《今年6月、89歳で亡くなった「ミスタープロ野球」長嶋茂雄さんは東京六大学野球で八木澤さんの9学年上(※長嶋さんは立教大、八木澤さんは早稲田大)。プロ野球では巨人の第2次長嶋政権時代に2年間、2軍コーチとして支えた》
長嶋さんの存在ですか? そりゃあもう〝雲の上の人〟、根っからの大スターですよ。
東京六大学野球のリーグ戦では「ホームラン8本」の連盟新記録(昭和32年秋)をつくられた。神宮球場にまだラッキーゾーンなどがなかった時代。かなり広くてホームランなどめったに出ないころですから。
確か、長嶋さんの記録は、田淵(※幸一氏、法政大。プロ野球、阪神、西武で活躍。後に福岡ダイエー監督)に破られる(42年春)まで、かなり長く残っていたんじゃないかな。
長嶋さんの打球というのはね、ものすごく速い。山なりの打球ではなくて、ライナーの低い軌道で外野の間をあっというまに抜いていくんだもの。バットスイングのスピードがずぬけて速かったからでしょう。
《プロ野球では、所属リーグが違った(※長嶋さんはセ・リーグ、八木澤さんはパ・リーグ)ことで、選手としての対戦はほとんどない》
ただね、いつだったかなぁ。後楽園球場(当時)のオープン戦で長嶋さんにホームランを打たれたことは覚えています。あれもすごい打球だったなぁ。
公式戦は45年の日本シリーズだけでしょう。ボクがいたロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)がV9途上のジャイアンツと対戦した。ボクは後楽園の第2戦と、東京球場(当時)の第5戦でリリーフで2試合登板したかな。長嶋さんとの対戦? 実はよく覚えていない(苦笑)。王さん(※貞治、ホームラン868本の世界記録保持者)に四球を出した記憶があるんですけどね…。
ONがいた当時のジャイアンツはめちゃくちゃ強かった。2人が打席に立つとオーラが違う。マウンドから見ても抑えられるとは思えませんでしたもの。ボクら(ロッテ)はもちろん、勝ちたかったけど、正直に言うと、勝てる気はしなかったねぇ(※結果は4勝1敗で巨人がV6達成。4本のホームランを打った長嶋さんはシリーズのMVPに輝いた)。
《平成9年、早稲田大の2年先輩で、早稲田大監督や社会人のプリンスホテル監督などを務めた石山建一氏(元巨人編成本部長補佐)に誘われて、巨人の2軍コーチに就任した》
2度目の長嶋さんの監督時代(5~13年)でした。まぁ1軍の監督(長嶋さん)と2軍のコーチ(八木澤さん)ですから、日常的に会う機会は少なかったのですが、キャンプ中の監督・コーチとの食事会などでご一緒しました。ボクには、とっても「優しい人」という印象がありますね。
そうそう、長嶋さんは「人の名前をよく忘れる」と聞いていたので、会うときは必ずボクから「八木澤です」と名乗った上であいさつをするようにしてたんです。すると、長嶋さんはあの笑顔で「何言ってるんですか。知ってます。当たり前じゃないですか」と優しく言ってくださる。
食事会などでも長嶋さんはそんなにしゃべるほうではないのですが、席にいらっしゃるだけで場が明るくなる。すごい存在感がありましたねぇ。
長嶋さんや王さんは、今のプロ野球の隆盛を築いた最大の功労者。ボクらの今の仕事《公益社団法人「全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)」》も、それをしっかりと受け継ぎ、次世代へとつなげていくことだと思っています。(聞き手 喜多由浩)