好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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士爵、お労しや

 

 

 

 side:ケルシー

 

 

 パトリオット――ボジョカスティの最期を見届け、我々は中枢区画のさらに中央へ向かう。

 アーミヤ達と行動を別にしたが、ロスモンティスもアーミヤも不安定だ。やり切ると信じるしか無いが、不安は尽きない。

 暴君タルラは強大だ。

 レユニオンを意図的に内部崩壊させる動向も含め、我々の予想の範疇に収まらない……。

 本来なら、あの男に付いていて欲しい事態だった。

 

 あれは、ドクター救出作戦立案の日。

 救出には反対したかったが、アーミヤの意思は固い上にロドスの苦しい現状と近い将来に予測できる窮状を鑑みればやむを得ない。

 個人的感情と現実的最適解の狭間で悶々としていた時、Lycorisが私を訪ねた。

 

『我も同行する故安心するといい』

 

『駄目だ』

 

『そなたに代わりドクターを見極めよう。仮に殿下の信ずる心がヤツに無ければ、たとえアーミヤの恨みを買おうとも我が殺す』

 

『今回はアスカロンに譲るんだ』

 

『それも相談したかったが、以前執拗に口説いた時分に招いた嫌悪が拭いきれておらなんだ……会うと殺されかねん』

 

『そうだな。君はもう無茶を許されない』

 

『……』

 

『結論から言おう。我々は君に頼り過ぎた、皆を死から遠ざけるべく君を死に近づけた憾みがいよいよ最悪の形に結び付く。もうロドスは、君に依存せず戦い抜く人材が揃っている。

 

 ……アーミヤの為にも、特にクロージャの為に……君の身命を損なう事は許されない』

 

 私の判断に間違いは無い筈だ。

 実際、ロドスオペレーターでこの事実に気付いているのは私やテレジア、そして彼に追いつかんと精進したLogosくらいだろう。

 戦場に向かわせるべきではない。

 

 足手纏いだから? ――否。

 過剰戦力だから? ――否。

 

 今回の作戦の難易度を計測すれば、是が非でもLycorisの掩護は必須。

 作戦は完遂されるだろう。

 しかし、必ずこの男の犠牲で成される。

 

 テレジアが言っていた。

 近い未来、レイクァトムは戦場で死にかねないと。

 彼女から最悪の未来を予言されていたのだからこそ、避けられる惨事を見過ごすわけにはいかない。

 

『……君には内勤の仕事を振り分ける用意がある。後は我々に任せるんだ。君が育てた後身もいる、充分――』

 

『我は戦が嫌いだ』

 

『なら』

 

『それでも戦場を離れるわけにはいかぬ』

 

『…………』

 

『戦える時間に限りはあれど、大師父と殿下に……証明するのだ。命を奪わぬ戦地でもナハツェーラーに強さは在る、と』

 

『…………』

 

 ここまでLycorisの真剣な声色を聞くのはいつぶりだろうか。

 前回は……そう、テレジアを失った日。

 あの時、Lycorisが私に告げた誓い……それと同じ覚悟なのだ。

 

 

『………………分かった』

 

 許可してはならない。

 だが、その信念は私が曲げる事も許されない。

 医療部門の長を務める者としての判断ではないと知りながら、亡き彼女に……私の親友に誓おうとするLycorisの言葉を否定したくなかった。

 今の私には個人的感情……しかないな。

 

『安心せよ、そう簡単には死なん』

 

『そう願う……君の信念に報いる未来はきっとアーミヤが見せてくれる』

 

『それを疑った事は無い』

 

 今までで最も語気の強いLycorisの断言。

 私は思わずふと笑ってしまう。

 

『今回の作戦、不安要素はドクターだけではない……アーミヤの隙を狙う聴罪師がいるやもしれんのでな』

 

『……』

 

『あの奴儕には二度と好き勝手はさせん……!』

 

『ああ』

 

『ふ……それにしても、あの士爵が我が身を案ずるとなれば力も湧くものよ。惜しむらくは、我が懸想していた頃ではなかった事くらいか』

 

『あの頃の君に恋愛感情は無いだろう』

 

『…………』

 

『君は昔から、たった独りを想っている』

 

『え、やだそんな露骨だった我?』

 

 気色の悪い動きで自分の身体を掻き抱くLycorisを睨む。

 

『君は我々に必要な存在だ。無茶はしないように』

 

『美人の心配、今宵の酒の肴になって明日を生きる希望となって後世に語れる漢の武勇伝となろう!』

 

『Mon3tr。そろそろ退室させろ』

 

『え、我の身を案ずる割に殺傷力の高い対応……これが巷で噂の照れ隠――』

 

 

 

 

 

 

 私は、アーミヤとクロージャ、ロドスからLycorisを奪った。

 理解していながら、戦場へと向かう事を看過した。

 そんな私に、彼が今作戦にいたケースを仮想する資格などある筈も無い。

 彼は皆から密かに慕われていた。

 戦地にてLycorisの有無は士気に大きく関わるほどに、

 

 だから重荷にならないよう伏せていくつもりだったが、ボジョカスティの言葉が隊員に響いてしまった。

 皆が動揺していた。

 

「ケルシー……顔色が悪い、休んだ方が――」

 

 気遣うドクターの声が聞こえる。

 

「気にする必要はない。アーミヤ達が自身の務めを果たそうと果敢に戦っている。我々が後れを取る事は許されない」

 

 そう、許されない。

 

 私もここで、足を止めてはならないのだ。

 

 Lycorisを、一人の友を見殺しにした……その罪を背負っていく為にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side:????

 

 

 

 一人の男が玉座に座している。

 彼へと直線の道を空けるように、玉座前の段差に整列するのは、いずれも立つだけでその場を制してしまう悪魔たち。

 謁見するだけで相手は堪えられず自死による解放すら辞さない重圧がこの空間を軋ませる。

 

 

「そなたの調子を聞きたい」

 

 

 悪魔を束ねる玉座の主。

 男の揺らがない紅瞳で睥睨する先には、一つの薄汚れた戦士が傅く。

 調子について尋ねられたなら一刻も早く答えなくてはならない。

 だが、薄汚れた戦士は沈黙している。

 本来は無礼に当たるが男は急かさず寛容に待った。

 

「未だ本調子には程遠いようだな」

 

 男はため息を噛み殺す。

 すると、列にいた老人が見かねて口を開いた。

 

「我輩の『死』を分け与え、今は自らを養うにまで至っている。中身まではもう少し時を要するが……戦支度には充分であろう」

 

「中身……私に跪く時点で怪しいがな」

 

「以前から表に出ぬようでその実、この子はその方を敬ってはいた」

 

「……そうか」

 

 老人の言葉に男は首を捻る。

 どうだか、と言いたげだ。

 

 男は知っている。

 眼下の戦士は昔から男のことをある意味で超えるべき壁のように敵視し、挑んできた。

 現在は事情があってその頃の意気は失われているが、果たして敬意があると言われても俄に信じ難い情報である。

 中身、もとい心は不安定。

 だが力は充分とあらば是非もなし。

 

 

「――そなたは『彼女』を護衛せよ」

 

 

 簡潔に告げた内容に場の空気が一瞬揺らぐ。

 特に、男の隣にいた鹿獣の仮面に黒衣を纏う細身の影が反応を示した。

 

「殿下。私の近衛では不足ですか」

 

「万全を期す」

 

「王冠の傍に仕えながら守れなかった前科があります。未だ本調子ではない彼はこの重責に堪える立場も力も――」

 

「私はアレを知っている」

 

 仮面の注進を男はぴしゃりと遮る。

 その顔には何の感情もない。

 

「本調子でなかろうと実力は確かだ」

 

「…………」

 

「過去アレは我が剣に一日耐えたが、反撃の意志は無かった。仮に本当の死合だったなら、敗けはせずとも後に障る傷はあっただろうな」

 

「では、人格はどうでしょう」

 

「問題無い。自我を取り戻して葛藤はあれど、『彼女』と見えれば自ずと己が使命を弁えよう」

 

「……殿下の決定に疑義を付けるような発言の数々、お許しを」

 

「よい。後の結果で示せ」

 

 男がちらりと視線を投げる。

 ごとり、と重い音を立ててこの玉座の間の扉が開く。

 新たな入場者は、黒衣と仮面をした近衛兵たち。

 

 そして、兵に囲まれながら悠然と進み出てくるのは光が人の形をしたかのような神秘性すら宿す女性。

 

 段差に整列していた者たちから感嘆の声が漏れる。

 そして、跪く戦士の体が揺れた。

 女性はその隣で足を止める。

 

「……立ちなさい、私の戦士」

 

 その声に、ばっと戦士が直立する。

 光るように白い手がそっと伸ばされた。

 

「―――」

 

「一緒に来てくれるわね?」

 

 優しい声に戦士は頷いた。

 男は繰り広げられた独特な忠誠の儀を見届けてから玉座より立ち上がる。

 

「改めて、異論があれば申せ」

 

 その一言に一同が沈黙を返す。

 同意は得られた。

 仮面が手を振ると、近衛兵たちが音もなく去る。

 

「少し話がある」

 

 男と女性は揃って玉座から離れたバルコニーへ移動する。

 二人の離席を見計らい、老人が段差を下りて戦士に歩み寄った。

 

「務めを果たすのだ」

 

「……」

 

「帰還を歓迎する。カライシャの件はともかく……我らの未来は一つ。二百年前に通ずる死の宴に、此度はその方がいれば何ら問題は無い」

 

 老人にしては珍しい激励に、列で静かにしていた白皙の青年が黒いマントの裾を捌いてやや不満げに鼻を鳴らしながら戦士に近付く。

 

「まだ不完全なようですが、本来なら過去の非礼悉く謝罪して欲しいですね。殿下は私の忍耐を過大評価している節がある」

 

「…………」

 

「私に大口を叩いていてあの末路……あなたには失望しましたよ」

 

 青年の言葉には容赦がない。

 それでも戦士は無反応だった。

 気に入らないと青年がさらに苦言を紡ごうとしたところで、バルコニーから戻った二人の足音が響く。

 

「さ、いきましょう」

 

 立ち居佇まいを直した各々を見回した女性が戦士を伴って玉座の間を出た。

 脇に精巧な石の彫像が控える荘厳な通廊を女性は歩む。

 一歩後ろに戦士は従っていた。

 

「あなたもこっちに来たのね」

 

「…………」

 

「私にはもう選択肢は無い。けれど、あなたは違う」

 

「……」

 

「今はまだ無理でも、あなたの意思を尊重するわ」

 

「ワ……ハ、ウぁ」

 

「その時にでも聞かせて頂戴」

 

 突如として戦士が長槍を掲げる。

 穂先が一瞬で女性に向けて走った――が、その美貌を貫く寸前で静止した。淡く桃色に微光する糸に身体の節々を縛られ、戦士は動きの一切を奪われている。

 突然の反逆。

 しかし、女性は咎めない。

 

 動けない戦士の白い髪を撫で、火傷を負った左の目元から頬を指先が流れる。

 まるで幼子をあやすような手つきだった。

 霞がかったようだった戦士の瞳に一瞬だけ正気の光が兆す。

 

「アー……ヤに、アワ……イ!」

 

「焦らなくていいの」

 

「ロ……スに知ら……ルマエに……我……手で?」

 

 光の細糸が消えて戦士がその場に崩れ落ちる。

 床に突き立てた槍に縋りついていた。

 

「……こうなってしまうから、戦場に出て欲しくなかったの」

 

「デ殿、下……」

 

「あなたは先生が諦めた夢の形だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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