァトムさんの手は、ようやく首から離れた。掌を見おろして震える。

 後ろに気配――師と仰ぐ老人だった。

 

『それが……その方の匿っていた子か』

 

『宗主。我は……我は……』

 

『……レイクァトム』

 

 老人は肩に手を置く。

 ただレイクァトムさんの震えた呼気だけが微かに洞窟を震わせていた。

 

 

 

 再び景色が変わる。

 

 今度はロドスの内部だけど、現在ではない。

 だって、病室前の通路に幼い私とドクターが座り込んでいたからだ。

 そして、私たちの様子を覗くように角で佇むテレジアさん。

 その首筋に……長槍の穂先が突きつけられていた。

 

『殿下。それだけは容認できぬ』

 

『何も口にしていないわ』

 

『顔を見れば判る。そなたの期待に光る眼差し、我としては看過の能う範疇を外れた熱量。自ずとその心中も察せる』

 

『……大丈夫。今では――』

 

『永劫に不要。戴冠を試みるなら、その時は殿下……我が身命を賭してそなたを弑するであろう。たとえ恩を仇で返すとしても』

 

 見た事がない二人のやり取り。

 レイクァトムさんがテレジアさんを脅している。

 彼女を命懸けで常に守ってきた戦士の口から出ると誰も予想が付かない剣呑な口調だ。

 

 

 景色が変転。

 

 レイクァトムさんは、閉じきった扉の前で格闘しているクロージャさんの後ろに立っていた。

 この時の彼は、心底呆れているようだった。

 何度もショートして勝手に閉鎖してしまう扉を使える物と取り替えた途端に不具合が再び発生したが、それでもクロージャさんが不屈の精神で取り組んでいる様に。

 

『まだ諦めぬのか』

 

『当然でしょー。天才エンジニアの名が廃っちゃうし』

 

『……手の届かぬ夢が在るように、個人に成せる事にも限界はある。……たとえ天才と持て囃される才とて、だ』

 

『んー、だから?』

 

 クロージャさんは振り向かない。

 だから気づいていない……レイクァトムさんが絶望し、憔悴している事に。

 

『そなたが意固地になる価値が、ここにあるのか?』

 

『無いけど?』

 

『……なら何故諦めぬのだ』

 

『あのね。エンジニアってのは、たとえ興味無いつまんない仕事にも自分なりの工夫を加えて誇りを持つようにすんの』

 

『……自分なりの』

 

『意固地になれる程の、とびきり愛着湧くすんごいのを作る。自分で創ってくんだよ、そういう未来を』

 

『――――』

 

 クロージャさんは振り向かない。

 だから、知らない。

 レイクァトムさんがその言葉にどれだけ救われているかなんて。

 

 

 

 そして景色がゆっくり滲むように変わる。

 

 通路でケルシー先生とレイクァトムさんが正面から対峙していた。

 ケルシー先生の背後にはMon3trが待機状態。

 

『退け、士爵ッ!』

 

『駄目だ。今の君は精神的にもアーミヤへの接触を禁ずる』

 

『我慢の限界だ。殿下は……殿下は我を裏切った!!』

 

『……君もアーミヤを始末しろという口か?』

 

『否、だが我の中の『声』が歓喜と憎悪に渦巻いておる……アーミヤの盾になれ、殺して冠を取り戻せと。アーミヤを前にして、以前はこうではなかった!!』

 

 レイクァトムさんが長槍を振るう。

 Mon3trが前に躍り出てケルシー先生を庇うが、凄まじい衝撃と共に先生を巻き込んで遥か後方へと転がる。

 

 

『我が信ずるのは、アーミヤだ! 断じて、魔王アーミヤではないッッ!! 士爵、殿下……よくも、よくも穢してくれたな、我の光明を!!』

 

 

 レイクァトムさんが長槍を再び構え、ふと動きを止める。

 すぐ傍の部屋の扉から、幼いうめき声。

 昏睡している私の声だ。

 その瞬間、レイクァトムさんの全身から力が抜ける……虚無感にも似た脱力。

 

 レイクァトムさんは、よろよろと踵を返す。

 

 ――真に苦しいのは、我ではなくアーミヤ。あの幼き双肩に重い期待を……勝手に王冠を授けた殿下と、身勝手な理想を押し付けている我の何が違う……?

 

 呼びかけるケルシー先生の声を無視し、目的もなく歩いて行った先はクロージャさんの場所。

 テレジアさんが居なくなった後も変わらず、そのままであり続ける彼女の姿を目にする。

 

『そなたは、残るのか?』

 

『うん。もう屋根裏部屋に戻るつもりは無いかな』

 

 にっ、とまだ曇らない笑顔を見せる。

 レイクァトムさんは、その表情に深い安堵を覚える。

 同時に、この笑顔だけは守り徹すと誓った。

 

『レイ君は……どうするの? 殿下もいないし、師匠の所に戻る?』

 

『いや……そなたがいる事がここにいる理由となろう』

 

『え、あたし?』

 

『うむ。我が姫よ……もう明日には挙式して夫婦にならんか』

 

『えっ、なに、変なもの食べた?』

 

 困惑と呆れを顕にするクロージャさんと少し談笑してから、レイクァトムさんはケルシー先生の下へと戻る。

 

『先刻は冷静さを欠いた。必要とあらば、追放も斬首も受け入れる』

 

『……君は、これからもここに残るのか?』

 

『無論。そなたらがアーミヤを使い潰さぬように』

 

『そんなつもりは毛頭ない。これからバベルを再編……軍事委員会の目を離れる為に名も変える事になるだろう。立て直すまで、我々にはまだ君の力が必要になる』

 

『ならば一つ。……我はその組織の一員として最低限しか尽くさぬ』

 

『…………』

 

『どれだけ言い繕うとも、まだ子供のアーミヤを危地へと追い立てる組織には変わりない。努々忘れるでないぞ、士爵』

 

『……君のような人間が我々の身を引き締めてくれる』

 

 レイクァトムさんはそれだけ口にして去る。

 

 

 

 そして、あの時の光景。

 

 レユニオン幹部を相手取り、果敢に立ち向かっていたレイクァトムさんは自身の中にある声が一つだけになった瞬間を察知した。

 それは、懐かしい物で……レイクァトムさんの胸を一声で引き裂く。

 

『信じて……たのに』

 

 ――嗚呼。そうか、まだ居てくれたか。

 

 パトリオットさんの投擲した槍を受け止めた長槍ごと右腕が千切れ飛ぶ。

 眼前では、タルラを中心に解き放たれる瞬間を待って煮え滾る炎が渦巻いていた。

 

 

 

『ふ……最後に、そなたの声が聞こえて良かっ――』

 

 

 炎が弾け、呑まれた後の景色は黒く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 長槍から手が離れて、意識が現実に戻る。

 記憶の量は膨大で、すべて見る事は叶わなかった。

 けれど、断片的だとしても……彼がどれだけ私を想ってくれていたかは分かる。

 彼が王冠がなくとも……ただの子供のアーミヤの顔を見せても失望しないと語ってくれた理由。

 彼がロドスの制服を固辞していた本当の理由。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 

 

 気付けなくて、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side:クロージャ

 

 

 追悼も終わり、気分は良くないけど各々が仕事に戻る。

 あたしもため息をつきつつ、仕事を再開しようと腰を上げた時、この前作り始めてまだ動作確認中のメンタルヘルス系のマシンが車輪をガタガタ言わせながら隣に来た。

 

『我が姫、今日もそなたは美しい』

 

「……言語パターンの学習もうちょっとさせないと。もっと言ってもらえるようにならないとね」

 

『我が姫、そなたが愛おしい』

 

「はいはい。分かってるよ。

 

 

 

 

 

 

 ――それじゃ、行こっか……レイ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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