side:とあるロドスオペレーター
悲しみに暮れるクロージャさんを見かけて、皆がどう声をかけようか悩んでいる。
最初の一人が床で寝ていたのを見かけた。
起こそうとして、直前に起きた彼女が立ち上がろうとしたが再び床に伏せて嗚咽を漏らし始めた事で、人は集まれど話しかけられずにいる。
ケルシー先生の正論を羅列しながらも垣間見える気遣いがあるからこそ反省を促される、緩やかに重く圧し潰されるような厳しい説教すら効きの薄いあの人のあんな姿は滅多にない。
だから、誰もが対応に足踏みしてしまう。
原因は、やはりLycorisさんか。
俺もよく知っている。
元はRaidian小隊に所属し、片脚を失って内勤――特に教育系に異動した身なのだが、子供と積極的に関わる彼とは何度も話した事があるのだ。
色恋になると理性が蒸発する――そんな人物評が嘘のような人だった。
勿論、変な人ではあったけど。
『聞け、童よ! 我が新たな噺を綴って来たぞ……内容の刺激の強さは厳正なアーミヤの添削四回を経て些か以上に切れ味の鈍い仕上がりだが乞うご期待ッッ!』
『もう、Lycoris。子供に出す絵本は読み聞かせ前に私の確認を取る約束したの、憶えてるよね?』
『……ふははは』
『はい。笑って誤魔化さないで出しなさい』
『そなたの検閲などという狭き門を抜ける自信なぞ皆無。悪いがアーミヤ審査で満身創痍となっている……これ以上は奪わせぬぞ……あっ』
『はい、確認……後でちょっと話そうね』
『あぁ……!』
Raidian隊長によく怒られていた。
何でも、Lycorisさんは彼女を保育の師として仰いでいた。
隊長は困ってたけどさ。
そして――とても嬉しそうだった。
ロドス艦内では、Lycorisさんがクロージャさんを愛しているのは常識であり、クロージャさんも憎からず想っているのも周知の事実。
だが、ロドス教育部門では違う。
実はLycorisさんはクロージャさんを前にした時の奇行を除けば、その仕事ぶりは頼もしいの一言に尽きる。
特に子供の相手は慎重で、優しかった。
信頼できる男。
だから……密かにLycorisさんを想うRaidian隊長を隠然と応援している風潮があった。
いつからかは分からない。
俺も長い付き合いだが、それでも見ていればその想いが何であるかは分かる。
何かと子供に慕われる隊長とは交流が多かったから、その内で育まれたのだろう。最初は仲も良く無かったが……。
俺が知る最も古い二人の記憶は、通路ですれ違った時だ。
戦場帰りのLycorisさんを、不意に隊長が呼び止めた。
『ねえ、どうしてそんなに苦しんで――』
『気安く話しかけるな、異族め!』
『っ!?』
『っまたか……すまん。口が勝手に』
Lycorisさんは本当に申し訳なさそうな声で詫びると、自身の口元を手で覆いながら早足に去っていく。
それからも、戦場に行こうとするLycorisさんを隊長が止めようとして一悶着……が何度もあり、相性は最悪だった。
恐らくだが、Lycorisさんの触れられたくない部分を隊長が見抜いてしまい、その世話焼きな性格がこの時ばかりは災いしていたのだろう。
ただ、暫くして隊長から見たLycorisさんが落ち着いたのか、そんな険悪な遣り取りも無くなり、二人で職務に疲れたアーミヤCEOの世話を焼いている時もあった。
寝付いたCEOの頭を膝上で優しく愛でる隊長を傍に座ってLycorisさんは見守っていた。
『こうすると、子供は安心するの』
『……そうか。我には無理だな』
『大丈夫。まずはされる側の気持ちを知ってみるのもいいかも――』
隊長の手がLycorisさんの頭に伸びる。
だが、それを包帯に包まれた巌のような拳が払い除けた。
よほど強い力が入っていたのだろう。
乾いた音がよく響いた。
『――っ、この身体はまた……すまん』
『……ううん、ごめんね』
『そなたが謝る事は無い、決して』
『私に、あなたの苦痛を和らげる事はできる?』
Lycorisさんは頭を振る。
どうやら、Lycorisさんは以前隊長にすら棘のある姿勢を見せていた原因がまだ解消されていないようだった。
改めて隊長が手を伸ばすが、彼は上体を仰け反らせて逃げる。
『我もそなたのようになれるか?』
『え?』
『優しく、人に手を差し伸べる……童にも慕われる。いつか本当の意味で殿下が期待したような、大師父にも胸を張れるような……そなたのような、美しい生き方が』
『――――』
『……Raidian?』
『ううん、何でもないよ。ありがとう』
あの時の隊長の笑顔は、Lycorisさんは見えていたのだろうか……?
隊長は彼の何かを見抜いて寄り添い、彼は時折拒絶反応を示しながらもその優しさを有り難く思っている。
彼らの内で、一体何が共有されていたのか俺には分からない。
ただ、隊長がLycorisさんの理解者だったのは確かだ。
そして、ある日。
外勤から帰着したLycorisさんを見かけるや慌てて隊長は駆け寄った。
隊長が通り過ぎようとする彼の腕を掴もうとするが、また避けられる。
『Lycorisっ、もしかして眼が――』
『すまん。静かにしてくれ』
『すぐ先生に』
『既に士爵も知っている。……頼む』
『……もう、戦ったらダメ』
『安心せよ。もう目隠しをして長く使っておらなんだ物を本当に失くしたのみの些事』
『……どうして』
その後、Raidian隊長に言われて使われていない子供の遊戯室へとLycorisさんは連れて行かれた。
スタッフの皆が気になって仕方なく、行儀が悪いと知りつつ扉にある小さな窓に額を寄せて覗いてしまった。
そこでは、頭の包帯を取り去ったLycorisさん。
そして、それを前に泣いている隊長がいた。
この時、俺たちも初めて彼の素顔を見た。
元は美しい金髪だったのだろうが、明らかに生来の物では無いと判別がつく不健康な白にほとんど染まっている。
そして両の目元には、塞がってはいるが未だ新しい傷跡。
隊長の声が薄っすらと聞こえる。
「どうして」
「もうやめて」
「行かないで」
聞き取れたのは一部分。
泣いて俯いてしまった隊長に幾度か手を伸ばすLycorisさんだが、その度に体を不自然に強張らせてやめてしまう。
それを察知してか、隊長もさらに泣く。
そして、チェルノボーグでの作戦前夜。
子供達が寝付いた後にも彼らは話していた。
『そんな状態で行くんだね』
『まあ……お、怒っておるのか?』
『勿論』
『気にするでない。寧ろこれからこそ我が一族に異なる強さがあるのだと証明する戦となろう』
『…………お願い』
『ぬぐ……』
隊長はLycorisさんの作戦参加に反対だった。
ここ数年で、最初と違ってすっかりLycorisさんは隊長に弱い。
まともに説教をしてLycorisさんを狼狽えさせるのなんて隊長くらいだろう。CEOは彼に甘いし、ケルシー先生の説教も聞かないし、ドーベルマンさんの鞭やニアールさんの拳骨は……何かむしろ叩かれて悦ぶ節がある。
『すまん。我はそれでも』
『なら、約束しよう?』
『約束?』
隊長のロボットアームが素早く動いて、Lycorisさんの手を掴む。
隊長は「これは許してね」と苦笑し、触れるか触れないかという際どいところまで自分の額に近付け、祈るように瞑目する。
『大事な話があるから、ちゃんと帰って来るんだよ?』
『それが約束?』
『うん。約束があるって思うと、力が湧くでしょ?』
手を放した隊長が微笑む。
Lycorisさんは一度小首を傾げたが、背筋を伸ばして強く自分の胸を叩く。
『相分かった。我はこう見えて他者との約定を反故にした事など無……いや一度だけ……ではないな二度、三度、四……き、気にするな! 我だいぶ義理堅い益荒男な故! ふはははは』
『……ふふ』
そして、彼は亡くなった。
約束、守らねえじゃん。
あれに聞き耳を立てたり覗いたりして後で叱られた教育部門のスタッフ皆がそう言って密かに泣いた。
そして隊長も……涙が止まらないようだった。
『私が止められたのに』
それは、最も彼の理解者だからこその後悔。
今現在、Raidian隊長は再びチェルノボーグへと赴いて作戦行動中だ。
まだ立ち直れてもいないのに。
俺も、片脚でも戦えれば……。
『片脚に代わるどころか、それ以上の強さをそなたは手にしている……未だ我が望んでも届かない強さ。戦士として敬意を表する』
脚を失い、子供の相手をするようになっても度々湧く後悔等を吐露した時にLycorisさんはそう言ってくれた。
だから、俺はやれている。
彼はいつの間にか、多くの人の支えになっていた。
その影響力はエリートオペレーターにも劣らない。
彼の道を、俺たちが頑張って引き継がなきゃ。
目の前で泣いているクロージャさんや必死に堪えている隊長、帰らない彼を心配する子供……俺たちで支えないと。
「見ててください、Lycorisさん」
side:???
城のバルコニーでは、一人の麗人が髪を風に靡かせている。
後ろに控えた戦士は、黙ってその後ろ姿を注視していた。
「また夢を見たの……あの子と過ごす夜の夢」
「……アーミ……ミミ、ヤ」
「あなたは、夢を見るの?」
女性の問に答えようとして、しかし戦士は何度かの身震いの後に沈黙してしまう。
そして、糸の切れた人形のように俯いて完全に動きを止めた。――と、次の瞬間。
戦士が長槍を薙ぎ払い、凄烈な火花が散る。
一瞬でバルコニーへと躍り出た男の振るう長剣が鋭く翻り、二の太刀を放つ。
戦士と男の首元に互いの得物が触れる寸前で止まった。
足下には、柄元で切断された長槍の穂先が転がる。
「……これなら問題は無いな」
「……」
「いずれ様々な相手をするなら……この状態が良い塩梅なのやもしれん」
そう一言残して、男は再び去る。
戦士は落ちた槍の穂先を拾い上げ、断面を矯めつ眇めつした。
何かを思い出すように。