TSMCの心臓部をIntelへ?元副社長「禁断の移籍」が揺るがす半導体覇権、国家安全保障を揺るがす機密漏洩疑惑の全深層

User avatar placeholder
投稿者: Y Kobayashi
スポンサーリンク

2025年11月20日

半導体業界に激震が走っている。世界最大のファウンドリであるTSMCで長年、研究開発の中枢を担ってきた重鎮、羅唯仁(Wei-Jen Lo)氏が退職からわずか3ヶ月で最大のライバルであるIntelに再就職し、その際にTSMCの次世代プロセス技術に関する大量の機密情報を持ち出した疑いが浮上したのだ。この一件は、単なる企業の機密漏洩事件に留まらない。Intelの復権をかけた国家戦略、台湾の経済安全保障、そして世界の半導体サプライチェーンの未来をも左右しかねない、極めて深刻な事態へと発展している。台湾の検察当局はすでに国家安全保障に関わる問題として捜査を開始しており、業界全体が固唾を飲んでその行方を見守っている。

何が起きたのか:重鎮の退職から疑惑の発覚まで

今回の事件の中心人物である羅唯仁氏は、半導体業界でその名を知られた傑物である。Intelでキャリアをスタートさせた後、TSMCに21年間在籍。技術研究開発のトップとして、TSMCが世界最先端の微細化プロセスを確立する上で中心的な役割を果たしてきた。創業者であるMorris Chang氏からの信頼も厚く、通常67歳とされる定年を大幅に超える75歳までその職務を全うしたことからも、その重要性がうかがえる。

同氏がTSMCを「円満退職」したのは2025年7月のことだ。しかし、業界が驚きをもって迎えたのはそのわずか3ヶ月後、10月末に羅氏が古巣であり、今やTSMCの最大の競合相手であるIntelに「研究開発担当副社長」として復帰したというニュースだった。

この電撃移籍だけでも異例だが、事態をさらに深刻化させたのが、台湾メディア『自由時報』などが報じた機密持ち出し疑惑である。 報道によれば、羅氏は退職直前、上級副社長という自身の職権を利用し、部下に対して2nm(N2)、さらにはその先のA16、A14といったTSMCの将来を担う最先端プロセスに関する技術資料のブリーフィングと大量のコピーを指示したとされる。 当時、最高幹部からの指示であったため、社内のセキュリティチェックが機能しなかった可能性が指摘されている。

この報道を受け、台湾の司法当局は即座に動いた。台湾高等検察署は本件を、容疑者が特定されていない段階で捜査を開始する「他字案」として立件。単なる営業秘密保護法違反に留まらず、台湾の経済安全保障の根幹を揺るがす「国家安全法」違反の可能性も視野に、捜査を進めている。 台湾の経済部長である龔明鑫氏も、本件が「国家安全」「産業全体の利益」「個別企業の利益」の3つのレベルに関わる重大事案であるとの認識を示し、検察当局に全面的に協力する姿勢を明らかにしている。

スポンサーリンク

なぜ「今」、この事件が起きたのか

この事件を正しく理解するためには、現在の半導体業界を取り巻く熾烈な覇権争いと、台湾における半導体技術の特殊な位置づけを理解する必要がある。

1. 王座奪還を狙うIntelの「IDM 2.0」戦略
かつて半導体業界の絶対王者であったIntelは、2010年代後半から微細化プロセス開発で深刻な遅れをとり、TSMCやSamsungに大きく水をあけられた。この苦境を打開すべく、2021年にCEOに復帰したPat Gelsinger氏が打ち出したのが「IDM 2.0」戦略である。自社製品の製造だけでなく、他社からの製造委託を受ける「ファウンドリ事業」を本格化させ、TSMCの牙城に挑むという野心的な計画だ。

Intelはすでに「Intel 18A」プロセスを量産開始しており、2027年には「Intel 14A」のリスク生産を目指すなど、ロードマップ上ではTSMCを猛追している。 しかし、最先端プロセスを安定した高い歩留まりで量産する能力こそがファウンドリ事業の生命線であり、この点においてIntelはTSMCに長年の蓄積で劣ると見られてきた。羅氏のような、TSMCにおける研究開発から量産立ち上げまでの全工程を知り尽くした人物の獲得は、Intelにとって技術ロードマップを現実のものとするための「最後のピース」となりうるのだ。

2. 繰り返される技術流出の歴史:「梁孟松事件」の教訓
半導体業界におけるトップ人材の引き抜きとそれに伴う技術流出は、今回が初めてではない。TSMCにとって最も有名な悪夢は、かつての研究開発トップの一人であった梁孟松氏の事例だ。同氏はTSMCを去った後、韓国Samsungに移籍し、同社のFinFETプロセス技術の確立に貢献。これによりSamsungはTSMCに技術的に肉薄し、Appleのプロセッサ受注をTSMCから一時的に奪うことに成功した。その後、梁氏は中国のファウンドリSMICに移り、中国の半導体国産化を牽引した。

TSMCは梁氏に対して厳しい法的措置を取ったが、一度流出した技術とノウハウを取り戻すことはできない。和碩(Pegatron)の董事長である童子賢氏は今回の事件に対し、「重要なのは個人が去ったのか、それともチーム全体が去ったのかだ」と冷静な見方を示す。 しかし、羅氏が持ち去ったとされる情報がTSMCの未来そのものである2nm以下のプロセスであること、そして移籍先が国家の威信をかけて復活を目指すIntelであることから、梁孟松事件以上のインパクトを持つ可能性が懸念されている。

3. 「国家核心關鍵技術」としての半導体
台湾にとって、半導体産業は単なる一民間企業のビジネスではない。世界のハイテク産業を支える戦略的基盤であり、地政学的な優位性を保つための「シリコンの盾(Silicon Shield)」である。そのため、台湾政府は最先端の半導体技術を「国家核心關鍵技術」に指定し、その国外流出を国家安全保障上の脅威と位置づけている。今回の捜査に「国家安全法」の適用が検討されているのは、このためだ。羅氏の行為がもし事実であれば、それはTSMCという一企業への裏切りに留まらず、台湾という国家そのものに対する重大な侵害行為と見なされるのである。

スポンサーリンク

疑惑の裏にある真の狙いと各社の思惑

今回の事件は、単に「元幹部が機密を盗んでライバルに移籍した」という単純な構図では説明できない、複雑な思惑が絡み合っている。

1. Intelが本当に欲しかったものは何か?

Intelはなぜ、75歳という高齢の羅氏を破格の待遇で迎え入れたのか。その狙いは多層的である。

  • 狙い①:最先端プロセスの「設計図」
    報道によれば、羅氏が持ち出したとされるのはN2、A16、A14といったプロセスの技術資料だ。しかし、一部の専門家は、これらの情報がIntelに直接的な利益をもたらすかについては懐疑的だ。Tom’s Hardwareの記事が指摘するように、TSMCとIntelでは、バックサイドパワーデリバリー(TSMCのA16が採用するSuper Power Rail、Intelの18Aが採用するPowerVia)やリソグラフィ技術(TSMCのA14はLow-NA EUVのマルチパターニング、Intelの14AはHigh-NA EUVを計画)など、技術的なアプローチが大きく異なるため、TSMCの「レシピ」をそのままIntelの「キッチン」で使うことはできない。
  • 狙い②:TSMC流「勝利の方程式」という暗黙知
    しかし、Intelが真に渇望しているのは、個別の技術データ以上に、TSMCが長年かけて培ってきた「量産化のノウハウ」という無形の資産、いわゆる「暗黙知」である可能性が高い。最先端の半導体製造は、設計図通りにやれば誰でも成功するものではない。製造装置の微妙なチューニング、歩留まりを改善するための組織的な文化、サプライヤーとの連携、膨大なデータに基づいた継続的な改善プロセスなど、言語化しにくいノウハウの塊だ。羅氏は、その全てを知る数少ない人物の一人である。彼がIntelの組織に加わり、TSMC流の文化や哲学を注入することこそが、Intelにとって最大の価値を持つのかもしれない。
  • 狙い③:市場と競合への心理的揺さぶり
    TSMCの「心臓部」から最高幹部を引き抜いたという事実は、それ自体が強力なメッセージとなる。これは、Intelが技術開発においてTSMCに追いつき、追い越すという強い意志を内外に示す象徴的な行為だ。TSMCの顧客であるNVIDIAやApple、AMDといった企業に対し、「Intelファウンドリも信頼に足る選択肢である」という印象を与え、TSMCの牙城を心理的な側面から崩す狙いもあるだろう。

2. TSMCが直面する「究極のジレンマ」

一方、被害者とされるTSMCは、極めて難しい舵取りを迫られている。

  • 強硬策の危険性: 相手は単なる競合企業ではない。米国政府がCHIPS法などを通じて巨額の補助金を投じ、国策として支援するIntelである。さらに、TSMCの最大の顧客群はNVIDIAをはじめとする米国企業だ。元TSMCエンジニアで現台北市議の曾獻瑩氏は、IntelにはNVIDIAも出資しており、米国政府の関与もあるため、TSMCが強硬な法的措置を取れば、最大の顧客である米国との関係を損なうリスクがあると指摘する。 下手に事を荒立てれば、米台間の政治問題に発展しかねない。
  • 弱腰の危険性: かといって、何もしなければ社内外に誤ったメッセージを送ることになる。技術流出を容認したと見なされれば、第二、第三の羅唯仁が現れないとも限らない。従業員の士気は低下し、組織の結束が揺らぐ恐れもある。すでに2025年8月には、TSMCのエンジニア3名が2nm技術を盗み出したとして国家安全法違反で起訴される事件も起きており、情報管理体制の甘さを露呈すれば、顧客からの信頼を失いかねない。

3. 業界に渦巻く多様な憶測

この複雑な状況を反映し、業界からは様々な見方が出ている。著名な半導体アナリストである陸行之氏は、自身のFacebookで「これはTSMCがIntelに投資する前に、内部を探るために送り込んだ『先遣部隊』なのではないか」という、まるでスパイ小説のような大胆な仮説まで披露している。 これはさすがに穿った見方だとしても、この事件が単純な善悪二元論では語れない複雑な背景を持っていることを示唆している。

スポンサーリンク

影響と将来展望:誰が笑い、誰が泣くのか

この事件は、関係各社、そして半導体業界全体に長期的な影響を及ぼすだろう。

  • Intelへの影響: 羅氏の加入と、もし事実であれば持ち込まれた機密情報により、Intelの14A以降のプロセス開発が加速する可能性がある。それ以上に、TSMC流の量産ノウハウが組織に根付けば、ファウンドリ事業全体の信頼性と収益性が劇的に向上するかもしれない。これは、Pat Gelsinger CEOが掲げる「5年間で4つのプロセスノード」という目標達成に向けた強力な追い風となる。
  • TSMCへの影響: 短期的にTSMCの技術的優位性が覆される可能性は低い。同社の強みは個人の能力だけでなく、数万人の優秀なエンジニアが織りなす組織力にあるからだ。しかし、中長期的にはIntelとの技術的差が縮まり、価格競争が激化するリスクは否定できない。今回の事件を教訓に、退職する重要人物の管理や情報セキュリティ体制の抜本的な見直しが急務となるだろう。
  • 半導体業界と世界への影響: 最先端技術を持つ人材の価値が改めて認識され、企業間の引き抜き合戦はさらに激化するだろう。同時に、各国政府は技術流出への警戒を強め、国境を越えた技術者の移動に対する規制が強化される可能性がある。これは、グローバルな協業によって発展してきた半導体エコシステムにとって、大きな足かせとなりかねない。消費者にとっては、長期的にはIntelの競争力復活がチップ価格の安定につながる可能性もあるが、米中対立に続く新たな地政学リスクがサプライチェーンを不安定化させる懸念も高まっている。

台湾の「国家安全法」と「国家核心關鍵技術」

今回の事件で焦点となっているのが、台湾の「国家安全法」である。2022年に改正されたこの法律は、中国などを念頭に、台湾の「国家核心關鍵技術」を外国や中国、香港などへ漏洩させることを禁じている。違反した場合、最大で12年の懲役と約4億円に相当する罰金が科される可能性があり、極めて重い罰則が定められている。

「国家核心關鍵技術」とは、台湾の産業競争力や経済発展、国家安全に重大な影響を及ぼす技術を指す。経済部(経済産業省に相当)が専門家委員会で認定し、リストは定期的に見直される。TSMCが保有する世界最先端の半導体製造技術は、この核心技術の筆頭に挙げられており、その漏洩は一企業の損失ではなく、国家の安全保障を揺るがす行為と見なされる。今回の捜査が地方の検察ではなく、国家レベルの事案を扱う高等検察署によって行われているのは、このためである。

半導体三国志の新たな幕開けか

羅唯仁氏のIntel移籍とそれに伴う機密漏洩疑惑は、単なる産業スパイ事件ではない。それは、王座奪還に燃える米国(Intel)と、築き上げた牙城を守ろうとする台湾(TSMC)との間で繰り広げられる、技術覇権をかけた「代理戦争」の様相を呈している。

この事件の帰結は、今後の半導体業界の勢力図を大きく塗り替えるポテンシャルを秘めている。台湾当局による捜査はどこまで真相に迫れるのか。TSMCは国家の威信と実利の間で、どのような法的・経営的判断を下すのか。そしてIntelは、手に入れた「切り札」を活かし、真の復活を遂げることができるのか。

我々が目の当たりにしているのは、一人の技術者のキャリア選択というミクロな事象が、世界のテクノロジー秩序というマクロな構造を揺るがす歴史の転換点なのかもしれない。今後の捜査の進展と各社の動向から、一瞬たりとも目が離せない。


Sources

この記事が面白かったら是非シェアをお願いします!
スポンサーリンク

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
Image placeholder

Y Kobayashi

XenoSpectrum管理人。中学生の時にWindows95を使っていたくらいの年齢。大学では物理を専攻していたこともあり、物理・宇宙関係の話題が得意だが、テクノロジー関係の話題も大好き。最近は半導体関連に特に興味あり、色々と情報を集めている。2児の父であり、健康や教育の話題も最近は収集中。

コメントする


XFacebookThreadsHatenaBlueskyRedditLineCopy Link共有