「……ふむ、やはり小柄だな」
「うぐっ」
身長162C*1のベルの前に立つのは、210を超える巨躯の
ザルドは六年前の英雄の姿を思い返し、改めて思う。アルフィアに鍛えられている分、体格は悪くない。素質が極めて低い事を考えれば寧ろ出来過ぎと言っていいだろう。
だが、やはり小柄だ。それは決して欠点とは言わず、寧ろ俊敏性に優れたステイタスを考えれば特化した能力だと捉えて良い。だがかつての英雄と違い、ベル・クラネルには大火力が無い。切り札と呼べる魔法もアルフィア程の威力を持つ短文詠唱では無く、魔法威力は底辺に等しいだろう。それは大型モンスターに対して不利なステイタス。
モンスターを倒す手段は主に二つ。活動を停止させる程のダメージを与えるか、魔石を破壊するか。だが短剣では魔石に届く程のリーチがあるかは定かでは無いし、大きなダメージを与えるのは難しい。小型なら有利だが、大型には圧倒的な不利となるのだ。
「その辺りをお前に聞きたいのだがな、ザルド」
「難しい問題だ。体格に関しては生まれ持った素質がかなり影響される。無論多少ならば何とかなるが……」
「それでいい。要はベルが大型のモンスターに致命打を与えられる“武器”を持てれば良いんだ。こればかりは
「えっと……お義母さん、この人は?」
新しい家に案内された当日の夕方。来客があったので対応し、案内したところ、自己紹介も無しにベルは「小柄だ」と言われたのだ。当然困惑は必須。ザルドとアルフィアは分かり合っていても、ベルは知らない。何やら決まり事があったようだが、何も知らないベルは置いてきぼりだ。
アルフィアは遅れて気付いたように「ああ」と声を上げ、口を開き。
「あ、もしかしてお義母さんの恋人さん?」
「違う」
「やめろ、やめてくれ。その勘違いはダメだ、頼む」
答える前にベルは察したように言葉を紡ぐ。残念ながら大外れ。アルフィアは冷たい目で否定し、ザルドはベルの肩を強く掴み震えた眼で懇願する。
思わずベルが足を後退させて「そんなに強く否定する事?」と疑問に思えば、それを察知したように話し始めた。
「俺までヘラの所に手を出したとは思われたくない……いいか、俺はお前の爺と違って美人だからと見境無しに襲う男じゃ無い。人は選ぶ。あのメンヘラ女神の所に
「ご、ごめんなさい?」
メンヘラ女神。ベルがアルフィアから直接聞いた、アルフィアの以前の主神の事だろう。しかしベルが聞かされたアルフィアの前主神というのは、アルフィアの妹……つまりベルの実母であるメーテリアの病気を治そうとしていた、優しい女神としか聞かされていない。
思わずベルがアルフィアに視線を向けると、その意図を察したアルフィアはプイッと顔を背ける。
「仮にも病弱の妹の面倒を見てくれた神だ。あまり悪い所を言うべきではあるまい」
「本音は?」
「……多くの情報を与えてヘラに興味を持ち、会いたいなどと言われても困る。仮にも眷属の子だ。ゼウスではなく私の子に……などと言われでもしてみろ。
アルフィアの癖は記憶にある。先程の言葉に嘘はないが、明らかに説明を減らしている発言だ。それを理解したベルは問い、コイツに隠し事は無理かと悟ったアルフィアは、隠す事を諦めて理由を話す。
……別に隠したからと言って後ろめたく思う程の事でもないのだが。要は『過保護』という事だろう。ただ隠す事そのものは正しい。事実あの女神ヘラに眷属の子供なんかを紹介でもしたら、私が面倒を見ると言ってもおかしくは無い。
「……ベル、コイツはザルド。お前の祖父……ゼウスの眷属の唯一の生き残りだ」
「お祖父ちゃんの……?」
「まあ、そうだな。ある意味では“家族”と呼んでいいだろう」
「……えっと」
「ん、呼び方か? 好きにしろ。呼び捨てでもさん付けでも構わん。お前が呼び易い名で───」
「じゃあ、ザルドおじさん」
「おじ……ッ!? い、いや、そうだな……確かにもういい年齢か……51だもんな……身内的な存在にそう言われるのは結構クる……」
ベルの現主神、アストレアの眷属であるアリーゼが、現在ザルドの所属するロキ・ファミリアの眷属、ガレスに対して「ガレスおじさま」と呼んでるのを思い返し、そう遠くない年齢であるザルドも「そんな歳か」と遠い眼で天井を見上げた。
アルフィアは口を手で隠しながら笑う。
「さて、話の続きをしよう。ベルの体格は大剣を万全に扱うには少々小柄だ。使い方は教えたが、上手く扱うには
「なに、心配せずともやる事は普段と変わらん。少し量が増える程度だ」
「……訓練に関してはかなり厳しくしているが」
「ああ、それに関しちゃ俺も文句なしだ。だから別の部分。身体を作り上げるのに大事な要素の一つ───」
ザルドは、これこそ自分の専売特許と言わんばかりの自信満々な笑みで、親指の先を自分に指しながら言い放つ。
「食事だ」
「モンスターを喰わしてお前の
「……普通の食事だ」
……確かに自分が言い放つ“食事”には信憑性が薄いかと。アルフィアの指摘に対して反論の余地なく納得したザルドは、あの決戦の場ですら「自分を巻き込みかねないから」と封印していた魔法の使用を躊躇なく宣言したアルフィアに恐怖を覚え、訂正した。
「……ちょっと気になるんだけど」
「ん?」
「ザルドおじさんの身体って、
かつて鎧に包まれていた身体は、現在公開されている。出会った当初から疑問に思っていたが、ここはオラリオだ。義手や義足の冒険者はそれなりに多い。故に問わずに居たが、改めて思えばザルドの身体は少々歪だ。
基本的なベースは人間の肉体に間違い無いのだが、例えば腹回りなんかは、シャツで隠されていても分かる“金属”の膨れ上がりが見えるし、肩や肘、他にも細かい部分的な所が金属で出来ている。本来ならば腕一本、足一本といった丸々新しい義肢にする形を取るだろうに、ザルドはそうじゃない。
それを改めて疑問に思ったベルが、デリケートな問題かもしれないと思いながら小声でアルフィアに問う。
「俺に直接聞いても良いんだぞ?」
「うえっ? れ、レベル7の聴覚でも聞こえないくらいの声量のつもりだったんですけど……」
「ベル、そいつの聴覚……というか五感は、獣人のそれよりも優れたモノだ。六年前以前に比べればかなり
「おいバカやめろ、それだと俺が変態になる」
「親は子に似る、と言うだろう?」
「……そうだった、ゼウスもロキもその方面に対してはダラしなかったな……っ! だが断じて否定する。俺
「ゼウスの時には聴いていたと言っている様なものだぞ、その発言は」
「……」
ザルドは視線を逸らす。アルフィアの最後の言葉を聞けばその意図は明白だろう。五感が鋭いのも困りものだ。再び遠い眼で空を見上げた。
「えっと、ザルドおじさん。その身体は一体……?」
「……ああ、そうだな。何処から話したものか。まず始めとして、俺の身体は腐っていてな」
「へ?」
「凶悪なモンスターを倒す為に毒を喰らった事で、対異常では防ぎきれない猛毒を持った。ある薬のお陰で抑制程度にはなったが、そう長くは続かん。一度生かされた身だ、何としても生きてやると思ったが……
「……へっ?」
死んだ? え、じゃあここにいるのは死体? 幽霊!? ……そんな風にベルが身体を震わせながらアルフィアを見れば、そんな訳あるかと言わんばかりに失笑。しかし“死”の事実自体は否定しない。つまり死んだ事は事実であり、だが今生きていると言う事は。
「そ、蘇生……? でもそれって、古の賢者にだけ扱えるっていう……」
「その古の賢者だ。……とは言え、死んだ側から蘇生しては、どのみち侵された毒に再びやられて死ぬだけ。その前準備として【
言い換えればザルドの状態は全身欠損に等しく、本来その時点で生きている方が異常なのだ。つまりこれは身体の入れ換え。人形に魂を移すにも等しい偉業。激痛を擁するどころか、死に至る、蘇生を前提とした人体修正だ。
賢者と聖女だからこそ可能とした、禁忌的な蘇生術である。
感覚的なモノも例外ではない為、悪食を極めた事で上昇していた五感は欠け、そのお陰で六年前に比べれば劣った感覚だが……レベル7である事を差し引いても、明らかに本来持つべきではない五感である事に変わりはない。
「……大変じゃありませんでしたか?」
ベルの記憶にある限り、義肢などを身体に慣らすにはそれなりの猶予が必要だ。レベル7ともなれば重要な戦力。使われる事は多いだろう。そうなると大変だったのではないかと問えば、ザルドは疲れた様に言葉を吐く。
「大変だった。一年じっくり掛けて身体に馴染ませたが、その時に限って『最強決定戦』などと馬鹿げた戦争遊戯の開催だ。【猛者】は無論、そこにいる【静寂】の相手を万全ではない身でだと? あの時は神に殺意すら覚えたな……」
「……お前の義肢には仕込みがあるだろう。万全では無くとも強さは然程変わらん」
「変わらないのが問題だ、アルフィア。病気を相殺した
大きく溜め息を吐けば、アルフィアは肩を竦める。まるで「病気を無にしたのはお前もだから大差はないだろう」と言わんばかりの態度だ。
しかしザルドの言う通り、アルフィアは病気さえなければ、最強と謳われたヘラ・ファミリアの中でさえ才禍の怪物と称され、かのレベル9にすら勝る可能性があるとも言われた人物だ。上位経験値さえ溜まれば間違いなくレベル9に至る唯一無二の存在。こんな彼女が病気を相殺するスキルを発現させた? そりゃ今まで通りで勝てる筈もなかろう。
ランクアップ期間三ヶ月という
レベル7である彼女が明確に格上と認識できる相手は
「俺としては、レベル8の
「あはは……おば───じゃなくて、お義母さんの動きに限って言えば、誰よりも見てきましたので。四手先くらいまでは見通せるんですけど……やっぱり基礎アビリティが足りなくて、一度でも躱せば当たってしまうんですよね。読めてる事を考えると、一度
例え素質や才能があろうとも、レベル3とレベル8の差など誰が見ても一目瞭然だ。本来ならば一度躱せる事すら異常……一体どれだけ訓練を積んで慣れさせたのかとザルドが視線を向ければ、アルフィアは考え込む仕草を取り、やがて視線を逸らす。これは教えたくないというより、覚えてないから教えられないと言わんばかりの態度だ。
つまり、数えきれない程。ザルドはドン引きである。そしてそれについて行った少年にもドン引きである。
「……ん、着いたな。相変わらず賑やかな店だ。……女将の事もあるし他の酒場ほどではないが……ん?」
「『豊穣の女主人』……アストレア・ファミリアのよく通う店って聞いたけど」
「アストレア・ファミリアに限らず、ロキ ・ファミリアやフレイヤ・ファミリア。一定収入のあるファミリアが良く宴をする店だ。……どうしたザルド、そんな鳩が魔法を食ったような顔をして」
「お義母さん、それ鳩が死んでる……」
アルフィアが『豊穣の女主人』という店についての説明をベルに対して行うと、凄く苦い顔となったザルドに疑問を覚えて問い掛ける。間違った慣用句をベルに突っ込まれながらも疑問はそのままだ。ザルドは少しの間思考すると、ベルとアルフィアに向き合い、問い掛けた。
「店、変えてもいいか?」
「……満員だったか?」
「いや、そういう訳ではないが……」
「ならば構うまい。ベルも良いだろう?」
「あ、うん」
「【
アルフィアが扉を開くと、其処にはベルにも見覚えのある赤髪の女性が、腹を抱えて笑っていた。
「あはっ、アハハハハハッ! カッコよ! 女主人で女性店員の多いお店の中で凄くカッコいいし似合ってるわ、【
「お邪魔した」
バタリ。扉が閉まる。
………………。
「ベル、今見たものは忘れてやれ。それがあの猫人の為だ」
「え、何で?」
話に聞いていた、都市内に存在する四人のレベル7の内の一人。アレン・フローメル。確かに有名な冒険者が此処で働いている事にはビックリしたが、それは良い事で別に忘れる必要も無いのではないか。寧ろ知り合いの
そう言わんばかりの困惑した顔でベルがアルフィアに言い返せば、アルフィアは同情するように呟く。
「
「……?」
ベルが疑問の表情を浮かべると、問い掛ける暇もなく扉が開き、鬼の様な形相でアレンが飛び出してくる。
「テメェ兎野郎っ、表に出やがれ!」
「ここが表ですけどッ!?」
───知り合ってすらいなかった筈なのに、どうしてここまで殺意を向けられているのだろう。アルフィアの言葉や先のアリーゼの件もあり、ベルの頭は疑問で塗り潰された。