side:アーミヤ
私は自室で独り蹲っていました。
顔を上げると、デスクの上にマスクが置かれています。
その持ち主との記憶が脳裏に焼き付いて消えない。
「私の、過ち」
一人の感染者を救おうとした。
ミーシャさん。
その立場から、色んな人に狙われて誰を信じていいかも分からなくなっていた彼女は、私を信じてくれた。
だから、拐われた時は助けようとして……けれど、その行動の結果が彼女への裏切りになってしまい、それだけに留まらず彼女を絶望の最中で死なせた。
「私の罪……」
泣きたくなる。
でも、そんな資格があるんだろうか。
私は自分の掌を見つめた。
「……あなたも、こんな気持ちだった」
私は、思い出す。
その人は、私にとって兄のようでした。
ドクターやテレジアさん、ケルシー先生が忙しい時に私の相手を優先して相手にしてくれる。
第一印象は、変わった人。
『そなたがドクターとやらの伴か』
『えっと……アーミヤって言います。あなたは?』
『礼儀正しき子。初対面で我に怯懦はおろか一片の侮蔑も無し。艦内にいる子のように我を見て「ボロ雑巾」だの「成仏し損ねたやつ」だの「葬式の臭い」などと年相応の返しも無いとは』
『そ、そんな酷いこと言われて悲しく無いんですか!?』
『なかなか正鵠を射ている故にむしろ感心する』
『そ、そんな』
笑いながら卑下するものだから、ちょっとだけむっとして私は近付いて彼の手を握りました。
すると、慌てて引っ込めようとします。
でも、自分の力でそんな事をしたら私が怪我をすると思ったのでしょう。微かに震えながら止まりました。
『よせ。忌まわしき死臭がそなたに付いてしまう』
『だ、大丈夫ですよ?』
『いや、しかし』
『手、あったかいです……幽霊なんかじゃないです』
『む?』
『服も、裾はとても傷んでますけど立派な紋章があります! それにお花のいい匂い。……葬式?とか幽霊とか雑巾なんかじゃないです』
『――――』
じっ、と見られている気がします。
包帯に覆われた顔だから分かりませんが、そんな気がします。
暫くすると、彼はその場に片膝を突いて私と目線の高さを合わせ、震えながら両手で私の頬に触れました。
『我はレイクァトムという』
『れ、れいくぁとむ……さん』
『温かいな。生きている者で我に触れてくれたのは殿下とそなただけだ』
とても嬉しそうでした。
ふと、彼のはるか後方にケルシー先生が現れ――。
『……Mon3tr』
『ぬ、この甘く香る殺気は……士爵ッッ!!』
『速やかにアーミヤから離れろ。君に節度が無い事は今や艦内で知らない者はいない。その事実を承知し、ここを訪れて未だ日の浅いアーミヤに照準を絞る狡猾さもそうだが、まさか幼子にまで欲の及ぶ君の卑しさには相応の罰が適当だと考える』
『ま、待て士爵! 勘違いせずとも我が意中の相手はそなたに他なら――』
『聞くに堪えない』
『已む無し! アーミヤ、戦は時に押して駄目なら退けとの格言がある、恋も同様』
『えっ、えっ?』
『即ち……今は逃げるが勝ち!! 修練を放棄したあの時、大師父の折檻からも逃げ遂せた我が俊足を侮るなかれよさらばぁああああッッ!!』
『きゃあああああああ!!?』
『アーミヤを放せ下衆!!』
その後、車ぐらい速いレイクァトムさんと一緒にケルシー先生から逃げ回り、テレジアさんの糸に捕まるまで私は振り回されました。
それからというもの、レイクァトムさんは私に良くしてくれました。
テレジアさんとドクターが会議中、代わりに絵本を読み聞かせてくれました。
慣れていないのか、凄く抑揚もないので何だかそれが逆に面白くて笑っちゃいました。
『――でした、と。
む……こ、これで良いか? 誰かに読み聞かすなど経験も無くてな……』
『そうなんですか? なら、今度は私がレイクァトムさんにお手本を見せますね。最近、同じ患者の子供さんにするんですけど好評なんですっ』
『おお、真か。ならば先達に倣わん』
レイクァトムさんは私よりずっと歳上なのに、私に教えを乞う事もよくあります。
それを見たオペレーターさんが口説かれていると勘違いしてボコボコにしてしまうのですが、それでもケロッとしていて、とても強いんだと思いました。
皆さん「殿下以外ならアイツが一番」と褒めます。
強くて優しい、そんな彼と私は仲良くなりました。
でも……時折、すごく怖い雰囲気で私に手を伸ばす事があって、思わず迫力で震えて縮こまると、何かに抗うように呻きながら震えたその手で自分の胸元を強く握ります。
それは、とても苦しそうで。
私はそっと彼の背中を擦りました。
心細い時、痛い時、ドクターがしてくれたように。
『すまぬ……我は、そなたにまで……』
彼は――レイクァトムさんは、決して私を傷つけませんでした。
誰よりも強くて、誰よりも明るい。
愉快な話や戯けた態度で私や皆を笑わせる。
でも、そんな人にだって弱さはあるんだと知りました。
気付けば、女の人を勧誘する以外でよく私と一緒に居てくれるようになりました。
私が病床に伏した鉱石病患者の人の所へ行ってお話する時も、姿は見えないけど……いつも少し離れた場所で見守っている気配がします。
『アーミヤ』
病室から通路に出てレイクァトムさんに遭遇しました。
すごく大きな影にびっくりして思わず飛び跳ねちゃいました。尻餅を突くと、そっと脇に手を差し入れて私を持ち上げ、天井近くまで高く持ち上げられます。
『レイクァトムさん?』
『そなたは、本当に……眩しいな』
『わ、電灯が近くて私も眩しいです……』
『そうか……フッ』
レイクァトムさんは降ろしてくれません。
それどころか、ぐるぐると回りながら歩き始めます。私はびっくりして、高くて怖いはずなのに気付いたら笑っていました。
『そなたは、殿下の理想が象ったかと思わせる子よ』
『えっと、テレジアさんの?』
『うむ』
ようやく私を床に下ろす。
そして、私を撫でてくれました。
『そなたに触れる時だけ、我は花の香りを纏える……安心して触れ合える』
『レイクァトムさん……誰よりも触れ合いたい人、いますか?』
『……ああ。だが恐ろしくてな』
包帯の下で彼が苦笑いをした気がする。
『時に我は、我ではない意思に衝き動かされてしまう時がある。……昔、それで罪なき子を絞めてしまった』
『…………』
『それ以来、殺し殺される時分にしか他者と触れる機が無くなった。我は戦でしか他者と交われず、戦で血と死を浴びるほど己ではない意思が強くなり……』
レイクァトムさんは自身の掌を見下ろしている。
不意に、血の臭いがした。
『大師父は糧として受容せよと。だが、我は……』
レイクァトムさんは、自身が犯した一つの罪から……ひたすら長い苦悩が続いていると明かしてくれました。
『だが、アーミヤの優しさに触れた時……声が止むのだ』
『声……?』
『……アーミヤ。多くは望まぬが、これが何よりも難しいと承知した上で頼む』
レイクァトムさんは屈んで私の顔を両手で挟んだ。
『どうか健やかに、そなたには今あるその優しさを失わずに生きてくれ』
その後、テレジアさんが亡くなって、色々な事が有りました。
多くの人がいなくなって、変わっていく。
それでも、変わらずに支えてくれる人もいて……レイクァトムさんもその一人だった。
私がテレジアさんに代わる代表となり、忙しくなった後は子供たちの相手や鉱石病患者の方と談笑、花を育てたりと忙しくなっても私に以前のように接してくれます。
ケルシー先生から業務について教わっている時も、彼女が居なくなるやこっそりと執務室に侵入してお菓子を持ち運んで誘惑するし、仕事を手伝いながら子守唄なんて歌いだして眠らせようとします。
『ふふ。もう、Lycorisさん。怒りますよっ』
『それで良い。アーミヤの眉間に皺など要らぬ』
『……』
でも、頑張らなきゃ。
私がやらないと、立派に務めないと皆心配する。
皆が安心できるように、そしてテレジアさんが期待してくれたように、私は一刻も早く――。
『アーミヤ。そなたは今、様々な事を手にしようと必死なのだろうし、残念ながらそうしなければバベル……否、このロドスが立ち行かんのも納得する』
『Lycoris、さん』
『我はアーミヤの剣であり盾である。そなたの指し示す先に災いあれば我が受け止め、打ち払おう。士爵やオペレーターと同じく、そなたを不安にさせぬと誓う』
『……ぐすっ』
『そなたは、我に恋に並ぶ安息をくれたのだ。だから、我はCEO以外の顔を見せようとそなたの下を去りはせぬ……安心せい』
『ありがとう、ございます……でも、私がやりたい事でもあるから……』
『うむ』
Lycorisさんは撫でてくれます。
呼び方を変えて、私がCEOとしての態度で接しても……変わらず、兄のように。
『……ぁッ……!?』
撤退作戦の中、ロドスへの輸送機に搭乗する直前で遠くから歓声が響くと共に、私の全身を強烈な悲しみが突き抜けた。
一瞬、花の香りがした。
じんわりと、頭にあった温もりが消える。
嘘だと思いたかった。
重傷ながら間に合ったAceさんが来て、きっと後からひょっこり彼が顔を出してくれるって信じていた。
強くて優しい、お兄ちゃん。
そんな彼を犠牲にしてしまったのなら、私は尚さら立ち止まれない。
だから。
「……私は、向き合うんだ」
逃げてはならない。
ミーシャさんを救えなかった、その未来と希望を奪ってしまった罪を背負う。
かつてこの苦しさに苛まれたレイクァトムさんが、盾として守り、剣として私の為に切り開いた先の道なのだから……。
おまけ
クロージャ「君さ、アーミヤには普通だよね」
レイクァトム「む、そうか?」
クロージャ「何ていうか、ちゃんと良いお兄さんって感じ。あれならあたしも他の人も嫌じゃないと思うけど」
レイクァトム「……すまぬ、姫」
クロージャ「ん?」
レイクァトム「流石に全人類を妹のように愛でるのはちょっと……む、安心せよ。姫は妹だとしても興奮しながら全力で愛せる自信が」
クロージャ「助けてケルシー!!」