「……ふむ」
吹き荒れる音の嵐を掻い潜り、刃と刃を合わせて滑らせる。偶には気紛れで剣を使うかと思い立った朝日の訓練。アルフィアはベルの動きを見て、言葉一つ呟いた。
(この動きは……微かにだが
なるほど、と。輝夜に連れられた件、またリューとのダンジョン探索、及びその後の訓練をしていたという話を思い出し、現在の動きを理解する。
神の動き。無論神の力に頼らない、権能の域を出ない程度の動きではあるが……文字通り神技
そしてつい昨日のリューとの訓練。
「……順調に覚えられている様だな」
「────ッ、っ、ぁ」
答えようと口を開くが、迫り来るアルフィアの猛攻に思う言葉が出せず、ただただ肺の空気が出されていく。「待って攻撃止めて」と言いたげな表情を見て、それを理解したアルフィアは腕を脱力させ呆れた様に息を吐く。
「この程度で呼吸が保たんとは……感心したのも束の間だったな」
「ゲホっ……ふー……っ……。……神様の技が、予想以上にキツくて」
「ふむ? 何がキツいか、振り返ってみろ」
「……まず、普通の状態だと神様の技を使うのは無理だった。基礎で突き詰めた予備動作を少なくする手段でも、神様の技には身体が追いつかなかった」
「ああ」
「だから、素早い呼吸で心臓の鼓動を活性化させて、血液の循環を早めた。常に身体を運動状態にして、初速を格段に上昇させた……んだけど、
敢えて極限状態に追い込むことで、自身の肉体を強制的に最大状態まで引き上げる。最大の状態ではあるが同時に限界に近い状態でもあるそれは、発揮できる時間が相応に短くなる。そこに至って漸く片鱗が可能な神の技。
何日かの試行錯誤と自身の肉体に擦り合わせて尚、デメリットの大きさに悩まされる。人の身で使える神様の技の、受け流しという一点ですらこの体たらく。
やらない方が良いのではないか。そんな思考を過らせたベルに、アルフィアはほとほと呆れた様子で紡いだ。
「当たり前だ。
「へ……? でも余程
「人の子の技ならば、な。まさか神にまで手に掛けるとは思わなかった」
というか、アルフィアが鍛えた観察眼で見れば分かるはずだ。あんなものは不可能だと。アルフィアですら猿真似が限界の武の神の技を、飛び抜けた才能のない第二級冒険者が再現出来る筈がないのだ。寧ろ片鱗程度を数十秒もの間扱える方が異常事態。
「人の身体能力に落ちてるとは言え、その身は神の力を幾千年───幾万年と“経験”を重ねている。人が出来る程度の経験とは比にならんモノを膨大に積み重ねているんだ」
魅了されては人の子が抗えるはずもない美の女神。神の力が使えずとも神装武器に等しき装備さえ作り出す鍛治神。
その道の神の経験を積み重ねてきた者たちに、人の経験如きが届きよう筈もないのだ。それこそ、その道の象徴とも言える神の恩恵でも受け、人生の全てを捧げる程の年月を重ねなければ、届く事を許されない。
故に、片鱗であり実戦では全く使えないとは言え───たった数日で再現出来るベルこそが異常である。
(……やはり規格外だな。
満遍なく平凡でありながらも、強く在ろうとする彼の身に授けられた全知全能の
(しかし、それを考えれば今度は逆か。ゼウスの恩恵を受け、且つ強くなるという想いを胸に突っ走るのであれば……それこそ、片鱗ではなく神の技に届いてもおかしくない。寧ろこの程度で収まるはずがないだろう。
確かに規格外。だが足りない。
かの英雄をも超える要素は揃っている筈なのに、現状英雄には到底敵わない。何が足りないのかと長く考え込むアルフィアに、ベルは首を傾げながら話しかける。
「
「ふんっ!」
「───〜〜〜〜ッッ!!?」
「いい加減その癖を直せ。私がおばさんと呼ばれるのが嫌というのは何度も言っているだろう」
と同時にアルフィアの
一瞬意識が飛び掛けるが、力に関しては相当にセーブした様だ。視界が眩んだがそれも数秒。白く光る視界は元に戻り、アルフィアの姿を涙目ながらに睨みつける。
「魔法なら防げたのに……っ!」
「だろうな。お前が普段から私の“動き”よりも“言葉”を注意しているのは知っている。咄嗟ならば動くよりも詠唱を唱えた方が楽だからな。だからここぞの攻撃で“動き”に変えた。これが駆け引きだ、覚えておけ。お前のは“計略”だ」
「ぬぐ……」
確かに、と。納得させられてしまった。ベルの場合は圧倒的なまでの情報量による行動の予知。それは技と駆け引きというよりは、パターンの分析を暴き出し推定行動を確立する計画的な動きだ。
今までの行動からアルフィアの物理的な攻撃は限りなく低い可能性だった。それを知っているからこそアルフィアは直接攻撃に切り替えた。今までの行動パターン全てを覚えているベルにだからこそ刺さる駆け引き。
「で、何か言いたげだったが?」
「あ、うん。お
「ふむ……私がお前の
アルフィアは数秒の思考の下、結論を出す。
「まず心臓を止める」
「え」
「電気ショックや圧迫、あらゆる手段で心臓を止める感覚を身につける」
「えぇ……?」
「で、そこから心臓を動かす術を模索する。意図的に心臓の速度を調整できれば、呼吸の繰り返しが無くなり、肺活限界は通常通りのまま、身体を運動状態に出来るからな。一度感覚さえ掴めば【完全記憶】はその再現を可能と出来る」
「…………」
「あくまで
発想から常軌を逸してた。というか両腕折れて“殴る”という選択を取ったり目潰しされて尚目を開くとかいう暴挙に出る
確かに理には叶っている。ベルの完全記憶は視界に映したモノのみならず、自身の身体的変化でさえも記憶する。筋肉の質量や力の成長。故にベルに“ズレ”というものは存在しない。必ずステイタスの最大パフォーマンスを発揮出来る。ともすれば肺活限界を間近にして運動状態を作るよりも、肺活に余裕を持たせ尚且つ運動状態を作るというのは理想であり、目指すべきもの。
だがそれを出来るか否かで考えれば否である。そもそも人は心臓が止まったら活動限界を迎えて死に至る。血が回らず身体は動かない。一人であれば確実に死ぬコース一直線。人がいても正しい処方をせねば簡単に死んでしまうそんな方法を誰が取るというのか。
だがそれを取ると断言できるのがアルフィアだ。
「しかしまあ、実践に活かすとしたら……長引く戦闘よりは、味方のサポートで攻撃を弾く手段を取るだろう。現実的に考えたらな」
「攻撃手段じゃなくて、防御手段」
「少なくとも第一級冒険者の攻撃を弾ける“技”だ。一対一ではなく多対一で格上を相手にするなら、有利な一手となる。継続ではなく一瞬の出来事だろうと、確実に崩せるだろう」
「……なるほど」
「いずれにせよ、あまり実践向きでないのは確かだ。例え万全に扱えるのだとしても【英雄の一撃】になる事はない。……あまり焦るな。私がいる」
「ん……」
───焦れよ、英雄の卵。
───焦るな。私がいる。
どちらの言葉を取るべきだろう。普通に考えれば
でも、自分の本質を見抜くような瞳で見つめる
英雄が集うオラリオ。普通なら英雄譚の様に、その『約束の刻』を乗り越えるのだろう。自分一人が居なくても、アルフィア達が───。
「……」
胸の中で、「逃げてる今じゃ開花しない」というエレボスの言葉が渦を巻く。ああ、これはダメだ。記憶の中の不純物と化した。自分の在り方が酷く気持ち悪く感じる。嫌な事は忘れてしまおう。知らない神よりもよく知る母を取る。それは当然の事。
明確な意思が、記憶の言葉を掻き消した。
「快晴! 気持ちいい朝から行くわよ! これは冒険日和!」
まあダンジョン内に天候は関係ないけども! と元気よく笑顔で告げるアリーゼに、輝夜は何とも言えない表情で言葉を溢した。
「突っ込みが間に合わない」
「アリーゼ、今は割と雲が多いです。それと今は昼前で、今回は冒険というよりはクラネルさんの───」
「いい、いい。突っ込まないで下さい。際限がありません」
生真面目に答えるリューに溜め息を吐きながら抑える輝夜。アリーゼは目を輝かせながら拳を作り、言葉を紡ぐ。
「でも絶好調なのは間違いないもんね!」
「……否定はしません」
「ええ。確かに今日はコンディションが整っている」
満面に、呆れながら、薄らと。三者三様ながらも全員が笑顔で、自身の調子を確認する。
「……なーんかテンション高いよなぁ。ねぇ【
「ああ、まあそりゃそうだろうな。アイツらは特に張り切るだろ」
「アストレア・ファミリア唯一の男の子に良いところを見せたい……的な!? え、意外! あの三人ってそういう面にドライだと思ってたけど、気に入った子には肉食!?」
「お前の脳内お花畑の通常通りにホッとするぜ、【
「辛辣過ぎる……」
アルテミス・ファミリアの一人、ランテがライラに対して主力三人のモチベーションの高さについて問い掛ければ、やがてやり取りの末に傷付く言葉を貰った。
まあ理由としては某
何とも言えぬ敗北感に包まれたランテは、ふと己の主神の発言を思い出す。ランテ達の押しがあったとは言え、未だに堅物なあの処女神ですら比較的好意的に見る男の子。ならばアルテミスのファミリアに所属しながらだとしても。
「ワンチャンいける」
「やめとけ死ぬぞ」
「へ、何で? 彼自信が望むなら誰も───ひぅっ!?」
ランテの呟きとベルへの視線でそれが何を意味するのかを即座に判断したライラが本気で焦った様に肩を掴んで引き止める言葉を紡げば、ボケッとした様子のランテは突如として表情を恐怖に染めて背筋をピンと伸ばす。
冷たい風が背中を強く撫でる。明らかに自然な風ではなく、また悪寒というにはあまりにも感触が残っていた。意味が分からずあっちこっちを見渡すランテに、ライラは溜め息を吐きながら告げる。
「一応言っとくと、アイツには
「何それ怖い。っていうか悪意って程でも……」
「軽い気持ちで触れるなよ、って事だ」
ベルは純粋だ。それはもう魂に現れるレベルで純粋であり、染まりやすい。恐らく女性関係を持とうモノならば止まらなくなる。特に現代のベルに関しては英才教育(ゼウス式)を受けていない為にそう言う願望や感情に鈍く、ロマンや倫理観など全無視でハマりかねない。
だから軽い気持ち───アマゾネス等の娼婦や、「いい奴っぽいしオケ」程度の認識で迫る輩からは守らねばならない。そういうスキルが
ランテは主神の話を思い出す。かつての最強派閥と称されたファミリアが一角、『メンヘラ』『ヤンデレ』『悲劇の元凶』『神々の王』『怖い女代表』『夫婦喧嘩の常勝者』と称される女神の事を。
「……こ、これがヤンデレという奴……!」
「んー……んん? や、ちと違うな。いや、アタシもそういう神サマ達の用語に詳しい訳じゃねーけど、嫉妬深いとか独占欲じゃ無いんだよ。なんつーか……依存、的な?」
ベルが望むものを受け入れるし、ベルの全てを守りたい。ベルが望み、そしてベルの事を本気で想うのであれば、別の女性だろうとその全てを許容する。
自分の押し売りというよりは、ベル限定で全肯定と化す少女。それがアイズ・ヴァレンシュタインという英雄を求める少女だ。
簡単に言ってしまえば、
「ちなみに」
ゴォン─────と、大きな鐘の音と共に、地上が揺れる。明らかな魔力の波動。仮に深層の階層主を倒すとしてもオーバーキルとも言える破壊の轟音が鳴り響き、その音に聴き覚えのある者は思わず顔を引き攣らせる。あのアリーゼでさえもボケる事なく死んだ目で「こっわー、ウチのレベル8様こっわー。
「ベルには
「すんませんっした……」
「へ? あ、はい。……?」
ほぇーと揺れる地上にボケッとしてるベル。ライラが発した言葉に、ランテは思わず現状を何も理解してないだろうベルに謝罪した。案の定困惑した表情で首を傾げている。
(
余談だが、ここまでライラがアイズについて詳しい理由は、実際にスキルの使用……正確には“受信”の瞬間を何度か見ているからだ。フィンとの定期的なやり取りで黄昏の館へ訪れた際、彼女の主神であるロキの「あの兎攫って女装でもさせてフレイヤの前に差し出したら面白いんちゃうかな」と呟きに対し、その場に居なかった筈のアイズが瞬く間に現れ、その首に剣を突きつけられていたのだ。
そんな光景を観ている内にフィンからスキルの一部の効果を教えられ、アストレア・ファミリアの中で唯一アイズのそのスキルの一部を知っている。ちなみにアルフィアの方はファミリア内の全員が知っている事だ。
先日のエレボスなんかは例外で、彼やヘルメスの場合は揶揄いという面こそ表れるものの、大部分はベルの
「───さて! 気を取り直して行きましょう! さあ点呼!」
アリーゼは一度手を鳴らし、遠征メンバーの注目を集める。一人一人の名前を呼び、予定通りに揃っている事を確認すると、先程までの満面の笑みは鳴りを潜め、雰囲気が強気に変わる。
緊張感を弾き飛ばす大きなテンションと、紛れもなくダンジョンに向かうと理解させられる冒険者の雰囲気。曲がりなりにもレベル5で、現最強派閥の一角であるファミリアの団長であるだけの理由があると、ベルは理解した。