正義冒険譚


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作:現魅 永純
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正義冒険④


 

 

 

 下層と深層は一線を画す。

 そも、深層という言葉が指し示す領域は、三十七階層から下の全てだ。では最初の方はまだ安全な方なのではないかと第三級冒険者は思う。踏み入れたことのない領域だ。まさか深層が全て同じ難易度という訳ではあるまい。

 結論から言えばその通り。当然同じ難易度な訳がない。しかし下層最下層とと深層最上層は全くの別物だ。深層は入り口から明らかに難易度が跳ね上がる。上層から中層への変化とは比べ物にならない濃密なまでの死の領域。

 

 まず、安心出来る時間がない。一分の油断が命取りになる。もし足を踏み入れるなら確実に事前情報を仕入れておかなければならない。それはモンスターの数と、比にならないモンスターの生産速度。そして何よりも、その広さ。

 四十階層からはオラリオと同等の面積にまで広がるというこの階層では、道に迷った時点で死に一直線である。未だに未開拓領域が多々あるとされるこの階層からは当然イレギュラーも多い。というよりは、()()()()()()()()()のようなものだ。

 

 求められる能力値は上がり、求められる冷静さは上がる。適正値へと至ったからと言って潜れば、まず間違いなく生きては帰れない。よしんば帰れたとして、まず間違いなく狂う。それが深層だ。

 それは多少慣れても大きく変わる事ではなく、徒党を組んだとしても深層に入るたびに肌がヒリつき、緊張感に包まれる。

 

 ───筈なのだが。

 現アストレア・ファミリアにはサポーターとして理想とも呼ぶべき人材がいる。地形構造、正確な時間把握。それを完璧に捉えられる完全記憶(スキル)の持ち主。

 そして彼にダンジョンについて教えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()最強冒険者だ。

 

 モンスターの生産周期は兎も角として、オラリオに来る前から叩き込まれたダンジョンの地形構造は全て頭に入っている。それこそ()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 道に迷わない。時間の把握が完璧なので体感が狂う事もない。

 

 ともすれば、第二級と第一級で構成されたアストレア・ファミリアにとっては、深層の入り口程度ならば下層同然とも呼んでいい程順調に進められる。

 やっぱりズリィなそのスキル、と。今まで団長と共にダンジョンの進む道を掲示していたライラはジト目でベルを見ていた。ついでに下層での胃痛の恨みを込めて。

 

 先日のアマゾネスとの出会いを経て、ベルは何も知らないまま大人の階段を登りそうになった。いや厳密には意識がある状態なのだが、アマゾネスに将来有望そうだと認識されたベルは、「強くなる手段」と言われて喰われかけた。ライラが止めに入らなければ本当に喰われていただろう。そしてアマゾネスはボコボコにされていただろう。彼女達のファミリアの幹部(アイズ)に。

 アマゾネスの言葉に嘘偽りはないのだが、ニュアンスが明らかに違う。(男として)と付くような言葉を意図的に隠しただろう。会話の流れからベルの性格を把握して、彼がそれに気付かないことをわかっていて。リューは引き止めていた事もあって疲れた様子で先に寝ていたし、輝夜は周囲の警戒。アリーゼは英雄譚の話をしていた当事者という事もあって一緒にいたのだが、何処か興味を持つような視線でアマゾネスを見ていた。

 

 もしや“参考”にでもするつもりかと思い、止める人物がライラや他の団員しか居なかったのである。アルテミス・ファミリアでは同レベルだとしても押し切られる可能性は高い。そもそもの話として言えば、下層まで数人のパーティーで来てる以上レベル3以上で構成されてると考えて良い。

 お陰で話に付き合わされた挙句にアマゾネスの警戒で出発時間に遅れた。この兎野郎がと恨みがましい視線を向けていると、突如ベルは振り返る。

 

 ちょっとした殺意が芽生えていたからそれを感知されたのかと思うが、ベルは左手のガントレットに仕込まれた()()()()()()()()()で壁を叩き割る。微かな灰を流しながら崩れ瓦礫となる光景を見届けて、ライラはまたも呆れた様子でベルに向かって放った。

 

 

「なあ、お前実は()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 微かな灰───モンスターが倒された跡。モンスターが一番無防備となる()()()()()()()()()という、偶に“勘”が研ぎ澄まされた冒険者が行うその行動を深層に入ってからずっとしているベルを見て、ライラは問いかけた。

 ベルは質問を想定していたのか苦笑し、答えた。

 

 

「いえ、周期はまだ分かってないです」

「じゃあ何で分かんだ?」

「魔法です。ダンジョン自体に“増幅”を掛けつつ、僕の聴力を“強化”。そうするとほんの少し何ですけど、モンスターが産まれる独特の音というか……あ、そうだ。胎児がお母さんの腹を蹴る音、って感じですかね。それが聴き取れるんです」

「……精神力(マインド)は保つのか、それ?」

「完全記憶の事もあるので、使い続けると一時間くらいが限度ですが……余分な情報との変換で、大体一時間半。後は輝夜さんとディアンケヒト・ファミリアに行った時に精神回復薬(マジック・ポーション)を少し多めに用意してもらうように頼んだので、遠征予定期間とズレなければ大丈夫です」

 

 

 付与魔法はよっぽど強力なモノでもない限りは燃費が良い。無論長時間の使用は相応の消費を伴うが、一発の強力な魔法と比較すれば圧倒的に差がある。

 その分必殺としての役割は薄れていくが、巨大モンスターでも相手にしない限りは有用な魔法と言える。

 

 ただしベルの場合、そこから更に燃費が良くなる。何せこの音属性の付与魔法は攻撃力はほぼ皆無。通常の付与(エンチャント)と同様の使い方は出来るが、正直魔力による強さであって属性による補正というのが全くない。

 何よりベルの扱う“音”は、生成しての付与ではなく既存の概念を変化させるモノだ。故に通常よりも長時間扱える。

 

 そして【完全記憶】は精神力の消費であらゆる情報を脳内に保存する事が可能。ベルはそれを常時発動させており、余分な情報───先日ベルが自身で言っていた酸素量など。それは何も現在のではなく、今まで行動してきた範囲と時間の全てを含めてだ。そんなモノは何の必要もない情報。消しても損はない。

 当然魔法を使う時の精神力の消費と釣り合う訳ではない。しかし完全記憶と音魔法を常時発動させて一時間以上もの間保つのは、それが理由だ。

 

 何事も効率的に、全ての最善を選べる。それだけの能力が備わっている。

 

 

「……お前一人で良いんじゃねーの?」

「いやぁ、流石にそれは……」

「冗談だよ。つか一人では行かせねーよ」

 

 

 戦闘能力───は適正値までとするにしても、階層の移動ルートの全把握や一人でも狂わない時間感覚、そして索敵能力、及び近場に限れば産まれる前に倒すという手段が取れる冒険者。

 冒険者としても、サポーターとしても能力が充実している。自己完結し過ぎだろとライラは溜め息を吐いた。ネーゼは「()()()()()私の役割を……」と獣人特有の耳の良さでの索敵を上回る能力を見せつけられて少し落ち込んでいる。

 

 

「しかしまぁこれなら───」

「ライラー、油断は?」

「……あーい、しませんよ。だからアストレア様に似たその笑顔止めてくんねぇかな、団長」

 

 

 怖いんだよ地味に超越存在(デウスエア)っぽい雰囲気出されるの、と。時折見せる、笑顔なのに笑ってない表情を向けられたライラは顔を顰めた。

 とは言え、ライラの気持ちも分からない訳ではない。深層では常に息を張り詰める状態が続くものだ。それをサポーターが一人居るだけで八割ほど緩和出来る。本人の負担もそれほど大きくない為、本当に「一家に一台ならぬ一ファミリアに一人だな」とその場のベルを除く全員、心の中でライラに同意した。

 

 

「……ああ、そういえばアリーゼ。聞き忘れていましたが、アルフィアはなぜ今回の遠征には参加しなかったんですか?」

「ん? あー、うん。今回の目的はベル君のダンジョン慣れでしょ? じゃあ()()()()()()()()()()()()()()()()って事で、今回は見送ったの。アルフィアの場合ほぼ反射的にやっちゃうからね」

 

 

 たった今ベルがやっている生産直後の討伐だったり、階層移動のルートだったりは、アルフィアも可能な事。まあそもそもの話としてダンジョンについて教えたのが彼女だ。ベル以上の速さでダンジョンに対処出来ると言っても良い。

 しかもベルのは理屈で言えば頷けるモノだ。スキルの効果がぴったりとも言える。しかしアルフィアの場合はダンジョンへの適応力が高過ぎるが故であり、理屈ではなく直感で全てをこなしてしまう。ベル以上の速度で、だ。

 

 反射的に出てしまうからベルよりも早く対処してしまい、ベルの成長や慣れを妨げる要因になる可能性が高い。故に今回は別行動。

 慣れさせるのならアルフィアが手出ししなければいいだけの話なのだが……中々難しい。ダンジョン、主に深層に慣れるという事は、イレギュラーへの対応・適応を素早く行う必要がある。逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。アルフィアの場合イレギュラーが起きる前に対処。或いはベルに襲いかかるイレギュラーは反射的に排除しかねない。

 

 なので、心苦しいが───アルフィアにはアストレアから遠征待機命令を出された。単独ならばダンジョンに行っても構わないとの事なので、せめて一番死に直結しやすいだろう階層主のイレギュラーを避ける為、彼女は今49階層に赴いている。そのついでで37階層のウダイオスも倒されていた。

 ウダイオスは元々避けて通る予定だ。後にロキ・ファミリアと団員を共有して倒す予定だっただけなので何も問題は無いのだが……。当然の様に単独で階層主の討伐を成し遂げるアルフィアには戦々恐々とせざるを得ない。

 

 

「まああっちはマジの意味で一人で良いなってなっちまうしな」

 

 

 ベルの場合は能力値が足りて無いが故に、一人で出来る能力はあっても決してさせるつもりはない。が、アルフィアの場合一人で対処出来る能力値も術も揃っている。

 ベルは揃えて、アルフィアは最初からあった。そんな明確な違いはあれど、やはり似たもの親子だ。

 

 

「……取り敢えず、僕が出来るのはルートの提示、索敵と生産直後のモンスターの討伐くらいです。多少のサポートや少ないモンスターの相手ならば可能ですけど……真正面きっての戦闘は皆さんに任せます」

「充分すぎるわ、もちろん任せてっ」

「物足りないと思っていたくらいです。ベル、そろそろ来るのでは?」

「───真正面から七体、後ろから二体。全部スパルトイ、武器は前が剣3の槍2、斧2。背後は双刀1に剣1」

「オーケー。リューとセルティは背後を、ベル君はその援護。ライラとアスタはサポーター達の護衛、その他は全員前の対応。ベル君、随時生産直後のモンスターの注意を怠らずに、私が出せない指示は任せるわ」

「はい!」

 

 

 対多数の白兵戦ではアストレア・ファミリア最強格の輝夜を筆頭に、前には人数を掛ける。背後には双刀と剣。剣は兎も角として、双刀は手数と投擲に優れた武器だ。ともすれば“速さ”を突出させた人材を置くべきと判断し、リューを抜擢。セルティとベルはその補助だ。

 

 

「……ぁ、リューさんっ、こっちの方にオブディシアンソルジャー*1が二体現れました」

「二体ですか? ……珍しい、が。ならば対処を変えましょう。クラネルさん。スパルトイであれば補足次第5秒で片付きます」

「! わかりました。レトゥーサさん、弓と矢を。リューさん、ソルジャーとスパルトイを同時に相手はしません。距離感は近いですが、離れています。先にスパルトイを倒しましょう。2()()()()()()()()()()

「……お任せを。セルティ」

「えぇ、分かっています」

 

 

 エルフ二人によるアイコンタクト。言葉少なに、詳しい内容もなく頷く両者を見て、ベルは思い返す。そういえば先程のやり取り。自身とアリーゼのやり取りの後のアリーゼの指示にも、大きく返事を返す者はいなかった。他派閥のヴィトー達を含め、頷く以外に言動はなかった。

 同派閥故の以心伝心、だけではない。声を出さないことによるメリット。いや正確には、大きな音を出さないが故に発生させない利点。

 

 

(そっか、モンスターも音に引き寄せられるから……ソルジャーの登場は僕の大きめな返事に反応したのか)

 

 

 でも一つ疑問だ。それならば先に声への注意を促していた筈。忘れていたにしても、先程のやり取りの()()によって静かにする事を促すジェスチャーを送っても不思議ではない。なのに誰も送らない。

 ともすれば、これは試し。二重の試しだ。ベルが深層のイレギュラーにどれだけ警戒して抑えられるか。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この二つを同時に試してる。

 

 ベルはアストレア・ファミリアに入って間もない。完全記憶があるにせよ、まだ全員のまともな戦闘すら見れていない現状だ。ともすれば、ベルが言葉なく合わせるなど不可能に近い。声を出さなければ連携など取れるはずもない。

 今回は一先ず指示を終えたので大丈夫だが、この後からの調整を考えてベルは頭を悩ませた。

 

 

(……理解が早い。アルフィア……から教えられていたのなら、そもそもあの返事をする筈がないか)

 

 

 完全記憶があれば注意点を忘れる筈もない。リューとしてはアリーゼのこの音量確認は早計かと思っていたが、注意する必要もなく気付くのであれば問題ないだろう。自身の認識を更新し、視界にスパルトイが入った直後に飛び出す。

 セルティはリューの影に隠れて疾走。二人が重なっているお陰で射程幅は広い。ベルは弓を構え、三本の矢を続け様に放つ。唯一リューの動きだけは“技”を見せて貰った時に熟知していた。彼女の(はや)さと技量は熟知している。スキルの効果も。セルティはリューを追随してる為に彼女の動きも理解できた。

 

 故に、三本の矢は二人を避けてスパルトイに向かっていく。曲射にも見える弓の射出は、丁度リューが接近すると同時にスパルトイの下へと辿り着く。矢はスパルトイがリューへと振るった武器を全て弾いた。

 武器への対処が無くなれば防御が必要なくなる。()()()()()()()()()()。加速し続ける妖精の動きは停止を知らずにスパルトイの魔石を破壊し、続け様にオブディシアンソルジャーへと向かって行った。

 

 リューがスパルトイを倒す動きを見せたと同時にセルティはそのまま真っ直ぐオブディシアンソルジャーへと向かっていき、二体とも蹴り上げる。動きが取りにくく、一番無防備な姿。元々動きの遅いモンスター、反撃などできる筈もない体勢。

 その無防備な姿を、加速する妖精は()()()()()。レベル5の膂力はもちろん、精神装填(マインド・ロード)疾風奮迅(エアロ・マナ)による力の強化。そして発展アビリティ【狩人】によるステイタス補正と、大聖樹の枝から作られたアルヴス・ルミナとアルヴス・ノクスの二刀による破壊力。

 

 リューは種族特性もあり、特別力に優れているとはあまり言えない。しかしスキルやアビリティによる補正と武器性能により、黒曜石程度は容易く破壊できる。

 

 

「クラネルさ───」

 

 

 倒した直後の油断。冒険者にはよくある話で、特にダンジョンの経験が少ない者ほど死の危険性が高い。長い耳を揺らして壁の綻びを聴いたリューは、記憶とは違う凸凹の位置を把握して、その近くにいるベルに声を掛ける。いや、掛けようとした。

 その時には既にベルは籠手に内包したハンマーを振りかぶっており、リューが駆け出す前に壁を抉った。

 

 

「ふぅ……。あ、どうかしましたか?」

「……いえ」

 

 

 抉る、だけではなかった。取り敢えずは安全圏からと思ったのだろう。ベルはハンマーで叩き割る瞬間に【遮断】を掛けて破壊音を防いでいた。油断も隙もなく、既に湧いていたモンスターを倒した後に流れ作業の様に生産直後のモンスターを倒す。

 

 

(一々驚くのはやめよう。警戒こそ外さないが、心配無用に違いはない。……私が過保護過ぎるのだろうか?)

 

 

 アリーゼはかなりベルを見極めて“試し”を繰り返しているし、輝夜は既に連携を取るための観察をしている。“心配”など然程もする様子の無い自分を除く第一級冒険者の二人の行動を振り返り、リューはベルをまじまじと見つめながら考え込む。

 

 

「あ、あの……?」

「…………」

「えっとぉ……」

「………………」

「…………〜〜〜〜〜っ」

「ど、どうしました? スキルの過剰使用で副作用が……!?」

 

 

 ボンッ、と。暴発でもしたかの様に顔を真っ赤に染め上げて目を回すベルを見て、じっと見つめていたリューは慌てて近付きおでこに手を当てる。

 

 

「熱い。しかもドンドン上昇している……! あ、アリーゼ。彼に無理をさせるのはやはり良くないのでは? 幾らスキルの補正があるとはいえ、ここまで頭を使うとなると副作用もそれなりの───」

「あ、うん。取り敢えず離れた方がいいかな? ……ポンコツエルフだなぁ」

「ポンコツエルフだ」

「ポンコツエルフですね」

「今私を詰ってどうするのですか……!? く、クラネルさん。目を覚ましなさい。クラネルさんっ?」

「……ネーゼ? 見てて面白いし、暫く索敵お願いしてもいい?」

「良いけど……深層なんだし、程々にしなよ?」

 

 

 平常運転だった。成長はしている筈なのだが、やはりアストレア・ファミリアに皆より遅く加入したという事もあり、リューは末っ子だ。ポンコツっぷりは治っておらず、皆が呆れる中でリューは声量に気をつけつつもベルの頬をペチペチと叩いて起こそうと頑張っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
黒曜石の身体を持つモンスター

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