アルテミス・ファミリアとの顔合わせを終えたその後。当然サポーターだけを連れて深層への遠征など行くはずもないので、その他アイテムや武器整備などを担当してくれる【ディアンケヒト・ファミリア】や【ゴブニュ・ファミリア】へと訪れた。
武器作成に置いて“鍛治”の発展アビリティの有無は大きく影響する為、ヘファイストスと並びある種ブランド物と捉えられる武器を製作するゴブニュ・ファミリアには第三級冒険者が非常に多く存在する。鍛治師を護衛する必要はあるが、流石に深層へレベル1を連れて行くのは万が一がある。最低でもレベル2以上が付くとの事だ。
遠征期間が非常に長く、特に下層以降に進む際は武器の摩耗が激しい。場合によっては鍛治師の有無で遠征を左右する場合もある。鍛治に遠征にと大変ですねと、そう呟いたベルはゴブニュ・ファミリアの団員に勢いよく肩を掴まれ「分かってくれるか!?」と言われる。
曰く、某道化のファミリアの一部団員にエゲツないスピードで武器を磨耗するアマゾネス
曰く、そのアマゾネス達は英雄への強い憧れで、物語の終わりを締めくくった“英雄の一撃”を目指しているらしい。
曰く、「つまり英雄が元凶」。ベルはゴブニュ・ファミリアの人達への同情と共に、彼らの話す「アマゾネス」にシンパシーを覚えた。勢いで言えば気圧されるが、想いで言えばベルのそれも強い。
アマゾネス達と英雄について語り合ってみたいとベルが気分良さそうに呟けば、輝夜は苦笑。その思考の内容は「哀れリオン」である。恐らくそう遠くないうちに実現するだろうアマゾネス達とベルの邂逅。それを抜きにしても、これ以前で既に某
半ば興味を抱いてしまった為か、それほど詳しくないリューを巻き込んでの
で、特にアーディやリューは直接観た冒険者。当時の話を訊こうとこぞって集まる。ノリノリなアーディは兎も角、潔癖が薄らいでいないエルフにとってそれは中々の苦痛。故の輝夜の同情である。
まあ同情するだけだが。
そして、今度はある種同一存在と呼んで良いベルも加わるときた。リューは頭痛どころか胃痛も追加されるだろう。これを哀れまずにはいられまい。
まあ、哀れむだけだが。
そして次に【ディアンケヒト・ファミリア】の───というよりは、主にアミッドとの会話。アイテムの購入は問題なく終わり、ベルとアミッドは対面した。そしてジト目で見詰めるアミッドにベルは動揺を隠せない。……アミッド的にはジト目というより観察だが。
「アストレア・ファミリアの新人は加入初日に深層へ単身潜り込む阿呆である」。かつての英雄並みの無茶をしてないか、そうやって怪我の確認をする為の観察ではあったのだが、そんな噂が流れていたのを思い出したアミッドは今度こそジト目を向けた。
が、無駄である事を理解しているので、溜め息一つ。輝夜に向けて「
───さて、これにて顔合わせは終わった。全員概ね好意的だ。サポーターにアルテミス・ファミリア。武器整備にゴブニュ・ファミリア。この二つのファミリアが今回の遠征に於いて付いてくるファミリアだ。
過半数が同ファミリアのメンバーの必要がある遠征ではそれ程人数は多くない。アストレア・ファミリアから全員参加の十三名。アルテミス・ファミリアから六名。ゴブニュ・ファミリアから五名。計二十四名での遠征だ。
到達目標は深層49階層の一歩手前。階層主バロールが存在する階層の一つ前、48階層だ。アストレア・ファミリアの最大到達階層は55。……まあ元ヘラ・ファミリアのアルフィア単体で考えれば60階層以降も加算して良いかもしれないが、それを抜きにしても今回の到達目標階層は低い。
本来ならば“未知”を開拓する為に、現最大到達階層の一つ先を目標にする筈。ならば何故、本来よりも8階層も上層の48階層を探索するのか。いやもう理由なんて明白である。『実力はあるがダンジョン経験皆無の新人を慣れさせる為』、それ以外に何があると言うのか。
ベル・クラネルという少年は、現在レベル3……それも敏捷で捉えればトップクラスと考えて良い、実力で言えばそこらの冒険者よりもよっぽど強いと考えて良いだろう。
しかしダンジョン経験皆無。幾らダンジョン経験豊富な
放っておけば必ず無茶をする。かと言って厳しすぎる監視や保護は、少年の心が許すまい。故に監視下で充分な力を発揮してもらう。それが今回の遠征の目標だ。
遠征出発は一週間後。それまではダンジョン探索は中層までに抑え、パトロールに専念。日によってアストレア・ファミリアの違う人物達と行なっている。やはり『正義の派閥』なだけあり、交流が広い。ファミリア同士はもちろんの事、一般人や神様に渡って幅広く声を掛けてくる。
凄いファミリアに入ったモノだ───いやホントに何故こんなにも好意的なのかとベルは戸惑う。いや、アストレア・ファミリアに対しては分かるのだ。正確にはアストレア・ファミリアの団員は。しかしベルに関して言えば、まだ何の実績も無いただの団員に過ぎない。全く交流がないとも言えるただの新米だ。にも関わらず、ベル個人に対してとてつも無く好意的な人物……特に神物が非常に多い。
「……“オラリオの英雄”の容姿に似てるというのは非常に嬉しいですが、それだけでここまでチヤホヤされるのは……ちょっと申し訳ないですね」
「ん? んー……まあ貰えるものは貰っておきなさい! その好意に応えられるベル君になれば良いと思うわ!」
やっぱ良い人なんだなと、現在パトロールを共にしているアリーゼの性格を再認識。……アリーゼ的には本心である事に間違い無いが、「神様達は分かって揶揄ってるわね」と苦笑気味だ。流石にアルテミスやフレイヤ程、魂の精密な感知をできる訳ではあるまい。それでも魂の同一性を見抜く事は出来るのだろう。だからかの英雄と、このベル・クラネルが本質的に同一存在であることを理解している。しかし同一人物でない事も理解していた。
全く厄介な存在である。娯楽に飢えた
「……ねぇベル君」
ただ、まあ。
「ちょっと寄りたい所があるんだけど、行ってみない?」
「え? えっと……パトロールから外れた場所ですか?」
「そうね、少しズレてるかも。けど正義の派閥としては決して外れた場所ではないの」
アリーゼもアリーゼで、彼女からしたらベルは面白い存在である事に違いはなく。
「孤児院、行ってみない?」
かの英雄の“結果”を見せるくらいは構うまいと、そう満面の笑みで告げた。
「ほう? へぇ……?」
薄い笑みと興味深そうな細ばめられた目。“悪”をなぞっているような態度と表情。黒髪に白いメッシュの入った、確かな“神威”を
そんな神───エレボスにジッと見つめられ、ベルは直立不動となる。嫌悪を向けられてる訳ではない。かと言ってそれが好意という訳でもなく、この都市に来て初めての感覚。……いや、少し語弊がある。好意的な感情があるかどうかの違いがあるだけで、これは他の神と同じだ。“興味”の視線。ただエレボスは一切の感情がなく、単純にベルの在り方を見極めようとしている。
「ふぅむ……同一存在ではあっても同一人物ではない。心が純真なのは同じ……だが
まるで理解できない神の言葉。同一存在と同一人物? フレイヤが攫わないのも納得? 一体何を言っているのか。ベルが困惑の表情を浮かべながらアリーゼを見れば、ニコニコと笑いながら静観している。
何が目的なのだろう。
「なあベル・クラネル? 正義の派閥に入ってるお前に一つ問う」
───なるほど。それは当然の事だ。アリーゼからしても気になる事に違いはなかったのだろう。エレボスが問うのは、もちろん。
「お前の正義は何だ?」
正義の派閥の一員が抱く正義。
「……誰一人死なせない、そんな英雄の意思を」
「へぇ? そりゃつまら───」
「おーい絶対悪! 今日もやるぞ冒険者ごっこ!」
「おい絶対悪! 今日もいつものように悪役お願いするぞ!」
「おーい絶対悪(笑)、そろそろ働け!」
「───……えぇ? 今いい所だったろうよ。というかお前ら、絶対悪はやめ……つかおい最後! 孤児院の子供じゃねえな、神だなおい! どさくさに紛れて言うな! (笑)ってなんだ!?」
……シリアスな空気は一分と許されない。薄ら笑いの消えた男神の感情豊かな表情を見て、ベルは唖然と佇んだ。先程までの表情が演技だったのかと問いたくなる程の変化。
アリーゼは変わらずニコニコと満面な笑みだった。
一瞬にして孤児院の子供に囲まれ賑やかになる。どうしたものかとベルが考えていると、背後からバタリと音が鳴る。扉が開いた音。だがそれ以降の足音が無い。気になって振り返れば、そこには立ち止まっている目を見開く男。
恐らく冒険者だろう。それらしい雰囲気を纏う男性はベルと見つめ合って数秒。そのステイタスを活用してか、一瞬にしてベルの目の前に現れて跪き、その手を取る。
「ああ英雄様! 6年ぶりの再会、誠に嬉しく御座います! 私あれから色々な事を試し……ああいや試しと言っても決して害意をなす気はなく、あらゆる“救い”に手を伸ばしておりまして、その途中世界からの許しを得たのか、想いを実現するように新たなスキルを会得する事でこの身の欠陥を克服する事が───」
「おい。おいヴィトー? 一応言っておくぞ。ソイツは別人だ」
「何を仰います神エレボス! どこからどうみても6年前と変わらぬ姿! ……変わらぬ姿?」
物凄い勢いで独白する男……ヴィトーに、ベルは狼狽える。全く身に覚えのない人物からの圧倒的な好意。いや、盲信とも言える態度。
そんなベルの困惑を理解したのか、ヴィトーは咳払い一つ。恥ずかしがるように顔を微かに染め、表情を整える。
「これは失礼しました。全く同じ容姿に思わず感極まってしまい……ああ、私はヴィトーと申します」
「べ、ベル・クラネルです」
「……神エレボス、これはもはや運命では?」
「いや、まあ……運命じゃね?」
何せ同一存在ではある訳だし。詳しい事情は話せないけどもと、エレボスはそう内心で付け加える。
アリーゼは依然ニコニコと満面な笑みだった。
「【
「ええ、此処に来た理由の一つはそれだし、もちろんよ!
「……えと、アリーゼさん。“願ったり叶ったり”です。それだとただ願ってるだけです」
「そうとも言うわ!」
「そうとしか言わないですけど!」
何とも一気に賑やかになった。
それから孤児院の子供達と遊んだり、ヴィトーとの親交を深めたり、エレボスが他神に揶揄われたりと色々あり、パトロールを再開する時間帯に。眷属が一人だけなのにレベル5で、その人と協力関係を築けているなんて凄いですねとアリーゼに言えば、ここで初めて苦笑気味になる。
何故だろうと首を傾げるが、それを遮るようにエレボスが、最初の様な薄ら笑いでベルに話し掛ける。
「ベル・クラネル」
「え、あ、はい!」
「お前の本質は“矢”の様な真っ直ぐさだ。だから
「……?」
「かの英雄が遂げた偉業で、今の世の中は平和そのものだ。まだ時間はある。でも“約束の刻”は必ず訪れるだろう」
アルテミスからも告げられた、魂の話。それと意思との関係。オラリオに来てからは困惑続きだ。自然な様子で首を傾げているベルを、エレボスは目を細めて視線を射抜く。
「焦れよ、英雄の卵。未だ生まれぬ素質は、かの英雄と並ぶモノだ。万が一の時は───絶対悪が立ちはだかり、逃げる事を止めるだろう」
───その時まではじっくりと考えろ、お前の正義を。