好きと言わせてくれない   作:布団は友達

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残された者たち

 

 

 

 

 side:Ace

 

 

「――ゼェ……ゼェ……」

 

 そこは地獄だった。

 遭遇した感染者組織レユニオンを束ねる暴君タルラの業火に巻かれ、退路も無く包囲された状況下に畳み掛ける天災。

 もう仲間は皆先に逝った。

 片腕と盾も失い、もう俺に残された時間もない。

 眼前でタルラが腕を静かに上げる。

 その掌中から街を半壊させ、仲間諸共に鋼鉄すら融解させた炎が吹き荒び、俺にも終わりを告げるのだろう。

 アーミヤ達の為にも、まだ時間が必要だというのに。

 

「さらばだ」

 

 ああ、避けられないだろうな。

 だが、ロドスのエリートオペレーターってのは最後まで命を賭けて任務を遂行する覚悟の持ち主が背負う責務だ。

 無駄と知りながら、俺は渾身の力でハンマーを振りかぶる。

 同時に灼熱が放たれ――。

 

 

「――ふ、なんと涼しき火か」

 

 

 必殺の炎波が切り裂かれる。

 豁然と開けた向こう側には微かに瞠目するタルラ。

 そして、ヤツと俺の間に幽鬼のような男が佇んでいた。

 

「Lycoris……」

 

「すまぬAce。露払いが済んだ故、遅れながら参戦する」

 

 先んじて脱出ポイントの偵察を行っていたLycorisが武器を回しながらこちらに振り向く。

 炎を切り裂いた得物。

 長柄の先に長剣ほどの刃渡りをした大きな穂先の槍だ。握り込んだ箇所から赤黒い霧が湧いて武器全体を包むようにとぐろを巻いて循環している。

 

「俺は……いい。あんたも撤退、しろ」

 

「案ずるな。そなたを救抜しに参った手前、己の命まで取り零すような愚を演じるつもりは無い。……『霊骸布』」

 

『Ace様、を、連れて、離脱』

 

 俺の傍にふわりと一つの影が舞う。

 頭から布を被ったような人型のそれが俺を肩に担いだ。

 

「何者だ」

 

「この臭い……そなた怪態な気配をしているな。どちらが本当のそなただ?」

 

「……」

 

 タルラが目を細める。

 空気がより一層重く、乾いていく。

 Lycorisの言葉は、暴君の何か琴線に触れたようだ。警戒の雰囲気が俺の時と比ではない。

 リーダーの変化を察知してか、隣に顔を連ねていた幹部たちも一斉に攻撃の構えを取る。

 

「やめろ、Lycoris……」

 

「なに。殿下を守らんと驟雨が如き斬舞で一日我を半殺しにしたテレシスの猛攻に比すれば、暴君程度の火なぞ他愛ないもな熱ゥッ!!……いかん、裾が燃えておったわ」

 

「……」

 

 慌てて裾を叩いて火を消している。

 

「うむ、見なかった事にして」

 

「おいおい……」

 

「まあ、冗談はさておき。先に帰任したなら、我が姫にそなたのLycorisめっちゃイカした活躍してたから結婚してやれ、と一言添えてくれ。……ではな、また会お――ッ!?」

 

 言葉を止めてLycorisが槍を振るう。

 目の前で火花が散り、一瞬の後に横から背後の瓦礫の山を穿つ暴風が突き抜けた。

 何かが轟然と通過した跡は、地面が大きく抉れて車道ほどの幅の道となっていた。Lycorisの前で屈曲している事で、それが攻撃だったのだと理解する。

 見間違いでなければ、あれは巨戟による投擲。

 一体誰が……。

 その正体は推し量るより先に、レユニオンの集団の後方から一際目を引く巨躯で地面を踏み鳴らしながら現れた。

 

「この、臭い……師の同朋、か」

 

「これは……感謝する。行け、Ace」

 

「だめだLycoris、アレと全員を相手取……!」

 

 警告するよりも先にLycorisの布人形が俺を担いで、先刻の攻撃により生まれた瓦礫の山のトンネルへと駆けていく。

 離れていくLycorisの後ろ姿に叫ぼうとしたが、急速に意識が薄れていく。

 暗くなる視界の中、吹き荒れる炎と冷気と殺意に対して独り諸手を広げて構えている。

 

 

「アーミヤを頼むぞ!」

 

 

 そこで、プツリと記憶は途切れた。

 

 

 

 

 

 起きるとベッドの上だった。

 結局、クロージャに伝えるのが限界でそのまま医療オペレーターからの説教中に倒れたんだったかな。

 夢の余韻で気分が悪い。

 あの後……意識を取り戻した時には、ロドスにいてLycorisの訃報だけを聞かされた。

 

 アイツ、あんなにカッコつけてたのに。

 

 伝言通りにクロージャとの仲立ちしてやろうかと考えていたのにな。

 勿論、これがLycorisの一方通行なら笑って冗談として流すんだが、ここ2年くらいはクロージャの方も満更でもない反応をしている。

 

『また来たの? 忙しいから帰って』

 

『我が姫、今日も美しい。そんなそなたに折行って相談があるのだが、式でケルシー士爵に祝辞を述べてもらうのは如何か』

 

『やだよ、ちゃんと祝ってくれそうだけどケルシーは小言ばっかりになりそうだし、Whitesmithとかにしようよ……あ、しないから結婚!?』

 

『はうっ。結婚に乗り気……に見せかけて最後に拒否! 上げて落とす、飽きさせてくれぬ愛よ!!』

 

『ホントに帰って!?』

 

 そんな二人の漫才は、ロドス内でも日常の風景だ。

 ScoutとLogosと俺で、そうなった時にはケルシーも大目に見てくれるだろうからスツール滑走大会を復活させて大いに盛り上げようと下らないことを画策した。

 前回、俺はケルシーとアーミヤの到着に恐れて自らレースを捨てた。

 怒られなくて良かったと安堵したが、あの雪辱は未だ胸にあったからだ。

 因みに例の大会でLycorisは予選敗退し。

 

『Scoutよ、そなたが優勝するのだ。決してあのいけ好かんLogos大先生に後れを取るでないぞ!』

 

『分かってるよ兄弟。……でも何でLogosをそんな敵視してんだ』

 

『ヤツの所為で我は十日間も幼児退行する呪いを河谷のバンシーにかけられた! 勘違いして口説いただけで!!』

 

『ぷふっ、ご愁傷さま』

 

 なんて悪足掻きしていたな。

 まあ、後でクロージャがそのScoutに賭けていたと知って暫くガキみたいに拗ねていた。

 

「くくっ……イテテ」

 

 笑うと傷に響く。

 それでも、Lycorisとの記憶は愉快な物ばかりで笑わずにはいられない。

 ……そういえば、Logosとアイツはアーツの講義で論争したりと何かと相性が悪い印象があったが、ある時。

 

『Lycoris。うぬは戦をやめよ』

 

『Logos。そなたまで殿下と同じような事を言う。アーミヤや士爵以外で、最も殿下の遺志を継いでいるのはそなたであり、その忠告となれば何よりも貴重』

 

『……』

 

『だが、大師父に示さねばならん。……それに、我がロドスに戦力で貢献できる時間も少ないのでな。最後まで尽くす所存』

 

『それがうぬを滅ぼすとしても』

 

『応とも。……何処ぞの王子を姫と見紛って手出しした時の難事に勝る悩みでもない』

 

『……ふっ。今もその気があらば吝かでもないぞ』

 

『えっ、無理』

 

『冗談だ、真に受けるでない』

 

『おのれェ……!!』

 

 酒の席での会話だったが、Scoutと俺には理解できない秘密をLogosと共有している……犬猿の仲ではないが、何かあるのだろう。

 俺は枕元に置かれた写真立てを手に取る。

 これはLycorisの遺品整理で俺に譲られた、LogosとScoutと俺とLycorisの集合写真。

 随分と酔っているのか、LogosとLycorisまでもが肩を組んで笑顔だ。

 Lycorisが素顔を晒している写真はこれだけだろう。

 

 あの時の会話……Lycorisは俺たちに伝えていない致命的な傷でも負っていたのだろうか。

 

 もう自分が戦える時間は少ない、そんな含意を匂わせる内容として受け取れる。

 ロドスオペレーターの中でも戦闘に特化したあの男が戦えない理由とは何か。

 もしそうなら、俺はそんな状態の男に殿を任せた事になる。……もう戦線復帰も望めないような俺の、為に。

 

 

「……バカ野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――side:???

 

 

 報告を受け、私はそこへ向かっていた。

 組織幹部に宛てがわれた一室、扉を開いて入れば中央には台座が設えてあった。

 そこに一つの死体が安置されている。

 半分が焼かれた白髪の男だが、両目には深い古傷で生前は目が見えていない事が分かる。

 

「愛に生きた未来の末路か」

 

「…………」

 

 台座の横に立っていた老人が呟いた。

 その表情は布で隠されていて窺い知れないが、声色は深く暗い怒りが滲んでいる。

 損傷は酷いが、死体の身元は判明していた。

 私も知っている仲だ。

 かつて、会ったばかりの我が半身に求婚する奇天烈な男の事は今も記憶の中で謎の存在感を放っている。

 

 男は、老人が弟子として私たちの前に連れ立った時が初対面だった。

 その時、妹を見るや全身を震わせた。

 訝る私と老人の前で、彼女だけが理解したように前へ進み出て男の頬に手を添える。

 

『驚いたわ。こんな事もあるのね』

 

『これは、何という……そなたが殿下。――結婚してください!!』

 

『そう……辛かったわね』

 

『こんな事は初めてだ! 数多ある感動が一つになる感覚。宗主、この感情は何というものだろうか!?』

 

『…………』

 

『いつもみたいに口うるさく教えて宗主!?』

 

 とても喧しい男だった。

 それが今や物言わぬ骸である。

 

 

「やはり、我らの道は一つ」

 

「無論。弟子の末路に報いる準備は整いつつある」

 

「そうか。吾輩も十分に待った……」

 

「その選択の危険性は承知しているのか?」

 

 老人は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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