正義冒険譚


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作:現魅 永純
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正義冒険⑧


 

 

 

 

 

「【勇者(ブレイバー)】、何故ここに?」

「何故とは酷いなぁ……五日間くらいリヴィラの街から行ったり来たりを繰り返してたから、厳密には僕の方が先にここに居たんだけどね」

「…………」

「ンー、何か思い当たる節があるのかな? 【静寂】」

「いや、なに。ロキ・ファミリアの団長ともあろう者が随分と長くファミリアを空けるのを許されたなと思っただけだ」

「ロイマンから直接依頼されたら、流石にね。ほら、ちょうど君たちアストレア・ファミリアの遠征開始日にあっただろう? 地震。ああ、アルフィアはダンジョン内に居たんだっけ?」

「……分かっているのならば直接言えば良いだろう?」

「ン? 何がだい?」

 

 

 リューの問いに【勇者(ブレイバー)】───フィンは苦笑気味に返し、視線の先をアルフィアへと向ける。黙るアルフィアに今度はフィンが笑顔で問い掛け、やりとりを続けた。

 ニコニコと笑顔で、だが淡々とした声音。その小さな身体から発せられるとは思えない圧に、アルフィアでさえたじろいだ。

 

 

「私が原因だ。申し訳な───」

「アッハハ、ごめんごめん。別に謝らせるつもりはないよ。寧ろ感謝してる。こうして羽を伸ばしてダンジョン探索なんて滅多に出来ないからね」

「……」

 

 

 この野郎、とでも言いたげな表情でフィンを見るアルフィア。そんな視線をものともせずに受け流すフィン。かつての彼らの闘いを見た事のあるリューは一触即発の気配に緊張が走る。

 咄嗟に話題を転換する様に、リューは再び問い掛けた。

 

 

「五日もの間、ファミリアを空けて大丈夫ですか?」

「基本的な対処はヴァレッタに任せてあるよ。彼女が悪巧みしない様にリヴェリアも見張っているしね。……不思議とリヴェリアの前だと大人しいんだよね、彼女。何でかな」

「リヴァリア様の御威光には逆らえぬのでしょう。王族故の威厳……流石です」

「そういうのじゃないんだよなぁ」

 

 

 胸を張って手を当て誇る様に告げるリュー。それに対して、小綺麗になったヴァレッタの姿と腕を組むリヴェリアを思い浮かべながら再び苦笑気味に笑うフィン。アレを威厳というか、『母の圧』と言うか。

 弛緩する空気の中で、フィンは視線をベルへと向けた。

 

 

「ロキ・ファミリアはレベル7を二人抱えている。そのどちらでも無い者……レベル6の僕が団長を務めるのって、意外と肩身が狭くてね」

「……そういう玉か、貴様は。()()()7()()()()()()()()()()()()()()()

「厄介だなぁ、ヘラ・ファミリアに居たが故のその観察眼」

 

 

 アビリティ問題の資格までならば分かる。だが表には出ない上位経験値という面を観測するのは不可能に近い。可能なのは成した偉業をその目に映す事。

 それを可能とするアルフィアの、かつて最強派閥に所属していたが故の勘に呆れ果てる様子でフィンは呟いた。

 

 

「……事実である、と? ならば何故あなたはレベル7へとランクアップしていないのですか?」

「ただの意地だね」

「意地、ですか」

「そう。アイズが示した限界突破のアビリティ。彼女がレベル5へと至った時の速さから推測するけど……かの英雄は、()()()()()()()()()()()()。今のアイズの様にね」

 

 

 ステイタスの推測。既に居ない者であるし、追及ではなく推測だから規則違反には当たらないものの、他者のステイタスの憶測を行うフィンに思わずリューは眉を寄せる。

 「英雄の正体を探るつもりはないよ」と示すように手を振り、フィンは続きを紡いだ。

 

 

「レベル5初期のアイズと、レベル5初期と報告された英雄の速さは、本来ならばアイズの方が上回る筈だった。ところが実際に観ている僕からすると、明らかに英雄の方が速かったんだよ。例のスキルは関係なくね」

 

 

 リューは英雄の過去のステイタスは知らない。そもそもの話として、未来から来たと言う彼の話に詳しくない。主神であるアストレアは多少聞き及んでいるだろうが、少なくとも眷属の彼女達は英雄の事は知っていても、英雄の“事情”には詳しくなかった。

 故にそれが事実であれ、フィンのただの妄想であれ、真実を確かめる手段はない。リューの意外そうな表情を見たフィンは、探るのは本当にここで止めだと一泊置いて話を戻す。

 

 

「……まあこの観点で必要なのは、英雄がアビリティの限界を突破していたと言う事実そのものだよ。アイズと同じ様なスキルを持っているにせよ、Sが限界とされていた壁を突破出来るのは紛れもない事実。だから()は、その壁を破ってみたい」

「珍しいな。そこまで感情を剥き出しにする貴様は」

 

 

 一人称が変わる程の強い想い。拳を握り締めて真剣な表情で語るフィンは、アルフィアの指摘に「おっと」と言葉一つ溢して笑顔へと戻る。

 

 

「前例があるんだ。自分の目指す英雄へと至る為なら、自分の()を超える程度は出来ないとね。それこそ僕がランクアップをしない理由さ。納得したかい?」

「何と言うべきか。貴方は聡明であるのに、クラネルさんと出会ってから、こう……」

「賢い馬鹿という奴だな」

「そ───いえ、その」

「アッハハ、リヴェリアやガレス、それにザルドなんかからも言われたなぁ、その言葉。一族の復興なんて企みがあるんだ。今更な話だろう?」

 

 

 淡々とした笑みとは違う。どこか少年の様な、それこそ『英雄になりたい』と語った少年(英雄)の様に笑うフィンに、違いないとアルフィアは両目を閉じて薄く笑みを浮かべながら頷いた。

 何とか良い空気に戻ったかとリューは一息。だが一つ間が置かれ、一人の少女の叫び声が響き渡る。

 

 

「────フィン様ぁあ! サポーターを置いて突っ走るのは流石に酷くないですか!? というかこっちって闘技場(コロシアム)のある場所……ってぇええ!? 【静寂】!? 【疾風】もいらっしゃる!?」

「団長〜! 勝手に着いて来た私にこの子を任せるって事は承諾って事でいいんですよね!? ふふふ、余計なのが一人いるけど団長と二人でハネムーンダンジョ───って、あら? 【疾風】じゃない」

「え、ええ。どうも。……今日は【大切断(アマゾン)】は一緒じゃないのですね」

「双子だからっていつも一緒って訳じゃないわよ。英雄譚だってティオナが引き摺ってでも連れて行こうとするから聴いてるだけだし」

「……貴方も大変ですね」

「お互いにね。……ってそんな事より団長! 私と一緒のダンジョン探索!」

 

 

 到着すると同時に二人の姿を見て驚愕する、声の主であるフードを深く被った栗色の髪をした、これまたフィンと同じ小人族(パルゥム)の少女。そんな彼女を護衛する様に後から迫るアマゾネスの妄想から帰ってきた後の発言に、リューは問う。

 お互いに労っていたが唐突に叫ぶアマゾネスの言葉に、フィンは苦笑しながら返事をした。

 

 

「ティオネ、僕はリリルカと一緒にリヴィラの街に戻る様に言ったと思うんだけど……」

「私が折角の機会を逃して団長と離れるとでも!?」

「清々しいなぁ……」

「───おいおい、闘技場(コロシアム)の目の前でいつまでも騒がしくすんなよな。あの兎が気を利かせてなけりゃ今頃集中砲火だぞ。……つかあの状況でこっちの対応出来るのかよ。倒し始めた事といい、何を理解したんだアイツ……」

 

 

 倒し続けるベルを目端に近付く、もう一人の小人族(パルゥム)であるライラ。

 フィンは察した。この場に居てはいけない奴だと親指が疼く。震える様な、何か因果関係を思い出させる様な直感。だが避けては通れぬ道かと悟ったフィンは、取り敢えず視線を逸らして返事を返す。

 

 

「そうだね」

「ん? ……ん? おいフィン、このアマゾネスは分かる。フィン大好きラブラブ行動マッハな頭アマゾネスだからな。勝手に着いて来たのは分かる」

「あ?」

「このチビ助はどういう魂胆だ? おい、こっち見ろよ。おいフィン? 最近私への許容距離感(パーソナルスペース)が狭くなって来たと思ったら新しい嫁候補(オンナ)登場かぁ?」

「ち、チビ助とは何ですか! というかリリはフィン様のオンナなんかじゃありませんから! 断じて! 一切! ……ファミリア脱退の手助けは感謝してますが!」

「しかも様子的に随分前からファミリアに所属してるみたいだが、私に隠してたって事だなぁ。ん? 英雄色を好むと言うがハーレム狙いか? おうコラいい御身分じゃねーか勇者様?」

「そういうのじゃないんだけどな……」

「こっち見て言えよオイ」

 

 

 だから知られたくなかったんだよな、と。前世的なアレでそういう関係と結びつかれた瞬間に強気に出られるし、尻に敷かれそうというのは分かっていた。いやまあフィン自身の決断が遅いのもあるが、それにしてもフィンが隙を見せた瞬間にイキイキとするライラに、フィンは思わず眉間に親指を当てた。

 いっそこのまま詠唱して理性を無くしてやろうかと考えを過ぎらせた瞬間、手助けのつもりか───或いはあまり時間をフィン達に取られたくないと言う現れか。ライラのにんまりと悪どい笑みをどうしたものかと頭を悩ませるリューに、アルフィアは声を掛ける。

 

 

「【疾風】、ベルの方はとっくに20を過ぎているぞ。今は……ああ、丁度34体目を倒したところか。直感の会得で大量の脳内麻薬が溢れているからかまだ動けているが、早めに対処せねば未開拓領域の為の体力が残らんぞ?」

「そ、それを早く言って下さい! 私の火力では中心部を破壊するには何度か放つ必要があるのに、まだ一度目の詠唱の開始すら───」

「そら、もう35体目だ」

「〜〜〜〜っ! 【今は遠き森の空───】」

 

 

 予め決めていた筈の、20体を倒したら即座にリューの魔法を発動して地面を破壊し、未開拓領域への道を作る話を無視してフィン達の会話に没頭していた。分かっていたのなら教えろとリューは詰め寄るが、肩を竦めながら次々に告げていく討伐数に時間が勿体無いと判断し、即座に詠唱を開始する。

 アルフィアの言葉に詠唱を開始したリューは、フィン達の会話に気を取られて逸らしていた視線を闘技場(コロシアム)内へと戻す。脳内麻薬のエンドルフィン効果で極限の集中状態に陥っているベルは兎も角として、一方の輝夜に関してはベルの討伐数に気付いていたのか、はよしろやと言わんばかりの形相でリューを睨みつけていた。

 

 輝夜は白兵戦ならばファミリア内随一だが、地面を破壊する程の破壊力に長けた手段は持ち合わせていない。それこそ武器を用意でもすれば可能だろうが、今この場で装備しているのは刀と短剣のみ。火力の頼みはリューだけだ。

 だが叫べばモンスターの量が馬鹿にならない。現時点では技の冴えこそベルよりも勝るものの、流石に反射という部類では敵わない。例えレベル5のステイタスでも数に押されてしまえば殲滅力のない輝夜には致命的。もちろんベルがその辺りはカバーするだろうが、少しでも負担を減らせればという気遣いの現れだ。

 

 だからはよしろ、と。鬼の形相で睨む輝夜に、すまないと身振りで伝えてリューは詠唱を加速させる。事前に音の反響でベルが魔法を打ち込むべき場所を教えていたし、此度の魔法発動は平行詠唱ではない。詠唱のみに集中出来る分、その詠唱速度は普段以上だった。

 

 

「……未開拓領域?」

「ああ。私の勘と、ベルの擦り合わせが行われた結果、この下に未開拓領域が存在すると判断した。元よりこの遠征での目的はベルのダンジョンへの慣れ……だが、ギルドにはそんなの関係あるまい? 本来ならば到達階層を伸ばす事、ダンジョンの未知を解明して欲しいのが本音だ。それを押し切って目標階層を抑えた。ならば、手土産の一つは必要だろう?」

「それで深層の未開拓領域か……。深層のモンスターは一対一ならばレベル3でも相手に出来る。だがその数の多さからステイタスの到達基準はレベル4、アビリティDが基本とされている。パーティーを前提にして、だ。まして闘技場(コロシアム)なんて、感知エリアに入った時点で六層段差の全てのモンスターが反応を示す。レベル5ですら死にかねない」

 

 

 仮にもし、同じように闘技場(コロシアム)を真正面から突入したとして、これがアリーゼやリューならば同じ結果にはならなかっただろう。アリーゼは対一の強さならばファミリア内でも圧倒的であり、リューは汎用性が非常に高い。

 だがここまで数の暴力で押されてしまえば、ベルを気にしながら対処していては保って数分。ベルの直感が完成するまでには恐らく死んでいるだろう。

 

 常に一対一で逃げを心掛けられる把握能力の長けたベルと、白兵戦に優れているが故に対処するだけならば長期行える輝夜だからこそ、このギリギリを制する事が出来ている。

 

 

「攻略手段はあっても、気付かなければ本当に死ねるギリギリだ。愛する義息子(むすこ)にしては随分と厳しいね、アルフィア」

「……ベルの運命力と言えばいいか、幸運と呼ぶべきか」

「……?」

「神曰く、ベルの魂は純真であるらしい。心の底から想いを発した時、“運命”とやらは奴に味方をする」

「一種の恵まれた素質だね」

「だが、()()()()はそれが薄い傾向にある様だ」

「へえ……」

 

 

 リューは闘技場(コロシアム)の入り口から魔法を放つ。距離が遠い。速度と継続を重視して放っている上に、中心部に届くまでに威力は軽減しているだろう。故に放つ魔法は一度では足りない。

 一度目の発動。光玉は入り口から六層段差の接続部を悠々と駆け抜け、五層、四層と颯爽とモンスターの頭上を抜けていく。中心部に到達した光玉は地面へと接着すると同時に暴発。一度の魔法で放たれた()()()()()()()()。本来ならば五十にも届く光を放つ魔法だが、継続性と威力の都合上、リューはこの形状と数が一番望ましいと判断。あまり多くを放ちすぎると、ベルや輝夜でさえも巻き込みかねないからだ。

 

 地面に亀裂が走る。だがまだ足りない。何より亀裂の範囲がまだ狭い。

 放たれている間にリューは再度詠唱を開始しており、魔力の兆候を見せている。

 

 その様子を眺めるアルフィアとフィンは会話を続け、ライラもこの状況では流石に揶揄いはしない。何が起こっているのかとオロオロする栗色の髪の少女───リリルカと、先程頭アマゾネスと種族名を蔑称とする様な発言を受けてライラを睨みつける褐色の少女───ティオネ。

 

 

「発動してない訳ではない。さり気ない日常で舞い降りる幸運は恵そのものだ。しかし、神()()()()曰く。『もう少し()()成長してから堂々と奪い取るわ』との事だ」

「……一応聞くけど、神フレイヤは無事だよね?」

「代わりに【猛者】をボコった」

「オッタル……」

「傷は七箇所ほどつけられたがな。私対策の魔道具があるのだから、諦めて装備すればいいものを……いや、それは置いておこう」

 

 

 神、ましてや最上級の力を持つ美の神を直接攻撃なんて手段を取る筈がない。だがやりかねないから恐る恐る聴いた結果、その眷属の団長をボコったという。代わりで行うスケールが規格外だ。

 再び鳴る魔法の破壊音を耳に、アルフィアは話を続けた。

 

 

「魂は本質を示すもの。ベルの本質が運命へと干渉するものだとするならば……想い(それ)の減少は致命的だ」

「……ああ、なるほど。死地へと追い込む事で、その本質を輝かせている訳だ。けど」

「ああ。あくまで死地に追い込まれた瞬間でしかその輝きは見えない。かの英雄の普段の輝きですら今のベルよりも格段に優ってたとの事だ。つまるところ、継続している想いの強さが違う」

 

 

 41体目───繰り返される直感が更なる加速を齎して、縛りの倍以上の数をベルは屠っている。闘技場(コロシアム)の異質な空気の中で冷静でいられる胆力と、レベル3のステイタスを余す事なく活用出来る強さ。

 詠唱を口ずさんでこまめに魔法の調整を行うベルを見て、先程までライラに詰め寄っていたティオネは思わず呟く。

 

 

「や……っばいわね、あの子。団長が気に掛けるのも分かるかも」

「……ティオネ様、リリの目がおかしくなったのかもしれません。情報が正しければ、アストレア・ファミリアの新人はレベル3だった筈です。白髪紅眼なんてそうそう居ないですし……。なんか、レベル3が闘技場(コロシアム)で無双している様に見えるのですが、幻覚でしょうか?」

「バッチリ現実よ、リリルカ」

 

 

 アルフィアやリューと言った名高い冒険者がいる中で、()()()()()()()()()()()闘技場内に目を向ける事は無かった。しかし一点を見つめる彼女達に釣られてリリも視線を向けて、その光景を漸く目にする。

 今更ながら驚く様子の二人に、フィンはニコニコと笑みに戻りながら問い掛ける。

 

 

「どうだい? 彼がウチのファミリアに欲しいと思ったかい? ちなみに僕は今でも諦めてないつもりだ」

「フィン様ぁッ!? そこにっ、そこに般若がいます! あまり挑発しないで! 都市最強の血筋を都市最強の前で奪う発言はやめて下さい!」

「いえ、私は別に。というかあの子がウチに来たら色々と危ういと思うんですよね。アイズ的な意味で」

「アイズが動詞になってないかい?」

 

 

 アマゾネスの勘は凄いなと、フィンは思わず感心した。彼らの関係は知らない筈なのに修羅場というものに随分と敏感だ。他のアマゾネスならば嬉々として飛び込みかねないが、ティオネは変な所で理性の働く。

 多分この返答は「男の子でも団長は渡さないわ!」の私情が八割を占めているだろうが、アイズ関連で嫌な予感を覚えたのも事実。

 

 ───三度目。巨大な亀裂が地面に奔るのを見たアルフィアは、次の魔法発動で闘技場の中心部が破壊される事を理解する。リューの破壊系統の魔法に限らず、アルフィアの魔力の奔流でも充分だ。

 視線をライラに向けて言葉を発した。

 

 

「【狡鼠(スライル)】、恐らく次の魔法で地面が崩れる。ローヴェル達は……」

「ん、準備完了。あの兎が倒し始め時から荷物は整えてたぜ」

「よし。……【勇者(ブレイバー)】、折角の未開拓領域だ。一緒に来るか?」

「ンー、そうだね。君達と探索するのも一興だ。共にしよう。まあでも───」

 

 

 闘技場(コロシアム)に到着する前は疼いていた親指が、今はピクリとも動かない。未開拓領域の話に至っても尚、だ。

 本来であれば危険地帯の闘技場に反応するのは必然。ともすればそれが消えたのはベルが問題なく倒す光景を目の当たりにし、彼の“音”により入り口付近が保護されているからと理解する。しかし未開拓領域はまた別。少なくとも入り込んだ瞬間はモンスターの対象と化すし、決して安全とは言えないだろう。

 にも関わらず指が反応しないという事は、この指の直感を信じるのなら。

 

 

「ダンジョン探索らしい探索にはならないだろうけど、ね」

 

 

 先程までは少し離れた場所にいたが、間近に来て闘技場(コロシアム)の異質さを再認識した今回のアストレア・ファミリアの遠征メンバーは息を飲む。ベルよりもレベルが一つ上のレベル4さえも、ここには入りたくないと内心で思ってしまう。ましてやその下にある未開拓領域など。

 しかしフィンの発言を聴き、その勘をよく知る者達は構えていた緊張を微かに解き、安堵の溜め息を零した。

 

 

 

「……では行こうか。【福音(ゴスペル)】───サタナス・ヴェーリオン」

 

 

 音の嵐。付与(エンチャント)を解いて放たれたレベル8の短文詠唱による魔法が闘技場(コロシアム)の入り口から三層までの円形を飲み込んでいく。ただの音の嵐。ただの魔力。それが放つ暴力は理不尽の塊で、その場にいる大量のモンスターは一瞬にして塵と化した。

 とは言えここは闘技場(コロシアム)。一定の数までは無限増殖を繰り返すダンジョンの神秘の塊だ。例え倒そうとも直ぐに復活してくるのが当たり前。しかしアルフィアが探索を積み重ね、本気で魔法を放ち続けた末に導き出した答えがある。

 

 ダンジョンは生きた迷宮で、モンスターを生み出す存在だ。ともすれば何かしらの論理(ロジック)はある。例えば人間で言う体力など。

 一体一体の討伐に対して一体を生み出すスピードは決して劣らないだろう。ならば、それが数十を越えれば?

 もしダンジョンが討伐されたことを“認識”し、冒険者を死地に追い詰めんがために“思考”して、“行動”を起こすのであれば。

 

 生み出すための力も、生み出す為の考えも、何もかもが遅れる。ともすれば───。

 

 

「ハハっ、ホント規格外だなぁ……」

 

 

 数十のモンスターを一掃されたその場にて、モンスターは数秒経った現在でも新たに生み出される事はない。

 

 

「ダンジョンに()()を生じさせたのか。本来なら無限湧きを繰り返すダンジョンの一時停止……思考の次元が違う。()()()()()()()()()()()()()

「……フィン様、さっきあのお方の息子を奪うって言ったんですよ?」

「アッハハ」

「ズレと言っても、一分は保たない。行くなら今のうちだ。ローヴェル」

「───はいはーい! 呼ばれて飛び出てじゃじゃーん! さあ皆行くわよ、未開拓の領域へ!」

 

 

 先導は団長の仕事だと言わんばかりにアリーゼの名を呼ぶアルフィアに、彼女は元気よく答える。本来であれば大量のモンスターがいるこの場では愚かしい返答。しかし一掃されたモンスターに動揺を隠せないのか───否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を目の当たりにしているから、普段のアリーゼの感じを表に出しても大丈夫なのだ。

 本来ならば無数の観劇が鳴り響く領域で、異常なまでの()()。響くは冒険者の足音のみ。

 

 

「ここから先は落下直行よ! 全員着地用意! 耐久が不安なら衝撃耐性のフードを巻き付けて!」

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

 三層まで突き進んだ各員を横目に、アルフィアは再び静止しているモンスターに向けて魔法を放つ。中心部まで突き進む魔力の奔流は地面を抉り、亀裂を肥大化させる。広がる傷はダンジョンと言えど容易に直す事は出来ない。

 モンスターの鳴き声はなく、静寂の空間で一際大きい音が鳴り響く。確かな破壊音は地面を崩壊させ、その場の全員は穴へと落ちていく。

 

 

「リリ、行くとは言ってないんですがぁッッ‼︎?」

「ほら暴れない! 大丈夫よ、団長の言葉を信じなさい!」

 

 

 一人、乗り気でない少女の悲鳴を轟かせながら。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「───やっぱり、モンスターがいない」

 

 

 視界の全域に広がる状況。モンスターの居ない、本当の意味で静けさに陥る中で、魔法を発動させたベルの声が響く。

 極限の集中状態は途切れ、脳内麻薬の途切れた身体は地面に膝を着き、そのまま座り込む。だが精神力(マインド)には余裕があるので索敵の為に魔法を発動し、耳に届く音を把握して安堵の溜め息を零した。

 

 

「ベル」

 

 

 後ろから届く声に振り返り、ほっと笑みを浮かべて言葉を発した。

 

 

「おば───」

「警戒を解くのが早い」

「さっ、いぃ〜〜〜ッ!?」

 

 

 力が抜けたまま座り込んでいるから避ける事が出来ない。直感も働かせていないから反応すら許されなかった。頭に叩き込まれた手刀はベルの脳を揺らし、疲れた身体には相当なダメージを与える。

 いつも通りの呼称への罰が九割、発言した内容故が一割だろう。とは言えその一割の内容が致命的なのは確か。ベルは甘んじて攻撃を受け入れ、頭を摩った。

 

 

「幾ら事前に確認してモンスターが居ない可能性が高かったとは言え、視認するまでは警戒を解くな。ダンジョンには気配を消せるモンスターもいる。……まあ、この辺りの深層には居ないがな。精々は姿を消す程度だ。が、それを含めての『イレギュラー』。分かっているな?」

「はい……」

「……まあ、良くやった。実際のところ今回の件は五分五分だ。私にないモノを教える以上、推測で出来るかどうかの判断しかつかない。脱力で完全記憶の反射へと至れるかは正直賭けだった。……お疲れ様だな」

 

 

 自身の手に着けていた手袋を外し、アルフィアはベルの頭を優しく撫でる。こういう“試練”を乗り越えた後のお約束だ。気恥ずかしさを感じながらもベルはふと顔を綻ばせ、片目を瞑りながらその手を受け入れる。

 身を任せて数秒。ほんわかした空気に誰も口出しせずに居たが、アルフィアが手を止めて手袋を装着し直すのと同時にリューが話し掛けた。

 

 

「モンスターの生息しない場所だと気付いていたのですが?」

「ん、ああ。ベルが闘技場(コロシアム)を調べた時に言い淀んだだろう? アレはモンスターの存在を感知できない故の困惑だ。とは言え1匹も居ないとは断言できない。だから伝えるのは止めた。しかし少ないのは間違いない。そうでなくては必要以上の疲労まで戦わせないとも」

「……」

「結果オーライ、などとは言わせんぞ?」

「……そう、ですね。クラネルさん、申し訳ありませんでした。手筈通りに進めば貴方がそこまで疲れる事は無かったでしょう」

「い、いえ! 元々はモンスターに隠れて数えられないかもしれないからって、僕が魔法で合図する決まりだったのに、集中し過ぎて倒す数を数えてなかった僕の落ち度ですから!」

「何か、お詫びが出来れば良いのですが……」

「お詫びだなんてそんな……!」

 

 

 お堅いエルフと、推しに頭を下げさせてなるものかと言わんばかりの少年の頭の下げ合い。リューは立ったまま腰を曲げて謝り、ベルは膝を地面に着けた正座の状態で頭を下げる。

 あーだこーだと謝罪しあう二人に、一人の男の声がその場に響く。

 

 

「お詫びになるかどうかは分からないけど、【疾風】は彼を仲間と認めている事を形にしたら良いんじゃないかな?」

「私はとっくに認めていますが……」

「アハハ、意識の問題じゃなくてさ。性差が原因なのかどうかは知らないけど、君は彼の事を他の団員とは違う呼称で呼んでいるだろう? ま、他の派閥である僕が口出しする事じゃないかもだけどね」

「呼称……呼び名、ですか。まあ確かに。しかしこの程度がお詫びになりますか?」

「それは彼の反応次第じゃないかな?」

 

 

 ニコニコと、いつも通りの笑顔。だがいつもより感情の乗っかったようなそんな笑み。ほんの微かな違いだ、普通ならば気付かない程度。当然リューが気付く筈もなく自然と視線はベルの方へと向く。

 ベルはベルでその発言に思考がフリーズして、「こしょう……コショウ? 故障?」と壊れた機械のように呟きを繰り返していた。

 

 

「……ベル?」

「………………?」

「ベル……。ええ、馴染んでいた呼び名とは違いますが……これはこれで心地の良い呼び方だ」

「? ……っ!? 〜〜〜〜〜ッッ!!?」

「ベル、貴方が宜しければこちらで───ってベル!?」

 

 

 繰り返すように呟かれる名前。かつて英雄の背負ったと鐘の名。たった二文字で紡がれる、落ち着いた声から発せられる名前。

 ベルは誰の名前だろうと数秒硬直。繰り返される呼び名と向けられる視線に場を認識し、自分の名前だと理解を示す。それに至ると同時に驚愕と赤面を露わにして、体が疲れている事も合わさって目を回して倒れ込んでしまった。

 

 湯気を出して倒れ込むベルを咄嗟に支えて頭を膝の上に乗せ、名前を叫びながら意識を取り戻そうと頬を何度か叩くリュー。その様子を見つめてアルフィアは呆れた溜め息を吐き、やがて視線をニコニコと笑っているフィンへと向けた。

 

 

「お前という奴は……」

「ふふっ、アハハッ……やっぱり彼は面白いね、アルフィア。うん、やっぱり暫くは保留だ。どうもアストレア・ファミリアに所属している方が面白い光景を観れるらしい。ちなみに彼のアレは【疾風】限定かい? それとも他のエルフも可能かな? レフィーヤは少々気難しいが、アリシアと会わせるのも良いかもしれないね」

「……義息子(むすこ)の性癖に付けいられる私の気持ちを考えてくれ」

「最高だよね」

「今から貴様の限界突破に付き合ってもいいぞ? ただし耐久しか上がらないと宣告はしてやる」

「へぇ? 残念ながら僕の最低アビリティだから、超えるまでには年単位で必要になりそうだ。いいのかい? 都市最強様がレベル6程度にそこまで時間を掛けて」

 

 

 あっちはコメディ、こっちは一触即発。空気感の全く違う二つの空間に、その場の全員がどうしたものかと思う。アルフィアとフィン以外での最大レベルは5。実力で収められる筈もなく、かと言って言葉で制する事が出来そうなアリーゼはベルの方に寄ってるし、言葉巧みなヴィトーは興味が無いのか眺めているだけ。

 他はおいそれとこの中に入っていく事は出来ないし、ティオネはティオネで「そんな時間使うなら私と一緒にいませんか!?」と空気感前無視で己の欲望を曝け出すだけ。

 

 結局、ベルが起きたのと同時にアルフィアが「そこまで付き合いきれん」と折れて、一度リヴィラの街に戻る事となった。

 

 

 

 





 遠征だけで今までの話数を超えてしまった……。
 実ははっちゃけたフィンさんを書くのがめっちゃ好きです。

-補足説明-

 合間に出すには挿入が難しいと思うのでこちらで。
 リリは経歴上ソーマ・ファミリア育ちではありました。例の暗黒期を英雄譚に塗り替えた後もソーマ・ファミリアは内部事情が多少マシになった程度で元々の神様がアレなんで、結局は脱退のための金策で「英雄なぞクソ喰らえ」と思いながら、盗みを繰り返してました。
 英雄譚があって以降のそれですので、悪い冒険者というのは非常に少なく、ぶっちゃけると悪目立ちして色々なファミリアから目をつけられます。その一つがロキ・ファミリアで、この案件は根源からどうにかせねばならないと判断し、色々あってソーマ・ファミリアを解体しました。
 ソーマ(酒)の効果が切れるまで各員を隔離させ、各々ギルドの案内の下他派閥へと移っています。

 その中でもリリは、盗みの過程に於いて「冒険者を死に追いやる事は決してせずに気付かれず行う」という地頭の良さを買われ、フィンが直接勧誘した次第です。
 ただしその分、絶対安全第一ではあるものの、レベル1のサポーターながら深層を経験させるなどの無茶振りは繰り返されてます。
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