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概要

日本の元政治家(兵庫県議会議員)。2014年、政治資金の不正使用を追求された際、号泣しながら意味不明な発言を繰り返すという異様な記者会見を行ったことで話題を呼んだ。

経歴

1966年7月29日大阪府大阪市に生まれる。

大阪府立北野高等学校を経て、1992年関西大学法学部を卒業した。

兵庫県川西市市役所職員として約15年間勤務した後、2007年に行政改革を志して退職し、太子町長選挙(兵庫県)に立候補したが、落選した。

以後も2008年2010年西宮市市長選挙(兵庫県)へ二度落選し、さらに兵庫県議会議員補欠選挙へ立候補したが落選と、地方選挙で4回連続の落選を経験した。

5度目の挑戦となった2011年4月の兵庫県議会議員選挙で西宮市選挙区から当選(※1)し(定数7人中、第7位)、晴れて県議会議員となった。

しかし2014年、後述の金銭的不祥事により議員を辞職した。

※1 この際に、「西宮維新の会」を名乗っていた。「日本維新の会」とは無関係で実質無所属だったが、橋下徹の高校の先輩であるという理由で(個人的な付き合いがあったのかは不明)、彼に選挙の応援を何度も依頼するも断られていた。

不祥事

2014年6月に、2013年度の政務活動費として、「1年で195回の日帰り出張による約300万円の交通費」(兵庫県の城崎温泉に106回、同県佐用町に62回、東京に11回、福岡に16回の出張で、2日に1回のペースという計算)があったにもかかわらず、義務付けられていた領収書の添付が無かったことが問題視され、そもそもその出張自体がカラ出張だったのではないかとの疑惑が浮上。

…と、ここまでならよくいる?(いてはいけない)地方議員に過ぎなかったが…。

記者会見

以下に、当時の記者会見の状況を時系列を追って記述する。

冒頭

野々村「記者の皆様のお名刺をそれぞれいただけますでしょうか」

記者「後でも構いませんか?」

野々村「今いただけますでしょうか」

記者「それがないと始まりませんか?」

野々村「いただけますか」

上記のように、記者の個人情報を把握しようとした後、

記者「では野々村先生に政治の方針についてお伺いいたします」

という記者の問いかけに対し、

野々村「この度は経理について皆様に迷惑をかけましたことをお詫びいたします」

とのやや噛み合っていない謝罪を返した。

不明瞭部分に関する質問

以下も、時系列を追って記述する。

記者「出張で誰と会っていたのか」

野々村「相手との約束で話せない」

記者「支出が全てグリーン車の料金ですが……」

野々村「到着してすぐに元気いっぱい活動できるようにグリーン車に乗った」

記者「切符の領収書は券売機で発行できるのですが……」

野々村「今初めて聞いて驚いている」

  • 券売機を使えば大きく領収書発行の欄が表示される為、気がつかないとは考えられない。

記者「どのようなルートで城崎温泉に行ったのか」

野々村「鉄道には興味も無く無頓着なので記憶にない」

会見を自分から開いたのにまさかの「記憶にない」発言。このフレーズは会見中何度も繰り返されることになる。

記者「106回も行ったのに本当にルートを覚えてないのか」

野々村「電車に乗るために政務調査を行っていたわけではないので記憶にない」

号泣会見へ

要領を得ないまま2時間ほど進行した際、記者に色々と追及されていくと、

  • 野々村「議員という県民の皆様から選出された代表という大きな、カテゴリーの中では、今ご指摘されている政務調査費、政務活動費、支出報告書のご指摘というのはごくごく小さなものであると」

という開き直り同然の発言をしてから突然感極まって号泣し始めた(「私はね、本当に子供が大好きなんで」という一言がスイッチという説もある)。

野々村「少子化問題高齢…、高齢者問題は!我が県のみ…我が県のみ…我が県のみならず西宮、日本中の問題じゃないですか」

野々村「そういう問題を解決したいがために、俺はねえ」

前後の脈絡もなく少子高齢化問題を唐突に語り始めながら絶叫し続ける。高齢者問題と政務活動費との因果関係は説明しない。しかも公の場なのに一人称が「俺」。この会見ではしばしば「俺」になったり「私」になったりと不安定であった。

続いて、

野々村「誰がねえ、誰に投票しても、おんなじやおんなじや思って」

拳を振り回しながら文句を垂れまくる。

野々村「命がけで!…佐藤記者(※2)、あなたには分からんでしょうね」

述語をすっ飛ばして記者にこう叫ぶ。佐藤記者も「分かりませんよ!命がけで何をする気ですか!?」と思ったであろう。

※2 読売テレビ所属の実在の記者。

野々村「じゃあ、俺が!立候補して!この世の中を…この、この世の中――!!(号泣)この日本・・・世の中を・・・変えたい!」

既に記者会見を開いた動機を覚えているかどうか怪しい発言である。「変えたいのは世の中ではなく会見の論点では?」と思った人も多かろう。

「その一心で!一生懸命訴えて!縁もゆかりもない西宮市民の皆様に選出されて、やっと議員になったんですわ!!」

西宮市民からの投票のおかげで(そして維新の名を騙ったおかげで)議員となり「政務活動費を何に使ったのか」という説明をするための記者会見でこの台詞。こうのたまいながら机を叩く様は駄々っ子のようなそれである。

野々村「(政務調査費・政務活動費は)大事ですけれども、議員という大きなくくりの中では、ごくごく小さいものなんです!」「報道各位、記者の皆さまのご指摘は、適正なものだという形で真摯に理解して、何とか、訂正・返納ということを明言し、事務局と相談させて頂きたい」

血税を「返納だけで丸く収まるごくごく小さなもの」呼ばわりする本性を露呈、同時に彼の議員生命が終わった瞬間でもあった……。「それだったら記者会見開く意味ある?」と思った人も多いのでは?

結局、疑惑については何一つ明らかにされず、何故か少子高齢化問題解決への意気込みを以て議員となった経緯(だけ)を訴えてはまた号泣するという体たらくで、会見は支離滅裂なまま終了した。

結果として、会見のシーンをダイジェストで報道した結果その泣き顔(メイン画像)の強烈なインパクトが全国ネットで放映されて一挙に注目が集まり、漫画やアニメでのパロディ、ネットでのコラージュ作品の題材だけでなく、TVでも野々村と身振り手振りやしゃべり方が似ているアンガールズの田中卓志をはじめとしたお笑い芸人のネタとされたり、海外メディアにまで取り上げられ反響を呼んだ。

  • ある意味では「世の中を…変えたい!」という望み通りではある。

彼の代名詞でもある「号泣会見」は、2014年の新語・流行語大賞にノミネートされた。

その後

会見後も野々村に対して出張についての聞き取り調査が行われたが、野々村はあくまで「出張は事実であり、政務活動費は全額返納する」という主張を変えず、出張先での詳細について聞かれると、

  • 「(出張先の面会相手から)今回のことがあり絶交するとの連絡が来た。絶交された上に秘密にするという約束まで破るわけにはいかない」

そして数々の物品購入疑惑についても「詳細はよく覚えていないし分からないがとにかく不正はしていない」という趣旨の弁明を行った。

そして7月11日に一連の問題の責任を取る形で議員辞職した。その直前に彼は

  • 「心身ともに疲れ果て、自殺に追い込まれるのではないかと不安で一杯」
  • 「取材で押しかけられたら、自分の性格なら(記者に)反撃してしまう。そうなると犯罪者になってしまうのでマスコミとの接触を絶っている」

そして同日、兵庫県議会より虚偽公文書作成・同行使容疑で兵庫県警に刑事告発された。

ブログにお詫びという名目で文章を公開した。マスコミへの取材自粛の要求、前述のサンテレビの記者の実名の暴露(後に名前を間違えていたことが判明、現在は削除されている)、自身の当選した経緯について「虎の威を借りた(当時の「西宮維新の会」という会派名について)のは事実だが、自民党現職2名と民主党新人1名を押さえて当選した」、「(取材を)厳粛願いませんでしょうか!」という釈明(現在は削除)を述べた。

また、彼に対する今回の疑惑がきっかけで、他の兵庫県議会議員にも虚偽公文書作成・同行使の疑いがかかり、市民団体もそれらの議員が政務活動費を着服している可能性があると見て、彼らにも刑事告発をする方針を取った。

会見での騒動から数か月経って、警察による連日の取り調べの結果、ようやく野々村元県議本人も、政務活動費の名目上の目的が全て嘘であったことを認め、不当に着服した政務活動費の用途を今まで5回出馬して失った選挙活動費の回収、生活費、および自身の国民年金保険料に回していたことが判明した。容疑については、

  • 「手元にお金が無いと不安だった、政務活動費を返したくない気持ちを抑えられなかった」

と素直に認めており、警察は詐欺などでの書類送検を視野に入れて更に捜査を続ける方針を取った。

そして遂に、翌年2015年1月に詐欺罪、領収証を修正テープで改ざんしたり切り貼りした虚偽有印公文書作成・公使罪で書類送検されたことがニュースで正式に報じられた。

逮捕に至らなかった理由については、以前の主張にもあった通り野々村元県議が不正に受け取っていた合計1800万円以上もの政務活動費とその利息分である90万円近くもの費用を全額返納していたからとのこと。

それからまた時間を置いて、あの号泣会見からちょうど1年を迎えて間もない8月頃、兵庫県警が野々村元県議を上述の容疑で改めて在宅起訴することが発表された。

同時期に、野々村は会見を報道した複数のテレビ局や取材に来た記者複数名を名誉毀損の罪で告訴した(いずれも不起訴)。

公判

初公判

それから間もなく、在宅起訴された件で遂に、野々村元県議の初公判が11月24日に神戸地裁で開かれることが発表された。そして同日、野々村は自身のブログを前回のお詫びの投稿から1年4か月ぶりに更新したが、内容は報道関係者への取材自粛の要請であり、

  • 「取材には一切応じないので裁判への出廷を妨害しないように」
  • 「もし取材等の行為をしてくるならカメラ撮影で証拠の映像を撮り、110番通報し訴える」

と要請した。

公判当日、野々村は同日の初公判を欠席するという行動に出た。このため同日開かれる予定だった公判は中止・延期になるという事態に。

欠席した理由については、

  • 「自宅の前でマスコミと遭遇したため家に引き返し、精神状態が不安定になり出られなくなった」

と欠席した本人が言っていたのこと。

公判のやり直し

そして再び、やり直しとなった野々村被告の初公判が、年明けとなる翌年の2016年1月26日に改めて開かれることが神戸地裁より発表された。また、前回のように再び裁判を欠席させないため、勾引状の発行、即ち地方裁判所が強制的に連れ出せるよう法的手続きを行うという対策が取られた。

そして同日、野々村被告は前述の通り強制出廷のため身柄を拘束され、遂に初公判の場へと現れた。

証言台に立つ直前、野々村被告は裁判官や検察官、傍聴席と四方向に深々と頭を下げて前回の初公判欠席の件を謝罪した。

その後開始された公判の冒頭でも、

  • (名前を問う質問に)→「はい、野々村竜太郎でございます
  • (職業を問う質問に)→「はい、無職でございます

政務活動費詐取に関する質問に対しては、

野々村「虚偽の収支報告を記載して返還を免れようとしたことは、決してございません」

などと警察の取り調べで不正を認めたことを全て撤回。なぜなのか聞かれると、

野々村「反省すれば検察に理解してもらえると思ったからです」

野々村「(白状した内容は)すべて嘘偽りで、非常に後悔しております」

さらに出張についての質問にも、

検察官「城崎への出張を繰り返していたとあるんですが」

野々村「行ったと言われれば行ったような気持ちになるし、行かなかったと言われれば行かなかった気持ちになります」

検察官「では、行ってない?」

野々村「覚えておりません」

裁判長「『覚えておりません』を繰り返していますが、記憶が無いのか、言いたくないのか、どっちですか?」

野々村「記憶がありません!」

なぜそこまで記憶が曖昧なのか聞かれると、

野々村「(病院から)記憶障害の可能性があると診断されております」

(いつ診断されたのか聞かれると)

野々村「平成27年12月9日です」

領収証を修正テープ等で改ざんした件について

野々村「あれは警察官がやったと思っております」

と答え、警察による陰謀説を唱えた。

この日野々村被告は最後まで起訴内容を否認し続けたまま初公判は終了。

その後野々村被告は3月25日まで神戸拘置所で勾留されることとなり、弁護側がそれを取り消すよう特別抗告を求めるも棄却されていた。

なおこの時の法廷画を描いたのは、ロックマン4ブライトマンのデザインで知られる榎本よしたか氏

2回目の公判

そして2回目の公判日である2月22日、野々村被告は再び出廷。

この日も野々村被告は出張についての質問に対して「記憶がありません」と、前回と同じ主張を繰り返し、

検察官「今日までに記憶を取り戻す努力はしなかったのか」

野々村「前回も申し上げましたが記憶障害なので、努力したとか努力しないとかそういう次元のことではございません」

と返す。

今回の公判も前回とほぼ同じ流れで終了。前回告白した記憶障害の診断書は提出されていなかったとのこと。

再び野々村被告は勾留されたが、それから少しの間を置いて、被告が保釈保証金の800万円を納付したため保釈された。また保釈後は、自らのブログ内でニックネームを「野々村竜太郎(本人)@冤罪」とし、自身の好きなキャラクターなどのプロフィールを掲載した上で記事掲載を再開。

判決公判

7月6日の神戸地裁での判決公判にて、裁判長は

  • 「金銭欲からの犯行で悪質、責任は重い」

としながらも

  • 「マスコミ報道などで社会的制裁は受けている」

とし、懲役3年・執行猶予4年(求刑懲役3年)を言い渡した。記憶障害の件は考慮されていなかった。

また、期限となる7月20日までに被告、検察のいずれも控訴しなかったため判決が確定。

余談

日本語版ウィキペディアでは「野々村竜太郎」の記事は白紙保護されているが、英語版、中国語版、タイ語版ウィキペディアでは独立記事が作成されている。

実は疑惑が表沙汰になる以前にも、関係者の間では学生時代に「発作マン」とあだ名をつけられるほどかなりの癇癪持ちで知られていた。勉強は得意で成績優秀だったが、気に入らないことがあると同級生を怒鳴り付けたり喚き散らしたりするのは日常茶飯事で、高校時代はコーラス部に所属していたが、ここでも部員から「音が外れている」との指摘に突然激昂する、女子部員にストーカーまがいの行為をし、嫌になった女子生徒が部を辞めてしまう等の奇行が目立ち、さらに勉強が優秀であった一方で体育は極度に苦手で、これが原因で高校を1年留年している。市役所職員時代にも同僚や市民とのトラブルが絶えず、部署をたらい回しにされていたという。

議員に当選してからは結婚を熱望。議会の質疑応答で全く関係ないのに自身の婚活アピールを話していた。

また、2012年に県が信託銀行から訴えられた裁判に関する県議会でも、

「仏の野々村竜太郎が、龍神と化して龍がごとく、当局を食らい尽くし、議会を焼き尽くすほど、追及しなければなりません」

という何かのバトルアニメ好きを思わせる中二病めいた比喩を用いた奇抜な発言をしていた。

議員公式のTwitter(現X)でも、

「近未来の愛する子供たちと家庭を一緒に築ける近未来の妻となる女性とお付き合いしたい」

などと自身の婚活の実況を行っていた上、

「兵庫県議会が憎い。兵庫県議会が憎い。兵庫県議会が憎い。(計11回)」

という兵庫県議会への恨み節や、

「最後には誠実な者に女神の微笑みが与えられると確信する。」

と、何かの宗教に関するスピリチュアルなつぶやきを繰り返していた。

もう一度書くが、個人ではなく議員としてのTwitter上でこのような公私混同のツイートをしていたのである。ちなみにあの号泣会見から少し後、同アカに鍵がかけられ一時期は非公開状態となっていた。

また、当選後の初の議会で行われた各議員が担当する常任委員会決めで、希望していた警察常任委員会の抽選で自身が外れた際には激昂し、

「これは不当だ、裁判に訴えてやる!」

とただ一人叫び、公正な抽選だと説明されても

「だったら次回は希望をかなえるよう誓約書を書け!」

と怒鳴り散らした挙句、当選した同僚の議員に向けて「嘘八百」というタイトルの

  • 「強制であり、調整ではない! 平成23年に引き続き、この恨みは、一生忘れない!」

という逆恨みメールを送るなど、周囲との軋轢も少なくなかったとのことである。

余談だが、かなりのマザコンであることが知られている。街頭演説や議会の傍聴席にも母の姿が目撃されており、何かと母が付き添っていることで有名であった。

近年の活動

2023年3月5日からライブ配信系サイト「ふわっち」にて午後10時と11時に雑談配信を定期的に行なっている。

なお、現在は休止中。配信履歴も全て削除済み。

気になったら一度リンクを踏んでみてはいかがだろうか(チャンネル

twitterもやっている。(アカウント

2025年時点ではココナラで占い師をしている。

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