ゴォン───大鐘楼が鳴り響く。都市に響き渡る、勝利の鐘の音。一年に一日、数回に渡って響く英雄の跡。都市の人々はその腕に紅玉のブレスレットを付け、祈りを捧げる様に手を合わせた。
そして何よりも、回数が非常に多い。本来であれば10回も鳴らせば終わる筈が、数えるだけでも20回は超えている。英雄が戦い抜いた期間と思えば連日でも納得がいくし、元々この大鐘楼は五分間の間無数に鳴り続けた音だ。多い分には問題ない。
ただ、この鐘の音を鳴らす事を担当しているガネーシャ・ファミリアも、現在困惑している。鐘を鳴らす指示など出していないし、唯一やらかしそうな団長の妹も、現在は団員と共に行動している。
ガネーシャ・ファミリアの団長、シャクティ・ヴァルマは主神に問いに行った。
「ガネーシャ、あの鐘は我々の所有の筈だろう。鳴らすな、とまではいかないが、鳴らすには我々の許可を取る必要がある。誰かに許可を出したのか?」
「むぅ……俺は出した覚えはないぞ!」
「ならば何だ、この音は……」
「……そうか! この鐘は、ガネーシャか!」
「違う」
ガネーシャ・ファミリアの所有にある以上、ガネーシャの眷属は自由に出入りできる手筈だ。他派閥に許可を出していないならば、眷属がやったと思われる。【
ションボリするガネーシャを放って置き、シャクティは思考。
(大きな問題ではないが……伝令も無しに行うのは困ったな。今からでもギルドに行って、今回の【
シャクティは団員に留守を頼み、自分は護身用に武器を装備。ギルドに向かおうとホームを出て───そして妹、アーディと会う。
「あ、お姉ちゃん……」
「……どうした、珍しく苦い笑みを浮かべて」
「あー、うん。この鐘の音の事でね。ちょうど良かった。ギルドへの報告は済ませたから、行かなくて大丈夫だよ」
犯人がわかった? ならば何故未だに鳴り響き続けているのか。流石のアーディでもある程度の規則は守る。【
ならば何故だと目で訴えれば、アーディは頬を掻きながら視線を逸らして答える。
「えっとね……私達の所有している鐘の場所には誰もいなかったんだ。近付いても音が近付かないからなんとなく察してたけど……それで、音を頼りに原因の場所に向かってさ」
「……ああ、もう読めた。ご苦労だったな、アーディ」
シャクティが溜め息を吐いてそう告げると、アーディは苦笑を深めた。
「全く、一応は正義の派閥なのだと自覚してくれ……【静寂】」
「【
「【
ゴォン───今日何度訪れたかも分からない、音の嵐。その中でベルは魔法を発動しながら両腕で顔を隠す。
小さい頃から今まで何度も経験した魔法だ。対処法はしっかりと把握している。幾度となく受け続けた影響で発展アビリティの【魔防】は既にGへと昇華されているし、何よりベルの魔法によって“音”に対する耐性はほぼ100%と言っていい。アルフィアの魔法最大の効果である『脳を揺らし、鼓膜を破壊し、三半規管を惑わす』その全てから守れているのだ。
ただし、そこから残るは単純な魔力。音という特性を無くしただけの、レベル8の魔力だ。例え発展アビリティで軽減されようとも、レベル3程度の耐久ならば容易く貫き、ダメージを与えるのは簡単だろう。頭なんかに直撃したら気絶するのは明白だ。
だからベルは腕で頭を庇い、ダメージを最小限に。腕にはローブを巻いてある。全身を隠せるだけの大きさだ。纏えば薄くて大した効力は発揮しないが、腕という一部分に限れば分厚さは出る。
何よりこのローブはアルフィアが調達した物の良い素材で作られた装備だ。それぞれの耐性に特化した【
とは言え、ある程度だ。強力すぎる攻撃に対しては簡単に負ける。しかし属性が消された純粋な“魔力”に対してならば、簡単に破れる事はない。
もちろん衝撃は腕に駆け抜けるが、何も対処せず受ける事に比べれば天と地ほどの差が現れる。痛みはあるが使う分には問題ない。
音の嵐を掻い潜ったベルはアルフィアの前に踏み込み、アルフィアは右手に持ったナイフに対して二つの指を出す。掴みの姿勢。それは既に知っている。踏ん張りは甘くなるが左足を地面から離して、右手のナイフは囮に蹴りを放つ。でも当然読まれる。それも知っていた。
ベルは捕まれそうになるナイフを手放して投擲。そしてアルフィアがそれを掴むのを知っている。左脚を受け止めて手刀を首に叩き込むのも読んで、その次の蹴りも───
「う、ぐ……ッ」
「……一度攻撃を受けた時に思考を途絶えさせる癖を無くせ。でなければ次も当たる」
読めてはいても、その対応に身体が追いつくかどうかは別だ。アルフィアの蹴りを食らったベルは苦痛に顔を歪ませ、思考が止まる。アルフィアは次の攻撃を寸止めし、アドバイスを送る。
痛みや疲れで思考が止まるのは当たり前の反応ではあるので、アルフィアの発言はかなり無茶振りとも取れる。しかし、痛みや疲れの中で思考できるのであれば、それは有利に持っていける一つの術となるだろう。
ベルは肯くと、再度ナイフを構えて。
「ベル───ッ!!」
真後ろから突撃される。背骨が折れたのではないかと錯覚するほどの衝撃。恐らく恩恵がなければ死んでいただろう勢いで飛び込まれ、ベルは顔から地面に突っ込む。
「ぶふぇっ!?」
「あ、ベル……受け止めれなかった?」
「……しゅ、集中してたので」
こんな事もあったなと、そう思い出すベル。体勢を仰向けにして、押し倒す様に地面に手を着く少女にベルは視線を向ける。長い金色の髪と透き通った瞳。かつて英雄に“加護”を授けたとされる、都市にいる
「お久しぶりです、アイズさん」
アイズ・ヴァレンシュタインに向けて、ベルは微笑んだ───そして顔を真っ青にさせた。彼の視線の先にキョトンとした
「あ、ちっ、違うんですリューさん! アイズさんは何と言いますか、幼馴染っていうか!」
「幼馴染?」
というより、何を慌てているのだろうと。そういった意味を込めて首を傾げるリューに、ベルは続きを紡いだ。……頬を膨らますアイズを腹に。
「えっと、僕が8歳の時に、おば───」
バシンっ、と。拳で掌を叩く音。次に言おうものなら拳骨をプレゼントしようと言わんばかりのジェスチャーと視線に気圧され、ベルは冷や汗を垂らしながら喋る。
「……お義母さんが連れてきまして。それ以降何度か会ってたので……ずっと一緒に居たという訳ではないんですが、幼い時からの知り合いという訳です」
「なるほど」
出会った時はレベル4だったというのに、レベルが上がる程に稼ぎづらいと言われる上位経験値を稼ぎ、ベルがレベル3に至ったこの五年の間でレベル7に至った少女。それを思い返すと、本当に凄いなとベルは思った。
まあ二つの意味でベルのお陰ではあるのだが、当の本人がそれを知る由もあるまい。
「五年前、急に彼女が変わったのも頷けます」
「……?」
「いえ、此方の話です」
リューはアルフィアと同じくらい、現状を認知していると言っていい。かつてアイズが本当に“人形”と化していた事も、英雄の事も。だからこそ推測できるアイズ・ヴァレンシュタインという少女の変化。
ランクアップ期間
(例え道が違えても、クラネルさんはクラネルさんのようですね……。まあ大半は
相変わらず
「……エルフの耳って売ってるかな」
「え、何で急に怖い事言い出すんですかアイズさん?」
「だって……」
ジト目でベルを見つめるアイズ。その視線に戸惑うベルがアルフィアに顔を向けると、アルフィアは微かに思考。アイズの
「あるぞ、【
「ロキに聞いてくる」
「うわっ……」
即座に起き上がり即座に去る。クールな外見とは裏腹な行動力の化身で天然な少女に、アルフィアはふと失笑を溢した。
「文字通り風の様に来て風の様に去っていったな……。まあ、見てられん程に落ち込んでいた六年前に比べれば遥かにマシか」
アルフィアがその言葉を洩らすと、ベルはそれに同意する形で思い出す。そう。ベルが初めて出会った彼女はこんなに明るくはなかった。まるで、一度見た希望から絶望を見せられた様な。そんな心の無くし方。仕方ない。アイズ・ヴァレンシュタインという少女は、かつての暗黒期に於いて唯一、
最初はその表情に戸惑い、容姿に身惚れたベルではあるのだが、それ以上に依存する様な形で抱きついてきた為、そういった感情は消え去った。あるべきでは無いのだと悟った。
良い関係か悪い関係はさて置き、寄り添っていないと壊れる人形に寄り添う様に、ただ近くに居た……それが出会いの日。
「……それより【疾風】、何か用があったのではないか?」
「ええ。アーディからの伝言です。「音を抑えてくれ」と」
「音? ああ……紛らわしかったか? すまない。私とベルの訓練は日課の様なものだからな……」
「都市中に響き渡る程の大きさでは無いので、大きな問題にはなりませんが……私達のファミリアがファミリアですので、あまり迷惑にしない様にお願いします」
「分かった。次からはダンジョン……いや、
「申請さえ済ませれば問題ありません。鍵が無ければ開けれるものでも……いやまあ、貴方なら開けかねませんが」
「……流石の私でも【ジェノス・アンジェラス】の使う時は考える」
人造迷宮に速攻で入りたいからと使うほど短気ではないぞと、そう言うアルフィア。
心外だと言わんばかりに首を振ったアルフィアは訓練の中止を指示し、ナイフを納めたベルに向かって言い放つ。
「さて、ベル。昨日はダンジョンに入り浸りで行けなかったが……今日こそ向かうぞ」
「……? 何処に?」
「私とベルの家だ」
北西と西の間の区画。其処に隠された教会へと訪れたベルは、アルフィアに問い掛けた。
「もしかして、気を使ってくれた?」
「ん……? ああ、そうか。いや、そうじゃない」
急に大勢の女性と半ば同居生活みたいな形になるのを避けてくれたのか。そう問い掛けるベルに、アルフィアは疑問を覚えるも察して否定する。それを思えば丁度良いかと考え、続きを紡いだ。
「単純に、お前とここで暮らしたいと思った……私の我が儘だ」
「……大切な場所なの?」
「ああ。妹の……お前の実母の、愛した場所だ」
「僕の……。そっか」
清掃は施し、資金はあるのである程度の建て直しもした。出来るだけ見た目は変えずに、生えていた雑草を取り、軋む扉も変え、六年前から迎え入れる準備を済ませている。
実際に生活するのはここにある隠し地下ではあるが、見栄えを良くする分には良いだろう。綺麗な方が妹も喜ぶ。そう想い環境を整えた。
「……さて、今日からここが私達の家だ。そして家族の挨拶は大事だと、そう思わないか?」
「えっと……ただいま、お義母さん」
「ああ、お帰り、ベル。そして───」
アルフィアは日が差す教会の奥へと足を進め、目を開けて微笑み、言葉を紡ぐ。
「ただいま、メーテリア。