side:ロスモンティス
私にはお兄さんがいた。
『我はLycoris。可憐な乙女、そなたの名を聞こう』
誰よりも死の臭いを纏った人。
ロドスには古くから務めている人物とあって大半が知っている。
あの人について尋ねると周りからは苦笑いで誤魔化されるし、よくオペレーターの手を煩わせている事態を目撃した。
困った人、それが第一印象。
でも、よく褒めてくれるお兄さんだった。
移植された感染器官の所為で異質な感染者とされていた私は、記憶能力に問題を抱えていてよく物事を忘れてしまう。
酷い時は、昨日の記憶さえない。
明日を滞りなく進めるべく自身で記録媒体に記した昨日の情報を追う。
人と会っても、次まで記憶を保持している保証はない。
それでも、その人は会う度に同じ反応を返してくれる。
私が不意にアーツを暴走させて、目の前でぐしゃぐしゃにしてしまってもケロッと復活して、「これから力加減を覚えていこう」と励ましてくれるのだ。
何度忘れて、何度失敗したって怒らない。
不死身で最強――と彼は自称していた。
いつまでも自分はいるから、何度忘れたってまた自分とは一からすべてを始められる、と安心させてくれた。
皆も温かく私と歩調を合わせて進んでくれた。
家族。
エリートオペレーターや部隊の皆は私の家族だ。
『ねえ、Lycoris』
『どうした、ロスモンティスよ』
『Lycorisも私の家族だよね』
『うむ……因みにパパって呼んでみ――』
『Lycorisは、お兄さん』
『――それはそれで悪くないッッ!! だがAceのパパは納得いかん!』
『Aceは……叔父さん?』
『Aceは我のパパで、そなたの祖父だ』
『何の話だ?』
『おお、Ace……我が愚父よ』
『Ace、おじいちゃん?』
『Lycoris……ケルシー先生に診てもらうか』
『我だけッッ!?』
とても賑やかな人だった。
特に彼はクロージャを好んでいて、よく結婚したいと言っては断られてるらしいけど、落ち込んだ様子は全く無かった。
断られたら普通はショックだって本に書いてあった。
だから、Lycorisのそれもただの冗談なのかなとも思ったけど。
『紛うこと無き本心だが?』
『断られて辛くないの?』
『ふ。ロスモンティス……難攻不落の城を前に我がただ落ち込んで刹那でも前進を止めるとでも? その難易度、地味に照れた顔、逆に萌えるわ』
『…………』
『まあ、生涯の愛故に断られて終わる物に非ず。それに、そなたが諦めずに努め、エリートオペレーターと成った……そなたの兄がたかが幾千幾万程度のお断りで挫折するとでも?』
彼の言葉は、いつも勇気をくれる。
だから――。
「ロドス! ――おまえ達、が、彼を殺、した」
言われた言葉が頭に延々と響く。
レユニオン部隊の工作で移動都市チェルノボーグが龍門へ衝突するまでにこれを阻止する……その任務の為に、私たちは潜入した。
そこで遭遇したのは、感染者の『盾』――パトリオット。
堅牢な壁として、私たちの前に立ち塞がる。
Scout……家族を奪った人たちに、仇討ちをするんだって、そう決めて……。
「よせ……パトリオット」
「士爵。彼は、戦争の申し子、偉大なる師の、薫陶を授かりし、真の戦士で、あった。……だが、ロドス、の信念は、ナハツェーラー、にとって甘美な、自滅への、案内、でしかない」
「彼が選んだ道だ」
「或いは……終らぬ、戦の輪廻の中、朽ちる運命に、抗いたかった、か……結果、運命に、敗れた」
「敗れてはいない。我々の道がそれを証明――」
「戦が、無くては、衰弱する……緩やかな、死。弱りきって、尚……戦士とし、て戦い、抜いた。だが、ロドスに、その価値があったか、疑問、が尽きぬ」
私は固まっていた。
アーミヤも信じられないとでも言うように悲しそうな顔で首を横に振っている。……でも、その手は震えてアーツ攻撃の勢いは衰えていく。
私も思考の整理が出来ない。
「ロスモンティス! 惑わされず手を止めるな!」
ケルシー先生の声が頭の中を滑る。
何を言ってるの。
Lycorisが弱ってた? ……そんな訳ない、いつも通り元気だった。
……本当に?
もしかして、彼はいつも裏に何かを隠していたのかな。そんな厳しい状態で、私たちは彼に戦争へと向かわせたのかな。
思えば、彼の事を何も知らない。
素顔も、私に優しくしてくれる理由も……弱っていた原因も。
Lycoris。
どうして言ってくれなかったの?
私たち……家族だよね?
『ロスモンティス。よく頑張ったな』
優しい声が、思い出が遠く霞んでいく。
「……ぁああああああああ―――――ッッ!!!」
私は四基のアーツユニットを感情のままに投擲する。
パトリオットは槍で受け止める。
どれだけの圧力をかけようと膝を屈する事の無い姿は、私の暴走を止めるあの人によく似ていた。
「私は……私は……!」
「おまえ達、に、彼の、生き様を、語る資格が、あるか――!?」
どれだけ仕掛けても倒れない。
折れない。
だからこそ重なる……。
『ロスモンティス。そなたが如何なる道を歩もうと、我はそなたの兄として支えよう』
ごめんね。
ごめんなさい、Lycoris。
ミニおまけ
「我が姫、そろそろ結婚せぬか?」
「しませーん」
またか、とオペレーター達が苦笑する。
一瞥もせずクロージャがいつもの求婚を一刀両断したが、これで滅入る彼ではない事もロドス・アイランドの常識である。
ここで次なる手が繰り出される事もまたいつもの事で――。
「そうか。では仕方ない、諦めよう」
「「「「えっ」」」」
「……え……」
突然の事に、その場で聞き耳だけ立てて作業中だったオペレーター達が一斉に振り返る。
呆気なく諦めを口にしたLycorisの反応は意外すぎて周囲は逆に動揺したが、誰一人として聞き逃しはしなかった。
クロージャの口から漏れた――かつてないほど寂しそうな声を。
作業を止めて、目を見開いて全身で振り返っている。
Lycorisはというと、特に気にした様子がない。
「そ、その程度なんだ……ふーん?」
「む?」
「その程度で、諦めちゃうの……?」
クロージャは何やら平静を装っているつもりだが、声はケルシーやアーミヤの説教を受けている時よりも弱々しい。
「……?」
「いい、けどさ。今後一切何もせず諦めたら二度と叶わないよ? それは勿体ないとか思わない?」
「今後一切……?」
「だ、だから……その……」
「Logosの外勤任務に同行するが、出発まで時間も僅か。帰還までの求婚を遺憾だが暫し諦めようと申したのだが?」
「えっ?」
「「「「えっ」」」」
クロージャとその場一同の声が重なる。
暫く重い沈黙に包まれていたが、クロージャの全身が赤みを帯びていくにつれて崩壊の予兆を感じ取り。
「何度来たって結婚しないから!! ふんだ!!」
誤解で取り乱した事を恥じてか憤慨したクロージャは、そんな捨て台詞を吐いて去っていく。彼女がいた場所には未だ作業途中の機器……どうせ戻って来る。
皆で取り残されたLycorisの反応を窺う。
彼は顎に手を当てて何か思案しており、突然閃いたとでも言いたげに指を鳴らす。
「我が姫なら土産を持って参上すれば可能性が……!」
常軌運転でした。
「何をしている。いざ征こう、Lycoris」
「Logos。我は報酬に乙女の好む土産を所望する」
「了解した。うぬの健闘を祈ろう」
「何だその無謀な愚者の歩みを俯瞰する支配者の如き眼差しは……!?」