周囲と比べてここだけ建物の高さが低い(編集部撮影)

マンションやホテルが並ぶ中で異様な雰囲気を放っている(編集部撮影)

友達の田中君の家に保険のセールスに行ったら、田中君のお母さんからすけすけのブラウスで誘惑され、股間を触られたので逃げてきた。危ない、危ない。お母さんはイカせマダムであった──。

東京、秋葉原の裏通りに、上記のようなポエム風「怪文書」を貼り付けた小さな箱を自販機に並べ、売りまくる変な店があるのをご存じだろうか?

箱の中身もポエムの意味も説明は一切なし。質問したくても店員は不在。ひたすら殺風景で廃墟のようなその店は、秋葉原・万世橋のたもと。

昨年春、惜しまれつつも閉店し、すでに解体も済んだアキバのランドマーク「肉の万世・秋葉原本店ビル」(東京都千代田区神田須田町3-21)跡地の真裏にある。

店員はおろか看板も無く、Googleマップ上では「変な自販機コーナー」という、身も蓋もない名前で登録されている。

自爆ドローンの総攻撃を喰らったかのような外観。焼け残った骨組みみたいな建物には多様な自販機がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、ここにしかない奇妙なものを売っている。

私の初訪問が2014年。この店の歴史は古く、訪れる何年も前から「変な自販機が沢山ある変な店」の噂だけは耳にしていた。

しかし私は、前々からこの街にあって話題となっていたプリンだのおでんだのを売る自販機の延長線上と思い込み、わざわざ確認に足を伸ばすこともなかった。

ところがその数年後、実物を目の当たりにして衝撃を受けた。自販機で売っていたのが「おでん」でも「プリン」でもなく、狂気をはらんだ「怪文書」だったからである。

怪文書自販機の主は

裏通りの余白に建つボロボロの小さな建物には、大型のものも含め、十数台の自販機が詰め込まれている。

各自販機には、注意書きか独り言か、何とも言い難い文言のテプラがびっしり貼ってある。それだけでも十分異常だが、客は自販機と自販機の隙間のような、すれ違うのも難儀する細い通路を移動しなければならない。

ポップコーンやおみくじなど、いろいろな自販機が所狭しと並んでいる(筆者撮影)

ポップコーンやおみくじなど、いろいろな自販機が所狭しと並んでいる(筆者撮影)

びっしりテプラで注意書きだらけの自販機(2014年、筆者撮影)

びっしりテプラで注意書きだらけの自販機(2014年、筆者撮影)

おでん、やきとり、すっぽんドリンク、ボールまで(編集部撮影)

おでん、やきとり、すっぽんドリンク、ボールまで(編集部撮影)

ドリンク(赤まむしやすっぽん)をはじめ、ポップコーン、避妊具、菓子なども売られているが、メインは厳重に包装された「ミステリー・ボックス」。

ショーケースには、小さな字でびっしりと怪文書の記された箱が並んでいる。実物を見ればわかるが、ひとつとして同じ文章はない。

怪文書はトランプ大統領や日本の福祉政策を語る政治ネタもあれば、エロ小説風、怪談風と箱によってばらばら。一貫性はなく、ただひたすら不気味だ。

ずらりと並んだ怪文書ボックス(筆者撮影)

怪文書ボックスの価格は、850円、990円、1700円などさまざま(筆者撮影)

謎の黒電話、お値段100万円(筆者撮影)

謎の黒電話、お値段100万円(筆者撮影)

解説する者もなく、謎は謎のまま。アキバの珍スポットとして知る人ぞ知る存在だったが、10年ほど前からウェブニュース等で頻繁に紹介されるようになった。

何を隠そう私も当時、この店の紹介記事を書いた記憶がある。

その時の私もそうだが、この店を紹介したメディアのほとんどは、「コワい、キモい、エグい」というステレオタイプの反応に終わり、それ以上深い話はこれまで一切、表に出て来なかった。

店に置き手紙をするなど、いくつかの手段で怪文書の主にコンタクトを試みるも反応はなく、箱を買って店の紹介することくらいしかできなかった。

しかし、それから10年近く経った昨年、自販機コーナーを訪れた知人が偶然、オーナーのK氏(仮名)と遭遇。仲良くなった縁で、K氏を紹介してくれた。

これまで何度もメディアで紹介された自販機コーナーだが、K氏自身が取材を受けたことはなく、本人にその気も無い。そんなK氏が質問に答えてくれたのは、ひとえに仲介者の尽力によるものだった。

どうしても欲しかったアキバの土地

「もともと土地を見て歩くのが趣味で、暇さえあれば不動産見て回ってたの。それで2000年ごろかな、この土地が売りに出たのを知ったわけ」

問題の土地は、秋葉原の端っこ。万世橋の脇にそびえる「肉の万世・本店ビル」の真裏、三叉路に面した12.5坪の狭小地だった。

道を挟んだ隣は肉の万世本店跡地(編集部撮影)

道を挟んだ隣は肉の万世本店跡地(編集部撮影)

昭和の時代、神田から秋葉原にかけての一帯は、紳士服の仕立てや生地、ボタン等を扱う個人経営の店が多かった。今でもその名残りを感じられるが、売りに出ていた土地の上にも、スーツの裏地を商う小さな店があった。

「その生地屋さん、上モノのボロ家を借りて店をやってたんだけど、頑として立ち退いてくれなくてね。結局、そのときは僕も買わなかったの」

しかしK氏、アキバの土地が諦めきれず、交渉後も定期的にパトロールを続けていた。それからしばらく後、問題の土地は別の人物に売却されたが、新たに何かが建つこともなく、3年ばかり放置された。そして、あるとき突然、再び売りに出た。

「僕、ずっと見守ってたのよ。土地を買ったのは目黒のお金持ちなんだけど、結局寝かしただけ。ただ唯一、立ち退きを渋った生地屋を追い出してくれたんだよね。そのぶん値段は上がったけど、チャンスと思って言い値で買うことにしたのよ」

当時の買値は4300万円。生地屋だった2階建ての木造ボロ家(10円)が付いてきたが、購入当時(2003年)ですでに築50年オーバー。

耐震基準も何もない時代に作られたすかすかの建物は、辛うじて家の形を保っているだけの状態。業者に頼む金も無いK氏は、連日軽トラックでアキバに通い、筋交いだの金具だの、DIYで補強を入れまくった(東日本大震災にも耐えた)。

DIYでコツコツ補強した天井(筆者撮影)

DIYでコツコツ補強した天井(筆者撮影)

「資金不足で建て替えもできないし、車1台ギリギリ入る大きさだったから、とりあえず1階の壁を壊して(ボロ家の)屋根付きコインパーキングにしたの」

以前、自販機ビジネスの覚えがあったK氏は、パーキングの空きスペースに数台の自販機を置くことにした。これが「自販機コーナー」の始まりである。

初めは当たり障りない商品を売っていたそうだが、すぐに方針を変更。パーキング開始から2年後には、件の怪文書ボックスを売り始めていた。

「あれはね、なんとなくひらめいたの。ドリンクなんか売ったって大して儲からないし、人と同じことやっちゃダメって言うのが僕の信条だから」

ごちゃごちゃして、いかがわしくて、変わり者が集まる秋葉原で注目を浴びるには、よほどの事をするしかない。

「箱を紙で包んで、テプラで印刷した文章を貼り付けて。でもそれだと手間も金もかかるから、テプラはやめて、今の形にしたの。文章もひとつひとつ変えて、時事ネタも入れるし、電車で隣に座った人のことも書くし、1日中そのことばっかり考えてるんだから」

自販機をチェックするK氏(筆者撮影)

自販機をチェックするK氏(筆者撮影)

箱は1つ残らずK氏のハンドメイド。文章を考え、執筆して、印刷したものを箱に貼り付け、出来上がった箱を秋葉原に運び、毎日補充するのもすべてK氏がやっている。

SNS等で「値段が高い」と言われることもあるが、365日、ほぼ休みなくこの作業をこなすK氏の身になって考えてみてほしい。

そんな怪文書自販機は、電気街に集まるマニアたちの口コミでうっすら広まり、次第にメディアが目をつけ始める。

「ネットで盛り上がるようになったのは最近で、昔はテレビだったね。NHKのブラタモリも来たよ。ポップコーン自販機の横に『ポップコーンは弾いてもいいけど、拳銃は弾かないで』って書いといたら連絡が来てね。私にも出ろってオファー来たけど、出ませんよ。撮りたいなら勝手に撮れって」

介護地獄から辿り着いた「自販機」

東京都足立区出身のK氏。ごく普通の家庭に育ち、普通に就職して、平凡な生活を楽しんでいた。

ところがそんなある日、祖母が倒れたことで人生が激変する。

「うちの大黒柱は母なんだけど、そのころ母が忙しくて介護まで手が回らなくて、僕が手伝うことになったの。それで辛うじてなんとかやってたんだけど、そのうち母まで倒れちゃってね……」

祖母と母が要介護となったK氏は迷いに迷った末、会社を退職。30そこそこにしてダブル介護という茨の道を歩み始める。

介護保険という制度すら無い暗黒の時代。情報も助けも皆無のなか、K氏は自らの身を削りながら、食事、排泄、入浴に日々の散歩。おまけに話し相手まで、身の回りの世話に奔走した。

怪文書の中には母への思いを語るものも(編集部撮影)

怪文書の中には母への思いを語るものも(編集部撮影)

「祖母の介護が11年。母親が26年。最後は2人とも自宅で看取りましたけどね。当然、普通の仕事なんかしてられないから、介護と並行してできる仕事を考えて、たどり着いたのが自販機だったの」

手始めに、足立区内に母が持っていた小さな土地に自販機を設置した。ドリンク自販機を始め、当時出たばかりだったアンパンの自販機など、入れては替え、試行錯誤の連続だった。

ようやく手応えを感じたのが、お金を入れると自動調理されるポップコーンの自販機。当時は目新しかったのか、これが良く売れた。

「その会社とは今も付き合いがあるけど、うちが1番古いんじゃないかな? アダルトの自販機も儲かったね。特に90年代はびっくりするほど売れて、最盛期は10台くらい持ってました」

ぐずる母親をデイサービスに送り出し、その隙に自販機を回って商品を補充する。こんな生活をなんと20数年間も続けた。

どれだけキツくても従業員は雇わない。補充も仕入れも売上の回収もすべて自分でやる。それがK氏のポリシーだった。

厄介な人々

パッと見、ラクそうに思える自販機ビジネスだが、日々のメンテには手間もかかるし、人に言えない苦労もある。

幸い、盗難などの深刻なトラブルは無いというが、有名になる前から招かれざる客の訪問はあった。

最初の遭遇は15年前。突然売上が減った原因を調べたところ、夜間、店で寝起きするホームレスの存在が浮上した。

「なんで分かったかって? そいつが中でおしっこしてたんだよ。掃除しても臭いが取れないし、これはホントに参った」

そのホームレスにキレて作った看板(編集部撮影)

そのホームレスにキレて作った看板(編集部撮影)

夜は屋根のある自販機コーナーの通路で寝そべり、昼は万世橋でギターを弾いていたというその男。説得しても一向に店から離れようとせず、1カ月あまり経ったある日、ついにK氏がキレた。

「頭に来てね。朝方、そいつが寝てるところに水ぶっかけて、奴の荷物を神田川に投げ込んじゃったのよ。まだ40手前で僕より全然若いのに、寝る場所が無えなら区役所で相談しろつってね」

やっと消えたとホッとしたら、今度はもっと若い30代の男が出現。日に何度も店に来るその男には、通路の奥や自販機の裏など、あらゆる目立たぬスキマに拾い集めた段ボールを隠すという習性があった。

「見かけは普通の男の子なのよ。大事そうに持ってる肩掛けバッグの中を見せてもらったら、剥き出しのパンの耳がぎっしり入ってるの。この子も役所に行けって追い出したけど、今もこのへん歩いてると、年イチくらいでバッタリ出くわすよ」

しばらくすると店の知名度が上がり、K氏が商品補充に来る頻度も上がったため、店内で寝たりする者は流石にいなくなった。

「多い日は30個くらい売れるようになったね。全部手作りだから楽じゃないよ」

怪文書を執筆する手間はあるが、製造原価はほぼかからず、人件費も自分ひとり。ある意味、画期的な商売かもしれない。

そんな自販機コーナーの客層は近年大きく変わり、最近はいつ訪ねても大勢の外国人観光客が箱を買いまくっている。

お土産にするのか、大量購入する外国人も珍しくない(筆者撮影)

お土産にするのか、大量購入する外国人も珍しくない(筆者撮影)

来日した海外の有名インフルエンサーが怪文書をネタに写真や動画をアップしまくったお陰で、いまや日本より海外で注目されるように……。

怪文書が何語で書いてあろうと、スマホのカメラで秒速翻訳できる時代。いろんな国から人が来ては、店の写真や動画を撮影、それが拡散して新しい客が続々とやって来る。

「補充してたらインドネシア人の女の子が話しかけてきて。国に帰って真似したいからやり方教えてくれって、頼まれたこともあるよ」

何億積まれても、手放すつもりは毛頭ない

冒頭でも触れた通り、自販機コーナーの向かいには、かつて「肉の万世・本店ビル」だった広大な土地がある。

跡地には地上13階建て・141室のホテルが作られる計画で、2030年にオープン予定。年間5万人の利用者を見込んでいるという。

店の向かいでは最新鋭ホテルが建設中(編集部撮影)

店の向かいでは最新鋭ホテルが建設中(編集部撮影)

万世ビル建て替えに伴い、寂れかけていた万世橋エリアにも注目が集まった。K氏のところにも買収オファーが幾度となくあったそうだが、例え目の前に何億積まれても、K氏にこの店を手放すつもりは毛頭ない。

「ホテルが完成したら1番近い観光スポットはうちでしょう。客室の窓は全部うちの店に面してるし、ホテルを出たら目の前がうちの自販機なんだから」

そう言って、鼻息荒くこちらを見たK氏。

「うちだってこのままじゃ終わらないよ。狭い土地だけど、10階くらいのビルは建つんだから。1階から3階に怪文書の自販機を入れて、上は全部ホテルにするのもいいな……。でも、ホテルにすると僕がシーツ交換やらなきゃいかんし、そんな暇も無いんだよなあ……」

常温自販機にかける執念(筆者撮影)

常温自販機にかける執念(筆者撮影)

こうと決めた信条はとことん貫くK氏。常人は10階建てのホテルをひとりぼっちで回そうと思わないが、常人がしないことに手を出しまくって成功を掴んだ人生。介護を極めたK氏なら、不可能を可能にできるのかもしれない。

(クーロン黒沢)