「……はい。
「ありがとうございます」
ベルは目の前の神、今日から自身の主神となる女神アストレアにお礼を言い、上着を下ろす。アストレアは一息。ベルの背中に刻まれていた
「それにしても驚いたわ。まさかゼウスから恩恵を受けていたなんて……」
「あはは……僕も8歳の時に聴かされて驚きました。お祖父ちゃんが神様なんて、そんな威厳全然感じなかったですし」
「……存在感じゃ無くて、“威厳”なのね。という事は相変わらず?」
「相変わらずの認識なんですね……。はい。お義母さんに何度かセクハラを仕掛けて、返り討ちに遭ってました」
「よく天界に還らずに済んだわ」
アストレアは呆れた様に溜め息。
確かにとベルは頷いた。壁にめり込んだり、森の中に放り投げられたり、水の中に顔を突っ込ませて頭を押さえ込まれたり……。最早神の力無しに神の領域にいるのではないかと疑う生命力だった。ベルは思い出を蘇らせながらしみじみ思う。
「貴方がレベル3へと至っているのは、ゼウスの恩恵と……アルフィアの訓練かしら?」
「はい。8歳の時から……。お義母さんには、「脚以外の才が無い」なんて断言されちゃいましたが」
アルフィアという才能の怪物は、(張り切りすぎて急がなければ)教える事に掛けても人並み外れた才を有している。それは一度見ただけで技術をトレースできる能力がある故の、圧倒的理解力から生まれる技術の理論構成把握。他人が出来るやり方を教えられるのだ。
だからアルフィアの特訓について来られるだけの胆力が有れば、一年でのランクアップはかなり現実的な範囲となる。
しかしベルは、アルフィアの特訓についていける胆力がありながらも、この
通常で考えれば、五年間掛けて漸く上級冒険者となる人物は多い。そういった意味では充分早いペースでランクアップは出来ているのだが……常にアルフィアという訓練相手がおり、常に上位経験値を稼げる相手と訓練していながらと考えれば、遅いと認識しても仕方がない。
レベル2に至るまでに二年。レベル3に至るまでに二年。そして一年の時を経て稼いだ経験値は基礎アビリティに昇華されており、唯一“敏捷”だけはBにまで至っている。冒険者としての才能が無い訳ではないのだが、才能の権化とまで言われたアルフィアと比べれば天と地ほどの差だ。
「……取り敢えず、冒険者登録に行きましょうか。リューに頼むわ」
「へ?」
「さあさあ、入団した以上迅速に、よ」
リューに頼んでベルをギルドにまで連れて行ってもらう。……相変わらず出会った当初と変わらず、リューと一緒にいると顔を真っ赤にしているが。ただまあ少しは前進したと言うべきか、同じファミリアに入る以上覚悟を決めたと言うべきか。取り敢えずは並び立つくらいは大丈夫になった。
アストレアは肩を竦めると、部屋にアルフィアを呼ぶ。
「……アルフィア、貴方はどうしたい?」
「どう、とは?」
「飛び抜けた敏捷と、満遍なく平凡な基礎能力値。貴方曰くレベル1とレベル2の最終更新時は、敏捷Sとその他B……同レベルを相手にする分には間違いなく強い部類に入る。ただ、スキルが
そう。ベルに発現している一つの魔法と一つのスキル。正直に話せば、この二つは戦闘ではなくサポートとして使うのが一番効力を発揮する能力だ。
魔法は【キリエラル・ノイズ】。アルフィアの音への印象が強く現れ発現したと思われる魔法。これは万能型の
そしてスキル【完全記憶】。アルフィアが訓練を施している時に、才がないと判断した彼女が放ち続けた「先ずは記憶しろ。相手の動き、相手の予備動作、体幹やブレや角度の全てを記憶し、自分に適応させろ。成長という部類で劣る以上、覚える事がお前の技術を飛躍させる」という言葉に従い、結果スキルとして発現した能力。
本来のアルフィアの意図とは異なってしまうが、このスキルはサポーターとしてあまりにも有能過ぎる。ダンジョンの構造はもちろん、時間やタイミングを正確に測れる能力の為、一人いるだけで攻略難度に差が出ると言っていい程だ。
そして溺愛する
それを把握したアストレアだからこそ問う。「貴方はどうしたいの」と。
「あの子への想いで、
「本当ならば、な。だが冒険者になりたいと……全てを救える英雄の様で在りたいと願ったのは、他ならないあの子だ」
私の心配で夢を阻んで物扱いするつもりはない。アルフィアがそう断言すれば、アストレアは聖母の笑みを浮かべながら「そう」と相槌を打つ。
「ふふふ」
「……? どうした、急に笑い出して」
「いいえ。まさかヘラの眷属で、『才禍の怪物』とまで言われた貴方が、甥への可愛さでここまで人間らしい所を見せるのがね」
「……神アストレア、一応私も人の子だ。人外みたいだと言われるのは流石に傷付く。その台詞は人外を喰らう様な元好好爺の眷属に言ってくれ」
「あら、ザルドも可愛い所はあるのよ?
───唯一無二。オラリオに於けるレベル8はアルフィアのみだ。そんな彼女がレベル8へと至ったのは、かつて戦争遊戯に於いて
そう。実は三年前に一度、オラリオに於けるレベル7三人の中で誰が一番強いのか……という話題になり、悪ノリした周りの神が
その戦争遊戯に於いて、アルフィアはオッタルとザルドの二人を倒し……結果、レベル8へと至った。とは言え、二人に関しては本来であれば対策を持てていたはずのアルフィアの“音”に対して対策せず挑んだ戦闘だ。ファミリア単位で行おうものなら、アストレア・ファミリアの人数の少なさもあり、確実に負ける。
ただまあ三人とも露骨なまでの対策は立ててないフェアな状態で二人は負けたのだ。オッタルはフレイヤに膝枕をされるという珍しい光景があり(フレイヤ・ファミリア幹部だけが知る事実)、ザルドは感情的に豊穣の女主人で酒を飲み続けて、己の現主神であるロキ共々酔うという始末。シルに用事があったリューがその光景を見て、絶句し、私たちでは無理だと頼まれ、アストレアの神威で目を覚めさせた……というのが事の端末である。
聴いたことも見たこともなかった光景を聞かされて呆けていたアルフィアだが、その説明を受けて、失笑した。
「この地上で最も強い胃を持つだろうザルドの酔う姿か。一度この目にしたかったものだ」
「傷口に塩を塗り込む様なものだから止めてあげてね?」
「…………善処しよう」
「了承じゃないのね……」
まあとは言え、アルフィアも飲めないわけではないが、流石にザルドを酔わせるほど耐えられる訳ではない。そもそも手段が無いから、“やれない”と断言していいものではあるのだが。
───と、そんな談笑を二人が交わしていた、そんな時である。
「おいアルフィア! いるか、居たな!? あの馬鹿、登録したてのソロで深層までの救出依頼を受けやがった! つか団長までソロで慌てて行きやがって───今はリオンと輝夜が速攻準備して向かってるけど、アンタの方が早く着くだろ!?」
「……この短時間で何をやっているんだ、あの馬鹿息子は」
ギルドまでの距離、ギルドで登録する時間などを考えれば、残っていたのは十分そこらだろうに……。そうやって溜め息を吐くアルフィアに、彼女を呼んだ声の主、ライラはギョッと目を開く。
「お、落ち着きすぎじゃねーか? アレまだレベル3だろ?」
「……ああ、安心しろ。ベルには
つまり、生き残る為には有能なマジックアイテムやスキルを持っているのだろう。そう察したライラは一安心と言わんばかりに息を吐き、だがアルフィアから溢れ出る冷たいオーラにビクリと肩を跳ね上げた。
「だが、帰ってきたら説教だな」
「お、おお……」
───音の嵐の中で土下座させ続けて頭を叩いてやると言わんばかりの形相だけど本当に説教で済むのか? ライラは一瞬そう言いそうになったが、悪霊も恐怖で天に召されそうな圧を放つアルフィアに物言う勇気は流石になく、南無三と両手を合わせた。
「……ん?」
「ア? どうしたよ、フィン」
「いや、親指が少々疼いてね。危険感知ではないようだけど……ああ、そうか。そういえば今日だったな」
「今日……? ァア、【
薄紅の髪色をした女───かつて闇派閥として活動していたヴァレッタと話すフィン。【
顔を顰めて呟いたヴァレッタに、しかしフィンは困ったような笑みで答える。
「ンー……そっちではないんだけど、まあ間違ってはないか」
「……? おいフィン、チェックだ」
「はは、勝利が近付くと焦る癖は無くした方が良いと言ってるだろう? はいチェック」
「げっ……」
「何処に動かしても、次のターンでまたチェックは掛けられる。後何手かあれば逃げようもなくチェックメイトかな? さて、今日も書類整理を頼むよ、ヴァレッタ」
「チッ……あいあい。ったく、人使いの荒い勇者様だぜ」
フィンは駒を一つ動かし、先の展開を想像して終了を宣言。同じ動かし方に行き着いたヴァレッタは、これ以上は足掻きようもないのを悟って駒を倒し、席を立った。
報告書類を手に取り確認しているヴァレッタを横目に駒を片付け、フィンは外を眺めた。
「“再誕”という言葉も、ある意味では正しいか」
一人の少年の姿を思い浮かべながら、フィンは笑みを浮かべながらポツリと呟いた。
「……来たわね」
「は……ベル・クラネルですか?」
「ええ。まだ淡く未熟で、定めた何かが
「……申し訳ありません。あの戦争遊戯で、俺が勝てていれば」
「いいのよ。他人の求愛よりも、家族愛が勝った。それだけの話よ」
それに、と。フレイヤは言葉を紡いだ。
「あの時の落ち込んだ貴方は可愛かったもの」
「……傷口に塩です、フレイヤ様」
へんなりと萎れた耳に強面の落ち込む表情。オッタルの姿に似合わない雰囲気に、フレイヤは少女のようにクスクスと上品に笑った。
───かつての戦争遊戯は対価は存在しない、ただの最強決定戦。そう、表向きはだ。悪ノリした周りの神達も対価には然程興味がなかったので、取り敢えずお祭り騒ぎが出来るなら良いと気にしていなかったが、各ファミリアの主神達は裏で口合わせし、報酬を決めていた。そう、ベル・クラネル争奪戦である。
元々フレイヤがかつての英雄を手に入れようとしなかったのは、アストレアから直接「彼は未来から来ていて、いつ帰るかも分からない不安定な存在」だと知らされていたからだ。元々この世界にいるベル・クラネルならば、フレイヤが眷属に迎え入れても良い。とは言え子供達も気にかけているだろうから、自分も眷属に迎え入れるつもりだけれど。それがかつて釘を刺しに行った時の『約束』だ。
それで負けたのだから仕方がない。何なら珍しい姿を見れたから機嫌が良いくらいだ。フレイヤは鼻唄混じりに窓から外を眺め、白髪の少年の姿を見つめて、名残惜しそうに呟いた。
「ねえオッタル、【
「……無茶です。社会的に死にます。フレイヤ・ファミリアが」
本物を問答無用に攫って試さないだけマシになったのだろうかと、オッタルは静かに思う。