「───疲れた!!」
身も蓋もない心からの叫びである。
到達目標である48階層。ダンジョンに入ってから四日目にして到達した階層の安全地帯にて、アリーゼは地面に倒れながら叫んでいた。
「団長様、せめて下に何かを……それとベルの魔法があるとは言え、あまり叫ばず。深層の安全地帯は確実では御座いませんから」
「あー、うん……リオン、膝枕ぁ」
「わ、私ですか? えぇと……はい」
何も敷いていない地面に突っ伏しているアリーゼは、当然の如く汚れる。……まあ元々装備の方は土だったりの汚れが付いていたので、そう変わりはないのだが。
深層の入り口でのベルとの一連のやり取りで時間を掛けた負い目があるのか、リューはアリーゼの発言に従い自身の膝の上にアリーゼの頭を乗せた。
48階層へと上がるまでのやり取りの中で、ベルは“音”の限度を理解した。なので完全な遮断ではなく調節した【遮断】で可能な限り
戦闘には極力援護しかしなかったので、身体的な消耗こそ少ないが……ダンジョンへの警戒も合わさり、精神的疲労はかなり溜まっている。まだ限界ではないが、アリーゼの様に叫びたいのが本音だ。
「まさか【静寂】を抜きに48階層まで
「……これで楽な方なんですか?」
「ええ。私もアストレア・ファミリアに何度かお供しているので存じていますが……幾ら第一級と第二級のみとは言え、少数精鋭である事に変わりありません。掛ける時間こそ短くとも、一人一人の気の張り様は神ロキ、神フレイヤの派閥とは比になりませんから」
索敵やルートの提示を全てベル一人でやっていたが故に、他の眷属達は基本戦闘のみに集中できた。確かに疲労は高く、アリーゼの様に叫びたくなる者も多い。しかし。
「今までならば叫ぶ余裕などもなかったでしょう。……ああ、貴方様の【遮断】は関係なくです」
声を出す余裕もない程に疲れるのが今までだ。アルフィアがいれば別だが、居ない状態でここまで余裕を持って来れるのだから、今回の遠征は大成功と呼んでも良い。というか呼ぶべきだ。
「ギルドに言った手前48階層まで来たけど……必要なアイテムはとっくに集め終わっちゃったしなぁ」
リューの膝の上で思わず呟くアリーゼに、リューはチラリとベルを見る。深層入り口の時はマジマジと見つめすぎて倒れさせてしまったので、気付かれない程度にだ。
同時に輝夜もベルを見ており、二人は戻そうとする視線を重ね合わせた。
(……六年前の魔石集めの件といい、クラネルさんが関わったモンスターの“質”が良すぎる)
(ともすれば、加護でもあるかの様な……運の神様にでも愛されているのかと思う程に、ベルはどこか恵まれている)
そして思い出すは、たった数度の六年前の【英雄】とのダンジョン探索。あの時も異様に魔石の質だったりドロップアイテムの確率が高かった。
輝夜とリューは互いから視線を外し、遠征での目的であるアイテムが入ったバックパックを見つめる。
「やっぱり幸運の兎ね!」
そんなリューと輝夜の思考を理解したのだろう。リューの膝の上でカッと目を見開き元気よくドヤ顔で告げるアリーゼに、苦笑して同意した。
スキルの詮索は、例え同ファミリア内でもマナー違反だ。もちろん普段使いしていれば分かるし、知っていなければ支障が出かねないスキルならば教えるべきではある。だが
しかしアリーゼの一言は“ステイタス”ではなく、ベルの存在そのものが“幸運”だと称する。決して二人の思考から外れることはなく、かと言ってマナーを違反する発言でもない。流石の配慮だと理解した二人は、深層入り口で思った事を再び思考した。
ああ、色々な意味で一ファミリアに一人いて欲しい人材だと。
「……団長様。お疲れのところ申し訳ありませんが、これからの方針について話しましょう」
「ん、話す必要はないわ。1日の滞在一択」
───まず大前提の話として、今回の遠征予定期間は普段通りの組み立てで行なっている。本来ならば48階層まで来るのに、プラス1日の五日間を要する筈だった。その上付近のモンスターを狩って、目的のアイテムを集める。それがアルフィアがいない時の普段の遠征だ。
しかしベルのサポートで疲労が緩和され、ルートも迷いなく選べ、イレギュラーも起こらず……正確には、起きても速攻の対処が出来た為に、予定よりも一日早く全てが終わってしまった。
ともすれば、ここに滞在する理由もない。疲労の回復は優先だが、一日の時間を使う必要もないだろう。それ故の輝夜の“これから”の提案。
「わぷっ」
「っ……アリーゼ、起きるなら起きると言ってください」
「ごめんごめん。……あれ、また成長して……いやうん、今はいっか。エルフの成長速度とかおっぱいの話はまた後でするとして」
「後でもやめて下さい」
「一日滞在の理由は大まかに二つ。一つ目はベル君の“慣れ”を深める事。
アリーゼは苦笑し、下を指さした。
「多分今の状況を推測していたアルフィアが来ると思うから、それ待ちね」
「……遠征自体は終わったも同然ですし、ベルの慣れも順調ですからね。アルフィアが合流することに問題はないでしょう。納得しました」
「輝夜、遠征は帰るまでが遠征よっ!」
「……」
「無視っ!?」
ここぞとばかりに神様が言いそうな言葉を突っ込んでくるアリーゼにも良い加減慣れてきたのか。輝夜は呆れた様子でサポーター達の下へと向かっていく。一日滞在を聞き出した以上は、テントを張る以外にやる事はあるまい。
副団長という立場が故に、恐らくアリーゼの次に疲労を溜めているだろう輝夜。白兵戦はファミリア内随一だ。団長の指揮の補佐は当然として戦闘では一番駆り出されている。
にも関わらず、それほど疲れた様子がない。体力等耐久のステイタスが影響する部分はアストレア・ファミリア内レベル5の3人にそれほど差はないだろう。にも関わらず、精神的疲労も身体的疲労も見せる様子のない輝夜。
そういえばアマゾネスとの話の時も見張りを続けていたなとベルが思い返していると、ヴィトーは目敏くその様子を見抜いて話しかける。
「ふふふ、気になりますか? 【大和竜胆】があれ程までに気丈である理由が」
「えっと……はい。筋肉の扱い、足運び……それらを加味してもあそこまで疲れないのは、レベル5の耐久があるとしても何でかなって」
ベルにとって“技”の参考にしやすいナンバー1とも言える、極東の頂点。故に戦闘中に確認出来る時は観察を怠らずにしていた。だからこそ理解できない。あそこまで疲れていない理由が。
むむむ、と考え込むベルに、ヴィトーは笑みを絶やさず言葉を紡ぐ。
「貴方様の“記憶”であれば思い返すのは容易いでしょう。戦闘や移動中の“技”ではなく、戦闘外での行動を振り返る事を推奨します」
「戦闘……“外”? えっと……」
「休憩の時は無論、戦闘終了時など。彼女の行動に思い当たる節は御座いませんか?」
「……首に手を当てたり、腰に指を当てたり。後はしっかり休んでいる時には足首なんかだったり……当ててるだけだったので、癖とか怪我に注意してるだけと思っていたんですが、違うんですか?」
「注意している、というのは間違いありません。しかしそれだけでは無いのが真実。彼女の真髄は『整体』です」
「
「ふふふ、詳しくは本人に訊くと良いでしょう。私も多少学んではいますが、彼女ほど理解は及んでいませんから」
その言葉を残してテントの設置を手伝いに行くヴィトーを見て、あまり戦闘に参加してない
水分を補給し、凝り固まった身体に鞭を打って立ち上がる。アルテミス・ファミリアの人達と言葉を交わしながらテントの設置をしていった。
「輝夜さん、『整体』って何ですか?」
テントを建て終わり、食事の用意をしている最中。手持ち無沙汰で待ち呆ける輝夜に近付き、声を掛けた。ベルの発言に視線を向けて数秒の沈黙。ああ、と思い当たる様に呟く。
「【
「はい」
「ならその間に教える。こっちのテントに来い」
アルテミス・ファミリアの人達は炊事、ゴブニュ・ファミリアの人達は武器の整備。取り繕う必要のない空間だからか、輝夜の口調が戻っている。
丁寧な言葉遣いより寧ろこっちの方が安心すると思わず笑みを溢した。
「───整体とは、極東の言葉で読んで字の如く、『体を整える』という事だ」
「体を整える……」
「ああ。疲労によって起こる筋肉痛や、関節部の固まり。それらを元のベストな状態に戻す事を指す」
そこにうつ伏せで寝っ転がれと指差す輝夜。言われた通りに寝っ転がると、靴を脱いで素足となった左脚に触れる。
「言わなくても探る事は出来るが……お前の肉体理解度も確かめる。今何処が一番重いか言ってみろ」
「疲労度って意味ですか?」
「その通りだ」
「えっと……左腕ですね。普段は利き腕の右で主武器を扱うんですが、今回の遠征ではサポートとして左腕を支えに扱う事が多かったので」
踏ん張りや移動などを考えたとしても、やはり脚よりも腕の酷使が目立つ。アルフィアに“脚”の才の太鼓判が押された以上、やはりその辺りは優れていると考えて良いのだろう。
ベルの返答に頷いた輝夜は脚から手を移動させて左腕に触れ、肩から手先に掛けて一度撫でると、再び納得した様に頷いた。
「痛みは?」
「筋肉痛なら結構」
「どんな痛みだ?」
「どんな……?」
「鋭い痛みや継続的に来る痛み……言語化が難しいのならば擬音でも構わない。ズキリだったりジワジワだったり……要は痛みの感覚だ」
「あー……えっと、それなら“ジワジワ”ですかね。痙攣まではいかないですけど、症状的にはそれが近いです」
「なるほど」
そう呟くと、輝夜は立ち上がって逆位置に移動。右腕を掴んで動かしている。
「……?」
「ああ、言い忘れていた。ベル、左腕の力は抜け。……そう、それでいい」
左腕を治すのに何故右腕を掴んでいるのか。それに治すというには触れて動かしている程度で、揉み解したりしていない。
「ベル、今から右腕を軽く押さえる。抵抗する様に上げろ。もちろん左腕の力は抜いたままだ」
「左腕の力は抜いたまま……んんっ」
「そう、上手い。やはりレベル3のステイタスならば器用だな。一般人では難しいと言う人もいる」
「はぁ」
何処かに力を入れて何処かの力を抜いているというのは、人がごく自然に行なっている事の一つだ。しかし意識的になると、全身脱力は兎も角として途端に難しくなる。
その点冒険者のステイタスがあると便利だと言う輝夜に、何をしているのか分からないままベルは気が抜けた返事をする。
「もう一度……そう。後5秒で脱力だ」
「…………」
「……、よし。力を抜いて良い」
「何か、これはこれで変な疲れというか……いや、疲れじゃなくて感覚……?」
「ふむ、やはり感じる者は感じるか。……それはさて置きベル、左腕を動かしてみろ」
「は───んっ?」
ストレッチをする時の様に腕を回したベルは、半周させた時点でピタリと動きを止める。その様子を見て満足そうに笑う輝夜に、ベルは思わず問いかけた。
「えっ、め、めっちゃ軽いんですけど!? 何で? 右腕にしか触れてなかった筈……!」
「ふ、そこまで取り乱すのは入団初日に深層で私がブチ切れた時以来か。アルフィアの“冷静の教え”を越えられた様で満足だ」
自分の理解の範疇を越えたからだろう。完全記憶の事もあり、整体が行われる前と行われた後の感覚のあまりの違いに、ベルは目を見開いて驚愕をあらわにする。
基本的にベルは冷静だ。頭の回転が平凡な分、常に最大のパフォーマンスを発揮出来るようにアルフィアが仕込んだ。故に油断も隙もなく常にモンスターへの警戒を怠らずにしている。
無論、既存の記憶を超える理不尽な目に遭えば相応に取り乱すのは違いない。しかしベルはアルフィアとの訓練で幾度となく経験を重ねている為、深層のイレギュラーを基準にしたとて並大抵の事で動揺する事はない。……
それを理解しているからだろう。輝夜は「私の技も捨てたものではないな」と満足そうに笑みを溢した。
「ど、どうやって……?」
「人には不可視のエネルギーがある」
「……エネルギー?」
「ベルの人体理解度がどれ程のモノか定かではないが……こう考えた事はないか? 人はどうやって身体を動かしているのか、と」
「骨を基盤に身体を形成し、心臓の鼓動による血の巡りと筋肉の活性化。そして無数の神経細胞に脳信号が命令を出して動かしている、ですよね」
「思ったより理解度が高いな。というよりは記憶か。そう。では更に深掘りしようか。脳信号はどの様にして命令を出している?」
「え」
「精神とは何か。心とは何か。感情とは何か。思考とは何か。言語化は簡単だ。だが“概念”でしかなく、関節的にしかその揺らぎを確認できないモノを、人はどの様にして発揮しているのか」
ベルはバグでも起こったかの様に固まった。そんなもの、自律的な思考を獲得した時点で疑問にも思わない事だ。
だがそれらについて淡々と語る輝夜に、ベルは思わず耳を奪われる。
「人の自己再生能力や、疲労・筋肉痛なんかもエネルギーに属していると考えて良い」
「……輝夜さんはそのエネルギーを操作して、痛みを取り除いた……?」
「正確にはエネルギーを扱う脳を、だ。痛みの認識、疲労の重さ。どの様にしてそれを感じているのかを理解している脳に働きを掛け、お前自身に治させている。私はあくまでもそれの補助だ」
まあ不可視のエネルギーを操れたりすれば、まずベルに動作を行わせる必要がない。あの動きはベルの左腕を整える為の脳への干渉だ。
あの時の疲れに似た変な感覚は他者の脳へのちょっとした干渉があったからかと、ベルは納得した。
「他者に行うには落ち着ける場所且つそれなりの時間が必要になる。しかし私自身に行う場合はちょっとした時間でも問題ない。ベルに対してやった動作まで行かずとも、少しの動きで済むからな」
「休憩中とか戦闘終了時に触れてたのは、その“少し”を行なってたんですね」
疲労の回復こそ出来ても、流石に体力の回復まではいかない。しかし常にベストな身体で疲労を抑えられる為、疲労が疲労を呼ぶ事もなくなり、続く疲れによる体力の消費というのが無くなる。
だからこそ遠征メンバーの中で一位二位を争うほどに疲れててもおかしくないのに、ここまでの余裕があるのだ。
ベルは思い返す。輝夜が自身に対して行なった動作を。そして理解する。これは完全記憶による動作の再現をしたとて、同じ効力を齎すのは無理だと。
これは幾度とない経験と、対象の肉体がどう崩れているかの理解が必要となる。同じ疲労ならば兎も角、筋繊維やそれに連なる運動神経。幾兆と存在する細胞。それらが全くの同一な崩れ方などあり得ない。
これを扱えるに達するまでの時間を考えると、ベルは悩んだ。習得したい……が、完全記憶があっても時間がかかり過ぎる。肉体の崩れ方はスキルで把握できるが、それをどの様にして治すのかの経験はどうしようも無い。
「……習得するのならば教えても良いが」
悩む様子のベルを見て考えを理解したのだろう。苦笑する様に呟く輝夜を見て、ベルは違和感。どこか
「輝夜さんは、何でこの技術を?」
「何故? ……そうだな。一つ、オラリオの英雄譚の“紡ぎ”を語るとしよう」
「……!」
「キラキラとした眼をやめろ。然程面白くも無い話だ」
オラリオの英雄譚と聴いて即座に瞳を輝かせるベルに、そこまで期待されても困ると溜め息を吐く輝夜。
「かの英雄の無茶を知っているか?」
「全部です」
「……肉体的に一番無茶をしたのは?」
「『鐘の知らせ』編ですね」
確かに全部無茶だったなとしみじみ思う輝夜は言葉を訂正して再度問う。相当に読み込んでいるのがよく分かるだろう。ベルはノータイムで輝夜の質問に答えていた。
「無茶や無謀という点なら最終章が第一ですが、数十分の間にオラリオを駆け巡って、覚えたての技術で精神を擦り減らして、その後に勝てる筈の無い強敵と闘うっていう限界ギリギリの継続でしたので。というか闘いに至っては限界突破の継続でしたし」
「そう。英雄譚には微かにしか載っていないだろうが、その後の束の間の休息という描写があっただろう?」
「はい。疲労を回復する為の期間だと記述していました」
「詳しい症状の内容は?」
「……載ってませんね。眼を失うという描写があったから、視力の回復……と、メタ的な視点から推測すると筋肉の疲労ですか?」
「概ねその通りだな。まあ子供に聴かせる叙事詩としては内容が過剰故、多少の修正は必要か」
直接体験していた身としては、俗に言う“原作”をしってる分そこから産まれる世界中の英雄譚を知る必要はない。だから輝夜は事実を知っているが、英雄譚の内容にはそこまで詳しくなかった。許可や取材等で少し眼を通す事もあったり許せる描写のラインを言っていた事もあり、多少は知っているが。
両目の一時的な失明。五感の意図的な強弱設定。右腕の骨に罅。体力・精神力の限界突破による脳の活動限界。そしてそれらによる肉体的負荷。筋肉痛はもちろん、凝り固まっている状態で伸ばした時に起こる肉離れなど筋肉を痛める症状。
それらを描写すると非常に生々しくなる。恐らくアミッドからの「変な信者が真似されて英雄みたいな怪我を負ったと自慢しない為に教えませんでした」的な引き止めがあったのだろう。症状の詳しい内容は同ファミリア内か治療に掛かっていた者しか知らない為、広められた英雄譚に隠しがあってもおかしくはない。
「その際に私は……私達は、彼の筋肉を解す為にマッサージをしていた」
「……? 『整体』はやらなかったという事ですか?」
「というより、出来なかった。その時はまだ整体を習得していなかったからな。……彼がキッカケだ。私が整体を学び始めたのは」
色々な伝手を利用して、故郷に帰った。その時は既にレベル4で、ダンジョン都市外にいる人間程度は足元にも及ばない。類稀なる才能を取り戻そうとする極東の
その中に人の“
「す、全てを斬り伏せたって」
「ああ。別に殺してはないぞ? というか斬り伏せるつもりも無かった。まさか入り込んで即座に感知されて囲まれるとは思わなかったからな。反射的につい」
「内情が軽いっ!?」
「強いて言えば、私が未練たらたらで中途半端になった原因を超えたかったというのもあるか。思わず笑ったよ。
───アリーゼと言い輝夜と言い、ついでに己の義母と言い、アストレア・ファミリアは変人揃いだ。というより神様含め、オラリオの住民は変
魔境の巣窟とはよく言ったモノだ。レベルの関連だけじゃない。強さやその根底にあるものを含めて、全員の思考が偏っている。理想を成し遂げた英雄の影響で皆が心の内に正直になっているだけなのか、或いは潜在的にあったものを強くなるにつれて曝け出てしまっているだけなのか。
だがスッキリとした様子で笑う輝夜を見て、大事な事だったのだろうと。今は軽く語っているが、必要な事だったのだろうとベルは表情を改める。
「英雄が望むままに、彼の傍に立ち続けられる様に、そして支えられる様に。私は彼の為となる技を磨き続けた」
「
「ああ。とは言え、キッカケとなった英雄はまた何処かに放浪してしまった。……全く。二人で叶えるという言質を取ったというのに、責任も取らずにどこを巡っているのでしょうか。あの
毒を吐く様に、寂しい声音で。しかし笑みを浮かべて。それを今までの様な“取り繕い”ではなく、ごく自然と慕う者を呼ぶ様に丁寧な言葉遣いで呟く輝夜に、ベルは思わず魅入った。
「……好きだったんですか? 英雄の事を」
己らしくない問い掛けだ。理解している。でも複雑に笑う輝夜の表情を見て、問い掛けざるを得なかった。意外な質問である事は輝夜も思ったのだろう。不思議そうに眼を見開いて、笑みを浮かべて。少しだけ頬を染めて、感情を吐露した。
「───ええ、お慕いしておりました」
変わらぬ表情で告げる輝夜にベルが見惚れていると、輝夜は突如として真顔へと戻り言葉を発する。
「が、今は嫌いだ」
「え?」
「私は約束を破る者が嫌いだ。心の底から誓った約束を破られるなら、根がクズの騙しや嘘の方がまだマシだ。どれだけの間私が落ち込んだと思ってる、あのポンコツ天然人たらし発情兎めっ」
心に突き刺さった。自分が言われた訳でもないのにエゲツない罵倒が発され、ベルは思わず謝りそうになってしまった。
「そんな訳だ。もう吹っ切れている。つまらん話を聴かせてすまないな」
「い、いえ。はい。……何で自分が言われた様な感覚なんだろ」
「ああ、ベル。あと一つだけ」
言葉の締めと判断して立ち上がるベルを見て、輝夜は引き止める。
「【
「あ、はい」
「見ての通りだが、【
「じゃあ……」
「しかし、私は今のところ渡すつもりはない」
ですよねー、と。あれ程までにあっさり渡してるリューとアリーゼの方が意外なのであって、普通に考えれば輝夜のこの反応は当たり前だ。
輝夜も意地悪で言っている訳ではない。かつて英雄が扱ったとされるこの三つの武器は修復時に幾つか変化を施されており、ファミリア内のメインアタッカーである3人の特性を活かせる性能となっている。つまるところ、彼女達の
「……か、貸して貰うだけは?」
「ダメだ」
未練がましく、かの英雄の様に三本装備をしてみたいと乞うベルに、輝夜はクスリと笑いながら拒否する。ジーっと見続けるベルに対して輝夜は表情を崩さない。機械的なまでに続く笑顔を見て、ベルは残念そうに首を下げた。
「もし、これを渡す時が来るとしたら……」
輝夜は【
「貴様が英雄へと至った、その時だ」
「……! はいっ」
英雄が装備したのだから英雄に渡すのが筋だ。至極当然の道順で、それだけ世界中から“英雄”が求められているのだと、再認識した。今度こそベルはテントを出て、恐らく整備が完了しただろう武器を取りに行く。
そんなベルの様子をテントの外から眺めたアリーゼは、ニッコリと笑顔を浮かべながら中へと入って行った。
「輝夜の嘘吐き!」
「嘘という訳でも無い」
「でも、まだ兎くんの事は好きでしょ? だからその武器を渡さない」
「…………」
アリーゼの言葉に輝夜は己の腰に帯刀する短剣へと触れた。この武器は英雄との繋がりを確信出来る唯一無二と呼んでも良い代物だ。英雄を慕った輝夜にとって、幾ら同一存在だとしても渡せるものではない。
アリーゼの直感を騙せる筈も無いかと息を吐いた輝夜は、数秒の沈黙の後立ち上がる。
「否定はしない。だが奴に未練たらたらな様子を隠したいから、などという理由でも無い事は言っておこう」
「うん」
「───
先程の笑顔とは一線を画す、儚げな笑み。はにかむような笑顔を一瞬浮かべるが、すぐに表情を戻してテントを出て行った。
輝夜の表情を間近で見ていたアリーゼは、どこか恥ずかしそうに口元を隠して呟いた。
「……やっば。もしかして私ってベル君の前であんな顔してたのかな?」
同性でも恥ずかしくなってしまう美しい笑みを見て、アリーゼは思わず「戻れ、私の表情筋!」と、自分の頬を両方とも叩いた。