1970年大阪万博会場
1981年万博の森
2000年万博の森
2025年現在
万博の森には多くの生き物
が棲息している。
森は人によっても造る事が
可能と分かる。
造るも滅ぼすも人次第。
人と人との社会も人次第。
1970年夏、大阪の万博会場
に横浜から泊りがけで行った。
近未来都市のような印象があ
った。無人で走る鉄道、携帯
電話等々。
あれから早くも55年が過ぎた。
ただ、1970年万博の時には、
小4のガキながらも、「ベトナ
ム戦争で人がどんどこ殺され
て、その戦争を後押ししてる
のが日本なのに、こんなお祭
り騒ぎしてどうなの?」とは
思っていて、それを母に言っ
た事がある。
ごく最近、母と話していて、
1970年万博の話題になった
時、母は当時の私のその発言
を覚えていて「確かにそうだ
とあの時は思った」と言って
いた。
私が舞台劇の反戦シナリオを
書いたのはその年だった。
その原作シナリオは翌年1971
年に横浜のある小学校で全校
舞台劇として上演された。
夏の万博パビリオン訪問での
多くの大衆の浮かれぶりにか
なりの違和感があったのが執
筆のきっかけとなってる。
それと、ソ連館を見学した時、
原発建設を未来の光のように
捉えて解説していたのにも違
和感があった。
「核の平和利用?それって何
か嘘あるよね」と。
生まれて10年ほどのガキでも
世の中の説明に嘘ある事はそ
れとなく気づく。
むしろ、眼の曇った「大人」
よりも子どものほうが透徹し
た眼で物を見られる事もある
のではなかろうか。
私が10才の時に書いた何度も
現代と過去をタイムスリップ
して時代ごとの人の世の暴虐
と圧政と愚かな行動を見て来
た主人公の少年の物語の舞台
劇のラストシーンは、世界核
戦争で地球から生物が全て消
滅するストーリーだった。
当然、森があろうが街があろ
うが生き物は死滅する。