浮遊城に生きた者へ感謝を込めて。


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作:あおい安室
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閃光は闇夜に包まれた森で男と出会う。


前回が割ときれいに終わってる感じがしましたけど、一応続く予定です。
SAO二次杯終了までの毎日0時に更新予定ですのでお付き合いいただければ幸いです。


 

 2023年6月XX日

 

 油断した。油断してしまった。自分の力に自惚れていたのだ。

 

 意見と方向性の違いから別れたあの黒衣の剣士を笑えない。一時はどこかのギルドに身を置いていたようだが、今のギルドに彼の姿はない。相変わらず一人で戦っているのだろう。

 

 敗者に死を与える浮遊城を一人で生きていくことはどれだけ危険なことか、誰かと共に戦うことがどれだけ安全で、どれほど安心できることか。新人入団者にそういった講義をしたばかりの自分が、自分の力を過信してこのザマだ。闇に包まれた森の中で孤独な死を待つことになるなんて。

 

 片手には剣。片手には非常用の転移結晶。それで街へ戻ろうとしたが駄目だった、どうやらこの森は結晶使用禁止空間らしい。この森の設計者は悪趣味なことだ。

 

 ……左足が痺れる。先ほどゴーレムに潰されてしまった足は、膝から先が欠損していた。

 

 この状況でソードスキルを発動させてゴーレムを倒せたのは我ながらよくやったものだ。薄い笑みを浮かべながら、涙がこぼれるのを感じる。ああ、怖い。怖い、怖い。死ぬのが、怖い。

 

 

 そういえば、前にもこんなことがあった。

 

 

 あれは去年の12月、第一層の迷宮区に潜っていた。一人でいくつもの化け物を葬り、いくつもの剣を使い潰しながら生きていた。そしていつの日か燃え尽きる流星のように死にたかった。

 

「……キ、リト…………」

 

 つぶやく声は闇夜に溶けていく。あの頃の私を見つけてくれた彼の姿はここにはない。彼が今どこで何をしているのか、私にはわからないけれど。同じ奇跡が二度おきるはずがない。

 

 指を振る。呼び出したウィンドウをぼんやりと操作する。アイテムボックスには回復アイテムは何一つ残ってはおらず、ダンジョンからメッセージを送ることはできない。それでも何か手はないかといじりながら、毒で少しずつ減少していく体力ゲージが赤くなった。危険領域だ。

 

 後悔する気持ちもわいてこない私はもう燃え尽きているのかもしれない。情けない自分にあきれて瞳を閉じたその時。枝が折れる音が聞こえた。

 

「っ……!」

 

 耳を澄ませる。虫の鳴き声や風で木々が揺れる音に交じってかすかに意思のある音が聞こえた。人間か、モンスターか。聞き耳スキルがあれば聞き分けられたかもしれないが、判断はつかない。

 

 モンスターなら殺される。人間なら、プレイヤーなら助けてもらえるかもしれない。だけど、こんなところに来るプレイヤーは果たしてまともな人物なのだろうか。アインクラッドの各地に隠れ潜んでいるオレンジプレイヤーかもしれない。あまりよろしくない賭けだ。だけど……

 

 

「誰か!誰かいますか!?助けて!助けて!!」

 

 

 やらないよりはずっといい。生きられる方に賭けてやる。助けを求める声に足音の主は反応してくれるだろう。同時に周囲に隠れ潜んでいるモンスターが気づく可能性もある。

 非常に危険な賭けだが……果たしてどう出るか。足音は近づいてくる。それがモンスターだったとしても最後まで抵抗してやる。失った足が再生するにはまだ時間はかかる。座り込んだまま、不格好だが剣を構えて足音が聞こえる方向に向かって構えた。

 

 ザク、ザク、ザク。足音が少しずつ大きくなってくる。

 

 ザクザク、ザクザク、ザクザク。足音がかなり近くなってきた。

 

 ザクザクザク、ザクザクザク、ザクザクザク。……足音が、かなり近い。

 

 なのに……足音の主が全く見えない。暗い夜であるとはいえ姿が見えないのはおかしい。先ほどまで聞こえた足音は幻聴か、勘違いだったのか。戸惑っている私の前に答えが現れる。

 

 目の前の空間が揺らぎ、黒いローブに身を包んだナニカがそこにいた。

 

 腕どころか足元まですっぽりと覆う大きなローブはナニカの姿を完全に包み込んでおり、夜間ということもあってそのナニカは闇を具現化した物体のように見える。なんだ、アレは。モンスターか?プレイヤーか?どちらにせよ得体の知れないナニカは私の心に恐怖心を植え付ける。

 

 剣を握る手の震えを必死に抑えながらナニカを観察していると、それは周囲を見渡して何かを探している様子だった。た、多分……プレイヤーだろう、うん。

 

「あ、あの……ここ、です。私が、助けを呼びました」

 

 剣を下ろしながら呼びかけるとナニカはこちらに気づいたようだ。そして、ソレがこちらを向いたことでようやくナニカの顔が見えた。

 

 

 

 

 見えてしまった。

 

「いっ……」

 

 それは。人間の顔じゃない。

 

「いやっ……いやっ……」

 

 髑髏。髑髏の顔だ。髑髏が私を見つめている。

 

「いやああぁぁぁぁーーーっ!!!」 

 

 髑髏の奥に輝いている赤色の瞳が、私を狂わせる。

 

 取り落としかけた剣を握り直し、とっさに発動させたソードスキルを髑髏に叩き込む!

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 白い閃光は髑髏にあっさりとかわされた。ソードスキルの発動は止まり、片足だけの私はそのまま地面へ放り出された。落下の衝撃で手放してしまった剣はナニカの足元に転がった。

 

 ここまでか。あきらめかけたその時、ナニカが口を開いた。

 

「――落ち着け。落ち着いてくれ、お嬢さん」

 

 ナニカは私に優しく語り掛ける。両手をひらひらと振って何も持っていないことをアピールすると、ゆっくりと腰へ手を伸ばして一本の筒を手に取った。それを振り回すと筒の中に炎が灯った。

 ランタンだろう。以前プレイヤーメイドでそんな品があったのを見たことがある。

 

「……んん?待て。待て待て、待ってくれ」

 

 炎で互いの顔が照らされる。ナニカには私の顔が見えて、私には髑髏の奥に人の体があるのが見えた。髑髏は仮面だった。ナニカが髑髏の額を抑えている。その姿に困惑混じりに見つめていると、頭上にグリーンのカーソルが見えた。ナニカはモンスターではない。プレイヤーだ。

 

「なぜ君がここにいる?」

 

 落ち着いて観察してみれば髑髏の仮面は見覚えのあるモノだった。模様こそ異なるが親友がかつて身に着けていた仮面と同型の装備品。

 

「わ、私を知ってるの?もしかして、あなた……ミト?」

 

「ミート?私は肉じゃない。すまないが人違いだ」

 

 ナニカが仮面を外す。仮面の下から現れたのは、記憶に焼き付いている薄紫色の髪をした男性の顔ではなかったが、どこか似ている老け方の老人だった。老人はちらりと私の足元を見つめる。

 これを。比較的即効性のあるポーションだ。私が足を失くしていることに気づいた老人が差し出したポーションを受け取ると、一息に飲み干した。5秒もしないうちに体力ゲージの回復が始まり、毒も回復した。失くした足も再生したことでようやく立ち上がることができる。

 

「……先ほどは襲い掛かってしまい申し訳ありませんでした」

 

「謝らなくていい。あの姿はモンスターに似ていると友人のにも言われたばかりだ。それよりも私が気になっているのはあんただ、お嬢さん。攻略組のアスナだろう?」

 

「え、ええ。攻略組のアスナです。ご存じなんですか?」

 

「あんたは私みたいなエンジョイ組からしてみれば超がつく有名人だからな。私みたいな一般人でも情報屋が発行する新聞で何度か姿を見たことがある。お会いできて光栄だ、閃光のアスナさん」

 

「閃光……もうその名前が知れ渡ってるのね。相変わらずアルゴさんは仕事が速いわ」

 

 頭を抱える私を見て苦笑する老人だったが、急に表情を消して口元を塞ぎ周囲を見渡す。なにかはわからないが私もそれを真似して口を塞ぐ。老人の耳がピクピク揺れている。アルゴさんから聞き耳スキルの熟練度が高いと耳が揺れることがある、と聞いたのを思い出す。

 

「東方向から足音が近づいてきている、索敵スキル等と併用して距離は推定100m。足音の大きさと間隔から考えるに森のヌシである大猿型モンスターだろう。この辺りを練り歩く習性がある」

 

「あの猿ですか。ちょっと前までやりあってたから覚えてます」

 

「ならヌシの脅威も知っているな?逃げるぞ、戦って勝てる相手ではない。この森の安全地帯は把握しているから誘導してやれる。お嬢さん、隠蔽スキルは持っているか?」

 

「ごめんなさい、持ってません」

 

「わかった。ならこのローブを使ってくれ。スキルを持ってなくてもないよりはマシだ」

 

 老人が身に着けていたローブがアイテム譲渡機能でこちらに渡される。SAOの世界では装備品の大きさはプレイヤーに合わせてある程度調整されるが、それでも大きすぎるのがこの装備の特徴らしい。血盟騎士団の紅白の装備をすっぽりと覆い隠すどころか足先にまでかかっている。

 

「こいつは夜間に装備すると潜伏バフを付けてくれるんだが、見ての通りデカすぎるから移動する時には難儀する。下手すると足元の布を踏んでバタン、だ」

 

「でしょうね。すり足で移動した方がいいかしら」

 

「いい判断だ、それで移動してくれ。ここのモンスターは主に聴覚と視覚でこちらを探している。どちらも意識して動けばごまかせる程度だ、慎重にやれば大丈夫。君ならやれるだろう」

 

 新規に出現させた黒いマントを胸元まで覆うと老人は歩き始めた。足音を消す装備やスキルを使用しているからか私よりも軽快に進もうとしたが、離れすぎる前に手を掴んだ。

 

「あの、待ってください」

 

「なんだ。襲った件についてまだ謝りたいのなら後にしてくれ。時間はないぞ」

 

「……名前、教えてもらえませんか」

 

「ん?言ってなかったか?」

 

「言ってないです」

 

「そうだったか?」

 

「そうですよ」

 

「そうなのか。やれやれ、ワシャ本当にだめらしいな」

 

 老人は頭をかくとウィンドウを操作して私にパーティ申請を飛ばす。案内してもらうなら確かに同じパーティにいた方がいい。それも忘れてたのだろうか?目を逸らされた。忘れていたのね。

 

「ええ、これで大丈夫です。それじゃ、案内をお願いします。ゴローさん」

 

 パーティになったことで表示された体力バーから彼の名前を読む。意外と平凡な名前だった。

 

「ゴローさん、はやめてくれ。むずがゆい。ゴロー爺さんがいい」

 

「ふふっ、わかりましたゴロー爺さん。行きましょう」

 

 老人は頷くとランタンを振る。炎が消えて辺りが闇に包まれた。

 

 


 

 

 SAOの世界ではダンジョン内にいくらか安全地帯が設定されている。特定の色のモノに囲まれているのがその証拠で、ここはどうやらヒカリゴケがモノらしい。昼間とは別の光景だ。

 

「……っ!くそっ、指に刺さった」

 

 老人は裁縫スキルでチクチクと破損した黒いローブを修理していたが、なかなかうまくいっていない様子だ。熟練度が装備ランクに追い付いていないのだろう。

 

 彼が私の前に突然姿を現したからくりは『隠蔽スキル』だ。名前の通り姿を隠すスキルであり、プレイヤーには一見透明になっているように見える。対策効果を持つスキルを使うか、誰かが使用者をしばらく注視するかのどちらかでスキルは解除される。

 今修理している黒いローブには夜間限定で隠蔽度を高める効果がついており、声の主を発見できなかった老人がスキルを解除するまで私には老人の姿が見えなかった、ということだ。

 

「私がやりましょうか?裁縫スキルなら育てています」

 

「メインスキルではないが、攻略組より熟練度は優っている自信がある。大丈夫だ」

 

「私、540くらいです」

 

「なっ……くそっ、負けた。487。どうしてそんなに高いんだ?」

 

「自分の使う装備は少しでも自分でメンテナンスしておきたいので、それなりに使う機会があるんです。ローブの修理は任せてください。道具、お借りしますね」

 

 私が使っていたローブの耐久度は残り3割といったところ。残り耐久度がやけに少ないのは、このローブが特殊なアイテムだからだ。装着者の隠蔽スキル熟練度を900前後まで引き上げる効果を持つ代わりに装備中常に耐久度が減る。熟練度が低いと消耗はかなり激しくなる。

 

 老人は元々の熟練度が高いらしいが、私はスキルすらない。故に精々10分程度の使用時間にもかかわらずかなりの耐久度が失われたのだ。そんな代物を貸してくれたことに感謝している。

 

 修理道具の残りは少ないがやれるだけやってみよう。彼には迷惑をかけている。

 

「この縫い目は……こうね。ここで肩の縫い目とつながるから縫い方を変えましょう」

 

「ほほう、手慣れてるな。いい手付きだ」

 

「ありがとうございます。団長の手袋を手入れした時のことを思い出すなぁ。あれも高ランクな品だから修理難易度が高くて……」

 

「ヒースクリフの?黒の剣士のコートオブミッドナイトは直さないのか?」

 

「……なんで私がアレの面倒を見ないといけないの?」

 

 狂いかけた指先を理性で押しとどめて正しい軌道へ修正する。思いもよらない名前が老人から出てきて驚いた。一般人の間ではまだ私とキリトがコンビを組んでることになっているのだろうか。

 

「いや、私の中では君とキリトは二人でセットだったからな。気を悪くしたなら謝罪する」

 

「そうですか。ゴロー爺さんみたいな人たちには私たちってどう見られてるんですか?」

 

「攻略組のWエースだ。ビーターとも呼ばれるキリトはやや人気は低いが、二人のコンビ解散はなかなか話題になっていた。なんなら解散理由が一部ではゴシップ感覚で話題になっていたか」

 

「へえー……参考程度に聞いても?」

 

「LAアイテムの取り合いになった、攻略方針の不一致、キリトが浮気したかアスナの着替えを覗いた、アスナがヒースクリフに一目ぼれしたとかそんな感じだった」

 

「ゴロー爺さんは?」

 

「どうせ浮気だろ。あいつの周りはどうも女っ気が多くて妬ましい……はっ」

 

「大丈夫ですよ。怒ってませんから」

 

 慌てる老人に微笑みを返した。むしろそれには同意する。なぜか、なぜか彼の周りには女性が集まることが多い。あるいは女性から好感情を向けられていることが多かった。私が彼に恋愛的な感情を向けているつもりはないが目の前でデレデレされるのはあまり気分がいいものではない。

 

「っ、針が折れました。もう一本ありますか?」

 

「あるにはあるが最後の一本だぞ……折ってないよな?」

 

「折ってません。彼に対して特に何も思うことはありません」

 

「あー……キリトが原因で折った、とは言ってないが」

 

「なにか?」

 

「……私が悪かった、すまない」

 

 わかってもらえたのならそれでいいのです。さあ、あと少しで修理完了だ。

 

 

 

 

「話題を変えよう。私もお嬢さんもこの森には目的があってきた。そうだな?」

 

「んっ、そうですね。この森に夜限定かつ少人数パーティで挑めるボスがいるのはご存じですよね」

 

「さっきの猿か。あいつに用事があるということはクエストか?だが、何かのクエストのキーになっている話は聞かないぞ」

 

「まだ見つかったばかりのクエストですから。あのボスを倒すとドロップする毛皮を最前線の村にいる職人に渡すといい額のコルがもらえます」

 

「なるほど。コル稼ぎにここに来たと?」

 

「そういうことです。友人がちょっとお金が必要な状況でして、力になりたいんですが流石にギルドを動かすわけには行きませんので」

 

「だから君一人というわけか……なるほど、なるほど。もうそんな時期か。だけどこの森の複雑さは計算にいれてなかったな?」

 

「仰る通りです。どれだけ歩き回っても出口にたどり着けなくて。違う道を通っているはずなのに、同じ道をぐるぐる回っているような気がします。」

 

「当たりだ。やみくもに動き回ったらいつまでたっても出られやしない」

 

 予想が当たっていたことに項垂れた。老人曰く、同じエリアで一分以上待機していると付近のエリアとのつながりがめちゃくちゃになるらしい。突破するためには特殊なアイテムの準備かマップの法則を把握する、最悪の場合は特定方角へ進み続けてマップ端へ到達するといったところか。

 

「なんていやらしいダンジョンなのかしら……おかげで回復アイテムを使い切るまで消耗する羽目になりましたし……このことは内緒にしてもらえませんか?」

 

「攻略組がこんなミスをしでかした、となればあまりいい評判ではないな。あー……うん、わかった。私の口からは絶対に言わない」

 

 なにか歯切れが悪いが、本当に大丈夫だろうか。

 

「そういえば、ボスの皮が欲しいって話だったな。実は二、三枚ほど皮のストックはある。最近は新商品も売れて懐も温かいし、譲ってやってもいいぞ」

 

「えっ?持ってるんですか」

 

「こいつだろう」

 

 老人が紺色の毛皮を取り出す。触っても?いいみたいだ。撫でると非常にサラサラした感触があるが、力を込めると途端に毛が固くなる。間違いない、これは本物だ。

 

「ゴロー爺さん、これをどうやって手に入れたんですか?先程は戦って勝てる相手ではない、と言ってましたよね」

 

「そいつには企業秘密、ってやつだ。こう見えても下層じゃちょいと名の知れた職人だからな、とだけ言っておこう」

 

 なるほど。職人プレイヤーの元に素材を持ち込んだプレイヤーがいるのだろう。

 この毛皮は何かに使えそうに見えて、少なくとも裁縫スキルを用いたアイテム作成には使えなかった。ゴミ素材として安くゴロー爺さんに売りさばいた、というあたりか。

 

「うーん……お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「交渉成立だな。実はこの毛皮結構重たくてアイテム重量上限枠を圧迫するんだ。早いところ処分したかった」

 

「宿屋に預ければいいのでは?」

 

「あー……そのー……うむ、その通りだな……」

 

「忘れてたんですか」

 

「……はい」

 

「意外とうっかりさんなんですね」

 

「やかましい幽霊恐怖症」

 

「――っ!?そ、そんなことありませんあの血盟騎士団が幽霊が怖いわけないでしょう何を言ってるんですかお爺さん!?」

 

「ング、ング……ふはーっ。コーヒーがうまいな」

 

「ご、ごまかさないでください!聞いてるんですか!?」

 

 

 

 

「……ふー、あと一息ね。ところでゴロー爺さんは何が目的でここに来たんですか?」

 

「こっちもクエストだ。この森の最深部でNPCが私を待っている。この森でしか取れない薬草を用いて作られた薬をもらうことが目的だがレベルが合わなくて苦労してるよ」

 

「レベル合ってないんですか?」

 

「合ってない。確か安全マージンのレベルは階層+10だったと思うが、私のレベルは階層より5くらい低いし武器の熟練度もそんなに高くない。300くらいだったかな」

 

「き、危険ですよそれは!隠密スキルを使いこなして戦闘を避ければここまで来れたみたいですけど、そんな能力じゃたった一度の戦いで命の危機と隣り合わせですよ!?」

 

「わかってる。友人にもこっぴどく言われた。だがそれでもやらねばならないんだ」

 

 ローブの修理は終わったか、と視線で聞いてきた。手は作業を終えて少し前から止まっていた。修理は終わっている、けれどこれを渡せば老人は再びダンジョンへと潜るのだろう。

 

「……あー、放してくれないか?そいつがないときついんだ」

 

「ダメです。攻略組として、死にに行く人は止めさせてもらいます」

 

「こちらも譲れない用事がある。薬がないとエヴァが、家族が死ぬ」

 

「家族が、死ぬ?家族もこのSAOの世界にいるんですか?でも、そんなレアアイテムみたいなものが治療に必要な状態異常なんて聞いたことない……。どういうことなんですか?」

 

「私の家族はNPCだ。そして、そういう状態異常がプレイヤーにはなくともNPCにはあるんだ。私と共に旅をしてきたNPCが病気で倒れている。正直言って予断を許さない状況だ」

 

「え、NPCって……NPCが家族なんですか?あれはただのデータですよ?」

 

「家族だよ。私にとって大切な家族なんだ。リアルの私には、ゴローには、吾郎には。もう誰もいない」

 

 我ながら失礼なことを言った自覚はある。それでも老人は微笑んで私を許すと、ローブを奪い取った。その拍子に小さな紙箱が零れ落ちる。紙箱に印字された文字はゴロワーズ。この文章は見覚えがある。確か父も同じものを持っていたはずだ。これは……

 

「……煙草、吸ってるんですか」

 

「一応、な……父が吸っていた。ああ、現実での父親だ。三十年くらい前に肺がんで亡くなったバカな親父だが、煙草を美味そうに吸う男だった」

 

「子供や、奥さんは?」

 

「そんなものとは縁が遠い生活を送ってきた。生まれつき不器用な男でね、仕事一筋で何年何十年と生きてきて、気が付けば周りには誰もいなかったよ。友人も数えるほどだ」

 

 老人はローブからもう一つ小さな箱を取り出した。マッチ箱だ。煙草を一本咥えると慣れた手つきでマッチの火をともした。煙草独特の匂いに目をしかめていると、私の手に何かを握らせた。

 

 ロケットペンダント。中に写真を入れるものだ。

 

 紫混じりの黒い金属製のソレを開くとセピア色の写真が現れた。どこかの階層で結晶工学という技術が研究されていたのを思い出す。確かその層の主街区で写真を撮ってもらえたはずだ。物珍しさに親友と共に撮影を依頼したらセピア色の写真が返ってきて笑った記憶がある。

 

 写真に写っている2人は誰も笑ってはいない。二人の人間が焚火を囲んでいるだけの不格好な写真。焚火の横に煙草を咥えている老人、その背後に直立不動の鎧騎士が立っている。

 

「妙な騎士だよ。とあるクエストで馬車ごとついてきたんだが、馬車の操縦はしてくれるし護衛もしてくれるが無口なところが如何にもNPCらしいやつだ。最近は大剣を持たせたら狂戦士じみた戦いをしていたこともあった。ちょうどさっきのお嬢さんみたいだったか」

 

「あ、あれは……本当にすみませんでした」

 

「少しからかっただけだ、悪い。そんなこいつだが歌がうまい。不器用なハミングで眠る手助けをしてくれるし、それを褒めれば頭もかく。相変わらず言葉は発しないNPCだから意思疎通は難儀してるが、それでも私にとっては大切な人で……家族のような存在に思えている」

 

 言葉は言わないが、おかえり、と言ってくれるんだ。遠いところを見つめながら、煙草の匂いを漂わせながら話した老人の言葉を「ただの勘違いだ」と否定することはできなかった。

 おかえり。そんな言葉を言われたのは一体いつが最後だっただろうか。SAOに捕らわれてから一年近く経とうとしているが、それ以前から私と家族の仲はやや冷え込んでいたように思える。老人はまだ喋っている。釣竿を握らせたら武器と勘違いした、料理をさせたらどうもおかしな辛さのものばかりできる、鎧を脱がせようとしたら抵抗されて気が付くと床の上で眠らされていた、だの。

 

 

 老人が語る思い出に並ぶ思い出を、私はどれだけ持っているのだろう。

 

 

 私ではないどこかを見つめながら思い出を語り続ける彼の姿に呆れ交じりの声が出た。

 

「……うらやましいな」

 

「だというのにこの忙しい時に病気で倒れたんだ。治療には特殊クエストの――ん?なんだって?」

 

「うらやましい。ただのNPCにそこまで入れ込めるあなたがうらやましいと思っただけです」

 

「なんだ、嫉妬してるのか。男にフラれたもんなぁ、あんた」

 

「フラれてません。フったんです」

 

「そうかそうか」

 

 楽しそうに笑う老人をにらみつけると、その拍子に灰となった煙草の先端が落ちた。そろそろいいだろう、とぼやいた彼はマッチ箱と煙草を差し出す。吸わないんですが。

 

「お嬢さんは吸わないだろうがここでは役に立つのさ。火が小さいからモンスターにも気づかれにくいし、煙の量が多いから風の流れを可視化しやすい。それを使って風が吹いてくる方向に向かえばここを出られる。ダンジョンを出れば転移結晶は使える、それで帰ってほしい」

 

「嫌です。お断りします」

 

「ダメだ。ここのヌシ相手にはさすがの閃光のアスナでも無理だろう」

 

「あなたはヌシ以前に雑魚相手でも厳しいはずです」

 

「隠蔽スキルがある。大丈夫だ」

 

「それでも万が一ということがあります」

 

 ですから。鞘から細剣を抜く。突然の戦闘行動に驚く老人を尻目に安全地帯の入り口に立つ。

 

 

「閃光の剣を護衛にいかかですか?雑魚相手に逃走時間を稼ぐくらいはできますよ」

 

 

 老人は笑う。カラカラ、カラカラと。その拍子に残り少ない煙草を飲み込んでしまい大きくむせる姿に慌てるが、大丈夫だ、と静止される。せき込みながら老人はウィンドウを操作する。またしてもアイテムが私に送られてきた。これはいったい――?

 

「さっきまで私が使っていた黒マントだ。こいつもこいつで隠蔽効果が少しぐらいはある。耐久度が少ないローブを使わせてやれんがせめてこっちを使え、いいな?閃光ちゃん?」

 

「せ、閃光ちゃん!?」

 

「やれやれ。黒の剣士のお姫様を危険な目にあわせて後で何と言われることか。あ、これはデートみたいなものか?よし、後であいつに自慢してやろう。どんな顔をするかな、楽しみだ」

 

「ちょ、ちょっと!?どうしてそこでキリト、じゃない、黒の剣士の名前が出るんですか!!」

 

 あなた一体彼とどういう関係なんですか!?問い詰める私の言葉を背に彼は歩きだす。

 

 

「友達だ!私にとってキリトさんは最高の友人だよ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 203X年4月10日 

 

「それで、薬のクエストはどうなったの?」

 

「無事に最深部で薬を受け取って、帰りも戦闘一切なしで脱出できたよ。ゴロー爺さんは隠蔽も索敵もハイレベルで、あれに並べるのは情報屋のアルゴさんくらいじゃないかな」

 

「アルゴ?えっと……ああ、帆坂のアルゴさんね。最近は向こうよりもこっちでの付き合いが多いから、とっさに名前が出てこなかったわ。で、どうしたのその顔。コーヒー苦かった?」

 

「嫌なことを思い出してちょっとね。ゴロー爺さんは馬車で生活してたんだけど、森の入り口にそれを停車させてたのよ。そこに鎧のNPCがいるとは聞いてたんだけど、まさか……」

 

「アルゴさんでもいたの?」

 

「……アルゴさんとキリトくんがいたのよ」

 

「ええっ?キリトもいたの?」

 

「ゴロー爺さんがキリトくんを馬車の護衛として呼んだけど、キリトくんもお爺さんが一人でダンジョンに潜るのは反対だったのよ。でも隠蔽スキルがいまいちで置いてかれたから、急遽アルゴさんを呼びつけてお爺さんを追いかけさせようとしてたところに私たちは帰ってきたのよ」

 

「なるほどね。ってことは一人でダンジョン潜って死にかけたこともバレたんじゃないの?」

 

「うん、バレちゃった。ゴロー爺さんは「黙秘権を行使する!」とか言って黙っていてくれたけど、キリトくんもアルゴさんも鋭いからね。内緒にするって言ってたお爺さんが歯切れが悪かったのはそういうことだったのよ。もう、あの人は本当に意地悪なんだから」

 

「そのお爺さん結構な曲者ね。私も一度会ってみたいけれど……」

 

「……見つからないの。あれから十年以上経ったけど、私もキリトくんも、SAO生還者のお爺さんには会うどころか手がかりすらつかめてない。ねえ、この前頼んだ彼氏さんの調査はどうだった?」

 

「あれ彼氏じゃないから。友達よ、とーもーだーち。調査はボチボチみたい。いろんな病院で当時の情報をそれとなく聞いてくれてるけど、当時から約三十年前に父親を亡くした老人プレイヤーは見つからない。そもそもあれがちゃんとコミュニケーション取れてるのが信じられないけど」

 

「「あの時の朝田さんみたいに、誰かに手を差し伸べられる人になりたい」とか言って心理カウンセラーになったんだっけ。ちゃんと取れてると思うけど」

 

「ふん、どうだか。この前も電話してみれば「アサダサンアサダサンアサダサン……」ってうるさいんだけど。また着信拒否にしてやろうかしら、あれは本当に反省してるのか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ゴロー爺さん。あのコートまたボロボロになっちゃいましたけど、よかったら私の友達に見せてみませんか?高ランク品の防具でも整備できるプレイヤーがいるんですよ」

 

「友達?リズベットか?」

 

「どうしてそこでリズの名前が出るんですか。彼女鍛冶士ですから布製品は専門外ですし、友達だって言いましたっけ?」

 

「えっ?あー、昔から腕がいいプレイヤー鍛冶屋としてその筋で名が知れてる。あんたとよく会ってることも噂になってるよ。むさくるしい職人街に可憐な花が二つってな」

 

「う、噂になってるのね……今後は気を付けないと、ってそうじゃなくて。友達のミトが最近裁縫系スキルに凝ってて近いうちに仕立て屋を始めるかも、なんて言ってて実力は確かですよ」

 

「ミト、ミト、ね。誰だったかな?まあいい、頼めるか。修理してほしいが駄目なら別の防具にリメイクしてほしい。値段は応相談だが四十万まで出す、と伝えてくれ」

 

「予定が付いたら連絡入れますね。お望みなら黒の剣士そっくりのコートにしましょうか?コートオブノワール、なんてどうです?」

 

「ほほう、そいつは最高じゃないか。検討してもらってくれ」

 

「えっ、本気なんですか」

 

「本気だが?どうした、まさかお嬢さんもお揃いで黒い格好したくなったのか?いいじゃないか、キリアスコンビ復活は漆黒の装い!いいな、かっこいいぞぉ」

 

「なんでそうなるんですか。ゴロー爺さん、私と黒の剣士が絡むとどうも変なこと言いますよね。そんなに私と彼をくっつけたいんですか?」

 

「くっつけたい。二人はお似合いのコンビだからな。世界一だ」

 

「えっ……あっ、もしかして酔ってます?お酒の飲み比べしてましたよね。アルゴさんもキリ……ん、んん!黒の剣士も酔い潰しちゃってるし……樽一個空にするとかおかしいでしょ」

 

「カッカッカッカ。おう、酔ってる。最高の気分だ。あの閃光のアスナに酌してもらってるんだからな。こんな経験は一生ないだろうなぁ、いい思い出になるだろうなぁ。ヒッヒッヒッヒヒヒヒ」

 

「笑い方が怖いんですけど。お酒の飲みすぎは体によくないですよ」

 

「とは言うがな……これからどれだけ生きられるかわからん体だから、好きにさせてくれよ」

 

「……ゴロー爺さん。もしかして……すごく年上なんですか?」

 

「あん?」

 

「リアルのことを聞くのはご法度なのは承知していますが、どれだけ生きられるかわからない、なんて言葉を聞くとお爺さんはもう……寿命が近いんじゃないか、なんて考えてしまったんです」

 

「いや、そこまで老けちゃいないぞ。そうさな、えーっと……うん、今の閃光ちゃんは学生くらいだろうし、そこに六十くらい足したら今の私の年齢になるだろうよ」

 

「また閃光ちゃんって言った。なんなんですかそれ。今の私に60足して……となるとお爺さん80手前ぐらいですか」

 

「アラエイトだな。っておい!それまだ飲みかけなんだが!」

 

「十分若いじゃないですか!70代ならまだまだ生きられる年齢ですよ!飲みすぎです、没収!」

 

「えええええ……攻略の鬼は老人にも厳しいのか……」

 

 

 

 

 

私はあの城に生きることを許された。とある男の夢を飛び続ける城に。

 

だからこそ。あの空に輝いた『閃光』を見てみたかったんだ。

 

キリト。おまえのそばで輝く光は眩しいな。燃え尽きない流星のようだ、なんてな。

 

 

あの光を少しだけ独り占め出来たあの夜は、おまえに自慢できる思い出さ。

 

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