男性スキンケア広告がはらむ抑圧 「自己鍛錬」が見えなくするものは
男性向けスキンケア商品の市場拡大にともなって、町中で広告を目にする機会も多くなりました。しかし広告のパターンに注目すると、男性を抑圧するメッセージが見えてくるといいます。多くの広告を観察し、「その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く『デキる男』の現在地」(朝日新書)を出版した小林美香さんに聞きました。
――2020年以降、男性向けのスキンケアや化粧品の市場が大きく広がり、広告を目にする機会も増えました。どんなパターンのものが多いですか。
スキンケアを、自己鍛錬やトレーニングの文脈で描く傾向があると感じます。
たとえばなかやまきんに君さんが出演する、資生堂UNOのスキンケアクリームのCM(2021年)。ジムでの筋トレ後、同僚に肌のかさつきを指摘され、画面には「肌だって鍛えなければ、強くならない。」というコピーが大きく映し出されます。最後は、クリームを使ったきんに君さんがスーツ姿でさっそうと商談に臨むシーンが描かれます。
大谷翔平選手が出演して話題となった、コスメデコルテの美容液のCM(2023年)では、大谷選手が鏡に映る自分に「やることをやってきたか」と問いかける。スキンケアが、アスリートとして求道者的な大谷選手のイメージと重ねられています。
スキンケア商品以外にもそうした傾向はあります。男性向けヘアケア製品のスカルプDの広告(2023年)では、筋肉の陰影が強調されたボクサーの那須川天心さんの写真とともに、「髪を、鍛えろ。」というコピーが使われています。
スキンケアと結びつく「能力主義」
――命令口調の、強いメッセージが目立ちますね。
女性向けの化粧品広告では見かけない呼びかけです。自分の体の弱い部分や不安に向き合うというよりは、自らを鍛えればそうした不安を打ち消して乗り越えられるんだ、という側面が強調されています。
広告のなかでスキンケアは「デキる男」のたしなみとして描かれ、身だしなみを整えて仕事の成果を上げ、さらなる高みを目指す能力主義的な価値観と結びつけられている。働く男性世代向けの商品の見せ方として、かつての電気シェーバーCMなどでも同様の構図がありました。
こうした広告表現には、自己鍛錬し成長し続けることを男性に期待する、抑圧的なメッセージが内在しています。広告における女性の描かれ方の問題はよく話題にあがるようになりましたが、男性向けの広告が「男らしさ」という規範を再生産している点も、もっと意識されてよいと思います。
――一方で近年はK―POPブームを経て、力強さよりも、つるっとした肌や柔らかくて中性的な雰囲気を押し出したスキンケア広告も増えているように思います。
「美容男子」と呼ばれる、Snow Manの渡辺翔太さんの広告などがそうですね。両手の指をまっすぐそろえて優しく頰にあてるなど、男性モデルが柔らかで「女性的」とされていたしぐさをする広告も目にするようになりました。
――従来の「男らしさ」から脱却している、と言えるのでしょうか。
両義的な側面があると思います。
昔は男性がスキンケアや脱毛をすること自体が、「女々しい、気持ち悪い」などと否定的に見られました。その価値観が変わって、スキンケアや脱毛へのハードルがぐっと下がった。生きやすく感じる人が増えたのは事実だと思いますし、ジェンダーに対する価値観の多様化を反映したものだと言えます。
一方で、変化しない側面もあります。
「報酬のため」からはなれて
広告でつるつるの肌や脱毛が推奨されるのは、それが異性から評価されるから、恋愛でモテるから、ということが多いですよね。スキンケアはあくまで「自分の価値を上げるために必要なのだ」という、能力主義的な文脈はこれまでと変わらず温存されています。
もちろん広告としてスキンケア商品をアピールする以上、仕事での成功だったり、モテだったり、商品を使うことによる報酬をわかりやすく示すのは必要なのでしょう。
でも本来のケアって、果たして目に見える報酬のためにやるものだっけ?っていう問いは大事だと思います。
――どういうことでしょうか。
人間はみな老いて衰えるわけですから、いつまでも「モテ」や「成功」といった報酬のためにケアをするのは限界がありますよね。本来のケアとはわかりやすい解決策ではなく、生きていく上で避けられない老いや弱さを認め、そこに優しく向き合うことだと思います。
たとえば、うまく言葉にできないけどなんだか気持ちが弱っているときに、それを友人にぼやく。友人もそれを責めたりせず、お互いに「弱ってるなあ」と認め合う。問題が解決できなくても、たわいないおしゃべりでちょっと気持ちが楽になる。こうしたいたわりあいも大事なケアです。
でも能力主義に根ざしたスキンケアの広告表現では、老いや弱さを認めていたわるケアの側面が見えなくされてしまいます。
自己鍛錬や成長の文脈から離れて、老いてきた自分をいたわるために日々スキンケアに取り組む。ちょっと心が安らぐからと化粧水を使ってみる。そうしたスキンケアの表現が、もっとあってもいいのではないでしょうか。
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こばやし・みか 写真研究者。国内外の各種学校・機関で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画するほか、執筆や翻訳に取り組む。2010年から19年まで東京国立近代美術館客員研究員。東京造形大学、九州大学非常勤講師。
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