「大粒の涙」…イヤあれは汗です 完全試合達成の瞬間? この日は秋の〝小春日和〟でねえ

話の肖像画 日本プロ野球OBクラブ理事長・八木澤荘六<17>

完全試合を達成しウイニングボールを持って=昭和48年10月10日、仙台市の宮城球場
完全試合を達成しウイニングボールを持って=昭和48年10月10日、仙台市の宮城球場

《完全試合(昭和48年10月10日)に向けて、ゲームはいよいよクライマックスへ》

さすがに「アウトあと3つ」となった九回は緊張したかな。一方で平常心も失ってはいなかったと思う。だって、ちゃんとストライクが取れたもの。

《対戦相手の太平洋クラブ(現埼玉西武)27人目のバッターは、代打のレポーズ(※元大リーガー。日米通算204本塁打をマーク)だった》

レフトに平凡なフライが上がったのがマウンドから見えた。(ロッテ左翼手の)アルトマン(※同、通算306本塁打を記録)が4、5メートル動いて、拝むようにフライをキャッチ。打った瞬間に「これは捕れる」と分かったし、実際、アルトマンの守備にも危なげはなかった。

達成の瞬間? もちろん、うれしかったんだけど、「涙を流す」ほどじゃなかったなぁ(苦笑)。これには少し説明が必要ですね。この日は、秋の〝小春日和〟ですごく暑かったんですよ。汗がどんどん噴き出してきて、思わず手で拭った。

その姿を見てマスコミが「大粒の涙をこらえきれず…」なんて書いたもんだから、誤解されてしまった。ちなみに、この試合はプロ入り以来、初めての完封勝利だったけど、疲れはまったくなかったですね。

《試合での八木澤さんの投球数は94球。27のアウトの内訳は、三振6▽内野ゴロ7▽内野フライ3▽外野フライ11。3ボールまでになったことは一度もなく、これは「歴代16人の完全試合達成者」の中でも、唯一の記録だ》

まぁ、ボクの場合、すごいボールを投げられるわけではなく、コントロールの良さが最大の持ち味ですから。

完全試合ができた理由ですか? 最大の原因は「運」だと思いますよ。運やツキがなければ完全試合などできません。1つのエラーもなく、ナインの皆が好守で大記録を達成させてくれた、チームの皆で達成した記録だと思っています。

《試合後、対戦相手の首脳陣が怒りのあまり、「大したピッチングじゃないよ。スピードもないし、打てない方がおかしい…」などと発言したことも伝えられたのだが》

(そのような発言があったことは)ボクは、よく知りませんねぇ。まぁ、「スピードがない」はその通りでしょう(苦笑)。スピードガンなどない時代でしたが、ボクの直球の球速は、せいぜい135キロくらいだったですからね。

記録達成後の世間の騒ぎようも、それほどではなかったと記憶しています。ボクはもともと勝ち負けや記録というものに、あまりこだわらないタイプなんですよ。ボーッとしている、とでもいうのかな(苦笑)。

いつものように平常心で淡々とピッチングを続けた結果、チームの皆の力もあって、大記録(完全試合)が達成できた。それがこの日の「真相」じゃないのかなぁ。

《この日、「歯痛」を理由にゲームを休んだロッテの金田正一(まさいち)監督からは「おめでとう。優勝が決まった後(※当時のパ・リーグは2シーズン制で、この年は前期が南海、後期は阪急が優勝を決めていた)とはいえ、投手には最高の栄誉だ…」などというコメントが届く》

このシーズン、試合の当初の目標だった「勝率1位」のタイトルを取ることができた(※成績は7勝1敗。現在は規定が変わり13勝以上が条件となった)。プロ通算13年でこれがボクの唯一のタイトル。こっちの方もうれしかったねぇ。(聞き手 喜多由浩)

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