アイズがイアンを見た時に覚えたのは『懐かしさ』だった
惨劇の跡地でイアンと出会った時、アイズは彼に遥か昔日の『英雄』を見ていた
対峙しただけでひしひしと感じ取れる程の存在感
その中でも隠しきれていなかった彼の優しい雰囲気から少女はイアンに自身の過去と無意識に重ねていた
『いつか、お前だけの英雄に会えるといいな。』
誰にでも笑顔を運ぶ優しい風のような人
母にアイズは憧憬を抱いていた、母に憧れ、2人について行こうと必死だった
だからこそ、イアンを初めて見た時、彼女の心は初恋に気づいた少女のような清純さを取り戻しかけていた
「やっと・・・やっと現れたと思ったのに!」
アイズは激怒した、イアンが【ロキ・ファミリア】の、オラリオの敵として暴虐の限りを尽くしたと知った時、少女は必ずイアンを除かねばならぬと決意した
懐かしい風の匂いと、父親のような圧倒的な強さを持つ彼に少女は今まで抱くことのなかった知らない気持ちを抱いていた
だからこそ許せなかった。汚したくない遠い記憶を鮮血と、どす黒い悪意で塗りつぶされるようなそんな感覚をアイズは感じていた
そしてアイズは、イアンを何よりも恨み始めた
フィンたちの敵として、そして何より遠い記憶を汚されるような、悪意の塊として
いつしか、イアンへの感情は全て憎しみと怒りへと変化して行ったのだ
「【
アイズを中心に風が渦巻いていく
アイズがつかう風属性の
「見つけた、このまま・・・突っ込む!」
直線距離にして約200メドル。半壊した家屋が立ち並ぶ道を歩いているところをアイズは見留めた
「最大出力!」
風がさらに激しさを増していく
道に散らばった瓦礫は粉々に砕かれ、更に風によって吹き飛ばされる
もう彼女を止められるものは誰もいない。親代わりのリヴェリアでさえ今のアイズには追いつくことは叶わない。
「【
緑色の風はいつの間にか黒く変色していき、エアリアルを纏ったアイズは更に加速していく
主神からの助言?から叫ぶことにしている技名とともにアイズはイアンに高速の突きを繰り出した
「・・・!?アイズs・・・ちぃっ!」
激突まで約100メドル。アイズの突撃に一瞬驚くも、直ぐにいつもの顔に戻すも、すぐにいらだちが見え、回避体制に移る
ギリギリで躱されたアイズはそのまま壁に激突して停止する
「私が・・・あなたを倒す!」
激突の反動で多少ふらつきながらも立ち上がり、すぐさま剣をかまえる
「おいおい、既にフラフラじゃねえか。それにお前は・・・廃工場で出会った。アイズ・・・と言ったか?」
イアンもまた状況把握の後に、ロングナイフを抜き、臨戦態勢に入る
「【
対話など必要ないと言わんばかりに強引に風をまといながら連続でイアンをきりつけていくアイズ
それをイアンは何処吹く風とでも言わんばかりにアイズのエアリアルをものともせずに淡々と弾いていく
「私の前から消えて!」
怒りと憎しみに任せたただけの『技』も『駆け引き』も存在しない剣戟はイアンにはかすりもしない
それでもアイズは我武者羅に剣を振り続ける
「お前の風は確かに便利だ、
独り言のように呟き始めたイアンの言葉に半分耳を傾けながらも攻撃の手を休めないアイズ
「だが、お前の技はその剣だろ。その技を鍛えないでどうする。」
「・・・???」
まさか敵に塩を送られるとは思わなかったのかアイズは突如ピタリと停止する。しかし、いまいち理解出来ていないのか頭上に疑問符が浮いている
「いいか、その風はあくまでお前を強化するための風だ。どんなにその風が強くたって敵は倒せない。そこまでは分かるな?」
「おー。確かに!」
ただの独り言から始まったイアンの指導にアイズは恨みも忘れてすっかり聴き入ってしまう
「どんなに最強の防具や武器を持ってたって中身がポンコツだと宝の持ち腐れってもんだ。分かるか?」
「ふむふむ。」
この時点でアイズの敵意は完全に消えていた。元々互いをよく知らぬ上での対立。剣を混じえた事でアイズの中で何かが変化したのかもしれない
「だからお前は剣を磨くんだな。そしたらその風もより使いこなせるようになる。」
「ありがとうございました?」
いつの間にかレッスンへと変わっていた戦闘に、アイズの謝礼で区切りが着く
「・・・はっ!違う。私はあいつを倒しに来たんだ。このまま敵の策略にのせられる所だった・・・」
落ち着いたことで冷静になれたのか、本来の目的を思い出したアイズも最初のような憎悪は消えていた
「お兄さん、よくわかんないけど多分良い人。闇派閥の人達とは全然違う。」
「何を言っている?俺はイアン、お前らの敵だぞ?」
「うん。それは知ってる、でも全然違う。」
「うーん、やりずれぇなぁ。」
先程までドンパチやり合っていたふたりとは思えないほどの空気の変わりようにイアンはたじろぐ
「で、どうする?やり直す?」
「やる。・・・でも一つ聞いてもいーい?」
「なんだ。」
「どうして闇派閥にいるの?」
「・・・いや、誤魔化しても無駄だな。そうだな、お前が俺に一太刀入れられたら教えてやらんこともない。」
「約束。破ったら針千本だからね。」
「誰から教わったんだ・・・」
「リヴェリアから。」
「そっか。・・・でもごめんな。」
「あぐっ。」
イアンがアイズの隙をつき、背後に回って手刀を当てることで気絶させる
「これで良し・・・と。保護者は子供から目を離すなよ。」
「アイズから離れろ。」
疾風のごとき速さで飛び出して行ったアイズを追いかけてきたリヴェリアがようやく追いついてきた
「安心しろ、幼子に手を上げるほど落ちぶれちゃいねぇよ。」
「分からんな、お前たちは闇派閥の仲間なのだろう?それなのに不可解な行動が多すぎる。今のアイズにしろ、【アストレア・ファミリア】にしろ。お前の目的は一体なんだ。」
「それを聞いてどうするつもりだ?たとえ何を返したところでお前たちと俺の関係など変わらないだろう?」
「深い意味は無い。アイズがあそこまで人に入れ込むのは初めてなのでな、少し気になっただけだ。」
「俺の目的なんて知る必要は無い。もし、俺の真意に気づくような日が来るとしたらそれは、俺の目的が失敗した時だけだ、」
「ますます訳が分からん。」
「さっきお前は俺を闇派閥の仲間だと言ったが、少し語弊がある。確かに俺は闇派閥側の人間だが、仲間では無い。あくまで協力しているだけだ。仲間などと一括りにされるのは心外だな。」
「お前たちは闇派閥ではないのか?」
「おっと、お喋りはここまでのようだ。」
「おい待て、話はまだ!」
「なんだ、既に貴様がいたのか。私が向かうまでもなかったな。それはそれとして・・・何度目だエルフ。」
奥の通路からアルフィアが姿を現す
「今回に関しては貴様から来たのだろう!」
「そう雑音を立てるなよエルフ。それと、何人たりとも立ち入らせるなと、神の達しだ。しばらく神の『娯楽』に付き合ってもらうぞ。」
「それは構わないがさすがに過剰では?」
「ならばどこかへ立ち去れ、私は今目の前の雑音を無くさねば気が済まない。」
「ハイハイ、わかりましたよ。」
「おい待て話は終わってない!」
「これ以上余計な雑音を立てるなエルフ。」
二人の間を抜け、イアンは1人、アイズが飛んできた道を1人、駆け抜けて行った