「クラネルさん。今回の主な目的としては、貴方の深層への“慣れ”です。先日の探索で貴方の能力は把握しましたが……深層は恐らく、記録や周期だけでは計れない理不尽さがある。何より行ける冒険者が限られていて、覚えている記録だけでは分からない部分もあるでしょう」
「あー……はい。正直上層や中層は
「…………まあ、上層・中層の事は置いておきましょう。貴方の慣れが目的である以上、探索の手順はある程度貴方次第です。最低限四十八階層まで行き、遠征目的のアイテムさえ獲得すれば、他の時間は貴方の為に当てられます」
来て二週間程度。その程度の時間経過で上層と中層の殆どを把握したと言う時点で大概おかしいのだが、ベルの
「どこか迂回したい場所があれば先に───」
「もー、野暮な事言わないの! リオン、ベル君が来た以上行く場所なんて決まってるでしょ!」
「? ……。アリーゼ、ダンジョンは観光地ではないのですが」
アリーゼの発言に一度疑問を覚えたリューだが、“ベル”という人名。そして彼の憧れを思い出し、呆れてため息を吐く。出発前の団長らしさはどこにいったのか。
観光巡り気分で“例の場所”を提案するアリーゼに反論しようとリューが口を開くと、意外にもそれを止めたのは輝夜だった。
「良いではありませんか、リオン」
「輝夜……?」
「『水の迷都』には確かにモンスターが多い。けれど知っての通り、あの場所は今や
「それは、まあ」
「何より、彼のモチベーションにも繋がる。その上彼の魔法は煩わしさを遮断し、同時に聴力に長けたモンスターからの感知を防ぐ事が出来ます。あらゆる対策が出来る以上、否定する理由が見当たりませんが」
「……輝夜。それは誰の意見ですか」
「あら? 私の、以外に何があるのでしょう?」
「言い方を変えましょう。アルフィアに任されでもしましたか?」
「あらあら、ふふふ……」
輝夜は袖で口元を隠すと、上品に笑いながらも鋭く挑発する様な目つきで言い放つ。
「それで何か不都合があるのでしょうか?」
「む……」
「ええ、ある訳がない。だが否定したくなる。まるで玩具やペットを取り上げられた幼児の様。あの堅物妖精が随分と絆された様で───なんとお可愛い事でしょう」
ふふふ、あはははと、最早他ファミリアに自身の内面を隠す気が無くなってきたのか。そもそも極東系のファミリアを除けば大抵は彼女の本性を知ってるので隠す必要もないのだが、ガワが外れ、輝夜は高笑う。
その様子を見て、リューは「はっ」と薄ら笑いながら言葉を放つ。
「ならば貴方は差し詰め、幼児から玩具を取り上げるいじめっ子か。他人のモノを奪い高笑う、正義のファミリアとは思えぬ悪行だ」
「あ?」
「は?」
ついぞ武器にまで手を掛ける二人を見て、周りの人達───アストレア・ファミリアを除く人物達は慌て始める。当然だ。レベル5同士の喧嘩など、そこいらのゴロツキの喧嘩とは格が違う。
アストレア・ファミリアの人物達は慣れているのか。いや、どちらかと言えば懐かしむ様な気配すら感じる。実際アストレア・ファミリアにとっては二人の喧嘩は懐かしい光景だ。かの『
とはいえ特別仲が良くなったかと言われればそうでもなく。仲間意識は確かに強いが、決してプライベートに出掛ける仲なんてモノではない。
故に、何かしらキッカケがあれば反発するのは当然の帰結だった。リューにとってはベルは自分が一番近しい人物だと思っていたし、アルフィアからもある程度の信頼を置かれていると思っていた。が、実際彼の事をダンジョン内にて任せたのは輝夜。
輝夜にとってはベルは理想の象徴そのもの。それであると同時に、自身の“今”へと導いてくれた大恩人。例え厳密には同一人物でないとしても、本質が同じ優しさを持っている事は理解している。だがオラリオにて出会った直後、ベルはリューに対して過剰なまでに反応していた。
言わばプライドの問題である。
「……! ベル君、今よ! 今だわ! 今こそアレを言うべきよ! 『やめて! 僕の為に争わないで!』と涙目ながらに言うの!」
「一周回って僕にヘイトが向きそうなんですけど」
というか玩具って。いや例え話とは分かっているんだけど人間的な意識じゃなくお気に入りの玩具を取り上げられた様な感じなのか僕人間なんだけど───と、睨み合う二人から視線を逸らして遠い目でダンジョンの天井を見上げる。
アルフィアとアイズの時の
睨み合う事数十秒。本来なら止めるべき
「やれやれ、英雄の想いを継いだ正義とあろう者が情けない」
「む」
「ぬ」
その声の主人は、心の底から呆れた様子で溜め息を吐く。瞑られた目は開き、ヴィトーは頭を振りながら言葉を紡ぐ。
「あなた方は人をなんだと思っていられるのか」
「貴様が言うか」
満場一致だった。この時ばかりは爆笑していたアリーゼも、対立していたリューと輝夜も、六年前までの出来事を知る者たちは全員真顔で突っ込んだ。
ヴィトーは恥ずかしげに笑いつつ、それはそれ、これはこれと置く様な素振りを見せ、続きを放つ。
「任されようが任されまいが、結局は本人の意思が一番でしょう? 外分的要因に惑わされ、一番重要な彼の信頼を確認していない」
「……」
アルフィアに任されたから何だというのか。彼の義母である彼女の任せるは確かに重要な言葉だが、ダンジョン探索の間という意味である事は明白だ。一生を任せるなどと言われた訳でもあるまいに、何をそんな勝ち誇り、何をそんなに悔しがる必要があるのか。
少なくとも輝夜はお目付役として任せると言われただけだ。実際にベルが誰に信頼を置くかはベル次第。
ヴィトーの言葉に反論の余地は無い。寧ろこれを聞いて刃を合わせるのであれば、ベルを物扱いしてる事に他ならなくなってしまう。
不完全燃焼ではあるが、確かに下らない喧嘩だと二人は息を吐き、刃を納めて武器から手を離した。
「おお」
原因がどうあれ、反発して喧嘩数秒前の状態から元に戻すのは簡単なことでは無い。負かすか勝つかしない限りは、中々認められないのが人の感情だ。
それを簡単に納得させる話術。要因を見抜き、穴を見抜き、理解させる能力。心理にも長けた
「あ、ちなみにだけれど」
アルテミス、ゴブニュ・ファミリアから派遣されているサポーター達が安堵の息を吐くのも束の間。アリーゼが思い出した様に輝夜に顔を向け、再度笑顔を浮かべながら言い放つ。
「輝夜、アルフィアからの伝言ね。『任せたという言葉を免罪符にマウントを取る様なら、後で罰を与えてやる』とのこと!」
「……団長様、絶対に覚えていて【
「えー、何のことかしら? 私は輝夜の動向を確認してからこれを伝えろって言われただけだしねー」
先程の話術に感心したベルがヴィトーに話し掛けている様子を見て、アリーゼの手の内かと言わんばかりに輝夜がジト目で見つめる。なまじ言い訳が上手いので言葉を突く事が出来ない。確かに人の本心を見抜くなら“経過”を確認するのが確実だ。事実輝夜はアリーゼから先にアルフィアの言葉を伝えられていれば突っ掛からなかっただろう。伝えられてなかったからリューを揶揄った。
『例の場所』への提案はベルのモチベーション向上が第一、第二に輝夜の言動確認。そして第三に、ベルにとって関わりがまだ薄いヴィトーへの信頼向上。全く敵わんと言わんばかりに息を吐き、地面を見つめながら呟いた。
「……アルフィアの罰か」
「怖いよね、分かる。あ、リオンも連帯責任だからね?」
「え」
「煽り返し、ダメ絶対。同じ土俵だもん」
「…………はい」
納得はいかない。が、一理ある。任された輝夜が調子に乗ってたから言い返した、ではなく、輝夜の意見として受け入れればここまで発展しなかったのは事実だ。責任の一端は確かにリューにもある。不承不承ながらも頷いた。
「さて、ベル君。貴方の頭ならもう上層・中層のモンスターとの遭遇を最低限にして最短ルートで行ける道が分かってると思うけれど」
「はい」
「敢えてモンスターとの遭遇を増やして行くわ。特に中層のモンスター。リヴィラの街に着くのは夜になる前。遭遇モンスターの種類はレアを除く全て。可能ならレア・モンスターも含める。それでルートを構築して貰ってもいい?」
「え、と……はい、分かりました」
アリーゼはベルのスキルを熟知している訳では無いが、その効果の有用性を理解している。後は“勘”に任せてベルが対応可能な範囲を決め、道順の提案をお願いした。
ベルが脳内でのマップ構築をしている間に、アリーゼは事前に話していたリヴィラの街に着いてからの行動を振り返る。
「今回は上層、中層域の魔石は全部リヴィラの街に寄付。ドロップアイテムも同じね。何か必要なら交渉に使ってもいいわ。宿はいつも通り取らずにテント。明日の朝までは自由行動ね。オッケー?」
各自頷き、前日に確認した通りだと了承する。
「それじゃあ気を取り直して、行きますか!」
『例の場所』とは、六年前の英雄譚にて最後の章を飾る決戦の舞台の場所を指し示している。【
そして同時に、
一度リヴィラの街で休憩を取り、早朝に出発を始めた。
「見れば一目瞭然だけど……中層のモンスターはどう、ベル君?」
「やっぱり個体差によるパターンの違いは上層よりも多いですね。でも骨格や体格である程度絞れるので、それほど問題はなかったです」
先日のダンジョン探索では到達階層を上層までに止めていた。リューの判断で“技”を習得させるのが先と判断したからだ。事実リューから学んだ技を主体にモンスターを倒しており、何より彼女の速さをメインに扱う戦闘はベルのスタイルに合っていて、上層とは比べられない量のモンスターが湧く中層でも問題なく倒せている。レベル3に至ってるとはいえ、探索二回目のダンジョン初心者が一人で、だ。
アリーゼとリューの判断は正しく、一度経験させたモンスターとの戦闘は流れ作業の様に終えている。本来遭遇が難しい筈のレア・モンスターとの遭遇も彼のダンジョン周期把握と
それもあってリヴィラの街でのやり取りで少々時間を食ったが、最終的にはアリーゼの「全寄付!」宣言で終止符を打ち、こうして予定通りの遠征が続いた。
「とは言え、資料通りの出現数だと考えると、下層以降は今の僕だと単身は難しいですね。行くだけなら簡単ですが、モンスターを倒すのを前提にするなら後二人くらいは」
「単身で行かせるつもりはないから心配ないわ。……どうしたの、レトゥーサ? そんな下界にいる時の身体能力一般人な神様がモンスターを倒した時みたいな顔して」
「なぜそこまでピンポイントに言えるのですか。いえ、実際その通りという訳ではないのですが……何というか、彼のその、弓を扱う時の動作が……アルテミス様の動きと
「ちょっと心当たりがあるんだけど……えっと、まさかとは思うんだけど、昨日のアルテミス様の言葉の意味を聴いただけで……?」
ベルにとって一番親しみやすいのは同類だ。“推し”に近い存在がいるベルとランテは部分的に似ており、接しやすい。故にアルテミスの事について質問しやすいのはランテだった。
先日の夜。まだ寝るには早い時間帯で、ベルはアルテミスの「矢を射るのだからそれは必中だ」という発言への意味を彼女の眷属に問いた。ランテは出発前の出来事で戦々恐々しつつも、ライラの言葉からある程度のラインを推測して単純な会話程度は問題ないだろうと話を続ける。
アルテミスを見続けてきた───文字通り赤子の頃から神の御技を見続けてきたランテからしたら朝飯前に答えられる事だ。「訳が分からない」である。
矢が必中である事は弓を扱う者にとっての理想だ。某道化のファミリアに所属しているエルフは魔法という性質上そういう効果もあるが、アレはズルだ。ズルではないがズルだ。通常の弓で必中というのは理想であっておよそ現実的ではない。
何故なら弓矢はその性質上、射る者がある程度の腕前を持てば殆どが武器性能に依存されるからだ。直接振るう剣と違い、弓矢は放たれた時点で終着点が確立される。その上、持ち手の能力には左右されない。全くという訳ではないが、相手が一定の能力値を越えれば弓矢は扱えない武器になる。何せ矢が放たれたら避ければいいだけの話だ。
が、
ただそれは過程の話であり、“結果”で言えばランテも想像は出来る。矢は一直線に飛んでいく。
ほら訳が分からないだろと笑いながらも、ランテは丁寧にアルテミスの言葉の意味を教えていた。そしてベルは真剣に考える。結論、レトゥーサが発した言葉通り、ベルはアルテミスに似た技を使っていた。
「あ、いや、流石にアルテミス様の技は無理です」
そう。アルテミスの技は無理である。タケミカヅチの時の様に神の技をそのまま自分のものとする所業は、少なくともレベル3のベルでは不可能。レトゥーサが感じた通り、あくまで“似てる技”だ。
同じ必中であれ、その性質は全くの別物。アルテミスの技は定められた様に敵へと当たるもの。言わば導かれる様に、当たるべくして当たる技と呼んでいい。
対してベルのは、本来人間ではあり得ない膨大な情報量を捌ける脳を持つが故の圧倒的なまでの『予測能力』を活かした、敵の動きを読み切って移動する場所に矢を“置いている”技。アルテミスの技が当たるべくして
同じ動作、同じ構え、同じ射出タイミングであろうと、ベルとアルテミスの技では本質が違う。だから本当に似せているだけだとベルが苦笑して言えば、アルテミス・ファミリアの眷属達は絶句した様に口を半開きにしている。
「……? どうかしましたか?」
「へ? あ、いや! 何でもないです!」
「です?」
昨晩話していた時は気軽に接する様な口調だったのに急に敬語で話し始めるランテに、ベルは思わず首を傾げる。何かおかしな事を言っただろうかと、恐らくこのメンバーの中ならば一番“技”に長けているであろう輝夜に視線を向けると、彼女は肩を竦めて言葉を発した。
「
「……?」
「……アルフィアめ、一体どれだけの理不尽をベルに見せた」
すっとぼけているとか、自身の能力に胡座をかいているとかではない。
ベルが技の会得に関しては並外れた吸収性を持っているのは今更な話だ。だがこの意識だけは何とかせねば、ベルの技習得までの一連の流れを見ただけで心が折れる者が出かねないだろう。
これを含めての“任せた”かと輝夜は、再び嘆息した。
「ふふ、ふふふ───何とも規格外。故に、ああ、楽しみですねぇ……彼が最後の英雄へと至る時、その光景はどれだけ凄まじいものとなるのか。私が見れなかったかつての英雄の一撃……それを超える、下界の悲願の一撃。ふふふ……んんっ、何とも甘美。想像だけで五感が
「ヴィトー、よだれよだれ」
「おっと、これは失礼」
一連の流れを眺めていたヴィトーは恍惚の表情を浮かべながら、未来に訪れるだろう───否、未来に求められるその一撃を想像する。そんなヴィトーから溢れる涎を指摘しつつも、アリーゼはベルの事を考える。
(……実際、とんでもないわね。アルフィアの訓練で積み重ねた努力があるとは言え、これで
中層域を超えて、聴こえてくる滝の音。アリーゼはかつてエレボスが求め、そして応えた英雄の一撃を振り返り、ベルを見つめる。
(リオン、観光気分なんかじゃないよ。これは必要事項。彼が英雄へと至らんとするなら、必ず見る必要がある。人の極致でも神の技でもない、他ならない求められる英雄の一撃。それが齎す“偉業”を)
連絡通路を超え、やがて見えてくる広間。かつて漆黒のモンスターが生まれ、神を喰らい、それを英雄が倒した階層。かつての決戦の舞台。
「さ、ベル君! ここが───今も尚
英雄の一撃で抉られた壁は、今も尚、炎の残滓を残してダンジョンの再生を阻んでいた。