「───では、大体のイレギュラーはベルの対処で済ませたか」
「お陰でイレギュラーらしいイレギュラーは無かったけどね」
「……ふむ、そうか。しかしなるほど。
「え゛っ」
「ベルは自発的に試したい事を試していたか?」
「……た、対処自体はベル君のやり方に任せていたけど」
「ルートの選択は?」
「基本的には音を頼りに、モンスターの既存が少ない場所を。……ねぇ待ってアルフィア、うん、厳しくするのは分かる。神ゼウスと神ヘラの眷属の子供だもんね。初っ端遠征で深層探索の中心人物である
不穏な会話を“魔法”で聴いていたベルは背筋を震わせた。同時に遠い目になり、アストレア・ファミリアの
そんな唐突なベルの表情の変化に気付いたのだろう。リューが声を掛ける。
「どうかしましたか、クラネルさん。……どこかトラウマに怯える様な瞳になっていますが」
「アッ、ハイ」
「……本当にどうしたのですか?」
「いえ、ちょっとリューさん達に甘え過ぎていたというか、何と言いますか……」
「? 甘えたいのなら甘えても良いと思いますが。厳しさだけでは正しき育ちにはなりません。優しきヒューマンである貴方ならば、甘えを知る事も学びの一つになるでしょう」
「ンンっ───」
甘えたいのなら良いんですよ? と、聖母的な表情で頭を撫でる
「いやダメだこれ、本当にダメだ。リューさん達って本当なんか僕に甘過ぎる……」
「……私は少々自覚がありますが、アリーゼや輝夜はそうとも限らないのでは?」
「……? あ、試しの件ですか? ファミリアに順応出来るかどうかって点を考えると、試しは当たり前だと思います。言葉を交わさない連携をするなら、言葉を使わずとも気付くくらいじゃないとダメですし。でもアリーゼさん達って頑なに僕を単身で戦わせないじゃないですか」
「それは、まあ」
連携の方が効率がいいし、何より安全性が高い。ベルの特性もあって唐突なイレギュラーにも対応しやすいし、ベルをサポートに置くというのは普通に考えれば当然の陣形だ。
サポートと言っても戦わない訳ではなく、戦いやすい場を整えている上に、索敵をもこなしているのだ。咄嗟の状況をベルに対応させる為にサポートに置く。これがダメな陣形の筈が無く、実際上手く嵌って過去一の急突進で48階層までに来れたのだから。
だがこれに一つ欠点があるとすれば、このやり方ではベルが然程成長できない事。順応・適応等の慣れは発生してるだろう。だが本人自身の判断能力や経験値になり得る戦闘というのは殆どないと言える。
その点アルフィアの訓練と言えば、
「多分、聴いてれば分かると思うんですけど……」
どこか慌ててる様子でアルフィアに詰め寄るアリーゼと、淡々と話を進めるアルフィアの背中を視界に捉えながら喋るベルを見て、リューの視線も自然とそちらへ向かう。
「今日、僕は死地に放り投げられると思います」
多分あそこだよなぁ、何で気付いたの、と。目的地に大凡の当たりをつけたベルは、光の消えた瞳で膝を抱えて座り込んだ。
「───ベル」
「ひゃいっ」
「聴こえていたな? 詳細は省く、手短に問おう。40階層までで当たりをつけている未開拓領域の数は?」
「……十一箇所ほど」
「ではその中でお前が思う
あっダメだこれやっぱり気付いてる、と。ベルは何とか誤魔化せないものかと思ったが、やはりアルフィアは威力過多になるから試していないだけで、何となくの予想はつけてたのだろう。
ベルがカタカタと身体を震わせる様子を視界の端で捉えつつ、疑問の表情を浮かべながらアルフィアへ問い掛ける。
「それだけで宜しいのですか? 未開拓領域の当たり云々については兎も角として、彼の特性とレベル5一人居れば……長居するならば別として、それほど難易度が高くは」
「輝夜さん、輝夜さんッ、やめて。ほんッッとうにやめてっ。あまり挑発気味にならないで。これ以上難易度が上がったら流石に死ぬ……っ!」
「……? 新種のモンスターがいるにせよ、100幾ばくのモンスターを相手にしない限りは平気でしょう。もしもの場合はベルの魔法があれば戦闘の回避も……」
「
ベルは完全記憶の特性上、ダンジョンの構造の“重ね”が出来る。
単に階層と言っても一階層の領域が全て平坦という訳でも無く、場合によっては階層間の空間というものが存在する。原理上は20階層の範囲だが、21階層に入り込んでいる階層などを指し示しているものだ。
ベルの場合、そういった壁や地面の凸凹具合や空間の不自然さで未開拓領域に当たりがつける事が出来る。もちろんただの推測。だがアルフィアはあくまでも『当たりをつけてる中で一番厳しい場所』としか明言しておらず、必ずしも未開拓領域を攻略しろとは言っていない。だから100%未開拓領域と断言出来ずとも、アルフィアとの推測が一致している以上、ベルが推測出来る一番厳しい場所に行かざるを得ないのだ。
アルフィアの背後で冷や汗を大量に流しながら「ごめん、ごめんね、ある程度“保証”はしてくれるらしいから!」と両手を合わせながら謝るアリーゼを見て、流石に異常事態に気付いた。そして察する。
輝夜は躊躇いがちにベルへと視線を向け、そして問い掛けた。
「ベル、その未開拓領域があると推測出来る場所は?」
「
───モンスターが一定数の上限まで無限に生成される、ダンジョン37階層の階層主と同等かそれ以上に危険と揶揄される超危険地帯。第一級冒険者でもロクに近付かないとされるその場所は、現在アルフィアが【強化種】が誕生しない様にと神ウラノスからの
がしかし、アルフィアが単独でこれる理由は殲滅力の異次元さが故だ。この広間では音がなかろうが、どうせ攻撃を仕掛けた時点で認識される場所。音を気にしなくていいのならアルフィアの独壇場となるのは必然。
ただしベルと輝夜は、基本白兵戦。ちょっとした数との戦闘ならば優位に運べるが、流石に何十ものモンスターが同時に襲い掛かってきてたった二人で対処出来るほど能力が高い訳ではない。基本近接戦を強いられる以上、一瞬でも判断を見誤れば幾らレベル5と言えども数の暴力にやられるだけだ。それこそ階層主を相手にする総力戦の様に。
相性の良し悪しで簡単に決まる事ではないが、それも積み重なれば第一級冒険者だろうが負ける可能性は高くなる。
今までの“罰”とは比にならない程の濃厚な死の可能性。闘技場をたった二人で行けというレベル8の理不尽な命令に、輝夜は思わず丁寧な言葉を崩してベルに問い掛けた。
「ベル、この理不尽はいつもの事か?」
「……流石にここまで難易度が高いのは初めてですけど……レベルによって
「そうか……」
「いざとなったら助けてはくれるんですけど」
いつかの日。かつて最初にアルフィアに訓練を施された時に言われた言葉を思い出しつつ、ベルは空笑いで告げた。
「なんか、その時はいつも川の向こうで誰かが全力で手を振ってるイメージが浮かぶんですよね」
「……そうか」
三途の川だなそれ、と。走馬灯の様なモノを幾度となく見ているだろうベルに、最早同情心しか残らなかった。要するに、死に際まで追い詰められたく無かったら自力で助かって見せろという事だ。
幾らベルに
「あの……アルフィア? 差し出がましい様ですが、流石に闘技場を二人でというのは……行くなとは言いませんが、せめてアストレア・ファミリア全員で対処しなくては本当に死んでしまいます」
「……別に闘技場を二人で攻略しろ、などとは言っていない。未開拓領域があると推測出来る場所の開拓と攻略だ。発見次第、未開拓領域で無いと判断できた場合は即刻退散を推奨してる。その辺りはベルも頭に入れてあるだろう」
何より、アルフィアは言った筈だ。「開拓に必要なら入り口での仲間の利用を許可しよう」と。
つまりベルとアルフィアが推測している未開拓領域の場所、闘技場の真下を確認して、そこが未開拓領域でなければ即刻退散していい訳であり。
入り口での利用を許可するという言葉故に、開拓の為の攻撃は入り口からのみに絞られる為、何十何百のモンスターから火力の主を守ればいいだけだ。未開拓領域が存在する場合、そこを攻略するという手間が一つ増えるだけで。
「まあ私の勘とベルの構造の重ねが合致する以上、ほぼ確実に存在していると言ってもいいが」
「……今まで、こういった手段でクラネルさんを成長させてきたんですね?」
「ああ。こうでもしないと一つのランクアップに何年掛かるか分からん」
「では納得はしましょう。ですが私の判断で彼が危険だと判断すれば、即座に助太刀に入ります。構いませんか?」
「ふむ……良いだろう。私もその邪魔はしないと誓う。ただ私の推測……いや、これは“勘”かな。これが正しければ、貴様の助太刀は邪魔にしかならんよ。【疾風】」
「階層主と同等以上の厄介さを誇る闘技場では、レベル5一人など力量が不足していますか?」
「物理的な意味ではないとも」
というか寧ろ、一度倒したモンスターに対して補正が掛かる【狩人】の発展アビリティがある以上は、対多数という戦闘において大きなアドバンテージとなる事は容易く予想出来る。決して力量が不足している訳ではない。
流石にそこまで実力を舐めているつもりはない、と。両目を閉じながら笑うアルフィアはそのまま言葉を紡いだ。
「一つ、英雄の作法を教えてやろう。理不尽とは英雄の常であり、それは越えようが
「っ……だから、助太刀が邪魔になると?」
「そうさな。後一つ大きな理由がある」
アルフィアは、早速と言わんばかりに闘技場に入ってからの動きの意見を交換し合っているベルと輝夜を視界に収め、
「これは経過の確認だ」
「経過の、確認……」
「ベルは既に成長の種を得ている。後はそれを自覚出来るか否かだ」
「……分かりました。ではせめて道中の対処は私達が───いえ、恐らくしない方が彼の負担にならないですか」
「察しが良くなったな。ああそうとも。神アストレアが私を行きに同伴させなかった理由はそこにもある」
アルフィアは、自身に張り巡らされた
「ベルが居れば、ダンジョン内で
通常、アルフィアの魔法は下層以降の階層では使用禁止が基本だ。階層主やその場に大量のモンスターがいる場合を除けば近接戦が主体となる。
何せアルフィアの魔法は“音”であり、発動時に相当な範囲へその音を轟かせてしまう為、下層より下の階層で発動してしまえば、モンスターを魔法で倒すと寄ってくる。魔法で倒せば寄ってくるの悪循環で、いくらレベル8の短文詠唱でも
それは【
しかし一つ条件が合えば、アルフィアはダンジョン内でも魔法の使用が可能となる。それがベルの存在だ。
ベルの魔法は少々特殊で、攻撃性能が皆無と呼んで良い代わりに
そしてその効果は、当然魔法によって発生する音すらも対象となる。
つまるところ。
「【
「【
アルフィアの発言通り、ダンジョンの深層入り口付近───厳密に言えば
純粋な魔法威力だけでなく爆音さえも攻撃力と化すそれは、生物である限りは魔力への耐性が高い敵さえも一掃してしまう。その上ダメ押しに、アルフィアの音さえも増強させてしまう付与。ここから更に【強化】による魔法威力そのものも上昇させる事が可能だ。
周囲に音を漏らさず、ただでさえ強力なレベル8の魔法を更に強化。あまりに相性が良すぎる組み合わせ。ダンジョンでの扱いづらさを克服するどころかあまつさえ強化をも施してしまうという、“音”という属性への適正値が高すぎる付与魔法。
その様子を眺めていたライラは、ついぞ胃痛を感じる事なく悟を開いて呟いた。
「訂正。こいつら二人でいいんじゃねーかな」
ベルの時は冗談半分。アルフィアの時はマジ。二人揃えばガチもガチ。
この時ばかりはアストレア・ファミリアの中でも生真面目な部分が目立つ輝夜とリューでさえ、ライラのこの発言には同意せざるを得なかった。
ダンジョンへの適正能力が高いベルとダンジョンへの適応力が桁外れであるアルフィアは、お互いに単体でもパーティーで行うべき事を可能とする。言わば万能性の二人が揃っていると考えても良い。それによるメリットはお互いの不安のある部分を補い合えるという点。
アルフィアは何と言っても“音”だ。前述の通りダンジョンでは産廃となりかねないアルフィア最大の武器を、ベルの存在により扱えることが出来る。
ベルはスキルという特性である以上欠点らしい欠点というのは無いが、“継続性”と“実力”ではアルフィアに遥かに劣るだろう。一度体験すれば覚えられる経験の短縮化はあるにせよ、魔法利用の索敵による精神力の断続的な消費は、幾ら通常の魔法に比べて燃費が良いからといっても回復薬が無ければ一時間で終わりを迎える。
ただしアルフィアは大体の事を直感でこなせる為、索敵による
ベルもアルフィアも単体で考えられる最大限以上をこなせるようになるから、元よりダンジョンに於ける万能性というのが強化されて本当の意味で「二人だけで良い」となっているのだ。
ヘラ・ファミリアの遠征時とかはこれ以上のペースだったのかな、と。末端のサポーターですら第二級、なんなら第一級の実力があったと言われていたかつての時代を思い出したアストレア・ファミリアは一々驚くのも疲れたと言わんばかりに溜め息を吐いた。
アストレア・ファミリアはまだ良い。アルフィアもある程度ペースを調整しているだろうが、行き以上の超特急で階層を上っている現状、レベル2が基本的なサポーター組は大丈夫だろうか。
「こ、このペースは流石に……!」
「これが最強冒険者の基本ですかっ」
「アルテミス様ぁ、アルテミス様ァアっ!」
「……っ」
大丈夫ではなかった。
アルフィアは倒したモンスターの魔石を回収しつつ走りながらサポーター……道中での役割が無くなったためにアルテミス・ファミリア、ゴブニュ・ファミリアへの負担を減らそうとバックパックを背負うアストレア・ファミリアの団員に投げ渡し、そのついでに様子を伺いポツリと言葉を溢す。
「……まだ大丈夫そうだな」
大丈夫ではないのだが。
ベルの正確な脳内時間では現在は昼前。出発したのは朝方。48階層から現在の38階層まで上るのに掛かった時間が半日も無く、もしかしたら階層移動だけを考えれば今日中にでも地上に戻れるのではないかと思える程のペースだ。もちろんレベル2の体力では保たないので不可能だが。
やがて大して時間も掛からず37階層へと辿り着くと、漸く移動ペースがダウン。大きく息継ぎ、呼吸をサポーター達は繰り返す。
ベルも呼吸を整えている中で、誰よりも消耗の激しい筈のアルフィアが涼しい顔をして告げた。
「ここまで急突進で来た理由は分かるな? ローヴェル、この先は各員の総意で止まるか安全地帯へ向かうか決めておけ。今から行けば下層入り口辺りまでは戻れるだろう。戻るのであれば明日に再度リヴィラの街で落ち合うつもりだ」
「……んーん、このまま止まろうかしら。とは言えこれは私の個人意見。レトゥーサ、貴方的にはどう?」
「はぁ……はぁ……っ、えぇ、私も止まる方が宜しいかと……思います。……団員達も同意ですね」
「【疾風】が保険で残る以上、こちら側のレベル5は二人になります。戦力的にも、現在の体力的にも、急がない方が吉でしょう。私も残る方に賛成します。それに」
レトゥーサの意見にアリーゼが頷けば、その視線はこの場のレベル5の一人であるヴィトーへと向かう。ヴィトーも頷いて同意しながら、自身の意見を述べた。
「もしかしたら、37階層唯一の安全地帯を発見出来る可能性もゼロではありません」
万が一の確率。だが極東に灯台下暗しという言葉があるように、一番モンスターの多い場所に一番安全な広間がある可能性はゼロではない。
そんなヴィトーの発言にも、アリーゼは頷いた。
「では、満場一致で
「あ、うん。基本的には僕が音で誘導をしつつ、比較的安全な降り方が可能な場所を確認。そこをリューさんに魔法で破壊してもらうって形で」
「概ね予想通りだが、まあいい。しかしベル。今回も一つ縛りを追加だ」
「……ハイ」
「モンスターを最低20体倒せ。【大和竜胆】の力は借りてもいいが、あくまでお前が倒したモンスターのみをカウントする」
私としては良心的だろう? と片目を閉じて告げるアルフィアに、ベルは空笑いながらも頷いた。確かに良心的だ。闘技場内でモンスターと戦うとなった時に輝夜が力を貸せるほどに余裕があるかどうかは兎も角として、と付くが。
基本的にアルフィアの強くする方針は、単身能力の向上だ。いざという時に一人でなんとかする術を身につけるというのは大変理にかなっているし、その結果の賜物が現在のベルと言える。が、だからこそ理解出来る。アルフィアのこの発言は「一人でなんとかしろ」と同義である事を。
深層のモンスターをレベル3が一人で20体。とんだ無茶振りである。だかアルフィアがその条件を提示するということは、死ぬリスクは高いが切り抜ける方法があるという証明に他ならない。
残り短い闘技場までの道のりで、一生懸命にベルは考えた。