「……」
「……チッ」
───いきなり睨まれ凄まれブチ切れられ。初対面の相手にそうまでされる理由があるのだろうかと思い込んでいたベルだが、真正面で対峙すれば、暫くの沈黙の後、舌打ちをかまされる。
ベルが困惑していれば、アレンは手に持ったお盆を肩に押しつけ、クイッと店の方に顔を動かした。
「飯食うんだろ? さっさと店入れ」
「……貴様がいるという事は、
「……あの方はいねぇよ、音女。
「ああ、なら問題あるまい」
先までの気迫が嘘の様に───いや全く消えたとは言い難いが、少なくとも先程までの怒りに似た感情は見えない。何より、アルフィアとアレンの会話。“あの方”というのは一体誰なのか。
ベルの中に様々な疑問が浮かぶが、アルフィアが店の中に入っていくのを視界に捉え、慌ててザルドと共に入っていく。
「やーやーベル君! いやー、みっともない所を見せたわ! 中々に珍しい姿だったからね! あ、
「正にその通りだからだが」
「酷い!?」
「ぐぅの音もでねぇ正論だろうが」
「ガーン! そんなぁ……」
わざとらしいというか、敢えてやっているというか。大部分は本音である事に間違いはないのだろうが、オーバーなリアクションというべきだろう。ベルは苦笑しつつも、アルフィアとアレンの言葉は否定しない。
「アリーゼさん、ファミリアの皆さんは?」
「ん、今は私だけ。みんな休め休めって言うから、折角だしリオンが通ってる店に来たのよ」
「……追い出されたんですか?」
「あれ、なんか実力面の信頼が底辺まで落ちてる……?」
「現状を見る限りでは正しい評価だな」
「あー、それらしい所見せれてないもんなぁ」
いや、実際のところアリーゼの腕が確かなのは間違いようもない事実だろう。最低限とはいえ冒険者の才があるベルは理解している。
とは言え、団員から呆れられたりしているのを見る限り、『頼り甲斐のある感じ』は然程無い。その点で言えば贔屓目を抜きにしても
ベルの率直な感想としてはそれだ。アルフィアがベルの思考を読み取った様に言葉を紡げば、アリーゼは「否定出来ない」と苦笑した。
「……だがベル、こんな人物でも
「デレた!? ねぇねぇベル君聞いた!? 今完全に逃れようもなく目の前でデレたわ、あのアルフィアが!」
「え、僕には会った時から結構優しく微笑んだりしてくれますけど……」
「くぅっ、マウントを取られる……! でも家族愛てぇてぇを邪魔する事は出来ないっ! ……私って結構お邪魔虫なのでは?」
「てぇてぇ……?」
神が偶に放つ意味を把握できない言葉の一つ。交流のある神から教えて貰って使っているが、意味が伝わらない相手には安易に使えないものだ。まあ教えればいいだけではあるが……初見時に伝わらないのは中々悲しいものである。覚えれば使ってみたいと思える言葉は沢山あるので、折角のベルのスキルを利用して覚えて貰おう。アリーゼはそう思考した。
哀れ兎。ここにアリーゼの犠牲者がまた一人。
「ここでは平等にお客様、ですよ。アリーゼさん」
「うぅ……私の味方は貴方だけよ、シルちゃん……!」
「あはは……」
割とガチで「去った方がいいかしら?」などと考えていたアリーゼを見抜いたのだろう。さり気なく近付いた薄鈍色の髪と瞳を持つ店員……シル・フローヴァは苦笑しながらアリーゼに告げる。
……本当にアルフィアが認める程の団長に足る器はあるのかと。ベルが疑問の表情を浮かべながらアルフィアを見れば、彼女は肩を竦める。まるで言葉ではなく「これから見極めればいい」とでも言いたげだ。
対象にザルドはベルの頭をポンポンと叩きながら、明確な理由を話す。
「ベル、オラリオの“英雄”の話は聞いているな?」
「あ、はいっ! 都市中に鐘の音を響かせ、ただ一人の犠牲も出さずに争いを終わらせた───あの大英雄アルバートと並び立つと言われてる『最後の最初』を担った英雄、ですよね!?」
「……」
ベルの返答に対し、ザルドは応えずに真顔のままアルフィアに視線を向ける。ベルが疑問を覚えながらも、自身の目指す憧れについて聞かれた事に対しキラキラとした瞳を注いでいる中、二人は視線だけで会話をする。
───盛ったか?
───少しだけ。
───少しだけ?
───……かなり。
───前半部分は間違いなくそのままだから否定しづらい。
───すまない。
───あの
───いや、実際黒竜にダメージを与えかねない技で神を取り込んだ神殺しのモンスターを倒した。嘘はついていない。
時間にして約3秒。賑やかな周りとは対照的な静寂のその間を過ごせば、ザルドは一息。
「ああ、その通りだ。そしてただ一人の犠牲者も出さずに終わらせたと言う事は、“悪側”であった者達をも含む言葉。……英雄が行なったのは『犠牲を出さずに終わらせた』までであり、その後は居なくなってしまったからな」
「……!」
「悪が悪である事に変わりはない。本来であれば居場所など存在する筈もない。……そんな悪に居場所を作ってくれた筆頭が、アリーゼ・ローヴェルだ。他にも理由はあるが……まあ、だからこそ信用出来る人物と思ってくれればいい」
実際、姿や音を消せるわけでもないのにソロで深層まで来れる能力は相当だし、少なくとも“嫌”と思えるような性格でないことも確かだ。人間性が出来ており、ベル自身気を使わない様なやり取りをしている。砕けやすい、本心を出しやすい、という言葉が似合うだろう。
なるほど、と。ベルがそう頷けば、ザルドは「取り敢えず席に着け」と言った。ベルはハッとする。目的を完全に忘れていた。豊穣の女主人に来たのは食事を摂る為だ。
ちゃっかりアリーゼも混ざりつつ、四人席に座れば、シルがメニュー表を持ってベルの前に置く。
「
「えっと、お義母さんは何を……?」
「ふふ、
何処か含む様な言い方。ふわふわとした、不思議な人物だ。
ベルがメニューを見る横で、アルフィアは目を細めてシルを見つめ、シルは冷や汗を流していた。
「ベル、取り敢えず数日経ったが……資料には目を通したな?」
「はい」
資料───ファミリアに入って初日。は深層即行き救出依頼事件があったので、その次の日。ベルはアストレア・ファミリアがやるべき事について詳しく記載されている資料を貰っており、以降睡眠前などに目を通して、
一応アストレア・ファミリアは【探索系ファミリア】に分類されている。その上ファミリアのランクは高く、遠征を頻繁に行わなくてはならない。一応ギルドが融通を効かせてくれているので、ロキ ・フレイヤの所程ではないものの、その分都市の警護には力を入れなくてはならないが。
輝夜の問いに対し、ベルは頷いた。
「ダンジョン探索に関しては個人の依頼次第、基本的にファミリア内の人物と二人以上で行くようにする事。それ以外の制限は無し。遠征は参加厳守。で……都市警護は治安維持を努めるファミリアとの協力で行う事。これは遠征時にも団員を互いに貸し借りする為……ですよね?」
「そうだ。治安維持にはギルドも積極的だからな。受付にでも言えばフリーの冒険者やサポーターは幾らでも見繕ってくれるだろうが……実力があり、分かってる奴の方がベルもやり易いだろう」
「……えっと、輝夜さん。デカデカと『ただし必ずファミリア内の人物が一人側にいる事』って、元々の資料に追加された様な書き方をされていたんですが……これって?」
全く淀みなく、下手に文字の大小が分かれていない資料の文の中で一つ、大きく追記されていた注意書き。違和感がある書き方だ。それをベルが問えば、呆れた溜め息を吐いた。
「貴様だからだ、ベル。初日の件をもう忘れたか?」
「うっ……いえ、はい。覚えています」
「言わばストッパーだ。私達は理解しているが、他派閥はそうもいかん。突発な自己判断だけで動かれては困るからな」
「……」
「不満か?」
「いえ。ただ……判断が遅れて、命が零れ落ちて。それで憧れの英雄が紡いでくれた死者の出ない物語を壊してしまったら……僕は、一生後悔すると思います」
「……」
───なるほど、重症だ。憧れが強いという話ではない。もはや強迫観念にも似た考えだ。何より
輝夜は目を細め、ベルを見つめる。
(無意識の願い……? 持っていようが意味のない願い……憧れ……ベルの原点。誰かを救う、隣に立ちたいという意思。そこに違いがないのであれば……
つまり。そう結論を考え、首を振って否定する。指摘した所で、現在のベルの実力である以上は意味がない。
ベルの言葉に対する返事を、輝夜は紡ぐ。
「随分と上から目線だな?」
「え……」
「心配するな。新人冒険者を除けば、簡単には死なん。何せ奴らは生への執着が凄まじく、そして同時に誰かを犠牲にする事を拒む。そもそもの話、何百、何千といる冒険者達を私達だけで死者0に抑えられる筈ないだろう?」
言われれば当然である。階層毎にバラけはするが、冒険者の基本的な探索場所は下層まで。最低でも25階層の範囲があり、一階層毎の広さは馬鹿に出来ない。特に中層からは。
そんな中を十数人……治安維持を努めるファミリア全てを合わせて数百の冒険者が居ようとも、確実にカバー出来る範囲ではない。つまり、それだけ冒険者の質が高いという事。
「『急がば回れ』だ。誰かを救ける間に自分が死んでは元も子もあるまい。救けられるまで粘っている事を信じろ。アルフィアも言っていたんじゃないか?「奴らはゴキブリみたいな生命力だから死にはしない」……なんて事をな」
「……あー」
言っていた。あくまで勧誘を断る為の防衛手段として遠慮しなくて良い免罪符みたいなモノとベルは認識していたが……本気で言っていたのか。冗談かどうかの見分けがつきにくいと、ベルは苦笑した。いや、普段ならば見分けが付いただろう。アルフィアの表情の変化は全て記憶している。オラリオに行けるという緊張感があったベルのミスだ。
緊張感が解れたのが目に見える。輝夜は一息吐き、席から立ち上がった。
「今日はこれから軽く街の巡回だ。ついでにベルの他派閥との交流も図る」
「えっと……ガネーシャ・ファミリアの人達、ですか?」
「いや、生憎と今回の遠征時期はお互いそう遠くない。今回に関しては派遣無しだ。シャクティの所よりは他との交流を優先的にする。鍛治ファミリア、医療ファミリアを巡って、必要な物品の在庫確認。それと、今回主にサポーターとして遠征に加わってもらう───」
ベル・クラネルという存在に見初められないか。ある意味では女神フレイヤと共通する『魂の見定め』という点で心配はあるが、流石に身持ちの硬さで有名な
……いやしかし眷属も煽るしな、普通に丸くなってきているしなと、そう葛藤を抱きながらも、以前からの約束故に今更反故にする訳にもいくまいと、そのファミリアの名を口に出す。
「アルテミス・ファミリアとの交流だ」