「あれ? やっほー、ドクター」
「……やあ、クロージャ」
休憩中、エンジニアルームを訪れたドクターと挨拶を交わす。
昔と変わらずバイザー等で徹底的に防護された格好で胡散臭さ絶大の見た目をした彼だけど、どうやら記憶を失ってしまったらしく、検査を重ねてはいるものの回復は絶望的らしい。
思い出は勿論、かつて鉱石病研究の第一人者としての情報も闇に沈んでしまったんだとか。
幸い戦術顧問としてのポテンシャルまでは損なわれておらず、チェルノボーグからの撤退時にも窮地で皆の活路を開いて被害を抑えたという。
来た当初は誂おうとか思ってたけど、ケルシーにも注意されたし……あたしの方もそれどころじゃなかった。
「……報告は、聞いたかい?」
「え? 何の?」
「ああ、いや……そうか」
ドクターが口籠る。
彼はいつもそうだ。
記憶を失う前はそこまで交流は無かったけど、何だか怖い印象が強かった。当時のオペレーター一同も、そんな認識で合致している。
でも、戻って来た彼は別人だ。
右も左も分からない、突然連れて来られて環境に慣れる間も無く戦術指揮の重要権を委ねられる。
この大地での常識に関する理解も未熟で、特に身近な相手が一方的にドクターを知っているケースも多いから接し方にも躊躇いが見て取れた。
「ドクターどうしたのさ」
「仲間の遺体を一つ運んでね……長い距離で、少し疲れてしまった」
「そっか……」
落ち込んでいたのは、それか。
そういえば……戦場にあったレイ君の遺品は回収されている。
愛用していた大槍と、殿下から貰った耳飾り。
更にもう一つあるらしいけど、大槍以外は何やら引き取り手は決まっているけど時間が掛かっているらしい。
チェルノボーグから最近ロドス入りした人がScoutの遺品と共に運んでくれて、皆が感謝していた。
訓練教官としても、戦士としても一定のオペレーターから性格を除いて尊敬されているのは間違いない。
だから、口にはしないけど遺体が無い事を惜しんでいた。
……本当なら遺体も、なんていうのはね。
苛烈な戦場だったと聞く。
天災の真っ只中で悪名高い暴君の猛攻にも晒され、エリートオペレーター達を失う大きな被害を受けた。
その渦中から回収なんて、ワガママだって理解してる。
でも……最後くらい、一目見たかったな。
「その、クロージャ」
「何かな。購買部に何か仕入れて欲しいとかっ?」
「レユニオンの部隊から得た情報なんだが」
「違ったか……レユニオン?」
「レユニオンに所属するサルカズ傭兵部隊がオペレーターLycorisの遺体を回収し、何処かへ持ち去ったらしい」
「……」
「彼は最後までレユニオン幹部を独りで抑え込んでいたが……突然力を失って立ち尽くし、タルラの炎を受けて倒れたという」
「力を失うって、レイ君が」
誰よりも強い男。
最近はLogosにそのポジションを脅かされつつあるとかボヤいていたけど。
何か身体に異常が……?
鉱石病の有無については聞いていないけど、他に体調面で異常は見て取れなかった。
力といえば、レイ君の戦術はナハツェーラーの巫術を用いた制圧戦。
ナハツェーラーの……
『己が身に蓄えた死を以て己を癒し、強化する』
レイ君はそう言っていた。
だから、戦場に出れば自然と力を増す性質で――?
あれ……?
ロドスの戦いで敵側に死者なんて、そう出さない。
ロドスの理念に反するから、絶対に避けられない戦いでも可能な限り死傷者なんて居ないよう立ち回る。
レイ君にとっては、強くなるどころか……。
「いや、そんなまさか……」
「クロージャ?」
「あ、ううん……そういえば、ドクターはレイ君と話した? 実はドクターとずっと前からの知り合いなんだよ」
嫌な予感がして、それ以上考えるのをやめた。
強引に話題を変える……それが逃げだと知りながら。
「えっ……?」
「え?」
「初めまして、と言われたが」
ドクターが困惑している。
まるで初対面の対応だったと語っていた。
流石にレイ君とて、まさか戦場で記憶喪失中の人間を誂おうなんて酷い事……も、勿論あたしはそんな人間じゃないからしてないし!?
じゃなくて!
レイ君は、どんな意図でそんな態度を。
ドクターによると、タルラと遭遇する前に会ったという。
すぐにレイ君が合流地点の偵察に向かうためあまり会話は長くなかったらしい。
『ドクター』
『え、ああ』
『その様子……うむ。初めまして、我はLycoris。ロドスのチーフエンジニアたるクロージャ姫の未来で必ずや伴侶として立つ男……一言一句違えず憶えよ』
『り、了解した』
『よろしい! これにて過去は水に流そう――かなと考えたが、まだ足りんッッ!!』
『り、Lycorisさん。あまり誂わないであげて下さい』
当惑するドクターとの間にアーミヤちゃんが入ると、レイ君はアーミヤちゃんの肩を掴んだ。
『ドクター。未だそなたは己の使命も自覚に至らぬ身であろうが、これだけを誓え。――アーミヤとロドス、何があろうと支えようと』
沈黙するドクター。
レイ君はふ、と笑う。
『すまぬ、我ながら急いてしまったな』
『君は……』
『今は誓えずとも良い。また会った時、そなたの口から聞かせるがいい』
会話はそれで断ち切られた。
レイ君が颯爽と偵察に動いたからだ。
「彼に伝える機会は失われたが、私はロドスと共に歩むよ……最後まで」
ドクターがあたしを真っ直ぐ見て告げる。
そこには一切の迷いなんて感じなかった。
「そっか。……でも、何であたし?」
「……」
「そういうのは、アーミヤちゃんやケルシーの方が喜ぶと思うよ。勿論、あたしもそれ聞けて安心するけどさ」
「君の未来の伴侶との約束だったから、代わりに君に伝えるべきかと」
え、まあ、それなら…………?
……………………。
…………はい!?
「ちち違うよ!? そんな予定ないよ!」
「だが冗談を言っている雰囲気では無かったと記憶している」
「真に受けちゃダメだから!」
「そうなのか」
ドクターは若干納得いっていない風の反応。
あー、びっくりした……っ。
顔を手でぱたぱたと扇いで、火照った頬を冷ます。
「まったく……まさかドクターにいじられるなんて」
「そんなつもりでは……」
「へへ、分かってるよ」
「……君と彼は親しかったと聞く。すまない、私の為に」
「ちょ、謝らないでよ。レイ君だって後悔してないよ」
「だが……」
「まあ、毎日口説かれては突っぱねてたけど、確かに長い付き合いなりに仲良かったと思うよ。だから、別れの言葉無しは寂しいかもしれないね…………ちょっとだけ」
レイ君は自分の事でしんみりする瞬間なんて欲しくないだろう。
ドクターの気遣いは嬉しいけどさ。
でも、寂しいって気持ちは……すごく認めたくないけど膨らんできてて、だからなのか遺品を譲り受けた人たちが羨ましいとも感じた。
自室にあった遺品整理では、それぞれが縁ある品を貰っててあたしには今のところ何も無し!
あんだけ愛を叫んだ相手に、何も無し!
だから、少しだって悲しんでやったりしない事にした。
ふんだ!
「ここにいたか、クロージャ」
龍門から帰還したケルシーがアーミヤちゃんを伴って現れる。
アーミヤちゃんが手に巻いた包帯を見て、ドクターが気遣わしげに話しかけ、嬉しそうにコータスの耳がぴこぴこ動いていた。
そんな微笑ましい光景を尻目に、ケルシーがあたしに何かを差し出した。
「時間をかけてすまなかった。Lycorisの遺品だ……君に所有権がある」
「えっ、あたし?」
手元を見ると、耳飾りとメッセージカード付きの黒いベルトチョーカー、そして……一枚の写真だ。
「写真と耳飾りは最後まで彼が肌身離さず持っていた物で、写真の方は修復可能な範囲まで処置を行った。チョーカーはブレイズが彼から預かっていた物だ」
あ、あたしにあったんだ……。
てっきり無いもんだと思って変に拗ね――てないけどふーんって感じだったのに。
手元の耳飾りは、あたしが貰っていいのかな……殿下からの贈り物なら、アーミヤちゃんが良いと思うけど。
次に写真……は……あたしの、写真。
やや端から焦げてしまっているが作業中でニヤニヤしながら配線をいじる横顔だ、いつ撮ったのさ!!
盗撮だよ!!
頼まれたら写真くらいあげたのに美少女ハッカーのどんな部分を切り取ってんの!
「ぐぬぬぬ……しかもこれ持ち歩いてたとか、他の誰かに見せてないでしょうね……!」
「よく自慢げに見せてくれましたよ」
「アーミヤちゃん!?」
あいつ許さん、絶対に。
恥ずかしさと怒り半々で、最後のチョーカーを見る。
あたしがよく首に付けているから、プレゼントかな。たしかに今のは古くなってきてるけど。
メッセージカードを開くと、短文がしたためられている。
『クロージャへ
ブレイズに相談して選んだが、気に入らなかったら捨てても構わん。我が泣くだけだ』
捨てづらくするじゃん。
まったく……あーあ、いつもは姫とか我が愛とかばっかりなのに。
いっそ泣かせてやろうかな。
「手紙以外でも名前で呼びなよ……バカだなぁ」
あたしは、泣いてるのに。
おまけ
レイクァトム「我が愛しの姫よ! 今宵は二人で飲み明かさぬか――っと?」
クロージャ「くかーっ……」
レイクァトム「姫よ、乙女がそう四肢を四方に大きく投げ出して眠るのは感心せぬぞ」
クロージャ「かーっ……くかーっ」
レイクァトム「…………」
クロージャ「んむぅ……」
レイクァトム「おやすみ、クロージャ」